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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十一章『"血塊"攻防戦』 その4

 しかし、ほとんど同じ位置に立っていたにも関わらず、暴風を受けたのは剛崎だけだった。

 煽られて体勢を崩してしまい、転げそうになる。


 そこへ、マウントを取ろうと女が飛びかかってくるが、長年の経験を通じて体に覚え込ませた技術が剛崎を救った。

 警棒を手放しながら身を捨て、巴投げの要領で女を投げ飛ばすことで、窮地を脱したのだ。

 もっとも無傷とはいかず、組んだ際に爪で腕や頬を引っ掻かれてしまう。


 投げられた女は器用に受け身を取り、身を翻して鮫田の前に立った。

 顔を歪めているのは悔しさではなく、曲げられた腕に走る痛みが原因であった。


「申し訳ありません、旦那様」

「いい。自分の力が足りなかったのも一因だ」

「ようお二人さん。ここで一服してもいいかい? そろそろニコチン切れしそうなんでね」


 懐に手をやり、軽口を叩きながらも、剛崎の心中には苦いものが込み上げてきていた。

 女の登場で、益々立場が悪くなった。このままでは消耗するばかりだ。

 こちらも援軍が欲しいところだが、生半可な戦力では鮫田の突風で吹き飛ばされてしまうだろう。


「煙草は好かぬ」

「つれないねえ。ところで嫁さん、あんたの力、無効化能力だな」


 女は答えなかったが、剛崎は構わず言葉を続けていく。


「その片腕はさしずめ代償、発動条件みたいなものか。それにしてもわざと腕を差し出すとはな」


 剛崎の推理は当たっていた。

 女のEFは"一度受けた他者のEFの耐性を一定時間得る"能力である。

 彼女が片腕を犠牲にしてまで初撃をあえて受けたのは、胴体や首を折り曲げられることによる致命的なダメージを避けるための苦肉の策であった。


「そこまでだ」


 答えたのは、妻ではなく夫の方だった。


「対応策を練る時間稼ぎに付き合う義理はない。行くぞ!」


 言葉と共に、今度は鮫田の方が突撃してきた。

 女は何か丸薬のようなものを口に放り込んだ後、横に走り出す。回り込み、剛崎の背後を取る腹づもりである。 

 剛崎は大きく息を吐いて、手を戻した後、鮫田に向かって駆け出す。


 両者の間合いがぶつかり合う手前で、剛崎が方向を急転換した。

 そのまま夫妻に背を向け、脇道へ入り込む。


「卑怯者、逃げるのか!」

「二対一で来る連中に言われたくはないな」


 女の罵声にさらりと反論し、剛崎は立ち止まる。

 この辺りは既に市民の避難が完了しており、建物は無人のはずだ。

 地の利を活かして一人ずつ仕留めるか。

 そう考えた時だった。

 脇道に入ってきた女が、両脇のビルの壁を交互に蹴ってジグザグに飛び跳ねながら迫ってきた。


「……本当に忍者だな」


 呆れる間もなく、女が空中から分銅鎖を投げつけてきた。

 通常、鎖の長さは長いものでも六尺ほどと言われているが、これは少なくとも二~三倍はある。


 弾丸の如く唸りを上げて飛んでくる分銅を、すれすれで見切る。

 場所が狭いため、大きな移動ができない。

 それが仇となった。

 女が手元で精妙な操作を加えると、弾丸は生命を与えられて蛇となった。

 剛崎の後方で急旋回し、円を描くような軌道を辿る。


 絞首されてしまえば一巻の終わりだということを、剛崎は充分理解していた。

 身を伏せてやり過ごす。

 が、それでも不充分だった。女が直接飛びかかってきたのだ。


 流石の剛崎もかわしきれず、大鳥の嘴のような爪先蹴りを、抉られて間もない肩の傷口に受けてしまう。

 痛みでのけぞりそうになるのを堪え、反撃の掌底を放つが、不完全な状態で打つ攻撃などたかが知れたものである。虚しく空を切るだけだった。


 蜻蛉の如き小回りで、女が剛崎の背後を取った。

 羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。

 細い体のどこから出てくるのか、並大抵の力ではない。負傷を抜きにしても解けない。

 そもそも、片腕を折り曲げられているというのに、今は全く意に介した様子がない。

 即効性の鎮痛剤か何かを使ったのだろうか。


「旦那様! 今です!」


 女が、大通りの方に向けて大声を張り上げた。


「よくやった! そのまま離すな!」


 すかさず鮫田が呼応し、素早く気を練り上げる。

 絶体絶命。

 風の刃だろうと鎚だろうと、直撃すれば致命傷は免れない。

 いや、鮫田ほどの手練れであれば、待つのは……死。


 剛崎は取り乱さなかった。

 光もろくに差さない狭い小道が死場所になろうというのに、厳つい顔を恐怖に歪めたりはしなかった。


 鮫田が今まさに、とどめの一撃を打ち放とうとした時。

 女が、剛崎の背へ覆い被さるようにしなだれかかった。

 まさか、口説かれた訳でもあるまいが……鮫田にわずかな動揺が走る。


 仕掛けは単純だった。

 剛崎が、携行品であるペン型麻酔薬を女に使用したのだ。

 先程、二人に喫煙の許可を申し出た際にキャップを外し、再交戦にあたり袖に忍ばせておいたのである。


「礼子ッ!」

「おっと、動くな」


 剛崎は、女の身を楯とするように前へ位置を動かした。


「嫁さんはしばらく目覚めんぜ。果たして気を失ってても、無効化は出来るのかい?」


 受けの構えを取ったまま、鮫田の動きが停止した。

 全身が小刻みに震えており、顔面には深い皺が幾つも刻まれている。

 爆発を必死に抑え込んでいる形相だった。


「この先は、言わなくても分かるな。投降しろ」


 我ながら実に悪役じみた台詞だと、剛崎は内心苦笑しつつ降伏を勧告する。

 この男の性格上、恐らく聞き入れないだろうことは分かっていたが。


「……おのれ! 人質を取るとは、トライ・イージェスはかくも卑劣な組織だったのか! 見損なったぞ!」

「テロ組織の人間が何を言いやがる。そもそも俺達は正々堂々を社訓に掲げたことなんて一度もないね」


 全く悪びれもせず、剛崎は反論した。

 トライ・イージェスの職務は、いかなる手段を用いようとも、守るべきものを守ることだ。

 この程度の罵声で揺らぐほど、彼は甘くはなかった。


「何をしてでも、体を張っても任務を果たそうとしているのは、あんたらだけだと思ったか。俺だってそうだ。いや、警察も同業者も、皆同じなんだよ」


 鮫田に僅かな逡巡が生まれる。

 EFを使いたいが、妻がいる。

 意識を失っているため、鮫田の能力を無効化することができない。

 それを分かっているからこそ、剛崎は妻を楯に使っている。


 その隙を見逃す剛崎ではない。

 女を抱えたまま、一気に距離を詰めてきた。


「くっ、許せ!」


 鮫田は奥歯を食いしばり、気を練り集めていた拳を突いた。

 迷いも、妻も打ち砕かんとする、空気の鎚。

 人一人では楯にさえならない威力と攻撃範囲を有している、信念を込めた一撃。


 堅物め、やはりそう来たか。剛崎は行動を読んでいた。

 人間、精神的に追い詰められるほど、本質に沿った行動を取る。

 鮫田が渾身の右拳を動かした時点で女を放り投げ、高く跳んでいた。


 鮫田の疾風正拳突きは、女だけを打ち据えた。

 無防備に直撃し、不自然にひしゃげて彼方へ遠ざかっていく妻の姿を、鮫田は細い目を見開いて凝視する。

 極限まで視ることに意識を集中させたため、体感時間が引き伸ばされ、一連の動きがスローモーションに見えた。


 自分は、妻を手にかけてしまった。

 それが鮫田の最後の思考だった。


「すまんな」


 剛崎が、着地と同時に強く踏み込み、鮫田に迫る。

 打撃など必要ない。そっと、腹部に触れる。

 何をおいても必ず任務を果たす、という責任感がEFを発動させ、鮫田の巨体を逆U字に折り曲げた。




「血塊はどうなっています?」


 強敵二人を片付けた剛崎は、応急処置だけを済ませ、休む間もなく駅南口前のロータリーへ向かい、近くにいた他の防衛会社の男に声をかける。


「かなり犠牲が出ていますが、足止めはできています。エネルギー砲も撃たれていません」

「そうですか」

「ただ、封鎖結界を既に霧のEF保有者へ使ってしまって、新しい装置一式を隣の原宿駅から取り寄せなければならないため、展開までまだ時間がかかるようです」

「聖水は?」

「今の状況で散布しても、効果は薄いかと」

「分かりました。……やっぱり、時間稼ぎするしかないか」


 剛崎は一度、社用車を停めた場所まで引き返し、


「刃物の扱いは瀬戸先輩や社長ほど得意じゃないんだがな」


 ぼやきつつ、トランクに積載してある武器の中から、剣と小瓶を取り出した。

 マチェットを日本刀ほど大振りにした形状をしたそれを鞘から抜き、ブレード部分に聖水をかけ、一度振るう。

 血塊に打突や銃弾の類は効果が見込めない。

 ただし、動物の臓器と同じくらい柔らかいため、斬撃を行う際に使用する刀剣は、耐久力より切れ味を重視して問題ない。

 どのみち、取り込まれてしまえば、強度など関係なくなる。


「行くか」


 剛崎は戦いの場に戻り、


「トライ・イージェス社所属、剛崎健、血塊の対応にあたります」


 すり抜けざま、今しがた会話した男に一声かけて、そびえる血肉の塔に躍りかかった。


 剛崎の参戦時点で、血塊に直接応戦する人員は大幅に絞られていた。

 正確には三人。

 結局の所、物量で押すよりも、高い機動力と一定以上の火力を持つ少数精鋭で攻撃した方が有効だと実感したからだ。


 攻撃にあたっていた人間も、剛崎も、犠牲になった者たちを無駄死にと断ずる気持ちはなかった。

 彼らもまた、守るべきもののため、使命に殉じたのだ。

 ならば、任務を完遂することこそが、彼らに対する供養。


「私も行きますよ」


 先程言葉を交わした協力会社の男が、身の丈よりも長い両手剣を背負い、剛崎に並んだ。


「心強いです」

「私が横に回りますので、貴方は」

「逆に動きますよ」

「了解です。終わったら飲みに行きましょうや」

「そりゃあいい」


 二人はこれが初対面だったが、十年来の同僚のように気安く打ち合わせを済ませた。


「死んでも、私が血塊をそこへ釘付けしておきます!」


 やや離れた場所で両手を突き出している女が叫ぶ。

 どうやら何らかのEFで血塊の動きを止めるか、鈍らせるかしているようだ。

 ただ、あまり過信はできないと剛崎は思う。

 強力な効果があるならば、彼女のEFを封鎖結界の代用とすればいいからだ。

 改めて気を引き締め、剛崎は血塊を横薙ぎに切り付けた。

 祝杯の約束を交わした男も、反対側から剣を一閃する。

 

「ここからは我々二人が対応します! あなた方は一度下がって休憩して下さい!」


 剛崎が、先に応戦していた三名に声をかけた。

 戦力として当てにならないからではなく、交代制で戦った方が安全だと判断したからだ。

 三人は剛崎の意図をすぐに察し、


「頼みます!」


 と言葉を残して後退していった。

 彼らを捕えようと、血塊が触手を伸ばしかけるが、剛崎の剣によって切り落とされる。

 嫌な感触だ。あの時と全く変わっちゃいない。二十数年前の体験が鮮明に蘇る。

 鬼頭高正、瀬戸秋緒、そして中島雄二や早見加奈恵。共に戦った同僚たちの姿が、すぐ近くに浮かぶようだ。


 いや。浸ってる場合じゃないな。剛崎は攻撃の手が緩まないよう、意図的に傷の痛みへ意識を向ける。

 もうあの時のような若造ではいられない。

 守り抜くのだ。今、こうして共に戦っている、まだ名も知らない仲間たちと。

 切り落とした触手を、仲間の誰かのEFが焼却するのを視界の端で捉え、そんなことを思う。


 剛崎、他の防衛会社、警察は、一丸となって防戦した。


 その甲斐あって、この後何とか渋谷の血塊を消滅させることに成功したのであった。

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