第三話 能力の対価
少女はしゃがんだ状態で、戻ってきた俺に安堵の眼差しを向け、次にキラキラした目を向けてきた。
「素晴らしかったです! 矢を掴んだり、迫る巨大な剣を華麗に避けたり!」
ああ、尊敬の眼差しが気持ちいい。
「無事だったか、もう一人は?」
「はい、エルーシャなら……」
少女が言った矢先に、軍服の少女が枝をかき分け戻ってくる。
所々、傷があるが元気そうだ。
「姫様! ご無事で何よりです」
軍服の少女エルーシャは、少女の姿を確認すると泣き出してしまった。
大事な姫様を置いて離れるなよ、と言いたいところだが、流石に空気を読んで見守る。
「エルーシャご苦労様です。あなたは私の無茶な命令に、よく従ってくれました」
「無茶だなんて! 私は姫様の命令でしたら火の中水の中!」
あの子のスカートの中~。
ふと、そんなフレーズが頭に思い込んでいると、エルーシャがこちらに視線を投げかけてきた。
凄い不審そうな目、今にも襲い掛かってきそうだ。
確か、まだ敵は二人いたよな。凄いなこの人。声の発動条件がまだ不明だし、思考加速にも限界がある。攻撃されたら無傷って訳にもいかなさそうだ。
「そんな目を向けてはいけません。この方は私たちを助けてくれたのです」
「しかし追手の手の内かもしれません、背中を見せた途端に……」
「それこそないでしょう。まず先ほどの戦力差では私たちの勝ち目は少なかったというのに、わざわざ助けてからと理由がありません。
それに私からはこの方の戦いが見えていました。武芸には詳しくありませんが、あちらは手を抜いているようには思えませんでした。
それなのにこの方はそれを無傷で避け続けたのです。この方があの時、敵にまわっていたらと思うと背筋が寒くなります」
少女の言葉にエルーシャは不服そうながらも口をつぐむ。
本当は必死で避け続けるしかなかっただけなんだけどね。
反論できないからって、俺に向かって無言の圧力はやめてください、エルーシャさん。
圧力に負けないよう、エルーシャとは視線を合わせずに、彼女たちに話しかける。
「話は済んだか?」
「私の従者が失礼を致しました。改めてお礼をしたいのですが、言葉だけでは貴方も納得しないでしょう、無論私もそれで過ごすわけにはいきません」
そう言って立ち上がろうとするが、上手く立てないのかエルーシャに、手を貸して貰いながら立ち上がる。
少女の足を見ると、血が滲んだ布を巻いている。
「お、おい! 大怪我してるぞ!?」
「ご安心ください。すでに血は止まりましたから」
かなり真っ赤に染まっているけど、本当に大丈夫なのか?
大量出血まではいかないが、結構な量が滲んでいる布を見るのは、事故にも合わず大怪我とは無縁でいた俺にはかなり厳しい光景だ。
頬や肩にも小さな切り傷が多々見られる。女の子が傷だらけでいるのもいい気分ではない。
何かないかとポケットを漁っていると絆創膏がいくつか出てきた。
なんでこんなの持っていたんだっけ?そうだ、確かあの時から…
「それはなんでしょうか?」
今、思い出しても関係ないな。
とにかく持っていたんだから活用しよう。
「あ、ああ…これは、包帯? みたいなものかな。足の怪我みたいに大きな傷は無理だけど、小さな切り傷ぐらいなら使えるけど」
そういいながら視線を頬や肩の傷を移すと、少女は今まで忘れていたかのような顔をした。
「すぐ治るみたいな便利なもんじゃないけど」
「い、いえありがとうございます。助けてもらうだけではなく傷のことまで」
少女は僅かに赤くなりながら首を振る。
絆創膏を手渡すと、つまんでしげしげと眺める。
「あのこれはどう使えば」
そりゃそうか。使い方がわからないのは当たり前か。
少女から絆創膏を受け取り、少女の頬に張ろうとすると、必然的に距離が近くなる。
密着とまではいかないが充分近い。
少女の僅かに赤くなった顔が、さらに僅かだが赤くなる。
目もギュッと閉じられる。
なんだか俺も少し緊張してきた。ゆっくりと絆創膏を少女の頬に近づけていき……
「おおっとお!手が!!」
『頭を低く』
ちょっ!?
声と同時に思考加速が発動される。
後頭部付近を何かが通り過ぎる後の風を感じ、うなじにハラハラと短い糸のようなのが落ちる感覚がある。すこし涼しくなった気もする。
「ちっ」
「ちっじゃねえよ!今、完全に殺りにきてただろ!」
「安心しろ。きっとお前なら避けると思っていたさ」
「この短時間で、あんたとの信頼が目覚めるフラグを立てた覚えがないんだが」
油断も隙もないなこの人。
さっきからの様子を見て、この子をかなり大事にしてるみたいだし。
なにヤンデレ? ヤンデレでさらに百合百合しいの?
少女は目を瞑っていたせいで、見ていなかったのか頭に?を浮かべている。
全く……とんでもないな。
あ、やばいなんか頭がクラクラする。死の恐怖で貧血にしては今更な気もするが。
まずい意識…が……。
今、立っているのか座っているのか、倒れたのかもわからなくなってきた。
「大…夫ですか! エ、……ーシャ、いっ……どうす……」
「私じゃありま……本当に避けられるって思って……ま…し」
そこで意識は闇に沈んだ。
続いて9時過ぎに幕間を投稿します