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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第二十三話 囁く声

 聞こえてくるのは笛の音だけだ。


 それ以外は何も聞こえない。

 音が立っていないのではなく、荒く息をしているというのに自分の呼吸音すらも聞こえない。


 何が起こっている。

 

 俺の後ろには誰がいる。

 あの平民がやりかえしにきたのか?それとも貧乏騎士か。いやないだろう。

 あの情けない平民が、やりかえしなどと無謀なことをしそうにない。騎士も俺に何かしたら、どうなるかはわかっているはずだ。悔しいが父上の影響なのは確かだ。


 なら誰がいる。そもそも何故動けない。

 

 笛の音が止む。しかし体は動かない。


 耳元に人が近づいてくる気配を感じる。


「悔しくはないですか?」


 抑揚のない男の声だ。

 不気味なことに感情というものを忘れてきたような声だ。


 何者だ、そう聞こうとしても舌が動かない。咽喉が震えない。

 呼吸しかできない。


「おや、申し訳ありません。口を自由にするのを忘れていました」

「くはっ……な、何者だ」


 男の言葉と同時に咽喉が震える。声が出る。


「私が何者かはどうでも良いではありませんか。聞いているのは悔しくないか、です」


 ふざけるな、どうでもいいだと。


 そんな怒りは次の男の言葉により吹き飛んだ。


「平民や一介の騎士風情が、恩を感じている閣下のお気に入りなど面白くはありませんよね。あの者たちをどうにかしたくはありませんか?」


「なんだと……?」

「したいですか、したくありませんか?」


 どうにかしたいか、したくないかで聞かれればどうにかしたい。

 俺ならもっと閣下のお役に立てるはずだ。

 

 押し黙った俺への言葉にはほんの少しだが感情を感じた。


「したいですよね。私に任せてくれれば貴方の望みを叶えて差し上げますよ」


 声に含まれているのは歓喜だ。


「何をする気だ……」

「大丈夫ですよ。そのままで、ゆっくりと、気づいたころには終わってますから」


 耳元から男が遠ざかる気配を感じる。

 

 すると、再び笛の音が耳に届く。





 気づくとあいつが立っていた。

 あの忌々しい平民だ。


 よくわからないが、あいつは背中に傷を負っている。


 隣には部下、いや俺の友人が立っている。

 こいつらは、家の従士の息子たちだ。初めはごますりにでも来たのかと思ったが、こいつらも同じ境遇のようだ。優秀な兄弟がいたり、長男だったが暗愚の印を押され用無しとされたもの。いつの間にか、俺も含めてそんな奴らが集まっていた。


 時々、俺の権威を笠に着る態度もとるが、気にはしない。唯一、本音で語り合えた連中だ。


 閣下の元に飛ばされた時も、人質同然と知りながらついてきてくれた。

 

 その友人の一人が弓を構えている。


 狙いはあの平民だ。

 

 どうなっている。あの笛の音の後はどうしたんだ。


 友人が弓を射る。

 平民は余裕そうに避けた。


 あいつの余裕そうな態度に苛立ちを覚える。

 俺にへりくだっていたのは演技だったのか?本当は力を隠し持ってやがったのか。

 ふつふつと怒りが心の底から湧き上がってくる。

 

 同時に笛の音が響く。

 

 耳からではない。頭に直接響いてくる。


 コロセコロセコロセ


 笛の音とは別に声が聞こえてくる。


 友人がもう一度弓を引き、構える。


 そうだ、あいつは邪魔なんだ。

 すっと腰に下げている剣の柄を握る。


 あいつは気づいていない。もしかしたら、これを使えれば仕留められるのかもしれない。


 矢があいつに飛んでいく。一瞬、背中の痛みによって怯んだが、避けられるタイミングだ。


 気づくと、剣の柄に魔力を送っていた。


 矢はほんの少し加速した。あいつは加速したことに気づかず、頬に傷を負った。


(いける)


 笛の音がさらに大きく響く。


 三度目の矢があいつに向かっていく。


 今度はしっかりと魔力を送り込む。

 矢は先ほどよりもさらに加速し、あいつの肩に突き刺さった。


 止めは俺が刺してやる。


 剣を抜き、あいつに近づく。

 一歩一歩近づいて、あと少しで殺せ――





 気づくとどこかにいた。

 

 どういうことだ。さっきまであいつに止めを刺せるところだったのに。何よりここはどこだ。


 ここは街の外だろうか。周りは草原が広がり、土が踏みしめられた道の真ん中に俺は立っていた。

 

 前から大きな、何かが壊れる音が聞こえた。

 

 未だ何が何だかわからないが、一先ず向かう。


 少ししたところに馬車は止まっていた。

 事故か何か起きたのだろうか。


 馬車に近寄ると、先ほど一緒にいた弓を引いていた友人と違うが、同じく友人である二名が倒れていた。


 駆け寄ると、まだ息はあったので安堵の息をつく。すると、荷台の方から話声が聞こえる。


 一人はあいつの声だ。

 

 怒りが湧きあがる。同時にまた笛の音が頭に響く。


 剣を抜く。

 

 荷台に向かうと、王女殿下の近衛騎士という女性とあいつが喋っていた。話の内容も微かだが聞こえる。


「連中は?」

「殺してはいない。奴らとはそれだけ差があったからな。このまま……」


 その後の会話は聞こえなかった。


 頭の中は、混乱と怒りと笛の音、そして声が響く。


 アイツラダ

 

 腕が勝手に剣を抜く。


 体がいうことを聞かない。

 体はゆっくりと二人に近づいていった。


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