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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
34/59

第三十一話 弱者の拳

 何でこいつがいるんだ。


 そいつは体を縮こませながらクラウディオに話しかける。


「ク、クラウディオ様、そ、その剣をお収めください。自分は操られている時でもほんの少しですが意識はありました。ならばクラウディオ様も……」


 男の言葉にクラウディオは静かに聞いているようにも見える。だが言葉を発することも頷くこともしないので、本当に聞いているのかはわからない。


 何にせよ、止まったくれている今しかない。


 腕を掴み、足を蹴り上げ金的をかまし、腕を倒すように引っ張って立ち上がり、姿勢を入れ替える。


 クラウディオは動かず、されるがままに倒される。


 傷を押えながら一旦距離をとり、男に近づく。


「おい」

 俺の言葉に男は体をびくつかせ、視線を逸らしながら答える。


「そ、その……あんたに押し飛ばされた後、訳が分からずにいたら、王女殿下に事情を説明されて」

「そこはどうでもいい。とりあえずお前は敵対する気はないのか」

「ああ、元々あんただけが目的だったのにいつの間にか、王女殿下まで巻き込んで……」

「そこだ、どうやってインスティントに操られた。意識があったってどういうことだ」


 ぐだぐだと喋る男に苛立ちを募らせる。

 こっちは限界が近いんだ。動かない間に「魔道支配」が効かない理由を探さなければいけない。


「お、おいエンツォ、どうなってるんだ」「急に体の自由が効くと思ったら……」


 面倒くさそうなのが増えた。

 さっき操りを解いた二人だ。ちゃんと成功はしていたようだ。


 弓の男は何故か遠くで倒れていた。


「とにかくお前ら、クラウディオを縛ってくれ。また動き出したらまずい」


「な、なんだと!?」「貴様ごときが何を!」

「待ってくれ二人とも、操られていた時のこと、二人とも覚えてるだろ」


 直前まで話していたエンツォと呼ばれた男が二人を宥める。


 まずいな、俺じゃ収拾がつかなそうだ。

 一番楽なのは、「魔道支配」が効かないクラウディオを殺すことだが、この三人がそれを見ているだけなわけがない。俺もこの三人を相手取る体力も残っていない。


「静かに、落ち着いて話を聞きなさい」


 混沌とした場に凛とした声が響き渡る。


「ここは危ない。下がっていてください」

 

 俺の言葉をお姫さまは無視し、頭にかぶっているスカーフを取り外し近寄る。


「失礼ですがマサヤ様ではこの者たちを押えきれません。それにご自分の怪我の度合いを考えてください」


 取り外したスカーフを俺の右肩に当て、縛り付ける。

 きつく縛られたため、激痛に襲われるが耐える。


 エンツォたちは、この場にそぐわない少女の登場と行動に呆然としている。


「控えなさい。私の名前はリリアン・クリスタ・ヴァン・ロレーヌ。この国の王女です」


 服は庶民の服のままで、もちろん王女という証拠などない。

 ただエンツォたちの言葉を信じるのなら、意識だけはあったようだしわかっていると思うが。


 それ以前に、お姫さまの言葉には有無を言わせない響きがあった。

 エンツォたちはそろって膝をつく。

 

「貴方がたの操られていたとはいえ、王族である私、そしてエルーシャとマサヤ様へ働いた無礼や罪などは一旦不問と致します。今はこの方の指示に従ってください」


 エンツォたちの視線が一斉に俺に向く。

 

「う、承りました」

 

 王女殿下の言葉だから一応は従う、そんなところだろう。

 こいつらもこの国の人間だ。これくらいの時代で考えれば王族なんて神に等しい存在だ。

 不満はあっても逆らえない。


 それにしても、もしこいつらが王女を攫った罪を誤魔化すために敵対する、なんてことになっていたらどうしようもなかったところだ。

 意識、操られている時の記憶があったことはプラスにもマイナスにも働く。


「一先ず不満はあるだろうが、クラウディオ……卿を動けないようにしてくれ。お前らみたいに操りが解けないみたいだからな。それとそこの弓の奴も連れてきてくれ。もし、まだ操られているようだったら元に戻す」


 エンツォたちは不承不承ながらも動き出す。


 動き出したのを確認すると、後ろを振り向く。

 まだエルーシャは戦っている。互角か、どちらかと言えば押されている気がする。

 今のクラウディオとの戦闘を考えれば、限界まで「思考加速」を使えば一瞬ならインスティントとも渡り合えるだろう。

 一瞬さえあればエルーシャがなんとかしてくれる、と思うがそもそも渡り合えるかも確実ではないし、この体の状態では思考に体が追いつかない。

 それでも挑むかもしれないが、それでエルーシャの隙を生むような犬死は御免だ。今更躊躇はないが最後の手段にしたい。


 何か他に手はないか。エルーシャも何時までもつかわからない。


「マサヤ様、申し訳ありません。巻き込むだけ巻き込んで、力にもなれない情けない王女で……」


 気づくとお姫さまが俯いていた。

 

「情けなくなんてないですよ。今だって王女殿下がいなきゃどうなってたか」


 確かに巻き込まれたのは事実だ。だが、抵抗する道を選んだのは俺だ。

 それに俺も狙われていたんだ。むしろお姫さまのおかげで唯の流されるだけの負け犬にならずに済んだし、エルーシャさんもいたからこうやって生きている。

 それでも元をたどれば、連中に転移者だってばれたのはお姫さまたちと出会ったのが原因だが、お姫さまを助ける道を選んだのも俺自身だ。

 

「……気に病むのなら、そこの短剣を取ってくれますか」


 俺の言葉にお姫さまを目を丸くするが、すぐに言ったことに気づき、弾き飛ばされていた短剣を拾いに行く。


 失意にくれるお姫さま。

 本来なら慰めるでも抱きしめるでも、色んなシチュエーションの選択肢がある。だが俺はそれを取らない。

 本当に責任を感じているなら、俺が何を言っても無駄だ。むしろ余計惨めになる。……あの時のあいつもそうだった。

 それに、そんな甘いシチュエーションを楽しむ余裕などない。何時、エルーシャの限界が来てもおかしくない。


 俺は主人公なんかじゃないんだ。そんなことに時間を割いている余裕もなければ、女の子に気の利いたセリフを言ってやる度胸もセンスもない。


 お姫さまから短剣を受け取ると、服の両袖を切り取る。

「これを傷口にお願いできますか」


 お姫さまはコクリと頷くと、両肩の傷に袖をきつく締めて結ぶ。右肩はスカーフの上にさらに結ぶ形だ。

 襟を口に咥えて、痛みに堪える。


「ありがとうございます」


 お礼を言うが、お姫さまは未だ思いつめたような表情を崩さない。


 俺は何も言わない。助けた少女にそんな顔をされるのは精神的に良くない、けど何度も言うがそんな場合ではない。


「クラウディオ様!?」


 後ろから驚いたような声が聞こえる。


 振り向くと、倒れていたクラウディオが立ち上がっていた。

 動けないようにしろと言ったというのに。


 さらに後方には弓の男が一人に支えられた立ち上がっていた。

 支えていた男が事情を説明して、頷いてたりもしているのであっちは平気そうだ。


 クラウディオも操りが解けていることを期待するが、どうやらお生憎様のようだ。

 変わらず、俺に殺意がこもった目を向けている。


 エンツォともう一人はクラウディオを止めようとするが、力の差がありすぎて全く相手にされていない。


「ブランディ卿……」


 お姫さまが立ち上がり止めようとするが、俺が手で制す。


 エルーシャを助けに行くにしても、ますはこいつをどうにかしなければいけない。

 エンツォたちじゃ到底太刀打ちできそうにないし、クラウディオに武器を向けるのも抵抗がありそうだ。残りのお姫さまは問題外である以上、俺が何とかするしかない。


 クラウディオに体を向ける。

 立っているだけで体から悲鳴が上がる。


 一瞬だ、恐らく一瞬で勝負が決まる。決めなくてはいけない。


 インスティントをどうにかするには、これ以上体力の消耗は避けたい。かといって出し惜しみしたら、間違いなく死ぬ。

 俺にはそれしか選択肢がないんだ。


 短剣を握りしめる。一撃は全力で避けてこいつで心臓を刺す。それが一番理想的だ。


 しかし、一撃を避ける必要と、殺す場合はエンツォたちがどう動くかわからない。

 操りが確実に解けるのなら殺す必要はないけども、そんな一か八かに賭けたくはない。


「ユウキ…マサヤ……」


 クラウディオが言葉を発する。

 しかし操りが解けているようには見えない。


「オマエ…なんかがエイユウだなんて……」


 こいつは何を言っている。

 俺が英雄だって?

 確かにクラウディオが絡んできた理由がそれだが、操られているというのに何でそんなことを?


 思えば不可思議な点が多い。

 何故、エルーシャを操らなかった。いくらでもチャンスはあった。

 俺を操らなかったのはあの時はまだ交渉の余地があったからだ。

 クラウディオを主犯に見せかけるため、だとしてもその後にいくらでも操れた。


 抵抗した後、エンツォたちを操った時も変だった。クラウディオを呼んでいれば、それこそすぐに方はついた。

 それと何故エンツォはお姫さまを人質にした。あれもインスティントには何の益もないことだ。 

 その後に突然俺とエルーシャを操った。


 インスティント……どこで聞いたような気がする。

 ここで魔力を使うのは惜しいが、何かが掴めそうな気がする。

 「記憶の引出」……発動。


『インスティント istinto 意味は』


「なんで……ナンデオマエが!」


 意味を聞く前にクラウディオが斬りかかってくる。


 「思考加速」を最初から限界まで上げる。


『後ろに三歩移動』


 途中で「予測」が挟まれたりすると、どうやら「記憶の引出」はキャンセル扱いされるようだ。


 目の前で剣が振り下ろされる。

 風圧が前髪を揺らす。


(最悪だ。先手を取られたっ)


 いざとなったら殺す覚悟はあるが、心の奥ではやはり殺したくない気持ちが存在する。

 そんな気持ちが、インスティントの【誘惑する者】の能力を暴こうとする。


「力をカクシテやがって……そんなチカラをモッテオイテ、ヘラヘラと!」


 避けられた悔しさかクラウディオの目の殺意が増す。


「オレガ! そんなチカラがあれば!チチウエにもアニキにもばかにサレナイデ!」


 再び剣が振るわれる。

 ただの力任せの剣だ。落ち着いて対処すれば活路はある。


「閣下のオヤクにもたって……アイツラをみかえしてヤルノニ!」


 そうだ思い出した。インスティントの意味は確か……本能。

 

「ナンデ! オマエナンカガッそんなウラヤマシイチカラをッ!」


 避けるために動かしていた足を止める。

 目の前でクラウディオが剣を振りかぶる。


『【誘惑する者】本能、深層、表層心理に働きかけ、操る魔道具』


 合っているかはわからない。

 所詮俺の経験と知識からの予測・ ・だ。


 剣が振り下ろされる。


 右手を開く。

 握っていた短剣が地面に突き刺さる。


「ふざけんな」


 再び肩に剣が食い込む。だが気にしない。

 右手で拳をつくり、構え――顔面に叩き込む。


 俺だって御大層な力を持っているわけではない。

 確かに俺の魔道具はチートに入るだろう。だけど俺自身は貧弱だ。

 それならばまだいいが、チート能力も満足に扱えないのでは笑えもしない。


「お前こそ、こんだけ力があるじゃねぇか」


 顔面を殴られて仰け反ったところを左拳をつくり――もう一撃。


 クラウディオの顔から俺の拳に赤い糸を引く。

 肩に食い込んでいた剣が手放され、体を滑り落ちていく。


 俺自身は弱い。肉体的にも精神的にも。


 何度逃げ出そうとした。自分に何も力がないからって何度流された。俺は英雄でもヒーローでもない。


 右手を強く握りしめる。


「俺はてめぇが羨むほど強くねえよ」


 鈍い音共に腕の骨が軋む。

 

『「魔道支配」発動しますか』


 今発動した理由はわからないが……YESだ。

 

魔道具の解明とか主人公の感情とか難しいです!

至らぬ点がありましたらご容赦ください


一章が予想以上に長くなってしまいましたが、もうすぐクライマックスです

ここまでお読みくださりありがとうございます

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