第二十話 予測不能
目の前にはルイが自分を突き飛ばした俺を驚いた顔で見ている。
背中の辺りに痛みが走る。
視界には赤い水滴が飛び散っているのが見える。
「思考加速」はまだ発動している。
水滴はゆっくりと俺の視界を通過する。
俺の体はルイを突き飛ばした勢いで、地面にゆっくりと倒れ――
「ぐっ!?」
倒れ込む直前に「思考加速」が解除され、勢いよく地面に倒れ込む。
「お、おい! お前背中がっ」
「早く行け! リリのところに早く!」
「で、でも」
「死にたいのか!?」
突然、矢が飛んできて死にそうになったことに混乱しているのか、訳が分からず泣きかけだ。だが死という言葉に反応して、俺を涙目で一目見て教会に向かう。
サッカーをしていた子供たちもルイが大声で叫び集めて、教会の中に逃げ込んでいく。
幸い、追撃はないようだ。
エルーシャさんがどこにいるのかは知らないが、リリの近くにはいるはずだ。
こいつらが追手の連中だとしたら、リリも狙われているに決まっている。あちらにも子供たちやシスターがいる中で、さらに子供たちを向かわせる判断はどうかと思うが、少なくとも俺のところよりはマシだろう。
声に逆らってまで助けて、守りきれなくて殺されましたじゃ洒落にもならない。
地面に手をつき、立ち上がる。
「ぐうぅ」
背中に鋭い痛みが走る。
背骨の凹凸をつたって血が流れ出る感覚がある。
それでも下唇をぐっと咥え込み立ち上がる。
こりゃ、あの時と違ってザックリいってやがる。
あの時ですら必死で痛みを堪えたっていうのに。痛みで涙目になってきた。今まで刃物の痛みなんて、カッターか包丁でちょっと切るくらいだ。
今まで味わったことのない痛みを何とか堪え、矢が飛んできた方角を見る。
二人だ。
矢を放ったであろう弓を持った男と片手剣を持った男だ。
夕日の逆光でシルエットだけだ。
一人が弓をつがえる。
片手剣の男は動かない。
一旦片手剣は置いておき、弓に意識を集中させる。
掴み取りはやめておこう。手を空けといた方がいいだろうし、あれは手に疲労と痛みが溜まる。いざというときに、握力がなくなったらなんてことになるのは避けたい。
弓から矢が放たれる。
風切り音が響き渡る。
『横に三歩移動』
横を矢が通り過ぎる。
避けられたことに男たちは動じずに、一人はもう一度矢をつがえ、もう一人は動かない。
再度風切り音が響く。
『横に三歩移動』
片手剣は何故か動かないが好都合だ。
このままエルーシャさんが来るまで粘ってやる。
話ではカインズさんの部下もいるはずだ。だからこのまま避け続ければ
(痛っ―)
避け損ねた痛みではない。
背中の傷からの痛みだ。
(くっ、一歩遅れちまった。けど、ギリギリ避けられる)
痛みで反応が遅くなったが、まだ躱せる距離だ。
このままスレスレではあるが、矢は顔の真横を通り過ぎる―――はずだった。
「ぐっ!?」
矢は頬を切り裂き、血を飛び散らせた。
なんでだ。反応が遅れたとはいえ、まだ避けられる距離だったはずだ。
再三矢が放たれる。
背中の痛みに堪え、声に耳を傾ける。
『横に三歩移動』
三度目も同じ指示だ。
今度は痛みに堪えた。
しっかりと三歩横に動こうとする。
瞬間、矢が加速する。
「があぁっ―――!?」
左肩が熱い。
痛みで声も出も出ない。
左肩を見ると棒が生えていた。
赤い液体が棒を伝って流れていく。
訳が分からない。
最初の矢は声に逆らったから仕方ないとしても、今射られた三本の内の最初はしっかりと避けられた。
二本目は痛みで反応が遅れたからとも思える。
しかし、三本目は訳が分からない。不意打ちでもなかったし、痛みで反応が遅れたわけでもない。
「予測」通りに動いたというのに。
今思うと、掴み取りを避けておいて正解だった。
想定していたいざというときとは違ったが、掴もうとしていたら胴体か頭に突き刺さってただろう。
混乱している俺を嘲笑うかのように、片手剣の男が動き出す。
ふざけんな!
弓矢の相手だけでも手一杯なんだ。加速した理由はわからないのにさらにもう一人なんて無理だ。
片手剣の男が近づいてくる。
弓の男は俺に焦点を合わせ、構えたままだ。
避けられない。
逃げられない。
死ぬのか?
汗が流れて、血と混ざりあう。
恐怖からか血が流れ過ぎたのか、頭がくらくらとしてくる。
うまく呼吸ができない。
片手剣の男はだんだんと近づいてくる。
まずは離れなければ。
足を動かそうとするが、地面に縫い合わせられたかのように動かない。足首より下は動かないといのに、太ももの震えが起きる。
男が近づいてくるごとに震えはひどくなる。
鼓動が耳に響く。
手を胸の辺りに当て、握りしめる。
激しい鼓動が治まるわけでもなく、強く握りしめる動作による痛みで離れそうになる意識を掴み取る。
もはや痛みも感じない。
目の焦点は合わず、ぼやける。
男は数歩近くまで来ている。
逃げなきゃ――
糸が切れるような音と共に意識が零れ落ちた。
続けて九時過ぎに幕間を投稿します




