第三十八話 王女の騎士
二章開始です
読者の皆様には頭の下がる思いです
あらすじ及びレイアウトを変更いたしました
それぞれの話で出てきた魔道具の能力、及びランクを後書きに記載いたしました
目の前に剣が迫る。
『縦方向に斬撃 2.6秒後』
視界に、半透明な赤い線が縦に表示される。
視界の上からは、赤い線をなぞる様に剣が振り下ろされてくる。
「思考加速」を使い、振り下ろされる剣を確認し、地面を蹴って後ろに下がる。目の前を剣が通り過ぎる。
バランスを取るため、後ろに下げた足で何歩かステップを踏む。
「動作が遅い」
喉元に剣が突き付けられる。
「うわっ!」
首に、ひんやりとした感触を味わったことで体が仰け反り、バランスを取っていた足がもつれる。そしてそのまま、背中から地面に倒れ込んだ。
「避けた後も油断するな」
倒れ込んだ俺の前に、一人の人物が立つ。
「だが、その前の剣を避けた動きは良かったぞ」
前方の人物から手が差し伸べられる。
差し伸べられた手を左手で掴み、立ち上がる。
「ありがとう。容赦ないな、エルーシャは」
苦笑いしながら答えると、エルーシャは不服そうに答える。
「一応、手加減はしているつもりだ」
手を離し、右手で持っている短剣を、腰の裏側についている鞘に収める。空いた両手で、背中と尻についた土を払う。
「やはりそれは使わないのか?」
エルーシャから遠慮したような声を掛けられる。
主語はないが、視線は腰に向けられていた。正確には、腰に収められている短剣にだ。
「使えなくはないんだけど、ちょっとな」
お姫様と話した日から、元の世界で考えると二か月ぐらい経っただろうか。
今は夏に当たる季節の中旬だ。おかげでくそ暑いが、日本とは違って湿度が低いのか、じめじめとした暑さでないことが救いだ。
あの日から、生活は大分変った。
どうやらあの後、お姫様はカインズさんと話をして、お姫様の騎士という枠に入れられたようだ。
余りにあっさりし過ぎではないだろうか。そう疑問に思っていると、パトリックさんがお見舞い代わりに説明をしにきてくれた。
いわく、疑惑に思われると面倒だから、だそうだ。
騎士になれた理由はというと、お姫様を救った功績をそのままにしておくわけにもいかず、転移者に国の役職を授けるということで、他のところからの干渉を防ぐためでもある。
伝説の英雄が王女を助け、その騎士となる。実にそれっぽい話だ。
さすがに、王女の騎士となるとそう簡単には手が出せなくなるらしく、ついでに俺の鎖代わりにもなるというわけだ。
伝統やらなんやらにうるさい連中は、カインズさんが、お姫さまと転移者という言葉を使って黙らせているらしい。
その話を聞いた後は、鎖という言葉に眉を顰めたが、お姫様の元に入ると言ったのは俺であるし、ごたごたに巻き込まれないだけマシなので、納得した。
お見舞いに持ってきてくれた果物が美味しかったこともある。病人食には飽きてきた頃だったからな。
「そうか……すまない」
俺の言葉に、エルーシャは申し訳なさそうな顔をした。
「エルーシャのせいってわけでもないだろ。俺が臆病者なだけだ」
剣を訓練し始めて、最初にわかったことだが、俺は剣を人に向けられなくなっていた。
棍棒や木刀などは平気のようだが、人を斬るような鉄製の武器を、俺は振るえなくなった。とは言え、持つこと自体は問題はないし、武器で相手の武器を防ぐようなことも問題はない。
ただ、剣を相手に向ける、それだけができなくなった。
エルーシャの実力なら、寸止めが出来たり俺の攻撃など当たらないとのことだったので、始めの訓練時に、エルーシャから剣を渡された。
渡された剣は刃もついていたので、いくらエルーシャの実力でも不安だった。だがあちらは、訓練とは思えない速度で振るってくるため、防いだり避けたりするだけじゃどうしようもなく、体力も尽きかけていた。
「思考加速」で避けた瞬間、エルーシャを信じて意を決し、振るった瞬間に俺に吐き気が襲った。
お姫様が刺された時、意識せず人を刺した。
人を刺したことに後悔や罪悪感はない。あの時はそれしかなかった。
それなのに、その後も剣をエルーシャに振る度に吐き気に襲われた。
「いや、お前がそうなってしまったのは、私に力がなかったせいだ。本来ならお前は、戦う人間ではなかったのだからな」
「あの時はそれしかなかっただろ」
「だが……」
「そんなことより、もう一回やろう。休む暇はない、だろ」
始めの頃、何故かとても張り切っていたエルーシャに言われた言葉だ。
俺が剣を振るえないとわかってからも、様々な武器を試したり教えてくれた。
熱血は苦手な俺でも、完全に善意で教えてくれていることはわかり、インスティントとの戦闘で力不足を思い知っていた俺は、エルーシャに感謝している。
まあ、どうやら俺は、人に武器を向けられないだけでなく、剣など武器を扱う才能はからっきしだと言われたのだが。それでも、剣の受け方やいなし方、体捌きを教えてくれた。
俺の言葉にエルーシャは頷き、距離をとってサーベルを構える。
俺は収めた短剣を再び右手で、掴んで抜く。
この短剣は、インスティントとの戦いに使っていた短剣だ。様々な武器の扱い方を教えられている時に、この短剣を渡された。
どうやら結構な業物のようで、微かだが身体能力上昇の魔道具らしかった。
武器を選ぶ際、エルーシャの炎を纏う剣の魔道具のような物はないかと聞いたが、やめといた方がいいと言われた。
俺は、平均よりは多少、上程度の魔力量らしい。武器系の魔道具は、その威力に比例して消費量は上がる。
エルーシャは、というか近衛騎士に選ばれるような人間は家柄と実力はもちろんだが、魔力量も多くなければならない。ようするにエリートだ。
俺は魔力量が普通な上に、身体能力は、この二か月鍛えてもはっきり言って並以下だ。魔力が尽きてしまったら、俺は何の役にも立たない。
俺の魔力で十分に扱えるとなると、微妙な魔道具しか選べない。微妙なレプリカに頼るならば、オリジナルである俺の魔道具に、魔力を集中させた方がいいとのことだ。
幸い、短剣は俺の足りない身体能力を上げるもので、魔力消費も僅かなので、使っている。
武器を振るえず、体力のない俺は、軽くて小回りの利く短剣がベストだったようだ。
エルーシャと向かい合い、大きく息を吸う。
「では、始めるぞ」
エルーシャの声で、再び訓練が始まる。
∽
時を同じくして、一つの馬車が公爵領のグランに向かっていた。
外観はごく普通の馬車の中は、一言でいえば派手だった。中の壁から座席にいたるまで細やかな装飾が施され、宝石類が散りばめられた装飾品をいたるところに飾っていた。
そんな馬車の座席には、馬車の振動に合わせ、くせっ気の金髪を揺らしている一人の青年が座っていた。
「転移者か。どうやらリリアンの騎士にもなっているようだし、面白い奴だといいな」
【俊敏の短剣】
身体能力を僅かだが上昇させる
魔力消費も少なくて済む
短剣としての切れ味も相当
ランクB
今回から一日置き更新に変更いたします
ストックが溜まり次第、隔日更新に戻します




