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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第二十五話 流されるか逆らうか

 エルーシャが倒れた。

 わき腹には矢が刺さっており、地面に赤い水たまりをつくっている。


 早く血を止めなければ。駆け寄ろうとするが、クラウディオたちが立ちふさがる。


 四人からは剣を向けられ、遠くからは矢で狙われている。


 殺される、そう思った瞬間、笛の音が聞こえる。同時にクラウディオたちは一斉に地面に倒れ込んだ。


 困惑する俺を笑うように、笛の音は四方八方から絶え間なく鳴り響く。すると背後から声がかかる。


「初めまして、ユウキマサヤさん……ですか?」


 突然、自分の名前を呼ばれたことに心臓が止まりそうになる。

 勢いよく後ろを振り返ると、荷台の奥の隅に一人の男がいた。


「どうも私は……インスティントとでもお呼びください」


 男は黒いロングコートで全身を覆い隠し、さらに顔の上半分を覆う仮面で素顔を隠している。どこかの漫画にでも出てきそうな格好だ。

 しかし、男の口調にはふざけた調子はなく、決められたセリフを淡々と言葉にしているような感覚がした。


「誰だよ、あんた……」

「はっきり言ってしまえば、以前森にてあなた方を襲った追手の仲間でしょうか」


 追手の仲間、男が淡々と口にした言葉は、俺の心臓を鷲掴みにされたかのような気分にさせる。


「俺をどうする気だよ」

「いえ、危害を加えるつもりはありません」

「危害を加えるつもりはない? 今更どの口が言うんだ」


 どうせ、殺されるのなら最後に噛みついてやる。


「それについては申し訳がありません。そこの者たちの貴方への嫉妬などが予想以上に強くて」


 言葉は申し訳なさそうにしているが、抑揚が全くなく何も感じられない。


「危害を加えないというのは本当ですよ? 私たちは、貴方をこちら側に引き入れたいと思っていますから」

「引き入れる?」

「はい。私はある方の使いで転移者であるユウキマサヤさん、貴方を迎えに来たのです」

「ある方?」

「そちらについてはまだお教えすることができません」


 一先ずこの男の言葉を信じるのなら、殺されることはないらしい。

 安堵の息をつき、大きく深呼吸をする。


 ほんの少し心に余裕ができ、落ち着いた俺は男に一つ頼みごとをする。


「エルーシャの手当をさせてくれないか。俺を引き入れたいのなら、せめてそれぐらいは聞いてくれないか」

 

 余り期待はしていなかった。

 しかし、俺なんかを助けたために死んでしまうのはふざけている。

 せめてこれだけは頼み込む、と心に決める


「良いですよ。こちらとしても彼女に死なれるのは困りますからね」


 あっさりOKが出た。

 拍子抜けした俺は、一瞬唖然とするがすぐに我に返り礼を言う。


「あ、ありがとう」

「いえ、これで警戒を解いて話を聞いてもらえるのなら」


 男はゆったりとした動作で、隅から歩きエルーシャに近づきしゃがみ込む。

 コートの中からいくつかの薬らしき物と包帯を取り出し、彼女の手当を始める。


 しばらくするとインスティントは立ち上がり、こちらに体を向ける。


「これで一先ずは大丈夫です。矢には毒が塗ってあるので動くことはできませんが」

「毒!?」

「ご安心ください。死ぬようなことはありません。しばらく魔力の巡りを悪くしたり、体が動けなくなる程度です」


 はたしてそれは安心していいのか。


「さて、それでは先ほどの続きをしましょうか。元々、王女を攫う予定だったはずが貴方というイレギュラーによって、予定以上の時間と労力を割いてしまいました。できればこれ以上は事を荒立てたくはないのです」


 どの道選択肢はない。

 クラウディオたちが突然倒れ込んだ理由はわからないが、恐らく協力関係かそれとも操られているか。後者だとしても状況は変わらない。五人を相手取れるわけもないし、操られていたとしてもそれを解除する手段も知らない。

 今は選択肢がなくとも、交渉はしている。まだ、暴力や催眠に頼らないだけマシだ。


「わ、わかった、抵抗する気はない」

「良い判断です」


 それまでは喋るだけだった口がニヤリと笑う。


「でしたらこちらにお越しください」


 インスティントは御者台の方に歩き、目線で促す。

 もちろん逆らう気はないので大人しく従う。


 御者台に案内されると、その御者台の横にはある人物が立っている。


「お姫さま……!?」


 お姫さまが虚ろな目をしながら身動き一つとらず、立っていた。

 胸にはバスケットを抱え込んだまま。


「な、なんで、エルーシャがカインズさんの部下と一緒にって……」


「ああ、それでしたら、造作もありませんでしたよ」


 本当に何でもなかったかのように男は言った。

 ただただ、事実を告げるように。


「そうですね、貴方には教えといたほうがいいですね。これを見てください」


 立ちすくんでいた俺の前に立ち、コートの中から取り出したものを見せるように持つ。

 笛だ。長さは30cm程度でフルートのように横にして吹く形だ。


「これは、【誘惑する者】といいましてね。言ってしまえば、笛の音色を聴かせるだけで人を自由に操ることができるのですよ」


 【誘惑する者】……名前付き。


「お察しの通り、オリジナルです。とはいえ、私は転移者ではありませんよ。これは昔の転移者が使っていたもので、残念ながらその転移者はもう死んでしまっているので能力の劣化が起こっています。それでも数十人程度なら操れるので問題はありません」


 顔色がどんどん青くなっていくのがわかる。


「ユウキマサヤさん、貴方が利口で助かりました。私としても魔力の問題がありますからね」


 クラウディオたちは操られていたのは間違いない。俺ももし、抵抗していたら間違いなく使われていた。

 あいつらはまるで目的しか目にない獣の様だった。あんな風になるのは御免だ。


「それでは馬車にお乗りください。そろそろ時間がありませんので」

「お姫さまは? なんでその笛の能力が発動しているんだ、この後あの人はどうなるんだ」


 俺だけならまだいい。選択肢がなかったとはいえ、自分に力がなかったから選ぶしかなかった。それに俺はこの世界にはなんの縁もなかった人間だ。無事に暮らせて、帰る方法さえ探せるのならどこでもいい。

 しかし、お姫さまは?確かに戦う力はない、だけど彼女には必要とされている人間だ。ただ、王女というだけではない。いろんな人や孤児院の子たち、そして命は助かったとしても、お姫さまを助けたと思っているエルーシャはどうなる。


「能力が発動しているのは彼女が抵抗してからです。これからどうなるかは私は知らされてはいません」


 どうにか助ける方法はないか、どうすれば――

 

 ふと俺は我に返る。

 手の平が痛い。どうやら強く握りしめていたようだ。少しだが皮が剥け血が出ていた。

 

 なんで俺はお姫さまの心配をしているんだ。


 ここで抵抗なんてしたら、あの魔道具によって操られるか最悪殺されるかだ。確かに色々面倒を見てもらった義理はある。しかしあれは俺が彼女の命を助けたからだ。恩を着せられる覚えはない。

 確かに街の観光は楽しかった。この世界のことを教えてもらったことはありがたい。孤児院に案内してもらって、久しぶりに息抜きのように思いっきり遊べた。それでも、命を懸けるほどでは……本当にそれでいいのか?元の世界に帰れたとしても、喜べるか?

 助けられた義理を果たすためとはいえ、俺を命がけで助けてくれたエルーシャが、それ以上に命を懸けて助ける思いのお姫さまを見捨ててそれでいいのか?


『俺は友達を見捨てねぇよ』


 声、「予測」の声か?いや今のは「記憶の引出」だ。

 聞こえてきたのは俺の声だった。


 昔、あいつに言った言葉だ。

 なんで今、能力を発動してまでその言葉を思い出すんだ。俺も、あいつだってきっと忘れているはずの言葉を。

 

 お姫さまは友達なのか?違う。そんなわけがない。俺なんかと友達なわけがない。だから大丈夫、大丈夫なんだ。

 

「どうしましたか?」


 インスティントから声が掛かる。


「な、なんでもない」

「……そういえばこれ、知っていますか?」


 インスティントはゆっくりとお姫さまに近づき、抱え込んでいるバスケットを指さす。


「……いや」

「これだけは逃げている間も抱え込んでいたので、何かあるかと思って残しておいたのですが」


 口調は残念そうだが、全く残念がっている様子ではない。

 インスティントはお姫さまが抱え込んでいるバスケットを掴み、引っ張る。お姫さまは虚ろな目のまま、ただそれを離さないように抱え込むが、腕力の差がありすぎた。お姫さまの抵抗虚しくバスケットは腕から放れ、インスティントも予想以上の抵抗だったのかバスケットが手から滑り、地面に落ち中身をばらまく。


 中身はサンドウィッチだった。そしてばらまかれたサンドウィッチには、ハーブのようなものがいっぱいに挟まれたものがある。


「ただの食べ物ですか。気にするまでもなかったようですね」


 そう言って、ちょうど御者台までの進路上に落ちているサンドウィッチを踏みつける。


「それでは行きましょうか。ユウキマサヤさん、お乗り――」


 何かが頭の中でキレる音がしたと思うと、拳に何かがぶつかる衝撃が伝わった。

 

【誘惑する者】

能力不明

ランクS

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