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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第九話 愛のサンドウィッチ

 同僚であるルッカさんは、最初の印象はあれだったが、一緒に仕事をしてみると非常に優秀だった。

 

「マサヤさん、そちらの書類はこの棚です」

「ありがとうございます」

 

 書類をまとめる手順、収納場所の位置。


「マサヤさん、お茶ですよ」

「ありがとうございます」


 気遣いなど。

 ドワーフは、ファンタジーではどちらかと言えば頭脳関連は強くない印象があるが、ルッカさんの仕事ぶりは本当にすごかった。

 ルッカさんが凄いのか、この世界ではドワーフ全体が頭脳関連にも強いのか。

 何にせよ、いい同僚の人だと思う。





「どうだい? マサヤ君」

「何がですか?」

「何って初仕事だよ」


 太陽は真上を通る時間。

 鐘が昼の合図らしく、先ほど鐘が鳴り響くとルッカさんが手を止め昼に誘われたが、途中でパトリックさんが隣から入ってきて話があると呼ばれ、今の状況だ。


 ちっ、白々しく訊きやがって。


「ええ、とてもいろいろとタメになりましたよ」


『魔力残量 約20%』


 声の通り、現在の俺の魔力は既に五分の一だ。

 膨大な書類を分けるため「記憶の引出」を使い、文字は読めないが書類や文字の特徴などを覚え、膨大な量を分けて行った。


 さらには書類棚から書類の束、わかりやすく言うとジャ●プ10冊分くらいか。わかりにくいな。

 それを持ってきたり、パトリックさんとルッカさんの、大量の書類のやり取りで束を抱えながら、行き来したり。

 

 おかげさまでいろいろタメになりましたよ。

 途中、魔力の節約方法のコツを掴んで、消費魔力を押さえることができたり、紙とはいえ量があると相当な重さになるので、おかげで力仕事という名の筋トレのようなものになってましたからね。


 戦うんじゃなくて、変なところでレベルアップしてるな、俺。

 この世界には魔物もレベルという概念もないんだが。


「そうかい、それは良かった」


 パトリックさんは、相変わらず爽やかオーラ全開で笑う。


 まあいい。今はパトリックさんの爽やかオーラも軽く流せる。

 節約方法と筋トレよりも、さらに得になる発見ができたからな。


「話はそれだけですか?昼を食べに行きたいんで付き合ってください」


 なぜなら金もないし、道もわからないからな。

 本当ならルッカさんと行く時に、金を出して貰おうと思っていた。

 図々しいと思うが、そこら辺はカインズさんに頼んで経費落として貰ってくれ。


「マサヤ君、君も慣れたね。だけど、もう一つあるんだ」

 パトリックさんは、俺の付き合うの真意が分かっていると思うが、それでも爽やかフェイスは崩さない。

「これを開けてみてくれないか?」

 そう言いながら執務室の机から箱を取り出し、机に置く。

 木で編まれており、バスケットのような感じだ。

 

 よくわからないが、箱には何か嫌な思い出があるような気がする。

 魔力もないので、能力を使ってまで思い出そうとはしないけど。


 一先ず、気のせいだと割り切り、箱を持ち上げ開く。


 中身はサンドウィッチだった。


「これはなんですか?」

「君の世界には、こういうのはなかったかな。これはサンドウィッチと言うんだ」

 

 本当に名前が同じなのか、それとも異世界謎翻訳が、合わせているのだろうか。


「そういうことじゃなくて」

「わかっているさ。なんでこれを渡されたか、だよね」


 わかっているなら最初から言えよ。

 この人は一々、何かを挟まなきゃ気が済まないんですか?サンドウィッチだけに。

 ………………すいませんでした。


 心の中が、悲しくて寒い気持ちになっていると、パトリックさんが廊下に面している扉に向かう。


「えっ、どこ行くんですか。渡された理由は何なんですか」


 貴方が行ったら、食堂に行けないんですが。

 もしかしてこれが昼飯?

 

 パトリックさんは勿体ぶったかのように、背中を向けて止まる。

「それはね……愛だよ。

 それじゃあ、僕は、食堂に行ってくるよ。君は、それをきちんと残さず食べるんだよ」


 ……………………さっきの心の寒さよりも、寒くなってきた。

 うおっ、鳥肌立ってる。

 

 え、まさかパトリックさんってそういう人?あれなの?

 いやいやいや。さっきのは、あの人のいつものやり方だ。

 

 違うよね!? 意味深な言葉残して行くなよ!?


 俺の視線は、残されたサンドウィッチに注がれる。

 食いたくない。だけど腹が減っているのも事実。

 食堂に行こうにも、道がわからないから行けないし、金もない。


 しょうがない。食うか。


 うだうだ考えていても仕方がないので、諦めて食べることにした。


 箱に手を伸ばし、サンドウィッチを掴み取る。

 三角の形ではなく、長方形だ。

「おお、やわらかい」

 懐かしい。柔らかい白いパンだ。

 

 パンの間を見ると、正式な名前はわからないが、新鮮そうなレタスとハムが挟まっていて、とてもおいしそうだ。

 あの意味深なセリフをなければ、何の躊躇もなく齧り付いていただろう。

 しかし、そう考えるとあのセリフは、冗談とも感じてくる。


 意を決してそっと、角の部分を口に入れ、噛み千切る。

 うまい。

 硬い黒パンや、水分がない干し肉を食べていたからか。

 ほんの、何日か前にもこんなものはたくさん食べていたはずなのに、とてつもなく懐かしく感じる。


 例え、異世界の食材と、ちょうど同じだったというだけの作り方だけだというのに。


 ほんの少しだが、自分の故郷との繋がりを感じる。


 二口目は勢いよく、残りを全て口に突っ込んだ。

 口の中で噛みしめると、パンの柔らかい食感、レタスの瑞々しさにハムの肉の味、青臭い草の味も感じ……。


「ブフォッ……ッ!?」


 噴出しそうになるが、咄嗟に口を押えることで床が酷い惨状になるのを防いだ。

 青臭っ!?

 レタスのシャリシャリ感とはまた違い、草の……もさもさ感が口に溢れる。

 

 一度、口から出して確認したいが、ここには皿もなく出すところがない。

 多分、害があるものではないだろう。流石にここまで露骨な、毒殺はない。

 久しぶりの新鮮な食事には申し訳ないが、一息に飲み込む。


「げほっ、何だこれ」


 喉を大きく鳴らし、空っぽになった口を開け、大きく呼吸をする。

 これもパトリックさんの冗談か?

 いや、あの人はこんな面倒くさくて、自分の見てないところで何かするようなタイプじゃないように感じる。悪く言えば、見ながら楽しみたい人だ。


 それに白パンに新鮮なレタス、さらにはハムまで入っている。

 俺の世界では、この時代じゃ高価なもののはずだ。

 この世界の保存方法がどうだかは知らないが、食堂での食事を思い出すと、画期的な保存方法があったとしても、それほど一般的ではないだろう。

 あの人のイタズラだとしても、わざわざこんな無駄なことはしないだろう。


 残りは四切れある。

 そっとその内の一切れを掴み、挟んであるパンの片面を捲る。


「うわぁ……」

 中には、草がいっぱいだった。


 草の一つを摘み取り、匂いを嗅ぐ。ほんの少しだがミントの香りがする。


 もしかしてハーブか。

 サンドウィッチにハーブは聞いたことがあるが、これは入れ過ぎだ。

 ハーブの食感と香りがレタスとハムを打ち消すどころか、もはやパンにただハーブを挟んだだけに感じる。

 

 嫌な予感がしながらも、残りを順番に捲っていくと三切れの内の一切れが、ハーブでいっぱいだった。

 充分、キツいが全部じゃなくて良かった。


 どけて食べてもいいが、パトリックさんから残さず食べろって言われてるからなぁ。

 

 はっ、まさかこれは俺の反抗心を見ぬくためのもの。

 一見、嫌がらせでただの無茶振りのように見えて、実はそんな無茶振りにも答えて見せろということか!

 いいだろう。受けて立とうではないか。

 いざ!


 勢いよく、ハーブがいっぱいの二切れを口に突っ込んだ。




 

 その後、戻ってきたパトリックさんにドヤ顔をしてやったが、不思議そうな顔で返された。


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