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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第十二話 笛の音

 あの後、昼を過ぎた辺りにパトリックさんが部屋を訪れた。

 

 話を聞くと、どうやらカインズさんは多忙だったためか、直接は会えずに報告書だけを提出したようだ。


「すまないマサヤ君。僕も、ブランディ卿があそこまで直接的な行動に出るとは思わなかった」


 パトリックさんは深く頭を下げて謝罪をしてきた。


「そこまで頭を下げなくてもいいですよ。俺も油断していたのもありましたけど、あっさり連れて行かれたのは不用心過ぎましたから」


 それでもパトリックさんは頭を下げていたが、そこまで頭を下げられるというのも妙な気分なので、なんとか頭を上げてもらうことにした。


「それで、俺はこれからどうすればいいんですか?」


 そう、まずこれだ。解決する望みが薄い以上、その後の方針は早めに決めておいた方がいい。

 このまま庇護されたままでいるか、それとも帰還する方法を自力で探しに行くか。

 いざとなったら例の転移者を頼りに行く手もあるが、まだ異世界の知識も少なく、現代っ子の俺には旅をするのに不安がある。カインズさんたちもはいそうですか、と逃がしてくれるわけもないだろう。

 

「そうだね、そのことで少し話があるから……夜に使いを送るから待っていてくれるかい?」

「今じゃ駄目なんですか?」

「すまない、その時でないと駄目なんだ」


 理由はわからないが、夜でないといけないらしい。

 納得することはできないが俺に選択肢はないだろうし、どうせ夜には聞けることにはなるのだから追及はしない。


「わかりました。食事もどうすればいいですか?」


 さっきから自分で意思決定をしていないけれど仕方ない。

 今の俺には、問題を解決する力などないのだから。


「昼は僕も一緒に行くことにするよ。夜は、使いの者が軽食を持っていくからそれを食べてくれ」


 

 夜までまた暇つぶしの方法を考えたほうが良さそうだ。




 コンコン


 扉をノックする音が聞こえる。窓の外は既に暗くなっている。

 「記憶の引出」を使うのをやめて、意識を扉の向こうに向ける。


『魔力残量 65%』


 声が残り魔力量を伝える。

 大分、消費を抑えられるようになってきたようだ。


 消費魔力を抑える方法に気づいたのは、書類仕事の最中だ。

 「記憶の引出」の解説にあったように


 ・過去であればあるほど、または細かい記憶ほど、魔力消費量が多くなる。


 つまり、普通の暗記でも繰り返し行えば記憶は定着する。そうなれば思い出す必要のある記憶の量が減るため、その分消費が抑えられる。


 同じような書類仕事をやっている内に気づいた事だ。

 これなら普通に暗記でもすればいいじゃないか、と思うが俺じゃ完璧に暗記はできない。それに「予測」がある。

 残量を「予測」する場合も同様で、魔力を使えば使うほど経験が増えて記憶が定着するようで、今では1、2%程の消費で済むようになった。


 恐らく戦闘での「予測」も、戦えば戦うほど消費魔力が抑えられて予測の精度も上がるはずだ。


 このコツを掴んだ時に、パトリックさんに頼んで兵士の訓練にでも参加させてもらおう、と考えたこともあったが、元の世界の頃から運動部特有の空気が苦手だった俺には、パトリックさんに案内された訓練場での本物の兵士たちの熱気や気迫に気圧されて諦めることにした。

 ここらへんがチート能力を満足に扱えない原因なのだが、こういう性格なのだから仕方がない。

 

 必要になったらやるよ? 俺、やればできるやつだから。必要になったら次の日から頑張るよ。


 とりあえず心の中で言い訳している時でもないので、能力を終了させた俺は扉に向かう。


 扉を開けると、目覚めた初日に案内されたメイドさんがいた。

 あの時は色々あって余裕がなかったので気づかなかったが、かなり綺麗な人だ。黒髪が背中まで伸びていてメイド服でなければ深窓の令嬢といった雰囲気だ。

 表情をピクリとも動かさずに、こちらをジッと見ているのはなんとも怖いが。


 メイドさんは手を前に組み、ゆっくりとお辞儀をする。


「お待たせいたしました。パトリック様からのお言伝をお伝え致します」


 この人が使いの人のようだ。

 カインズさんのメイドさんが来ているということは、カインズさんに報告書が伝わったということかもしれない。

 

 言葉を言い終えるとメイドさんは、いつの間にか丸まった紙を抱えるように持ち、両手でゆっくりと俺の前へ移動させる。

 

 取り出す動作が見えなかったんだが……。

 瞬きをして、目を開いた瞬間に持っていた。

 流石は公爵の護衛も務めるメイドか。はたしてそれがメイドなのかは置いといて。


 唖然とした俺を気にした様子もなく、紙を前へ移動したまま固まるメイドさん。


 このままでいてもメイドさんは固まったままなので、開いたままの口を閉じ、紙を受け取る。

 すると、メイドさんは手を元に戻して口を開く。


「『紙に描かれているとことに来てくれ』。そう、パトリック様からお伝えするよう言われております」


「それだけ……ですか?」


「はい」


 メイドさんはそれ以上聞いていないとばかりに、口どころか指一本動かなくなる。


 とりあえず言伝にある紙に描かれているところ、と思い出し、丸まった紙を開く。


 紙には、何かの建物の見取り図のようなものが描かれていて、その中に青い点と赤い点がそれぞれ一つずつ付けられている。

 青い点の周りの見取り図には見覚えがある気がする。


 そうだ、ここの見取り図だ。恐らく青い点が俺の部屋で、赤い点が集合地点だろう。


 パトリックさんからの言伝の意味がわかって、今度は時間のことを思い浮かぶ。


「時間については……」


「お時間でしたら、行けるのなら今と」


 口以外はピクリとも動かない。


「わかりました。今、出発すると伝えてください」


 もしかしたら既にいるのかもしれないが、後から来るかもしれないので頼んでおく。

 

「畏まりました。それと、軽食をお持ちしておりますのでお受け取りください」


 そう言い、手がほんの少し動く。


 これは、さっきの早業を見るチャンス!と思い、手を目で追おうとすると

「こちらになります」


「うおっ!?」


 気づくと木で編まれた箱が、先ほどのように前に出されていた。

 全く見えなかった。さすがに思考加速は使っていないがそれでもしっかりと見ていたはずなのに。


 またもや唖然とする俺を気にしていないかのように、手を前に出したままピクリとも動かない。

 これまた同じように受け取ると、手を元のように前に組む。


「それではこれで失礼させていただきます」


 メイドさんはそう言ってお辞儀をし、丁寧に扉を音も立てずに閉めた。


 呆気にとられた俺は、箱を受け取ったまま固まっていたが、扉が閉まると我に返る。


 流石、異世界と心の中で思う。

 というかあの人、絶対に本職はメイドじゃないだろ。


 あの速さで武器を取り出したら、思考加速でも反応できるかどうか。

 考えただけで寒気がする。

 

 早くもこれからの選択肢の中から、ここを出るという選択肢が消えかかっていた。

 




「ちっ、あの成り上がりの騎士に平民が!」


 少年は机を拳で勢いよく叩く。


 部屋に木材が叩き折れる音が響く。


 少年の周りには、同い年程度の少年が四人いるが机を叩き折った少年に萎縮して動かないでいる。


「くそ……忌々しい。閣下と王女殿下もなんであんな腑抜けを……」


 少年は、自分に愛想笑いをしていた男の顔を思い出す。


 腹が立つ。


 彼に対する怒りを吐き出そうとして口を大きく開くが、言いだしたい言葉が頭の中に溢れかえり発せられた声は低いうなり声だけだった。


「このままじゃ、父上と兄上に見放されたただの負け犬だ。なんとか功を立てなければ」


 少年は生まれ育った故郷を無理やり離されここにいる。

 建前は使者だが実質は人質に近い。


 ほぼ見捨てられる前提の人質になどになりたくはないが、家には逆らえない。

 家に対しては恨みはある。しかし、フェルナンド公爵に対してはあまり憎む気持ちはない。

 元々、領地の危機を救ってくれた方なのだ。当主である父と長男である兄は、代々からの恨みを祖父から聞かされてたのか、和解したように見せていても心の中では和解する気持ちなどなかった。


 元の家では、優秀な兄と比較され、父には出来損ない扱いされていた。

 フェルナンド公爵は、出来損ないの俺が送られてきた本当の理由は知っているはずだ。

 だが、あの人は、閣下は俺の才能を見抜いてくれた。


 才能と言っても人より、魔力が多いだけだ。

 俺には武芸の才能がなかった。内務の才能もなかったのだが。

 家にはいくつか戦闘用の魔道具があったが、どれも武器の形をしている。武器を扱えない俺では魔力が多くても使いこなせない。

 

 しかし閣下は俺に魔道具を与えてくれた。

 使い道はあまりない能力だったが関係ない。

 哀れに思ったのか、もしかしたら俺を懐柔させれば多少、辺境伯との繋がりができるかもしれないとでも思っているのかもしれない。

 そんな政治的なことも俺には興味がない。


 俺は一刻も早く功績を立て、父上たちを見返して閣下の役に立ちたい。それだけだ。

 だからこそあの男は許せない。

 力もないのに閣下に気に入られている。

 

 本来なら叩き斬ってやりたかったが、邪魔が入った。

 

 あの時は気まぐれで下級の食堂に行くと、のうのうと食事をとっていたあいつに腹が立ってしまった。

 今更ながら閣下からの信用が落ちていないか、本当に今更ながら不安が湧いてくる。


「どうすれば……」


 怒りの勢いが弱くなり、不安が心の大半が占める。

 すると、笛の音が聞こえてくる。


 体が動かない。

 

 眼球だけが動かせるようで、横に立っている部下を見るとどうやら部下たちも、この金縛りを受けているようだ。


 全員が動かなくなり、未だ耳に聞こえてくる笛の音以外は音を発しなくなる。


 そのまま数秒間、笛の音だけだったが背後から足音が聞こえてくる。


 足音はすぐ後ろで止まった。


 また聞こえてくるのは笛の音だけになった。

 

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