第十話 出る杭は
元の世界の感覚では、ちょうど一週間だろうか。
仕事をこなしてきてここでの生活には大分慣れてきた。
外出は禁じられているが、宿舎内でなら行動は自由になった。自由になったといっても結局の活動範囲は部屋と近くの体の洗い場とトイレ、それと食堂と職場だけだが。
生活面に関しては、問題がない。
むしろ優遇されている方だ。
初出勤日の帰りに、パトリックさんから替えの服とある程度の生活品。それと食堂を利用できるようにお金を渡された。
片手に持てる程度の麻袋を渡され、中身を見ると銅貨が袋いっぱいに入っていた。
銅貨かよ、と文句を言いたくなったが、パトリックさんが足りなくなったらまた渡してくれるそうで、今のところ食事以外に使うこともないので文句はない。
どうやら俺の褒賞の額から引き出しているらしく、本当に経費で落とせるらしい。褒賞はお姫さまを助けたことでの褒美のようだ。
この世界の通貨価値は、謎翻訳が働いてくれないらしく慣れるしかない。
市場によって多少の変動はあるが
ネロ銅貨、ディカット銀貨、スクード金貨
それぞれ十枚ずつで銅貨は銀貨に、銀貨は金貨と同じ価値になる。
物価がどれくらいかは知らないが、平均的な労働者の月給(季節が四つに分けられ、上、中、下旬と四×三で分けられる)が、銀貨六~八枚程。
なので渡された銅貨だけでも充分に生活はできる。
褒賞を受け取れれば、この国を出るときに旅の資金にできるんじゃないか、と考えたがカインズさんやお姫さま、さらには財務省のような所やらなんやらと色々手続きが必要らしく、自由に金額を下せないようだ。
つまり、報酬が欲しいなら他の国に行くな、みたいな。
それとちゃんと、月に金貨二枚と銀貨四枚が書類仕事での給料も入るので、下手なことをしなければ金には困らないだろう。
仕事も、ある発見により有意義さを感じてきた。
パトリックさんは、仕事では有能な人だが相変わらずよくわからない。
ルッカさんはとても頼りがいがある。時々、見た目は子供なのに大人を思わせるような仕草や言動で、外見と中身のギャップに大変悩む時がある。
唯一の懸念は、どんどん書類の量と重要度が増えている気がする。
偶に俺に任せていいのか、と思うようなのが渡されることがある。
その日は、何故かクモの糸に絡まれていく夢を見る。
夢のことは不安だが、身の安全に頼れる同僚と上司、さらには収入も安定しているという、現代日本では、そうそう考えられないような超ホワイト企業だ。
しかし、出る杭は打たれるというのは何時の時代も、それが異世界だろうと変わることはない。
これまでの一週間の異世界生活は、順風万帆に行き過ぎていたのだろう。
良いことの後には悪いことがある。
∽
俺は、体育館裏……ではなく、どこか倉庫のような建物の裏に連れてこられていた。
今、俺は目の前の男に壁ドンされちゃっています。
少女漫画風でも正しい意味でもなく、逃げ道を塞ぐように威圧目的の壁ドンです。
目の前の男は俺よりも若干背は低く、歳も中学生か、高校生ぐらいにも見える。男と言うよりも、どちらかと言えば少年と言えるかもしれない。
周りには少年の取り巻きとも見える、同い年ぐらいの少年たちが四人。壁を背にしている俺と少年を半円状に取り囲んでいる。
「ごめん、なんで俺は今、こんな状況なの?」
週についての数え方は元の世界と同じで、七日間の内に一日だけ休日がある。
その一日だけの休日が今日である。
今日は、仕事がなく街に出ることもできないのでどうやって暇をつぶすか、と食堂にてぼーっとしていたら、この五人の少年達に囲まれて何が何だかわからないままここに連れてこられた次第だ。
自分よりも年下にあっさり連行されたことに悲しくなるが、少年とはいえ鍛えているのか俺よりも体がガッチリしているのが、五人もいるのだ。抵抗しても無駄に決まっている。
しかもこの少年たち、腰に剣を帯びているのだ。抵抗しようなんて気も起きない。
今までにもこういうことはあった気がする。高校に入学したばっかの頃、軟弱なオタクだった俺はいいカモだと思われたのか、クラスの不良達に絡まれた。
その時は偶然、悠馬が通りがかって不良達を俺の代わりに返り討ちにしてくれた。
俺? 俺は、後ろで見てたよ。俺が出ていったらワンパンだよ。やられる方で。
何にせよ、いきなり連れてこられて説明も無しに取り囲まれて壁ドンだ。既に嫌な予感はするが、なるべく怒らせないように説明を求める。
すると、取り巻きたちが。
「おい、こちらの方をどなたと心得る! ロレーヌ王国で随一の勇敢である貴族、ブランデイ辺境伯のご子息だぞ!」
「貴様のような、平民風情が気軽に話しかけていいお方ではない!」
「「そうだ! そうだ!」」
知らねぇよ。はっきり言ってうざい。
話しかけちゃ駄目ならそっちからさっさと説明しろよ。
とは言え、辺境伯の息子か。下手な真似はできない。
「それは申し訳ありません。自分は、礼儀に疎いもので。失礼ながら、まだ、ここでの生活には不慣れなもので、存じ上げませんでした」
精一杯、愛想笑いを浮かべてやると、取り巻きの少年らは、こっちを侮る視線を向けてくる。
目の前の少年も小ばかにしたように笑い、壁ドンを解く。
つい、頬が引きつりそうになるが、堪える。
「確か、お前だよな。最近、功績を上げたからって、閣下や王女殿下に気に入られているのは」
なるほど、そういう類いか。
むしろ、今までどうして無かったのかと思うぐらいだ。
もしかしたら、カインズさんかパトリックさんが上手くやってくれていたのかもしれない。
だが、今こうして絡まれているということは、それも限界ということか。
根回しも、こいつらの自尊心も。
できる限り穏便に済ませたいが、こいつらがどう出るか。
荒事になったら、間違いなくボコボコにされる。
力や体力は、相手の方が上だろう。能力を使ったとしても、持久戦や数で押されれば、確実に負ける。
話では監視者もいることだし、能力は使わない方がいいだろう。
なので、ここは下手に出て、構う価値もない奴と思ってくれた方がいい。
別に、永住するわけでもないこんな異世界じゃ、見得や誇りなんて必要ない。
「いえいえ、まさか。自分の様な、下等な人間にそんなっ……がはっ!?」
腹部に強い衝撃が走る。
肺の空気が全て吐き出され、先ほど食べた朝食が胃から込み上げてくる。
咄嗟に口を押えることで吐き出すことはなかったが、酸っぱさと喉の辺りが軽く焼けたかのような痛みを感じる。
「黙れ、先ほどから誰の許しを得て喋っている」
口から手を離し、痛みがある腹部を押え倒れ込む。
腹に受けた衝撃でわかる。
俺とは比較にならないぐらい鍛えてある。
まともにやったら、俺では敵わない。
「はっ、平民ごときが。貴族の俺たちを出し抜いて、媚を売ろうなんて卑しい奴だ」
殴りつけた少年は、倒れ込んだ俺を見下す。
どうするか……。
まさかいきなりここまで直接的な行動に出るなんて。
いや、予想はできたはずだ。
俺自身、カインズさんや姫様に救った恩だけじゃなく、転移者という価値を認めてもらっている、という安心から油断していた。
裏はカインズさんやパトリックさんに任せて、例えそれが抑えきれなくなって表に出てきたとしても脅しか嫌がらせか、精々そんなところだと高をくくっていた。
痛みが腹の内部にまでジンジンと伝わる。
暴力による痛みはいつ以来だったかな。
小学校の頃は今とは違い、少しやんちゃだった。
喧嘩もしたが、所詮は子供の喧嘩。大したことはなかった。
後は……あの時か。
中学からは、悠馬の奴がどんどんでかくなって、それからは最初こそ不良たちに目を付けられたが、ことごとく悠馬の奴が返り討ちにしてくれていた。
我ながら情けない。
うずくまりながら痛みに耐えている俺への視線が、小馬鹿にしたような視線から侮蔑へと変わる。
「情けないな、やはりお前が王女殿下を助けた英雄というのは何かの間違いのようだ。
大方、自作自演か小狡い手でも使ったんだろう」
くそ、言いたい放題言いやがって。
言い返したいが、痛みと肺への衝撃で声が出ない。言い返せたとしても暴力で返されるのは目に見えてるがな。
大体、パトリックさんにも言われたが俺は英雄なんて柄じゃない。
本来なら英雄になれるはずの転移者にも関わらず、まともに能力すら扱えないのだから。
いくら国の王女を助けたからって、あんなのは偶然だ。
少年は、何も反応のない俺が面白くないらしく眉を細める。
「ちっ、つまらない奴だ」
少年は、舌打ちをして、腰に下げている剣に手を添える。
「そ、それを使うのは……!」「うるさい!」
取り巻きの一人が困惑したように少年を止めようとするが、少年の一喝により押し黙る。
ダメージが回復するまで待ってはくれないようだ。
息を整え、顔を上げる。
少年は俺が反応したことに気づき、得意げにする。
「ちょうどいい、いい物を見せてやろう」
少年がそう言い、添えてあった剣を握り締め、抜こうとした瞬間。
「ブランディ卿、そこで何をしておられるのですか?」
剣を抜こうとする姿勢で少年が停止し、唐突に発せられた声の発生源に視線を向ける。
「パトリックさん……」
アレン・パトリック。からかいに定評がある、俺の上司だった。
ようやく構想上での一章折り返し地点です
ここまでお読みくださりありがとうございます
自分で書いておきながらなんですが、男女比率がモブ含め女の子率低いですね
ハーレム要素は今のところ考えてませんが
ルッカさん?ルッカさんは女(の子)ではないですからね




