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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十三章『劣等爆散』 その2

「そ、そんな……な、何でこんなこと、す、するんだ!」


 だが、流石にこの仕打ちには阿元も黙ってはいられなかった。

 声のボリュームを上げ、抗議の遺志を示す。


「ああ?」


 が、男子生徒に睨み返され、いとも簡単に反撃の狼煙は揉み消されてしまった。

 体に刻み込まれた屈服感が、本能レベルでそうしてしまったのだ。


「あらら、いつもみたいにまた黙っちゃったよ。にしてもお前も、帰る時に手ぐらいつないでやりゃよかったのに」

「嫌よ。だって彼、手が汗ばんでて脂っぽそうなんだもの。それに近付くと口の臭さも酷いし」

「ギャハハハハ、ひっでーこと言うねーお前!」


 男子生徒につられ、取り巻きたちもけたたましい馬鹿笑いを立てる。

 阿元は耳まで真っ赤にして、ぐっと俯く。

 泣いてはいけない。泣いたら本当に全てが終わってしまう。

 そう思えば思うほど、目の奥が熱くなってくる。


「あれ、どうしちゃったの? 泣いちゃうの? 高三にもなって泣いちゃうの?」

「やめてあげなさいよ。かわいそうでしょ」


 彼女の発言が、彼の防波堤を決壊させる決定的な一言となった。

 高校生になってからは一度も泣かなかったのに。

 この時、ついに阿元は涙を零してしまった。

 悔しさと、悲しさが、ぽろぽろと地面の砂に落ちて吸い込まれていく。


「あーあ、泣いちゃったよ」

「ダッセー、高三にもなって泣くかよフツー」

「そこのトイレから紙でも取ってきてやろうか。もちろん使用済のやつだけど」


 口々に浴びせられる嘲笑や罵倒も、阿元の耳には異国の言語にしか聞こえない。

 耳の中でぐわんぐわんと醜く反響し、脳を蝕む。

 歯の上下が当たってカチカチと鳴り、足元は大地震に遭ったようにグラグラと揺らぐ。


 その果てに辿り着いたのは――怒り。

 密かにしていた想いまでも薄汚い手で引きずり出され、眼前で踏みにじられたのである。

 耐え難い屈辱であった。

 無抵抗のまま受け流すことなどできない。

 泣いたまま終わりになどできない。


「……ふ、ふふふふざけりゅな!」


 阿元は顔を上げ、男子生徒を睨み付けた。

 呂律は上手く回らず、顔は涙でぐしゃぐしゃになって、茹でダコのように真っ赤になっていたが、その目には確かな怒りが宿っていた。

 思わぬ反逆の意志に、取り巻きや彼女は言葉を失ってしまったが、男子生徒だけは負けずに睨み返し、


「あれあれ、そんな顔しちゃっていいの? 俺、能力持ってんだよ? お前みたいな能無しクズとは違うんだよ?」


 男子生徒は人差し指の先に、ライターほどの火を生み出す。

 彼は『優越感』で火を生み出すEFを、幼稚園の時分から使えた。

 阿元は彼の感情の源泉こそ知らなかったが、火を出せることは知っている。

 いつもはそれを見るなり、野生生物のように怯んで縮こまってしまっていたが、この時は違った。


「だ、だからなんだ!」


 握った両拳を前に出し、ファイティングポーズを取る。

 いかにも喧嘩の経験すらない人間が取りがちな、極めて不格好なものであったが、闘志だけは引けを取らない。


 が、いかんせん、闘志だけで埋められるほど、彼我の実力差は近接していなかった。

 阿元は弾かれたように飛び出して殴りかかるが、男子生徒に避けられるどころか、後の先を取られる形で右ストレートを顔面に食らってしまう。

 衝撃と共に鋭い痛みが鼻尖に走り、阿元はひっくり返って仰向けに倒れてしまった。


「あー、テメームカつくわ。お仕置きな」


 男子生徒は怠そうに言いながら、阿元のでっぷり脂肪がついた腹回りを踏んだり、蹴ったりし始める。

 いつも以上に仮借のない威力であった。

 彼女も取り巻きも、彼を制止できなかった。

 怠そうな態度の奥にある、歪んだ憎悪と嗜虐心を感じ取っていたためだ。

 キレると何をするか分からない、ということを、普段の付き合いで知っていた。


 もっとも、止める気などさらさらない。

 彼らもまた、目の前の光景を楽しんで眺めているのである。

 証拠に、全員の目が阿元の苦しむ様に食いつき、爛々としていた。


 回数が重なるたび、阿元の呻き声が、段々と低く、鈍いものに変わっていく。

 痛みで頭が満たされている中、阿元は助けが来ることを期待していた。

 しかし、一向に誰も手を差しのべてはくれない。

 人気のない場所であったため、通行人が助けに入ったり、通報してくれる展開は期待できなかったのである。

 もとより彼らは、アウトローに属する人間の嗅覚で、そのような場所を選んでいたのだから当然だ。


 学校だけでなく、こんな公共の場所でも誰も助けてくれないなんて。

 阿元の失望感は色濃く深く、強まっていく。

 降り注ぐ攻撃の雨も止まない。


 反吐に血が混じり出したところで、ようやく男子生徒の足が止まった。

 息を弾ませながら、


「あー疲れた、汗かいちまったわ。お前らもやらね?」


 取り巻きにそう聞くが、誰もが「いや……」と言葉を濁したり、曖昧に首を振るだけだった。

 男子生徒は舌打ちして、


「あっそ、まあいーか。おいブタ、立場の違いってのがこれで分かったかよ? 分かったら二度と……」


 男子生徒の言葉が、そこで一度途切れた。

 阿元の手が、彼の足首を掴んでいたためである。

 掴むというにはあまりに弱い握力だったが、男子生徒の怒りを増幅させるには充分であった。


「おい、何、この手?」


 男子生徒は蹴り飛ばすようにして振りほどいてから、阿元の顔に向かって唾を吐いた。


「マジでムカつくわー。お前、根性焼きの刑な」


 そう言って、彼女を隣に呼び寄せる。


「いいモン見せてやろっか?」


 その言葉は、彼女ではなく、阿元に向けられたものであった。

 男子生徒は片手で彼女を抱き寄せ、もう片方の手は腰へと滑らせる。

 段々と上へ手が上がっていき、彼女の胸へ到達する。

 そこは、服の上からでも分かるほど大きく盛り上がっていた。

 阿元がいつも見ていることしかできなかった、想像の中でしか触り得なかった場所を、目の前の男は、いとも容易く触れていた。

 撫で回し、下から持ち上げ、摘み上げる。


「ちょっと、ダメよ」


 彼女は口でこそそう言っていたが、体では抵抗していない。

 時折吐息を漏らしながら、清楚な顔を淫靡にとろけさせ、男から与えられる快楽を楽しんでいるのを、阿元は歪む視界の中で確かに捉えていた。


「お前、こういうのを想像してシコったりしてたんだろ? 見られるだけでもよかったじゃん、ギャハハハハハ!!」


 下卑た笑いの後、男子生徒は決定的な行動に出た。

 これ見よがしに、彼女と唇を重ね合わせたのである。

 あまつさえ、舌と舌を絡め合うほど激しく。


 この行為が、阿元に決定的な敗北感を植え付けた。

 全ての希望を断たれた信仰者のように、目は閉じられ、五体から力が抜けていき、地面に吸い込まれていく。

 男子生徒はそうなる様を目敏く捉えていた。

 彼女から唇を離して突き飛ばすようにどかし、


「おい、寝てんなよ」


 と、顔をつま先で小突いてから、阿元の顔の前にしゃがみ込む。

 自然のままに任せ、阿元が目蓋をうっすらと開けると、男子生徒の掌の上に、火が生まれているのが見えた。


「お待たせしました~。今からブタ君に根性焼きしちゃいま~す」


 顔の前に火を近付けられ、楽しそうに言われるが、阿元はもはや何の反応も示す気にはなれなかった。

 痛みが一個増えて、あとはせいぜい傷跡がどこかに残るだけだ。

 その程度にしか思えなかった。


 ダメだったなぁ。勝てなかったなぁ。

 勇気を出して頑張ってみたけど、やっぱり自分なんかじゃコイツには勝てない。

 身長も、顔も、力も、EF能力も、持って生まれたものが違うんだ。


 ――それでも、コイツを倒したいなぁ。


 そう、阿元の本音が心の芯から漏れた瞬間。


 パァンと、風船が割れるような音がした。


 何の音だろうと、阿元は気にする余裕はなかった。

 ただ、目の前にいる人間の顔が空虚になり、次第に激しい苦悶へと変化していくのを見て、視線を音のした所へと動かした。


 男子生徒の足首が、千切れ飛んでいた。


「あ、あ? あ……あああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫。

 それ以外を許さないほどの耐え難い激痛が、男子生徒の足を襲う。

 バランスを崩してその場に倒れ、左右にのたうちまわる。


 突然の阿元の逆転劇に、彼女や取り巻きは言葉を失っていた。

 どのようなものかは不明だが、とにかく一方的にやられる側だった人間が、何らかの強力な反撃手段――EFを得た。


 阿元の頭の中は妙に冷えていた。

 体の痛みはまるで消えないし、劣等感と敗北感は抱えたままだ。

 だが、起こった出来事については既に理解していた。

 これは、自分がやったんだ。

 確信は行動を後押しした。

 胴体の軋みに耐えながらゆっくりと体を起こし、


「ちょっと、顔がよくて、背が高くて力が使えるからって、調子に、乗りやがって……!」


 息も絶え絶えに、男子生徒の顔面を殴る。

 ただし一発だけ、しかも軽くに留める。

 それで充分だからだ。

 少ない情報ながら、相手もその理由を理解していたとみえ、激痛の中、必死に命乞いを試みる。


「や、やめ……!」


 が、手遅れであった。

 阿元の『劣等感』混じりの意志は、男子生徒の端正な顔を、強い力で掻き回して歪なザクロへと変えながら、跡形もなくこの世から消し飛ばした。


 悲鳴が起こる。逃げ出すものが現れる。

 かつて阿元が想いを寄せていた彼女は、突然の展開に頭がついていかず、その場にへたりこんでいた。


 足元の砂を鳴らして、阿元が近付いていく。


「い、いや……いや、来ないで……」


 彼女は腰が抜けてしまったようで、強くかぶりを振り、嗚咽を漏らすことしかできずにいた。

 阿元はなるべく優しい声色になるよう努め、


「どうしてそんなこと言うの? 俺のこと、本当に嫌いだってこと?」


 彼女は俯いたまま答えない。

 その反応を見て、阿元は勝手に解釈した。


「やっぱり……やっぱりアイツの方がいいってことかよ! 結局は顔かよ、クソッ!」


 突如、能力を得た高揚感と、根っ子の部分で変わっていない自己否定や劣等感がそうさせたのか。


「そ、そんなことない……」

「だったら! 俺にこうされても平気ってことだよな!?」


 言うが早く、阿元は彼女の大きな胸を鷲掴みにした。

 感触など分からない。ただずっとしてみたかったことを、衝動的に行動へ移しただけである。


「やめてっ! 触らないでっ!」


 彼女は激しい抵抗を見せた。

 上半身をねじるようにして、阿元の手を振りほどこうとする。

 それが一際、阿元の劣等感を煽り立てた。


「ふ……ふざけんなっ! どいつもこいつも、俺をバカにして、拒みやがって! 死ね! 全員死ね!」


 彼女の肩を蹴っ飛ばし、後ろを向いた。

 背後で彼女が何か言っているが、阿元は耳を塞いで激しくかぶりを振り、何も聞こえないふりをする。

 そして、意図を込めた。




 阿元の受難は、EFの発現後も終わらなかった。

 逃げ延びたクラスメイトの証言により、この一件は事件扱いとなってしまい、学校は退学。

 行き先は、EFを用いて罪を犯した者が入れられる特殊更生施設、加えて生みの親からは縁を切られてしまう始末。


 もはや全てがどうでもいいと、阿元が人生を投げ出すことを決定しかけた矢先だった。

 奥平久志と名乗る人物が、身元を引き受けると"取引"を行い、彼を施設から出したのだ。


 確実に見返りの要求、裏があるだろうことは分かっていた。

 案の定、血守会というテロ組織に加入し、力を貸すよう条件を出される。


 一向に構わなかった。

 むしろ奥平に感謝していた。重厚な威圧感も乾いた人間性も、全く気になることなく。

 生活を一転させられるほどの報酬を貰え、なおかつ気に入らない世の中を壊せる。

 あまりに魅力的な内容だった。


「私には君の力が必要なのだ。是非、隣で手を貸してくれないだろうか」


 何より、生まれて初めて、自分の存在を必要とされたのだから。


「はい、お願いします」


 阿元は快諾した。


 この人の傍で、どんなことでもやってやる。

 殺人であろうと大量破壊であろうと、喜んで手を汚してやる。


 だからこそ、何の前触れなく奥平から下された命令をも、躊躇なく実行することができた。






「ねえ、瑞樹兄」


 知歌が、握った手を解いて、瑞樹に話しかける。


「ぜんぶ終わったあともさ、あたしと会ってくれる?」

「どうしたの、急に」

「ん、だってさ、瑞樹兄、カノジョいるじゃん。あたし、ジャマになっちゃうかなって」

「……随分、しおらしくなったじゃないか」


 瑞樹は、小さく笑った。


「だ、だってさぁ」

「僕らはもう、兄妹みたいなものなんだろう?」


 頭を撫でられながら言われて、知歌の曇りかけた顔がみるみる輝きを取り戻していく。


「マジ!? マジでだいじょぶなん!?」

「栞もきっと分かってくれるよ。全部終わったら、三人で美味しいものを食べに行こう。僕が奢ってあげるから」

「うしっ、やったーーっ!」


 知歌が大きくジャンプして、両手を突き上げた時。

 突如、至近距離で乾いた破裂音が鳴り、二人の鼓膜を揺るがした。


「え……?」


 あまりに前触れがなく、想像すらしていなかったために、正確に事態を把握できなかった。

 思考が凍結してしまう。

 瑞樹も、知歌さえも。

 

 事実を端的に表現すると、こうなる。


 知歌の右腕が、手首の先から千切れて消失していた。

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