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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第三十四話 魔力欠乏

「リリィ――――!」


 体にもたれかかる力が強まる。両手で肩を支え叫ぶ。

 

 お姫さまを刺した男は、即座に離れようとする、が逃がしはしない。左腕でお姫さまを引き寄せ、右腕は体を引く男に追いつき、手に持った短剣を突き刺す。


 ズブリ、と短剣が男の腹に刺さる。さらに腕を伸ばすと、何の抵抗もなく男の腹に吸い込まれていく。

 肉を裂いていく感触が伝わり、手に生暖かい血が飛び散る。


 男が伸ばした右腕を掴もうとしたので、咄嗟に腕を引く。すると今度は粘りつくような抵抗を感じ、それでも引くと短剣の銀色だった部分が真っ赤に染まっていて、それを掴んでいる手も真っ赤に染まった。

 男は空振った手をそのまま腹に当て、振り返り走り去る。


 胃から何かがせりあがってくる。その何かはすぐ口に溢れ、頬を膨らまして閉じていた口を決壊させる。

 口の中が酸っぱく、喉も焼けたように痛い。無意識にお姫さまにかからないように、お姫さまお体を離す配慮が残っていたのは自分でも驚きだった。


「マサヤ!」

「ぐ……エルッおえっ――」


 胃の中は既に空っぽだ。胃液だか唾液だかが混じった液体を吐き出す。


「リリ……が……」

「わかっている! お前は大丈夫なのか」

「俺……は、ただの人を刺した吐き気……だ。情けねぇ……だろ」


 俺の言葉にエルーシャは怒気を露わにする。


「馬鹿者、情けなくなどない、それが普通だ!」


 その言葉に幾分か気分が楽になった気がした。


「インスティントは……」

「あの者は引いた。本当に引いたとは思わないが、そんなだまし討ちのようなことをする必要がない」


 エルーシャに震える左腕で支えたお姫さまを渡す。エルーシャはそっと丁寧に両手で支え、片膝立ちになってお姫さまの背中を見る。


「エルーシャ……どうなんだ」

「わからん、傷はそれほど深そうには見えないが顔色が悪くなってきている」


 汚れた口を袖で拭い体を二人に向ける。


「毒か?」

「かもしれない。だとすると一刻も早く治療をしなければ」


 お姫さまの顔を見ると既に土気色に変わっていた。


「おい、貴様ら。操られている時に意識はあったと言っていたな。それならばここがどこかわかるはずだ」


 上着を脱ぎ、傷口に被せて止血をしながらエンツォたちを睨みながら聞く。それにエンツォが答える。


「たっ確かグランから東に馬車を進めていたと思います」


 それを聞くとエルーシャは、すぐさまお姫さまを抱きかかえ馬車に体を向ける。

「馬車は動かせるな? さっさと立て!」

 そう言って抱えたまま馬車に走る。俺も未だ震える腕を殴りつけ、後を追う。


 追いつくと、エルーシャは呆然と立ち止まっていた。


「エルーシャ、何を――」


 馬がいなくなっていた。

 連中が連れて行ったに違いない。歩きでどれくらいかかるかはわからないが、これだけ騒ぎを起こしているというのに、人ひとりいないことから大分離れているはずだ。


「う、馬がいなぐなっでいるのか……おいマルゴ」

 背後を振り返ると、クラウディオがエンツォたちに支えられて立っていた。するとその中から、マルゴと呼ばれた一人が前に進む。

「そ、その傷を見せてくれないか?」


 その言葉に、立ち尽くしていたエルーシャが反応する。


「治療できるのか!?」

「い、いえ症状がどんななのかぐらいはわかるとはお、思います」


 一瞬悔しそうな顔をしたエルーシャだが、すぐに表情を引き締めマルゴを連れ荷台に向かう。



「多分、魔力がどんどんなくなっているのだと思います」


 荷台にて、マルゴが触診などを終えて呟く。


「治せないのか?」

「本での知識ですが、魔力欠乏症という奇病として、急激に魔力がなくなっていくという病があります。その場合、自然に回復するのを待つか、希少なものらしいですが魔力を回復させる薬が必要です」


 エルーシャが荷台の床を叩き、重苦しい空気が流れる。

 

「エルーシャ、魔力がなくなると何で危険なんだ。気を失うだけじゃないのか」

 

 不味いという感じはするが、魔力がなくなった場合はそれくらいしか聞いていないので、実感が湧かない。

 エルーシャは俺を見ると、悔しげに唇を歪めながら答える。

「本来ならばそれだけだ。だが、短い期間にそれを繰り返したり、自分の魔力量以上に使おうとすると死ぬ危険がある。あまり解明はされていないが魔力は生命維持に必要らしく、普段使う魔力は生命維持には影響のない範囲の量が使われるらしい」


 恐らく過労死のようなものなのだろう。


「そうだマサヤ! お前がやっていたあれはどうだ!」

「あ、あれ?」

「操りを解いた力だ! 何故かわからないが毒により魔力の流れがおかしかったのに、操りが解かれた後から調子がいいんだ」


 確かに、絶え絶えだったはずのエルーシャの剣は再び燃え盛っていた。「魔道支配」は治療能力なのか?


「……わかった。試してみる」


 大きく息を吸い、手のひらをお姫さまの頭に触れさせる。

(「魔道支配」発動)

 今までと同じように、腕から何かが流れ込んでいる感覚を感じる。

(操られていないのに感覚がある。エルーシャがこれで治ったのならお姫さまもこれで――)


 ブレーカーが落ちるように意識が一瞬だけ飛びかけ、咄嗟に手を引くと意識が戻る。

「がはっ――はぁ……はぁ」

 大きく息を吸い込む。目がかすみ、耳鳴りや頭痛が襲う。


「大丈夫かマサヤ!」


 エルーシャの声が聞こえる。頭を片手で押さえ、もう片方の手の平を向けて大丈夫と合図をする。


 今のはエルーシャの時に感じた感覚だった。クラウディオたちにはなかった何かを吸い出されていく感覚だ。しかし、感覚の大きさが桁違いだった。

 エルーシャの時がストローで吸うぐらいだとしたら、まるで掃除機でも持ち出されたかのものだ。


『魔力残量 2%』


 頭痛に襲われる頭に声が響く。

 確かさっきまでは何となくだが、10~15%ぐらいは残っていたはずだ。インスティントの攻撃を避けられるだけの分は残していた。


 かすむ目を擦り、お姫さまの顔を覗く。

 未だ土気色だが、先ほどよりはマシになっている。


「どう……やら、魔力を吸い取られたらしい」


 俺の言葉に周りが驚いているのがわかる。


「魔力を移譲できるのか?」

「らしいな……」


 推測だが、エルーシャの時も俺の魔力を渡していたんだろう。どうやって流れとやらを治したか知らないが。

 唇を思い切り噛みしめる。口に広がっていた酸っぱさから、鉄の味に入れ替わる。

 荒い呼吸を落ち着かせ、再び手をお姫さまの頭に触れさせようとする。


「マサヤ 私の魔力を使ってくれっ魔力を渡せるのなら貰うこともできるはずだ」


 俺もその可能性は考えたが難しい。渡せるのなら、魔力を受け取ることは不可能ではないはずだ。しかし、短い間でお姫さまが危険になり、ほんの一瞬で俺から吸い取るほどの消費速度、どれほど持つか。


「お、俺たちからも使ってください」


 エンツォが声を上げる。

 同意がいる以上、無理やり吸い取ることができないので勘定に入れてなかったが、エンツォたちも入れればある程度は持つはずだ。


「俺はひどよりまりょぐが多い。すぐにはづきないはずだ」


 俺は頷き、一人一人に「魔道支配」を発動させる。予想通り魔力を受け取ることは可能だった。

 魔力を受け取り、お姫さまに移す。その繰り返しだ。



「マサヤ、お前は大丈夫なのか?」


 エルーシャのから焦りを含んだ声が掛かる。

 既に全員の魔力が尽きかけている。お姫さまの顔色は大分回復したが、それでもまだ悪い。


「……まだ、平気だ」


 耳鳴りが酷くてうまく聞き取れないが適当に答える。

 俺なら大丈夫だ、一度なくなってもまた回復する。それに生命維持に魔力が必要という説は、異世界の人間に通用しないかもしれない。それならばいくら使っても平気なはずだ。

 頭痛がする頭を押えながら片方の手で触れ、「魔道支配」を発動させる。


『「魔道支配」キャンセルされました』


「――っ!?」


 まただ。クラウディオと同じくキャンセルされた。


「クラウディオお前、最初に対峙した時に一度操りを解かれるのを拒否したか?」

「わがらない……ただ、そのどきはお前にづよいにぐしみがあっだ」


 操りを解く場合も魔力の移譲も合意が必要なのだろうか。


「お姫さまっ、魔力を受け取らないと死ぬんだぞ!」


 お姫さまの肩をゆすりながら、頭痛や耳鳴りに堪えて大声を出す。すると、お姫さまの瞼がうっすらと開き、振るえる唇が懸命に動く。


「これ以上、私に魔力を分けたら……マサヤ様が死んでしまい……ます」

「っ――平気だ! まだ残っている。それに俺は異世界人だ。魔力がなくても死にはしない!」

「少なくとも……マサヤ様に魔力がある……以上は確証はありません」


 言葉を交わしながらも、「魔道支配」を発動し続ける。

『「魔道支配」キャンセルされました』

 その度に、無情な声が頭に響き続ける。


「姫さま! 私ならまだ大丈夫です」

「駄目……ですエルーシャ。貴方も相当魔力を……消費している……はずです」

「ですがっ」 


「お姫さま!」


 瞼が閉じられる。


 何もできない悔しさに拳を握りしめ、下唇を噛みしめる。すると、馬の嘶きが聞こえる。遠くに明かりが見え、段々と近づいてくるのがわかった。やがて、荷台の後ろに止まり、一人の栗色の髪をした男性が御者台から降りる。


「マサヤ君、もう大丈夫だ」


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