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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十四章『喜怒哀楽の黒き炎』 その1

 瑞樹たちが八重洲に転送されたのとほとんど同じタイミングで、五相ありさのレーダーは、彼らの位置を捉えていた。

 五相はほとんど間を空けず彼らの、特に瑞樹の位置を探り続けていたためだ。


「みず……中島さんが見つかりました! 東京駅八重洲中央口すぐ近くです!」


 五相は直ちに、花房へ報告した。


「奇しくも瀬戸さんが今いる場所か……いや、好都合かもしれんな」




 秋緒が、惨劇の発生よりも前に瑞樹の元へ辿り着けなかったのは、花房の連絡が遅かったためではない。

 花房は五相の報告後、速やかに秋緒へ伝達を行い、秋緒もまた全速力で八重洲中央口すぐ近くの高層ビルへ突入しようとした。


 進めなかったのだ。


「久しいな、瀬戸秋緒」

「貴様は……!」


 かつて自らの手で始末したはずの旧敵が、ビルの入口から現れ、再び立ちはだかったからであった。


「奥平、久志……!」

「二十二年ぶりの邂逅にも関わらず、覚えていてくれたとは光栄だ」


 秋緒は細い目を見開き、一分の隙もない注意深さで、眼前の奥平を凝視する。

 真っ先に浮かんだのは、疑問。

 前回の戦いで始末をつけはしたが、命を奪えたという確証はなかったため、生きていたとしても不思議ではない。

 だが……


「不思議かね。四肢を捥ぎ取ったはずの男が、五体満足でこうして立っていることが」


 思考を読み取ったように、奥平は言う。

 秋緒は眉根を寄せ、忌々しげに吐き捨てた。


「……人工筋肉を搭載した義肢か」


 一目見ただけですぐに理解する。

 スーツが張り付いているだけのようにも見える暴力的な膨らみは、どう見ても通常の義肢ではない。

 そもそも、以前とは比べ物にならないほどの体躯だ。

 トレーニングだけで到達できるレベルではない。


「君達のような異能を持たぬ身としては、これくらいせねばならんのでな」

「そんなことはどうでもいい。瑞樹君は……あの子はどこだ!」

「このビルの屋上だ。既に把握しているのではないかね」


 奥平が、手にしていた曲刀をゆらりと滑らせ、構える。


 どけ、と怒鳴る時間と手間さえ惜しかった。

 指呼の間を一瞬で詰めつつ抜刀。

 狙うは奥平の首。


 甲高い金属音が、火花と共に散る。


「相変わらず容赦のないことだ」


 秋緒は歯噛みし、剣を弾いて距離を空ける。

 鍔迫り合いになっては圧倒的に不利と、一合で体感した。

 それにあの剣は……速度と手数で挑むのが得策か。


「何故、あの子を巻き込んだ! 貴様らの下らん企みなどに! 許さんぞ!」


 暴風の如く上下左右から刃を繰り出す。

 全身の神経が怒りで尖っていたが、頭の芯はまだ冷静だった。


「復讐、だな」


 その全てを防ぎ、奥平は淡々と受け答える。


「ふざけるな! ならば始めから私を狙えばいいだろう!」

「私は彼に、何の恨みも抱いておらんよ。むしろ救世主として感謝している程だ。そう、中島瑞樹は亡霊の呪縛から解き放ち、私に眠りをもたらしてくれる救世主だ」

「亡霊、だと?」

「私はただ手を貸しただけだ。未だ魂が風化することなく、我が身に付きまとい続ける亡霊……同志・衆寺壊円の為にな」


 秋緒の脳裏に、常に狂った笑顔を浮かべている男の姿が浮かぶ。

 人をくったような甲高い声色で喋ることといい、罪悪を罪悪と認識しない精神構造といい、全てが癇に障る最悪の男だった。


「中島雄二に理想を阻まれたことが大層遺憾であり、恨めしかったようだ。彼ら夫婦の死だけでは満足できなかったらしい」

「だから、あの子にまで牙を向けたというのか」

「中島瑞樹を苦しませろ。惑わせろ。結界を打ち破らせろ。我が命脈を断ち、結界を守った者達の息子にそうさせることが、自分の復讐であり、無念を晴らす最高の方法となる……衆寺から止むことなく囁かれ続けた言葉だ」


 その時、青空に炎が閃いたのを、秋緒は視界の上端で捉えた。

 長く尾を引いた赤き彗星は、東京駅ホーム上にそびえる結界発生装置に衝突する。

 ほどなくして、大音量で警報が鳴り始めた。


「瑞樹君……!」

「衆寺は今も私に囁き続けている。いや、歓喜しているようだ。来たるべき時が遂に来た、とな」

「くっ……!」


 秋緒は、眼前の旧敵を無視してでも瑞樹の下へ向かうことを優先しようとしたが、奥平がむざむざそれを許すはずもない。

 動かずとも、高重力のような威圧感を放つだけで、秋緒の足は封じられた。


「行かせる訳にはいかんな、瀬戸秋緒。強いて言うならば、私の復讐対象は君だ。四肢を奪われたとあっては、流石に私とて何も感じずにはいられぬ」


 言葉とは裏腹に、奥平の顔と心は、どこまでも乾ききっていた。

 感情のないまま、鋼でできた丸太のような両脚で地面を蹴って秋緒に接近し、


「同じ目に遭うといい」


 膂力に任せて剣を斜めに一閃した。

 秋緒は咄嗟に飛びずさったが、完全に回避することはできず、左手の小指球に、ぱっくりと裂け目が走る。

 瞬く間に汚れていく手や袖を一瞥して、彼女は目つきを更に鋭くした。


「……忌々しい」

「忘れてはいないようだな。衆寺が振るっていたこの剣を」


 奥平が手にしている曲刀は、血錆が浮いたように刀身が赤黒く染まっている。

 汚れではなく、元からそうなっているものだ。

 大量の血と怨念と呪いを込めて鍛え上げられた魔剣――

 この刃で斬られると、剣そのものを破壊するか、聖水で呪力を浄化しない限り、決して傷が塞がらなくなる。


「その程度の脅しに屈すると思うか」


 秋緒が、愛刀を握り直し、正眼に構える。


「今度は二度と復活できないよう、細切れにしてやる」

「やってみるがいい。もっとも、時間がそれを許すか疑問だが」


 奥平が剣で上空を指した。

 炎は更に勢いを増し、結界へ浴びせ続けられている。

 秋緒にはそれが、瑞樹が上げた悲鳴の具現化としか見えなかった。


「おおおおッ!」


 咆哮、斬撃。


「ぬんッ!」


 受け止め、反撃。


「瀬戸さん! 援護します!」


 後方から警官の声。


「不要ッ!」


 即答で拒否。


 瀬戸秋緒という人物に、他者の助力は不要であった。

 奥平相手では単に邪魔になるから、という理由だけではない。

 彼女のEF――"所持品の性能を強化・付加する能力"を引き起こすための感情は、"孤独感"である。

 下手な援護は自身の戦力を低下させてしまうだけなのだ。


 秋緒の精魂が、鋭く研ぎ澄まされていく。

 今、手にしている刀と一体化していく。


 あの子は今、苦しんでいる。

 あの子を救えるのは、私しかいない。

 私は独り。ただ独つの剣。

 敵を斬り、大切なものを護るだけの存在。


 闘争に全てを向けかけていた秋緒の心を乱してしまったのは、切り捨てた味方だった。


「これよりビル屋上へ突入し、結界を攻撃している火炎を止める!」


 駄目だ。行くな。行ったら瑞樹君が……

 あの子を罪で汚す訳には……

 秋緒の声無き叫びが彼らに届くことはない。


 しかし彼女の願いは、思わぬ形で成就した。

 ビル入口から、夥しい数の敵が新たに吐き出され始めたのである。

 奥平が温存していた精鋭、血守会の残存戦力だ。


「そ、総員、迎撃ッ!」


 隊長の声が警報を割って響き、再び八重洲が戦場と化した。




 血守会の再攻撃に、警察側は苦戦を強いられた。

 これまで各地を攻撃していた兵たちとは明らかに練度が違う。

 秋緒の援護や、ビルの突入に人員を割いている余裕などなかった。


「中島瑞樹が警察の手にかからずに済み、安心しただろう」

「黙れッ!」


 そんな中、何者も立ち入らせぬ超高速の攻防を繰り広げながら、瀬戸秋緒と奥平久志の両者は剣と言葉を交わし合う。


「あまり怒りすぎないことだ。刃物ではなく棒切れの扱い方になっている」

「貴様如き下衆が剣の道を語るな!」

「勇ましい事だが、防御も手薄になるほど攻め続けていいのかね」


 奥平もまた、人工筋肉搭載義肢を抜きにしても、卓越した剣技の持ち主であった。

 秋緒の太刀筋を的確に見極め、かすりもさせない。

 防御に留まらず、暴力的かつ精密な剣捌きで襲いかかる。

 無表情と組み合わせて見ると、まるで血錆びた刃の渇望に従うまま、戦っているようにも見える。


 秋緒は、ギリギリの所で凌ぎ続けていた。

 ただ受け止めればいいというものではない。

 かわすか、受け流さなければならない。

 間断なくやってくる、力と速さ、正確さを伴った刃をだ。


 しかし秋緒はやってのけていた。

 長年、たった独り、鍛錬を繰り返して練り上げた業が、それを可能にさせていた。


「悪辣な亡霊め」

「それは、衆寺のことか」

「貴様ら両方だッ!」


 秋緒の目に、衆寺の亡霊は影すら見えていない。

 しかし、確かにいるという確信はあった。


「まとめて切り裂いてくれる!」


 秋緒は強く踏み込み、剣を横に薙ぎ払う。

 狙うは首。頭を切り離せば、二度と復活はできない。


 速度と気合の乗った白刃は、目標の遥か手前で阻まれ、停止した。

 奥平が、掌に刃を食い込ませながらも、右手で掴んでしまったのである。


 人工筋肉の利点は、単に優れた筋力と剛性・柔軟性を発揮するだけに留まらない。

 疲労しないことはもちろん、痛覚という概念が存在しない。

 その上、例え生身では重傷に相当する損傷を受けようとも、問題なく継続可動できるという点で、天然の筋肉に勝っている。


 秋緒は引き抜こうと試みるが、腕力では敵わない。動かせない。

 奥平が蹴りを放つ。斬撃で来る、という彼女の読みの裏をかいた一撃。


 愛刀を手放し、後ろへ跳ぶ――という判断が、ほんの刹那遅れた。

 分厚い鋼の脚が、秋緒の胴に炸裂する。


「…………ッ!」


 視界が明滅。体液の逆流。苦痛に顔が歪む。

 能力による服の"強化"がなければ、骨は粉砕し、内臓にも深刻なダメージを負っていただろう。

 秋緒は間合いを空けながら、素早くジャケットの内ポケットのホルダーから小瓶を引き抜き、飲み干す。

 即効で鎮痛作用をもたらす薬である。

 煮えた鉛を植え付けられたような脇腹の痛みが、すぐに幾分和らいだ。

 回復薬を使う余裕はなかったし、温存しておきたかった。


「どうした。時を経て衰えたのではないかね。老いとは悲しいものだな。それとも、焦りが剣や体を鈍らせているのか? かの瀬戸秋緒ともあろう高名な剣士が、意外なものだ」


 奥平は表情を変えないまま、右手で刀の柄を取り、掌に食い込んだ刃を外した。


「返すと思うかね?」


 奥平は秋緒の返事を待たず、両腕に力を込める。

 不自然な力をかけられ、弓なりになった刀身は、いともたやすく真ん中から折れてしまった。


 不覚――秋緒は舌打ちする。

 トライ・イージェス所属時代から数え切れないほどの死線を共に潜り抜け、斬り払ってきた自分の分身。

 それを、あのような男の手によって、易々とへし折られてしまった。

 折れた際の甲高い衝撃音が、秋緒には愛刀が発した断末魔の悲鳴に聞こえた。


「独りでは淋しかろう。冥途の道連れにでもするといい」


 奥平は二つに別たれた剣を、秋緒の足元へ放り投げる。


「……貴様の方こそ、随分お喋りになったものだ」


 秋緒は愛刀の片割れ、柄の方を拾い上げた。

 すまない。長年の付き合いで既に身体の一部と化していた戦友に、心中で詫びる。


 そして、上段の構えを取る。

 刀身を失ったことで重量感や重心が狂ってしまっていたが、精妙なバランス感覚で即座に調整し、元と遜色ない隙の無さを再構築した。


「ほう」


 と、奥平が呟いた時。

 いつしか静穏に戻っていたビルの屋上から、再び炎が噴き上がった。


 ただし、性質が先程のものとは明らかに異なっていた。

 まず方向。結界発生装置の方ではなく、上空に向かって伸びている。

 それだけではない。


「あれは……!」


 秋緒の顔に、焦りと不安の色が滲む。

 漆黒の炎――過去の記憶が蘇る。


 瑞樹がEFを暴走させた時に見られた特徴だった。


「喜んでいる」


 奥平が天を仰ぎ、他人事のように呟く。


「遂に我が復讐劇のクライマックス。そのまま自己嫌悪の炎に焼かれて苦悶しながら死んでいくがいい。と、衆寺が言っている」

「……もういい」

「あの炎は、衆寺による復讐の火葬と言った所か」

「その汚らわしい口を今すぐ閉じろッ!」


 秋緒が、嚇怒と共に刀を振るった。

 それとほぼ同時に、奥平が半身の体勢を取る。

 空気を切り裂く鋭い音が彼のすぐ横を通り抜け、後方にあったバス停留所の標識柱を上下真っ二つに分断した。


「愛刀未だ死なず――研ぎ澄ませた剣気による風斬りか。残念だが予想済みだ」


 そう発したと同時に、奥平の側頭部から鮮血がしぶく。

 路面に何かが落ちた。彼の耳だった。


「片耳を失うことを予想しつつ何もしないとは、大したものだ」


 目を見開いた奥平に、秋緒は血ぶるいする仕草を見せながら、冷然と言い放つ。

 彼女も、そして彼女のEFも愛刀も、この程度で折れて戦いを止めるほど柔弱ではなかった。

 全身から迸る剣気と共に、言葉を叩き付ける。


「そのまま黙って切り刻まれろ。そして地獄で悔い続けろ」

「御免被る。これ以上生身の部分を減らしたくはないのでね。それと、例え私を殺した所で、衆寺の魂は滅びぬだろう」


 奥平は、負傷をものともせず、剣を構え直した。

 やはり彼の感情は、無風の湖面のようにわずかな波紋さえ立っていなかった。

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