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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第二話 最初の選択

前後はしますが、午後六時半ぐらいを目安に投稿します

書き続けられる限り、目指せ隔日更新

 目の前に何か光るものが迫ってきている。

 光るものは、人の体程度なら簡単に貫けそうなぐらい鋭く感じる。

 そしてそれが貫こうとしているのは自分の頭だ。


「痛っ!?」

 反射的に頭を斜め後ろに逸らす。しかし完全に避けれなかったのか、額が赤く一文字に裂ける。

 なんだこの状況。訳が分からない。

 意識が現実を放棄しようとするが、痛みと額から暖かい液体が垂れてくる感覚で、現実に引き戻される。

 ここで逃避なんてしたら間違いなく死ぬ。痛みと共に頭から警鐘が鳴り響く。


 痛みに耐えながらも、状況を確認しようと、自分を傷つけたものが飛んできた方角に顔を向ける。

 見ると、一人の男が弓を引いているのがわかる。

 もちろん、弓には矢と一緒にあるのが当然だ。男の弓は当然のように矢をつがえている。

(まずいっ)

 そう思った文字通り矢先に、弓から矢が放たれる。

(やばい、死ん……)

『体を後ろに』


 頭から声が響く。

 聞いたことがない声だが、じんわりと体全体に染み渡るような声だ。

 ずっとこの声を反芻していたい気持ちになるが、このままでは間違いなく死んでしまう。

 目の前から迫る死の危険に意識が向く。


 声の通り体を後ろに傾けると死が一歩遠くなる。

 稼げた時間は僅か一秒にも満たないただの悪あがきだ。このままだと倒れ込む前に矢が自分の頭を貫くだろう。

 しかし、その一秒もない時間稼ぎが命運を分ける。


 後ろから左手を引っ張られ、倒れ込む速度が上がる。

 目の前を死が通り過ぎる。

 通り過ぎた時に生じた風が髪を揺らす。


 地面に尻を打ち付ける。痛みはあるが大したことはない。

 痛みがあるということは生きているということだ。


 心を覆っている恐怖を生きているという歓喜が追い払う。

 しかし、その歓喜も耳元で叫ばれる言葉によって再び死の恐怖に覆われる。

「次があります!!」


 先ほどの頭に響く声ではなく、耳から聞こえてくる言葉の主を振り返る余裕はない。

『手を前に』

 今度は頭からの声だ。よく分からないが、死にたくないのならこの声に従うのが一番良さそうだ。

 声の通り右手を前に突出し、構える。


『三秒後に手を握り締める』

 三秒後……2…1…。

  

 ガッ

 

 骨まで響くような衝撃が腕に流れる。

 手のひらが熱い。皮が擦り切れた痛みだ。

 視界には銀色の光がある。先ほどと違うのはもう向かってくることはないということ。

 手を開くと自分を命を奪おうとしたものが零れ落ちる。


 矢を放った男が動揺しているのが分かる。

 動揺をしているのはこちらも同じだが、この隙を逃すわけにはいかない。

 すぐに体を反転させ走ろうとすると。

「お助けください!」


 ふと左手が繋がれたままだということに気付く。

 繋がれた左腕の先には少女がいた。


「どこの誰かは存じませんが、少なくとも奴らの敵ではないのでしょう?それならばここから逃れるために力を合わ……貸して頂けませんかっ」

 泥まみれでとても高かったであろうドレスを着込み、拭ったのか泥と涙、粘ついているのが分かるので鼻水を、グチャグチャに混ぜた顔をした少女が叫ぶ。

「ブフッ!」 

 


 突然噴出した俺に、少女は呆気にとられた表情をする。

 手を握り締める少女の手は細い。振り払おうとすればすぐに振り払えそうだ。

 生き残りたいなら振り払うべきだが、その少女の表情が俺の脚を止めさせた。


 少女の表情は、グチャグチャにも関わらず、それを全く気にしていないかのように唇を震わせ、涙が溢れそうになりながらも毅然とした表情を崩さないように必死だからだ。

 顔をきれいに拭けば美少女であろう少女が、そんな表情を浮かべていることに、さらにおかしさに拍車をかけている。


 少女は呆気にとられていたが、自分が笑われていることに気づきを赤くする。

「な、なぜ笑うのですかっ、周りを見なさい! こんな状況だというのに」

 赤くなった顔がさらにおかしいことになっていたが、少女の言葉を聞き周囲を見渡す。


 矢を素手で掴み取った俺を、矢を放った男は警戒しているのか、矢をつがえながらも弓を射る素振りはみせない。

 さらに周囲には5、6人ほどこちらに警戒した眼差しを送ってくる。


 その内一人が警戒と何が何だかといった表情を向けてくる。

 男装をしているためわかりにくいが、僅かな胸の膨らみで分かるので、軍服のコスプレのような恰好をした少女だとわかる。

「姫様、そいつからお離れ下さい!」

 軍服少女は周りに注意を払いながらも、俺に剣を向けてくる。


 軍服少女は、未だ俺の手を握っている少女に向かって言っているので多分、少女の味方なのだろう。

 この状況ではいったいどうするべきか。


 剣を向けられ周りを取り囲んでいる奴らにも敵意を向けられているが、不思議と俺の心は逆に落ち着いていく。

 少女と話? をして落ち着いたのか、それとも似たようなラノベをたくさん読んできたからか。

 そうかラノベか、今この状況はそんな状況なのか。

 つい噴出してしまったけれど、今は酷い顔だが、手を繋いでいる少女はよく見れば美少女だ。剣を向けている軍服少女の方もいまいち色気はないが充分美少女に入るだろう

 

 なんだか軍服少女の殺気が増した気がするが、それはひとまずどうでもいい。


1、優勢だがなんだか悪役な奴らにつくか

2、明らかに劣勢だが、助ければテンプレルートに入りそうな美少女二人か


 こんなところだろう。

 生きたいなら2はなさそうだな……かといって1の奴らも少女を突き出したからといっても、簡単に逃がしてくれなさそうだし、さらに流石に突き出すのは良心が尋常じゃなく痛む。


 個人的、というかオタク的には2を選びたい。しかし現実はそう甘くないだろう。

 そんな都合よくチート能力なんて目覚めるわけがない。

 さっきの頭に響く声が気になるが……すいません誰かいませんかー、返事してください。

 

 ……


 ご都合に頼るのは良くなさそうだな。


「あ、あの……」

 

 いやしかし、声の通りに動いたら弓を掴み取れたのはたしかだ。

 どうせどちらを選んでも命の危険はあるのだ。ならばできるだけ良心が痛まず、かつご都合に頼るというのも一つだな。


「あの……」

 

 よし決めた。2にしよう。


「あのすいません……」


 おっと少女を無視していたようだ。 

 にしても誰も動かなかったな。変身を待つ敵でもあるまいし。


「えっと、ごめん少し考え事を。……俺ってどれくらい考えてた?」

「へ? 4秒くらいですが」

 やっぱり体感的にはけっこう止まっていたはずなのに。

 となると思考加速的な何かか?それじゃ声の説明がつかないけど。


 考え事をしながら剣を向けてくる目の前の少女に話しかける。

「俺は君たちに敵意はない。周りの連中にもないが、いきなり殺そうとするような連中に付く義理もない。逃がしてもくれなさそうな雰囲気だし、流石にこの数は厳しいので君たちと協力をしたいのだが」

 握られている手に力が入る。

 軍服少女は怪訝そうな顔をし、取り囲んでいる連中は明確に敵と認識したのか、はっきりと殺意を向けてくる。


「突然現れて、いったいお前は」

「俺は君の言う姫様に頼まれて協力をするだけだ。本来なら一人でも逃げることができるんだが」

 できる限り傲岸不遜に、今まで見てきたキャラを思い出せ。普段なら死にたくなるようなキザったらしいセリフを。


「お前らも今のところは手を引け、思わぬ転移場所で最初は不覚をとったが、最初で最後のチャンスを逃したんだ。俺はこの姫様に付く、さっさと戻って主人にこのことを報告でもしたらどうだ?」

 踏ん張れ、声と脚の震えを止めろ。思考は冷静になっても恐怖は心にこべり付いている。

 話すのをやめるな、喋り続けろ。

「言ってもわからいか?それなら実力行使しかないが」


「魔…具」「転……者…」「…報告……殺…おくか?」

 上手く聞き取れないが、連中同士でコソコソと話しているようだ。

 今更だが、転移とか言ってしまったけれど魔法系があるのかが不安だったが、あまり不思議そうにしていないので心底安心した。聞き取りづらいが、どうやら転移者だか転生者みたいな存在もいるのか?

 あと最後の言葉ものすごく不穏だけど大丈夫だよね?


「確認……要」

 さらに不安になる言葉を残し、6人の内2人が木々の間の闇に消える。

「お前らは逃げないのか?」

 まずいと思いながらも残りの4人に問う。


 返事は風を切る音。


『肩と同じ高さ、正面から55°二秒後に』

「ちっ」

 咄嗟に振り向き、指定通りの場所に手を突出し…固く握りしめる。

 た、助かった……。


 痛てぇ。さっきので皮が剥けたせいで、今度は肉を直接擦りやがった。

 それと説明が細かすぎるよ。

 どうやら思考加速的なのを発動してくれたらしく、なんとか反応はできたが危なかった。


 返事がない声に心の中で文句を言っていると。

 後ろから金属音が響く。


「おい。随分ご大層なことを言っていたが危なかったぞ?」

 後ろを振り向くと軍服少女が連中の内の一人と斬りあっていた。

「一応礼は言っておこう」

 金属音が耳に響く中、強キャラを崩さないように礼をする。

「ならば後ろの二人は任せた」


 二人?

 また後ろを振り向くと、今度は鉄の塊が迫ってきたいた。

「やべっ」

 鉄の塊を視認した瞬間思考加速が始まる。

 世界がゆっくりになる。おかげで少ないが余裕が出てきた。

 獲物は大剣か。

 さあ声!どうよければいい!

 

 ……

 

 反応なしかよ!? さっき文句いったのが悪かったんですか!?

 頭でツッコミを入れている間も、ゆっくりながら大剣が迫ってくる。

 これはまずいと思い、必死に体をくの字に曲げ大剣を避ける。

 思考加速が終わり世界が元に戻る。

 

 お腹の辺りに風圧が起きる。

 危ない。思考加速は起きたが声はなかった。どういうことだ?

 

 声が疑問に答えることもなく、答えが出るまで敵が待つ訳もなく。


 目の前の大剣使いが再び振りかぶり、後ろに構えている弓使いも弓を引く。


『弓が射られた後左後ろに二歩後退』

 声さんキターーーーー。

 

 声の言うと通りに、弓使いの手が弦から放れた瞬間、左後ろに二歩下がる。

 右の耳元で風を切る音がし、俺が寸前にいたところを大剣が横振りに薙ぐ。

 今度は思考加速なしでも平気だったからか発動せず、声だけが響いた。

 

 またも大剣が迫ってくる。

 大剣に関しては思考加速だけで避けることができるが、矢は速度だけでなく距離感も重要になってくるため、思考加速だけでなく声も必要になってくる。


 防戦一方だが、相手の攻撃は一度も食らうことがない。

 難点はどうしても避けられないタイミングの、矢を掴み取る際による手の皮と肉が摩擦で痛いぐらいか。


 傍から見れば、敵を軽くあしらっているようにも見えるんだろうが、俺は心中穏やかという訳にはいかない。

 今はなんとか二つの能力によって避けているけれど、不確定要素が多すぎるし、何より決め手に欠ける能力だ。


 正直に言って、俺は体力も腕力も自信がない。思考加速によって落ち着く時間があるが、一歩間違えば死ぬ危険があるんだ。肉体的、精神的にもかなりキツイ。

 武器もないこの状況ではジリ貧でしかない。


「おい、いつまでそんなお遊びをしているんだ? 棒切れ遊びに射的でもやってんのか。そんなんじゃ一生かかっても俺を殺せないぞ」

 挑発をしてみるが二人は動じる気配がない。

 くそ、せめて一度作戦でも立てるかでもして引けよ。

 いい加減休憩させろ。そろそろ疲労が溜まってきたぞ。

 

 そんな俺の願いが通じたのか、二人は視線を合わせると弓使いは援護射撃でもしようというのか構えながら、大剣使いも大剣をこちらに向け、警戒しながら後退を始める。

 誰も攻撃なんざしねぇよ、てかできねぇよ。

 二人が闇に消え、しばらくしても戻ってこないことを確認すると脚が震え、腰が抜けそうになる。

 

 息をつくが、喉が乾いて唾を飲み込むと痛い。

 脚も恐怖と疲労で震えている。


 しかしなんとか堪え、足元に生えている木の根を踏みつけ、少女の元に戻る。


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