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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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閑話 初めての料理

 私は今、重大な局面を迎えています。


 この十六年の人生の中、立派な淑女となるための修行は積んできました。しかし立場上、経験したことがないことは存在します。

 

「エルーシャ、準備はよろしいですか」

「はい」


 傍らには、幼いころよりの付き合いである、エルーシャが控えています。

 彼女と一緒ならば、どんな困難でも乗り越えられるでしょう!


 意を決して、前に腕を伸ばします。伸ばした腕は、一振りの刃物を掴み、ゆっくりと持ち上げ……もう片方の腕で狙いの物を握り、ゆっくりと近づけ――


「姫さま、落ち着いてください! ゆっくりと、そうゆっくりとです!」

「エ、エルーシャ! 大きな声を出さないでくださいっ」


 プルプルと、包丁を握っている腕が震えます。

 エルーシャの大きな声に驚きながらも、ゆっくりと包丁を下していき、片方の手で握りしめている葉野菜を切ります。


「ふぅ……、料理がここまで大変なものだとは。これは王宮の料理人を尊敬しなくてはいけませんね」


 いつの間にか額に滲んでいた汗を拭います。


「申し訳ありません、姫さま。私は、今まで剣の道一筋で生きてきたものですから、料理のりの字もわからなくて……」

「何を言うのですか、その磨き上げた剣で、今まで私を助けてくれたではありませんか」

「姫さま……」


 とはいえ、野菜一つ切るだけでもこれでは、いつ完成するのでしょうか。


「いくら助けた恩とはいえ、姫さま自らが作る必要はないと思うのですが」

「いえ! 殿方は、女性の手作りの物が嬉しいと聞きました! 生活に必要な物は、既に叔父様が準備をしているため、必要ありませんし、かといって金品では何か違うような気がしまして」


 ユウキマサヤ様、伝説と呼ばれる転移者。あの方に、私とエルーシャは命を救ってもらいました。

 しかし、お礼を言おうにも、私はそう自由には動けません。かといって、何もしないのは礼儀に反します。


 そこで私は閃きました。

 昔、お兄様からあるお話を聞いたことがあることです。男は手作り料理に弱い、と。

 昔からお兄様は、変なことに興味をお持ちになりますから、その時は聞き逃していましたが、今こそそれを活かす時です。


「だからといって、王女が料理をしたなど、聞いたことがありません」


 当然ながら、エルーシャからは反対されました。

 ですが、彼女も何かお礼をしたいとのことでしたので、何とか説得をすることができました。


「王女が料理をしてはいけないという決まりはありません」


 立場上、問題はありますが、知っている人が秘密にしていれば済む話です。

 既に叔父様には話は通してありますしね。


 気を取り直して、再び包丁を握りしめ、野菜を切ろうとすると。


「ところで、何を作ろうとしているのですか」

「……」

 

 エルーシャからの視線が痛いです。

 

「ちゃ、ちゃんと考えていますよ」


 一応、こんなものを作れたらいいな、と思っていた料理の名を告げます。


 さらにエルーシャからの視線が痛くなりました。


「姫さま、失礼を承知で申しますが……不可能です。料理に疎い私でも、いえ、剣の道を究めようとする私だからわかります。姫さまが仰っている料理は、長年の修行を積んだ料理人だからこそできるものです」


 何と、不可能とまで言われてしまいました。確かに、料理を甘く見ていたかもしれません。

 あの味を出せて、それを作ってくださる王宮の料理人の方には頭が下がる思いです。


 そうなると何を作ればよいのでしょうか。王宮料理以外食べたことが無い、というわけではありません。

 時々、お忍び時にいくらか城下町の料理を食べたことがあります。王宮料理とはまた違った美味しさがありました。


「姫さま、申し訳ありません……」

「いいのです、エルーシャ。私が浅はかだったのです」


 項垂れるエルーシャを、そっと抱きしめます。


 二人で途方に暮れていると、そこにある方が参られました。


「失礼いたします。主より、伝言を預かって参りました」


 メイドです。名前はわかりません。

 私が小さい時から叔父様の護衛をしている方ですが、何故か叔父様からの用があるときにしか現れないのです。そして、現れたと思ったら、いなくなっているというとても不思議な方です。

 

「伝言……ですか?」

「はい。『二人とも、料理などやったことないのだから、無理をするな。こいつに教えてもらえ』。そうお伝えするように、と」

「こいつ? とは?」

「私です」


 思わず目を丸くしてしまいました。


「料理、できるのですか?」

「はい」


 救世主です。救世主が現れました。

 彼女は食品が置かれているテーブルに近寄りました。足音どころか、衣擦れの音すら全く聞こえなかったです。


「……この材料とお二人の料理の腕ですと、サンドウィッチが宜しいかと思います」


 サンドウィッチですか。聞いたことはありますけれど、食べたことはありません。

 確か、パンで野菜などを挟むだけの料理だったと思いますが。


「そんな簡単な料理――」

「サンドウィッチです」

「でも――」

「サンドウィッチです」


 どうしてもサンドウィッチなようです。


「サンドウィッチは手軽にでき、手軽だというのに様々なバリエーションを作れます。それに、シンプルだからこそ、作り手の気持ちが込められると思いませんか?」


 驚きです。まさかそんな考え方があるとは。

 そして、彼女がここまで喋るのは初めて見ました。

 私は頷き、始めは作るつもりではなかったエルーシャも参加してくれました。





「できました……」

「やりましたね、姫さま」


 包丁一つ握ったことのなかった私が、初めて料理を作ることが出来ました!

 メイドの方が、無駄がなく教えてくれたおかげです。


 早速お礼を言おうと、彼女を探しますが……いません。

 先ほどまではいたはずですが……残念ですが、また後日お会いした時に言うことにしましょう。


「それでは姫さま、閣下にお渡し頂けるよう頼みに行きましょう」


 すぐにでもこれを味わっていただきたいです。ですが、その前に……


「姫さま?」

「エルーシャ、少しあちらを向いていてください」


 エルーシャは、首を傾げながらも向いてくれました。


 少し隠し味を加えてしまいましょう。

 私は、自分が作った分である三つにハーブを入れます。

 当初の予定であった料理は作れませんでしたが、その料理に添えられているこのハーブは、リラックス効果があるといいます。

 仕事をしているというマサヤ様には、ピッタリでしょう。


 あまり香りがありませんね?どうせなら多く入れてしまいましょう。


「もう大丈夫です。それでは行きましょうか」





 マサヤ様とお忍びの約束をしてしまいました。

 我ながら、咄嗟の行動でした。


 明日は、孤児院にいく予定ですし、子供たちにも作ってあげることにしましょう。

 叔父様の部下である、パトリック卿からの報告ではマサヤ様は美味しかった、と言ってくださったようですし、マサヤ様が来れるのなら、一緒に食べていただきましょう。


 とても楽しみで、目を閉じても寝れませんね。


 その日は少し夜更かしをしてしまいました。

 

活動報告でも書きましたが、二章目は日曜日に投稿します

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