第十一話 公爵と辺境伯
「ちっ、貴様か」
少年は、興を削がれたかの様子で剣から手を離し、体を興を削いだ張本人に向ける。
視線を向けられた人物は、いつも通りの爽やかフェイスを崩さない。
「ブランディ卿、その方は例え身分が低くとも、閣下と王女殿下のお客人ですよ」
「……貧乏騎士の次男風情が俺を脅すつもりか?アレン・パトリック卿」
パトリックさんは、未だ腹を押え膝をついている俺を見てから少年の方に視線を戻す。
「滅相もない。自分は唯、偶然通りがかると閣下からお任せされている大切な部下が何故、腹部を押え倒れ込んでいるのか、それだけをお聞きしたいのですが」
「ふん、知らん。どうやらこの者が突然腹を押え苦しんでな、従者と共に介抱でもしてやろうと思っただけだ」
「それは大変ありがたく思います。その方は先ほど申し上げた通り、閣下にお任された自分の部下です。自分が責任を持って介抱を致しますよ。辺境伯様のご次男坊様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
いつも通り爽やかそうに笑いながらも、声には棘がある。
少年はパトリックさんを軽く睨みつけ、最後に俺に横目で睨んでから取り巻きたちを連れて去って行った。
パトリックさんは少年たちが去っていくのを見届けた後、俺のそばに駆け寄りしゃがみ込んだ。
「大丈夫かい、マサヤ君」
背中がゆっくりと擦られる。
痛みも和らいできたし、息も整ってきた。
「あ、ありがとうございます……」
まず助けてくれたことにお礼を言う。
すると、パトリックさんは苦笑する。
「歩けるかい? 詳しい話は別の場所でしよう」
俺は、ゆっくりと立ち上がり大丈夫だと伝え、パトリックさんが案内する場所に向かった。
∽
案内されたのは仕事場である執務室だった。
パトリックさんは自分の執務机の椅子に座り、俺は隣の部屋の自分の椅子を引っ張ってきて座る。
「ここなら大丈夫だ。さてマサヤ君、大体は想像がつくけど何があったんだい?」
パトリックさんの顔から笑顔が消え、真剣な面持ちになる。
普段とは違う雰囲気に戸惑うが、朝からの出来事を説明する。
説明を聞いたパトリックさんは、考えるように手を口に当てる。
「あいつらは何ですか? 辺境伯の息子というのはわかりましたけど」
考え込んだままなので、今度はこちらから質問をしてみる。
「彼の名前は、クラウディオ・ブランディ。王国の東側に領を持つブランディ辺境伯の次男だ。周りにいたのは、ここに来る以前からいた彼個人の部下だね」
「例え次男でも、なんで辺境伯の息子がここにいるんですか」
答えにさらに質問を返すと、苦笑で答えてくる。
「言ってしまえば簡単だけど、いわゆる人質、みたいなものかな」
人質、その響きはあまりいい気がしない。
「本来なら、婚姻などで使われるものなんだけど、少々事情があってね。
ブランディ辺境伯は、前に言った閣下に敵対している貴族の一人なんだ」
俺を監視しているかもしれない一人か。しかし、敵対しているのに人質?
「フェルナンド公爵家とブランディ辺境伯家は、代々仲が悪いことで有名でね。
今の当主、閣下と辺境伯も代々と同じように仲が悪かった。けれども一年前、辺境伯が守護する東側に隣接する国が転移者を連れて攻めてきたんだ。
いつ現れたのかは曖昧だけど、転移者が現れたという噂があったので調べてみたところ、転移者と確定されたのは二年前。東の国では数年前から広がってたみたいだけど、転移者という名前がこの国に伝わったのもそれくらいかな。」
俺より前に現れてかっこいい名前を廃止しやがった転移者か。
帰る方法を探すのなら、できることならその転移者にも話を聞いておきたい。
ついでに、名前を変えたことに軽く文句を言ってもやりたいしな。
「僕が知っているのは噂程度だけど、その転移者は文字通り一騎で千人単位をなぎ倒し、武神の如き戦いぶりだったようだよ。一人で千人なんて普通なら笑い話にもならないけど、オリジナルの力を考えれば……ね。実際に辺境伯は、兵の大半を失って敗走したようだし」
やっぱりやめとこうかな。文句なんて言ったらどうなるか。
そいつは俺と違って、本当の異世界チートをしているようだ。羨ましい限りだ。
わかりやすいパワー系のチートっていいよね。格好いいし。まあ、俺じゃそんな力を貰ったって人を殺すことなんてできないから意味がないけど。
「で、転移者については興味があるのでまた後日にでも聞きますが、二つの家の関係性はどうなったんですか」
興味はあるが、まずは元の話題だ。
転移者については会ってみるかは別として、知っておいて損はないだろうから後で聞くとしよう。
「ああ、そうだったね。
それで辺境伯は兵の大半を失ったため、戦えなくなってしまった。転移者は、さすがに疲労か魔力切れか、それとも戦力の疲労という意味だけだったのか、わからないけれどそれ以降は戦場に出ることはなかったらしい。それでも、疲弊した辺境伯には迎え撃つ戦力が足りなかったんだ」
出切れば前者であってほしいものだ。毎度、一人で千人単位の被害を出されたら堪ったものじゃないだろう。
俺が戦うわけではないが、さすがに背筋が寒くなってくる。
身震いをするとパトリックさんも同じ気持ちなのか、苦笑を浮かべながら同意するかのように首を縦に小さく振る。
「そこで、救援に駆け付けたのが閣下さ」
パトリックさんが誇らしげに言う。
確かにそこで登場とは格好いい。
「その後、なんとか東の国の軍勢を退けたんだ。そんなわけで、辺境伯家は感謝を示すため、両家は長年の因縁を忘れ合うことにして信頼の証として自分の息子を閣下に預けた、というわけさ」
fin、と筆記体で書かれそうな終わり方だけどまだ疑問は残っている。
「でもそこで、めでたしめでたしってわけじゃないんですよね」
「思ってたよりもなかなか鋭い。そうまだ終わっていない」
思ってたよりってなんだよ。
頬を引きつらせている俺を無視して話は続く。
「いくら助けられたとはいえ、それで代々の遺恨が消えるなんて都合良くはない。辺境伯にもプライドがあるしね」
それはそうだ。現実で気持ちのいいハッピーエンドなんて滅多にない。
「それでも助けられたことへの感謝は示さないといけない。そこで、次男であるクラウディオ・ブランディを友好大使のような形で閣下に預けたんだ。出来の悪い息子を押し付ける形でね」
いわばクラウディオは、トカゲの尻尾のように切り離す前提での人質だ。
横暴さには腹は立つが、同情心が僅かだが湧いてくる。
「こんな所だよ、彼の背景は。そんなわけで彼は人一倍、英雄というものに憧れているんだ。父親を負かした転移者のような英雄になって見返してやりたいと思っているようだしね」
もう一度、同じことをされればまた怒りが湧いてくると思うが、今はすっかり同情心の方が勝っている。
英雄か、同じ転移者でもこうまで違うとはな。
「何にせよ、一先ず部屋に待機していてくれ。このことは閣下と相談をすることになりそうだ」
「……あいつはどうなるんですか?」
「あらかじめ言っておくが、いい返事は期待できそうにない。今の君は王女を助けた英雄だが、身分は平民ということになっている。辺境伯の息子を糾弾するにはリスクが大きすぎる」
その返事を聞いて、悔しさ八割、安堵が二割の溜息をつく。
何故安堵しているのかは自分でもわからない。
「同じ日に絡まれる可能性は低いと思うが、部屋までは送っていこう。昼以降についてはまた来よう」
そう言われ部屋まで送られた後、することが無い俺は、倒れ込むようにベッドに横たわった。




