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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第十六話 城下町

「マサヤさん、それはリンゴという果物ですよ」


 リリが俺の持っている赤い果物について説明する。


「これはそのままでもいけるのか?」

「はい、もちろんそのままでも食べられますが、高価になりますけれどお菓子などにも使われます」


「なるほど、おっちゃん一つくれ。それとナイフか何かある?」


 手に持っている果物の値段である、革袋から取り出したネロ銅貨一枚を支払う。

 店の三〇代ぐらいでガタイのいい人族のおっちゃんに、商売人らしく愛想を振りまきながら手元にあったナイフを手渡される。


 俺は渡されたナイフでリンゴを半分に切り、リリに手渡した。

 リリはキョトンとするが、すぐにお礼を言葉にして受け取る。


 半分に分けたリンゴを、シャリシャリと気持ちのいい音を立てて齧る。

 

 元の世界のリンゴに比べると酸味が強いが、甘味も感じる。

 リンゴ、元の世界と同じ見た目で同じ名前、本当に同じものかどうかは置いといて名前は謎翻訳によるものだろう。

 味も酸味が強いというだけで、違いはあまり感じられなかった。


 最初は丸かじりを躊躇していたリリも、俺が齧りついているのを見ると小さな口でゆっくりと食べ始める。


 俺がやると粗暴のように見えるが、リリがやるとどこか小動物を思わせる。


 今更だけどこんなことさせていいのかな、と思う。


 俺をマサヤさんと呼び、隣にいる少女リリ。

 

 リリアン・クリスタ・ヴァン・ロレーヌ。


 少なくとも、一国の王女様にさせてはいけないことは確実だろう。

 何故、俺がお姫さまとこうして買い物しているのかは、しばらく前に遡る。





 一見、平民の少女にも見える恰好をしたお姫さまと会った後、今回の経緯をエルーシャさんから説明された。

 お姫さまはカインズさんの城に来ると、時々こうして城を抜け出すようだ。

 王都では警備が厳しいらしく抜け出すことはできないのでこの機会に民の暮らしを見るらしい。


 要するにお忍びだ。


 カインズさんについては、お姫さまは誤魔化していると思っているが、エルーシャさんに聞いてみたところとっくにばれているらしい。

 それでも止めないところを見ると、エルーシャさんの腕を信頼してるのか部下で見張らせているのか、多分両方ではないかと思う。


 ルッカさんとの関係は、ルッカさん自身が秘密と言っていたのでわからない。


 俺を誘ったのは単にお礼ということで街の案内をしてくれるそうだ。

 警護代わりという名目もあるが、俺では役に立たないに決まっている。

 問題が起こらないことを祈ろう。





 そんなわけで現在、街の商店を巡っている。

 呼び方はお姫さまは変なので、リリと呼んでくださいとお姫さま自身に言われ、逆にリリは様を付けずさん呼びにしている。


 後ろには、普段は一緒に行動しているというエルーシャさんが控えている。

 時々、殺気が飛んでくるのは何とかしてほしい。


 リンゴを食べ終えた後は、リリに行きたいところを聞かれたので本屋を希望してみた。


「おお……すごいな」


 リリは何度か抜け出しているだけあって、意外にも街の構造を把握しているようだった。

 希望した本屋はすぐに案内された。


 規模は町の個人経営の書店よりも少し小さくはあったが、この製本技術がどれくらいかはわからないが、活版技術があったとしても充分すぎる量が本棚に収まっていた。


 店に入り匂いを嗅げば、図書館などに行けば味わえるカビ臭い匂いが鼻孔をくすぐる。


 さっそく本棚に手を伸ばすと、


「立ち読みは禁止だよ」


 店の主人らしき頑固そうな老人が出てきて注意される。

 ハタキで叩いてきそうだ。


「すいません、いくらですか」

「そこの棚にあるのはディカット銀貨五、六枚といったところだね」


 高い。

 わかってはいたが、平均的な労働者の月給がほぼ吹き飛ぶ値段だ。

 

「あの、マサヤさんは字が……」


 リリが小声で言いづらそうに言う。


「大丈夫。少しなら読めるから」


 俺の言葉にリリは驚いた表情をする。


 当然だろう。

 まだこの世界に来て一週間ほどしか経っていない。


 普通なら無理だろう。

 だが、ここで書類仕事が役に立つ。

 読めはしないが多少は目を通す。後は、パトリックさんやルッカさんの書類に関しての話などを聞いていればいい。

 

 そうすれば、「予測」が勝手に処理をする。


 もちろんすらすらと読めるようになるわけではない。

 「予想」の処理能力が優秀だとしても文字を見るだけで後は、適当に話から言葉を拾うだけじゃ限界がどうしてもある。

 今でも、書類は数行読めれば上出来だ。


 それでも少しずつ処理ができてきている。

 覚えたてな分、「記憶の引出」による魔力消費が激しいのが欠点だが。


 さっそく、本は手に取らずに背表紙を眺める。


 購入したい本は魔道具、転移者関連と語学書のようなものか。


 できればサルでもわかるシリーズのようなものがあったらいいんだけど。

 あまり専門を買ったところで、読めもしなければ読めても理解できないだろう。

 

 なんとか背表紙から読める簡単そうなものを探し、本を手に取る。

 手に取ったのは「魔道具の歴史」「天上人○○」「基本語学」の三つだ。


 ○は読めなかったが、他に転移者とわかるものは置いてなかったので手に取った。

 

 手に取った本を店主に見せる。


「全部でディカット銀貨が一六枚だよ」


 懐から革袋を取り出して銀貨を一六枚取り出す。

 

 お金はエルーシャさんが用意していたらしく革袋ごと渡してくれた。

 後で給料から引かれるそうだ。


 結構な大金なのでスリには気をつけろと何度も言われたので、革袋を腰に巻きつけてある紐と結んでおいた。

 傍から見ると間抜けらしく、女性陣三人と果物屋のおっちゃん、そして今銀貨を受け取ろうとしている頑固そうな老人も苦笑だ。


 本屋を出た後にまた、リリが行きたいところを聞いてきたが、お姫さまを連れまわすわけにはいかないので逆にリリに尋ねる。


「私は何度か来ているので。それよりマサヤさんは初めてなのでしょう?お好きなところをお回りください」


 そうは言われても、ここが悠馬となら気に掛ける必要はないが、相手は少女とはいえ女性でさらにお姫さまだ。

 個人的に行きたいところは思いつくが一緒に行動するとなると、どうすればいいかわからない。

 

「むしろマサヤさんの行きたいところを見てみたいのです」


 そんなことを微笑みながら言うのだから顔が熱くなる。

 恐らく、初めて回る反応が面白いからといったところだろうか。

 面白がられることに不快感はない。

 リリには嘲笑の気配などないのだから。


 こうまで言われてはむしろ、迷っているほうが情けない。


「だったら、魔道具を扱っている店ってある?」


 リリは楽しそうに頷く。

 

 背中に寒気が走るが、多分エルーシャさんのなので気にしないことにする。





 二人は並んで楽しそうに目的地に向かう。

 その後ろをつける者がいる。


 赤い髪をした少女だ。

 少女は額に青筋を浮かべながらも自然な動作で二人の後を追う。


 そして、追っていった少女の後ろにも人影が存在した。


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