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遥か高みへ至る者  作者: 英明孔平
第一章 
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第八話 初仕事

 清々しいはずの朝は、野太い男の声で目覚めることになった。


「起、しょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!」


 鼓膜が破れるかと思った。

 声はエコーが、かかっているため、遠くから聞こえてくるみたいだが、非常にうるさい。


 イタズラでやられたことがあるが、装着しているイヤホンの音量を突然最大にした感じだ。 

 耳と頭がガンガンする。

 さすがに寝起きの悪い俺も、これには眠気が吹っ飛んだ。


 ガンガンする耳を押さえゆっくりと立ち上がる。


 眠気は覚めたが、しょぼしょぼとする瞼を擦りながら扉を開けようとすると、少し離れたところから騒がしい靴音と怒号が聞こえる。


「おい! 早くしろ!」「遅くなったら連帯責任だぞ!」「今日の教官は遅れたらまずい!」


 喧噪が遠ざると、静けさと不安が訪れる。

 このままここにいても大丈夫だよね?本当は集合しなきゃダメとかないよね。


 不安なので「記憶の引出」を使い確認する。


 うん。パトリックさんも、起きたら自分が行くまで待つように言ってるし大丈夫……だよな。


 顔を洗って朝飯も食べたいところだが、何時パトリックさんが来るかもわからない。

 それに食堂に行ったとしても金がない。


 パトリックさんが来るまでもう一眠りしたい気持ちになるが、眠気はさっきのできれいさっぱり消えてしまった。

 どうするかと考えていると、今度は外から怒号が聞こえてくる。

 

「貴様らぁ! もっとキビキビ走れぇ!」

 続いて、むさ苦しそうな男たちの掛け声が部屋まで響き渡る。


 嫌な予感がしながらも、窓に近づきガラス越しに外を見ると、外には筋骨隆々の男たちが上半身裸で汗を飛ばし、野球部ばりの掛け声を出しながら走っていた。


 この部屋は二階だ。

 おかげで見下ろす形になっている。

 これが一階だったら、目の前を男たちの汗が飛び交う風景を間近に見ることになっていただろう。

 考えるだけで恐ろしい。


 熱血やスポーツものの漫画も好きなので、別にむさ苦しいのが嫌いではない。むしろ力がない俺は筋肉のある男に憧れたりはする。

 likeの方でだ。


 しかし清々しいはずの朝、しかも記念すべき異世界生活の初日に最初に目に入ったのがこれというのは……おかしいな、走ってもいないのに目から汗が流れてくるよ。


 悲しい気持ちになりながら汗を拭う。

 すると背後の扉がノックされる。


「マサヤ君、起きてるかい?」


 扉を挟んで聞こえたその声に反応して振り返り、急いでドアノブを回し引く。

 扉を開けた先には一人の端正な顔立ちをした青年が立っている。


「おはよう。いい朝だね」

「おはようございます。いい朝かどうかはわかりませんがね」 


 パトリックさんは痛そうに右耳を押さえながら挨拶をしてくるので俺は、皮肉気に挨拶を返す。


「それは何よりだね。さあ、まずは腹ごしらえといこうじゃないか」

 

 デジャヴのような気もしながら廊下に出て扉を閉める。

「あのその前に顔、洗っていいですか」





 パトリックさんに連れられたのは、昨日とは違う食堂だった。

 昨日の食堂は、ちょうど食事時ということもあったからか、食べかすや皿、酒瓶なども散乱していたがここは清潔に保たれている。

 広さも昨日の半分ほどだろうか。

 食事をしている人数も片手で数えられるほどだ。


「大体の人はもう仕事に出ているからね。ここにいるのは非番か、僕たちみたいに何か用がある場合か……」

 口調は穏やかだが、少し警戒している気がする。


 昨日と同じく、パトリックさんが俺の分も払ってくれて向かい合わせに腰かける。

 朝の食事は黒パン四切れにスープとサラダと干し肉。


「さてここも紹介しておこう。ここは昨日、食事をしたところとは違って階級がある程度、上の人が食事をする場所なんだ」

 ここが昨日言っていたお偉いさん方の場所か。

 それって俺がいていいのか。

「ここでは階級が低くても、上官が同伴していれば問題はないよ」


 小市民のように動揺していた俺を、パトリックさんは爽やかオーラ全開で優しく微笑む。

 動揺していた俺を安心させるためなのだろうが、この人はなんか掴みにくいというか、あっさり心を読まないでほしい。


 一先ず安心した俺は、黒パンをスープに浸し一口齧る。

 

 あれ、多少硬いが、昨日に比べたらやわらかく感じる。

 続いて干し肉を手に取る。


 これも昨日に比べて噛み切りやすいし味も美味い。

 さすがは上官たちの食事場所なだけはある。


 その後は異世界関連のことを話すわけにもいかないので、二人で黙々と朝食を摂った。





 朝食を摂った後は、職場に案内された。

 職場といってもどちらかといえば執務室のような感じで、中央に大きな机と椅子が置かれ、周りは本棚やいろんな書類関連が溢れている。


「ここですか」

「ここだよ。僕は騎士といっても、書類仕事が主だからね」

「むしろ力仕事じゃなくて助かりましたよ」

 朝のマッチョどもに放り込まれでもしたら……

 

 俺が安堵したように言うと、パトリックさんは苦笑をする。

「力仕事か…」

 なんだ?

 

「隅に扉があるだろう。その向こうが君の仕事場だ。基本的に僕が渡した書類をまとめたりするのが、君の役目だ」


 何もなかったかのようにパトリックさんはいつもの爽やかスマイルに戻ったので、気にはなったが聞かないことにし、隅にある扉に案内される。

「ルッカさん、入るよ」


 そう扉の向こうに呼びかけ、開こうとすると

「ちょっと待ってくだ…」

 

 ガチャドシャー


 雪崩が起きた。

 正確には紙崩れか?


 そんなことはどうでもいい。

 現在進行形で、俺の身長を超える紙の山が俺とパトリックさんに向かってきている。

 例え紙でも、これだけの量があればかなりの重さになる。

 中にはかなり分厚い本も紛れ込んでおり、あれが当たると相当痛そうだ。


 「思考加速」っ!

 

 山が倒れ込む光景がゆっくりとなる。

 よし、これでなんとかっ……!あ、これ間に合わない。

 いくらゆっくりとなったところで身体能力は変わらないため、避ける速度も変わらない。

 

 戦闘時と違って完全な不意打ち、しかも倒れ込んでくる紙の範囲が広すぎる……。

 しょうがない。多少痛いだろうけど、紙で多少皮膚を切るだけだし、死ぬわけではないので諦めよう。


 山が俺を飲み込むまで少し時間がある。

 今更、思考加速を解いたところで何も変わらない。

 どうせならこれも何かの「予測」に役立つかもしれないので、ゆっくりと崩れる山を眺めることにした。

 

 そうだ。パトリックさんはそどうしただろうと、顔を逸らして横を見る。


パトリックさんは、「マサヤ君、ゴメンね」とでも言いたそうな顔で、既に被害の範囲外にバックステップしていた。


 そういえばさっきの力仕事云々って、書類の量が尋常じゃないと言いたかったのかな。

 ということはこうなることを予測していた可能性もあるわけで。


 はかったな! パトリックゥゥゥゥゥウウウ!!


 そうこうしている間に視界が真っ白に染まった。



 

「悪かったよマサヤ君。僕もまさかここまで酷いとは思わなかったんだ」

 頬などの切り傷に薬を塗っている俺の前では、パトリックさんが頭を下げていた。

「大怪我というほどではなかったのでいいですけど……」


 そして、パトリックさんの横で同じく頭を下げている人物がいる。

「申し訳ありません。新人さんが来ると聞いたので、整理をしようと……」

「整理してどうしてああなるんだい…片づけはいいと言っていたじゃないか」

 その人物の弁解の言葉に、パトリックさんは呆れ気味に答える。


「いや~とりあえず机周りを綺麗にしようと、隅へ隅へと、持って行ってたらあんな感じに……」

「それ、完全に片づけられない人の典型ですよね。ルッカさん」


 俺が突っ込むと、その人物は苦笑を浮かべて目を逸らす。

 目を逸らした人物は、身長130センチほどの女性。

 ルッカ・カーリー(37)だ。


 彼女は、パトリックさんの部下で俺の同僚らしく、パトリックさんに紙の束から助けられた後、薬を持ってきてくれたのが彼女だ。

 最初見た時は、子供!?と驚きはしたが、自己紹介にて彼女がドワーフ、さらには37歳なのを知った。ついでに既婚者という話だ。


 アニメではロリ属性は…あくまで保護欲的な物で守備範囲だったが、リアルで小さい子に欲情するような変態ではなかったし、人妻属性も持ち合わせてはいなかった。ドワーフのことも、既に亜人についての知識はあったので驚きはしたが問題はなかった。

 

「マサヤ君、まず最初の仕事はここの片づけだね」

「まあ……そうなりますよね……」

 

 既に最初の部屋だけでも、相当散らかっている。

 紙の山が襲ってきた部屋は、先ほど薬を塗っている間にパトリックさんが確認しに行き、遠い目をしながら戻ってきた。

 時々、油断できない人だと思っていたが、少し同情心が湧いてくる。


「それと書類の整理もお願いしたいから、君の能力を使えば簡単だろう。

 ああ、ルッカさんは君のことは教えてあるから。それと魔力や監視もここは色々な書類を扱う場所だから、口の堅い人とそこら辺の面は安心してくれ」


 一応、勤め先は配慮してくれてたんですね、カインズさん。

 オリジナルを雑用に使うって発想が凄いよ。

 

「それじゃあ、マサヤさん、やりましょうか」


 ルッカさんが俺の肩を叩く。

 しょうがない。異世界での今回の亜人との対面や仕事に朝といい、始めてが残念すぎるなぁ……。


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