第三十話 キャンセル
「エルーシャ、クラウディオたちは俺がやる」
「それが適任だろうな。しかしブランディ卿は気をつけた方がいい」
作戦は簡単だ。
エルーシャがインスティントを相手している間に、四人を元に戻す。その後はクラウディオたちが協力してくれるならエルーシャに加勢する。
言えば簡単だが、エルーシャも俺も怪我が酷くなってきている。インスティントをどれだけ抑え込めるか、クラウディオの相手を俺ができるかであっさり勝敗は決まる。
「安心しろ。何故かわからないが、魔力の調子がいい」
そう言うと赤熱した剣から炎が燃え上がる。
目を丸くした俺にエルーシャは笑いかける。
「閣下が捜索しているはずだ。ここさえ乗り切ればきっと応援が来る」
希望的観測にも思えるがそれを否定するような空気の読めないことはしない。俺もそう願いたいからな。
背中に刺さっている短剣を探り当て抜く。
とてつもない痛みに襲われるが何とかうめき声を漏らすだけで済んだ。
短剣を右手で持ち、構えの真似事をする。
抜けば当然血が流れる。だがどうせ長期戦は無理だ。流石に素手で挑む勇気はない。矢を防ぐ対策にも必要だしな。
「貴殿はもう……」
「貴殿はやめてくれって言ったろ」
指摘にエルーシャから笑みが漏れる。
「そうだな、お前はもう戦友だ。戻ったら共に飲み交わそう」
すいませんそれ死亡フラグです。しかし水を差すような真似はしない。
「戦友というのも気恥ずかしいが……悪くないな」
「もう宜しいでしょうか」
インスティントから声が掛かる。
わざわざ待っててくれるとは、敵として空気が読める奴だ。
「ああ、もう大丈夫だ」
それぞれが武器を構える。
お姫さまは離れた位置にいてもらっている。
エルーシャとインスティントが向かい合い、斬り合いを始める。それを皮切りに俺は全力で走りだす。
背後では既に聞きなれた金属音が絶え間なく鳴り響く。
まずはクラウディオから操りを解く。
弱い奴から叩く?馬鹿を言うな。そんなのは余力があるか、個人の技量が優れた場合だけだ。
初っ端からダッシュで先にクラウディオをどうにかしないと詰む。
エルーシャに押し勝つ奴に俺が敵うわけがない。幸い残りはさっき相手をして何とかなることがわかっている。油断は禁物だが、クラウディオをどうにかすれば勝てる可能性は全然違う。
一直線にクラウディオに向かって走る。しかし相手もそう簡単には行かせてくれない。
前方から矢が飛んでくる。
即座に「思考加速」を発動させ声を聞く。
『前方から矢が接近 着弾点は額中心 残り1.5秒後』
「予測」も段々と精度が上がっている気がする。まだ使いこなすとまではいかなくとも頼もしい限りだ。
しかし、「予測」通りゆっくりと迫る矢が突然加速する。
加速する矢に驚きはしても焦りはない。
迫る矢の軌道上に短剣を置く。「予測」よりも早く迫り、剣より小さい短剣は弾くのは難しいが「思考加速」の速度を上げれば対処はできる。
強い衝撃で手が痺れる。危うく短剣を取り落しそうになるが堪えて強く握りしめる。
来るのさえわかって加速を上げれば、厄介ではあるが脅威ではない。
一旦、加速を解く。
常時発動させたいが魔力切れがある。それに走りながらの発動は結構な神経を使う。
何せいくら走ろうと脚を動かそうとしてもゆっくりとしか動かないのだ。
通常では一瞬である攻防の場合は、ゆっくりでも気が抜けない。だが距離がある場合に走るとかなり長い。幸い、自動発動があるので解くことができるが、そうじゃなかったら相当疲れる。
加速を解くと脚が速く動きだし、クラウディオとの距離が一気に縮まり、もう少しで届くという距離で二人が剣を持って立ちふさがる。
生憎、構う余裕は――ない!
再び加速し、どこぞのアメフトの21番並みに迫りくる二つの剣を躱す。
ついでに躱しざまに、いい具合に寄ってくれた二人の頭に触れ、「魔道支配」を発動させておく。
一番の目標はクラウディオだが、簡単に触れられる位置に頭があったのだから発動させておかなければいけない。
もちろんクラウディオを優先させるので、走りながらで成功したかは怪しいが、今までと同じように腕から何かを吸い込んでくる感覚があったので成功だろう。
二人を躱すとクラウディオは目前に迫る。
相変わらず殺気を含ませた目で俺を見ている。
クラウディオが剣を上段に構える。加速を限界まで上げる。
剣が振り下ろされる。限界まで上げた加速により、剣の周りにソニックブームのようなものが起きているのがわかる。
危ない。恐らく加速を限界まで上げていなかったら反応が遅れていたところだ。
振り下ろされる剣に斜めになるように短剣を添える。
打ち勝てるだなんて微塵も思っちゃいない。ほんの少し、ほんの少しだけ逸らすか速度を落とせれば手が頭に届く。
剣と短剣が触れ――短剣が手から弾き飛ばされる。
思わず目を丸くする。ぶつかり合う暇もなく、触れた瞬間弾き飛ばされた。
衝撃と驚愕により、体がコンマ一秒にも満たない時間動きが止まる。
もはや避けれない距離にまで剣が振り下ろされるのは、そのコンマ一秒に満たない時間で十分だった。
死んだ、と思った。だがそれでもここまで来て諦めはしない。
限界まで体を逸らし、短剣を持っていなかった左腕を伸ばす。
ギリギリ懐まで入り込み手が頭に届く。しかし、剣は既に右肩に触れている。
(「魔道支配」―発動っ!!)
腕から何かを吸い込む感覚が起きる。同時に僅かに肩に食い込み、服に血を滲ませている剣が止まる。
(これ…で……)
『「魔道支配」キャンセルされました』
声が頭に響く。
一瞬何を言っているのかがわからなかった。
腕から吸い込まれてくる感覚が消える。止まっていた剣がピクリと動く。
(――っ!?)
思考放棄していた頭が再び動き出す。
やっと動き出した頭より速く体が動き、咄嗟に体を引く。
肩から下に剣が動く。
目の前に血が飛び散る。
肩はまだつながっている。本能や反射とも言うべき動きが命を助けた。
真っ二つにはされていない。だが尋常な痛みではない。意識が飛びかける。が、相手はそれを許してはくれない。
傷口を蹴りつけられる。
蹴りの痛みと倒れた時による衝撃の痛みで、意識が無理やり引き戻される。
だがそろそろ限界が来ている。
動けなくはないが、さっきのような全力疾走は無理だ。
クラウディオが倒れている俺に歩み寄ってくる。
片手には俺の血がついている剣を持って。
このまま殺されてたまるか。
手をつき起き上がろうとする。しかし激しい痛みが走る。だが歯を食いしばる。口の中に鉄の味が広がる。
クラウディオが目の前に立つ。
まだ上半身を起こしたばかりだ。
首に剣が添えられる。ならばと睨みつける。
首に赤い線が走る。唾を飲み込む。
「お、お待ちください!クラウディオ様!」
俺の背後から届く声に剣が止まる。
クラウディオはその声の主に視線を送る。
俺も振り返り声の主を見ると、すっかり存在を忘れていたあのクソ野郎が立っていた。




