第三十五話 褒賞
目を覚ますと、見覚えのある天井が視界に入る。身じろぎをすると、ベッドのもふもふ感がよく伝わる。
「よお、坊主。目、覚めたか」
天井との間におっさんの顔が割り込み、影が差す。
「カインズさん、いたんですか」
「まあな」
カインズさんが覆いかぶさるようにしていた顔を引き、以前と同じようにベッド脇の椅子に座ったので、上半身を起こす。
「一先ず、また礼を言わせてくれ。貴殿のおかげでまたも王女の命が救われた」
「それはもういいです。これで何回目ですか」
既にカインズさんからは何度も礼を言われている。
あの事件は、既に一週間前の出来事だ。目が覚めたのが事件の二日前だ。それからこうして通われて、頭を下げられてるのだ。初老に差し掛かっているおっさんに、こう何度も頭を下げられると妙な気分になる。さらには公爵だと言うのだから、小市民の俺は胃が痛くなるくらいだ。
「礼というのなら、王女殿下とエルーシャの容体はどうですか?」
あの後、パトリックさんの魔力をお姫さまに移しながら、馬車でグランに向かい、ギリギリ治療が間に合った。その後は、パトリックさんに魔力に余裕がある人を集めてもらい、魔力の移譲を続け、容体が安定すると同時に気を失ったらしい。
エルーシャは周囲の説得を跳ね除け、お姫さまの傍にいると言って怪我も応急処置だけで、俺が意識を失っている間も寝ずにお姫さまの傍にいたらしい。それでも結局は二日後辺りに意識を失い、生死の境を彷徨ったとか。
「エルーシャは、腹の怪我が悪化して相当危なかったが、今はもう落ち着いている。目が覚めた後は、リリアンの容体はどうかとうるさくて敵わん」
とことん丈夫であの人らしい、と思う。
「リリアンも、もう問題はない。今朝目覚めた。しばらくは絶対安静だがな」
大きく息をつく。目覚めても、そのことが一番の気がかりだった。
「さて、今回のことでさらに儂は、坊主にとてつもなく大きな恩ができておる。何か恩賞でもやらんとな」
「恩賞ですか、領地でもくれるんですか?」
いいじゃないか、異世界で王女を助けて貴族に。さらに領地も貰って内政チート。
「惜しむは坊主が貴族ではないことだな。貴族でもなければ、この国の人間どころか異世界の人間にはさすがに領地は恩賞にはできん。それにちょっとした領地では今回の功績に見合わんからな」
まあ、そうなったらいいな、とは思うが領地を貰えるなんて信じちゃいない。そもそも領地経営なんぞできん。
「代わりに、可能な範囲でなら坊主の望みは何でも叶えてやろう。公爵であるカインズ・ヴァン・フェルナンドが誓おう。儂なら多少の無理でも陛下にもごり押しできる」
カインズさんが豪快に笑う。
「何が欲しい?騎士爵か、それとも賞金か?」
「そうですね……」
首を傾げながら顎に触れ、悩むポーズをとる。
「遠慮することはない。そうだ、坊主は確か、元の世界の帰還方法を知りたがっていたな。儂が責任をもって探そうではないか」
「でしたら……」
「おう、何でも言えばいい。全部でもいいぞ」
「今回のことで、カインズさんが知っていることを全部教えてください」
カインズさんの表情は変わらない。表情だけを見れば多少ゴツイが、人の好い印象を受ける。
「それだけでいいのか?とはいっても、そうだな……。坊主の言う、インスティントという男と、所持していたというオリジナルの魔道具に関しては何も掴めていない。すぐさま兵を派遣したが、何の痕跡すら発見できなかった」
「そうじゃありません」
「じゃあ、何のことだ?」
表情は変わらない。だが、カインズさんの言葉を聞くたびに背中に悪寒が走る。息を吸い、唾を飲み込み、言ったら引き返せない言葉を口にする。
「今回のこと、全部カインズさんの仕掛けたことじゃないんですか?」
次回、一章完結!……の予定です
できるといいなぁ




