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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十一章『"血塊"攻防戦』 その3

 千葉は、一寸先も見えない闇の中を歩いていた。

 本当は一歩も動きたくなかったのだが、下半身に別の存在が宿ったかのように、足が勝手に動くのだ。


 この場所は、やけに寒く、息苦しかった。

 まるでろくな装備もないまま、高山を歩かされているようだ。

 心身に堪える辛さだが、それでも足は止まってくれない。


 ――ダメだ。


 警告が、本能から幾度も発せられている。

 このまま先に進んではいけない。

 何かがいる訳でもないし、光が見える訳でもない。変わらず闇だけが延々と広がっている。

 しかし、進んでしまえば、もう戻れなくなる。

 根拠は漠然としていたが、そうなる確信だけはあった。


 そう分かってはいたのだが、どうしても足が止まらない。

 不思議と、抵抗感はあまりなかった。

 というより、段々と感情そのものが薄れていくような……


「……悠くん」


 ふと、どこかから、誰かの声がした。


「いっしょにちゃんとご飯、食べよう?」


 ちゃんとご飯? ゼリー?

 いや違う。もっと温かで、幸せで……


「無事に帰ってきてね」


 どこへ? いや、馬鹿か、僕は。

 そうだった。約束があるんだった。

 千葉の歩みが、少しずつ遅くなっていく。


「大好きだよ、悠くん」


 ああ、僕も――




 世界を覆っていた闇が突然に吹き飛ばされ、光が戻った。

 続いて喧騒、荒れた市街地、固い地面の感触、むせ返るほどの血の臭いと、順々に認識が復活していく。


「……っつ!」


 最後に、脇腹を中心として全身へ伝播する激痛が、千葉に自分が生きていることを実感させた。


「目が覚めた?」


 彼が発した呻き声に気付いて、斜め前に立っていた小太りの中年男が振り返る。


「六条……さん」


 トライ・イージェスの先輩社員・六条慶文だった。

 やあ、と、人の好い笑い顔を作り、


「命に別状はないって。回復薬は使っておいたけど、少し安静にしておいた方がいいよ」


 そう言って、千葉にミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。

 ご丁寧にキャップは開けられ、ストローまで刺さっている。

 千葉は、ありがとうございます、と礼を述べ、


「……正直、もうズタボロです」


 力なく笑って一口含み、喉を潤した。

 脇腹が痛むが、水分摂取に支障をきたすほどではない。

 それに気を失っていた間に、わずかながら心身も回復したようだ。楽になっていた。


「ここに着いたら、ちょうど君が取り込まれそうになってたのが見えて……間に合って良かったよ」


 巨大触手によって横薙ぎに吹っ飛ばされた所までは意識が残っており、覚えていたが、やはり六条が救出してくれたらしい。


「血塊も無事に消滅させることができたから、安心して。処理は警察の人達に任せとこう」

「助かりましたよ、本当に」

「結婚を控えている後輩を、見殺しにはできないからね。もう少ししたら社長も来るって連絡があったよ」


 千葉は苦笑する。一体うちの先輩方は、どれだけ自分を結婚させたいのだろうか。


「また同じことを言われた、って顔だね。よし、じゃあ僕が先輩として、結婚生活の良さを実際に教えてあげよう。いいかい? まず何と言っても――」


 六条の、実体験を多分に交えた講義が開始される。

 飲み会の度に聞かされるのと全く同じ内容だったが、助けてもらった手前、話を止めるのも気が引けた。

 社長、早く来て下さい。何とか生き延びることができた感謝と共に、千葉は心の中でそっと呟いた。






「参ったね、こりゃ」


 剛崎健は、すぐ脇で暴風が吹き荒れている状況下で、ため息をついた。


「どうした。かの誉れ高きトライ・イージェスと死合えると聞いて、楽しみにしていたのだが……お主の力はその程度か」


 風上で大木のように立つ暴風の主が、ビルの陰に隠れている剛崎に向けて言い放つ。

 無茶言うな。剛崎は心中で突っ込みを入れる。

 とはいえ、このまま防戦一方でいる訳にもいかない。


 渋谷方面にいた血守会側のEF保有者の中に、思いもよらない強敵が残っていた。

 剛崎よりも更に一回り大きな体躯を誇る、糸目の男――鮫田将史。

 放たれるオーラからしてただの使い手ではないことは明白だったが、実際対峙してみると、想像以上の難敵だった。


 鮫田がEFによって生み出す風は、尋常ではない威力だった。

 暴風を起こされると、まずまともに立っていることは出来ず、街路樹や自動車さえ、更には機動隊だろうと鉄道警察隊だろうとお構いなしに吹き飛ばしてしまう。

 更に、風を圧縮し、正拳突きなどに乗せて固体や刃物のように射出することも可能なようだ。

 型から判別するに、大男は空手を使うようだが、これでは接近さえままならない。

 もっとも、真正面からぶつかりたくはない相手だが。


 おまけに先刻、渋谷駅南口前ロータリーに血塊まで出現してしまった。

 血塊相手に剛崎の"折り曲げる"能力は極めて相性が悪い、というより効果が見込めない。

 ゆえに、血塊への対応はひとまず警察や協力会社に任せ、剛崎は鮫田の相手を買って出たのだが、状況は不利だった。


 幸運なのは、鮫田はいたずらに市街を破壊したり、民間人を殺傷する意図がないらしいことだ。

 あくまでも敵対勢力への攻撃だけを、愚直に実行し続けているようだった。


 風が収まったところで、剛崎は攻撃に打って出る決意をする。

 暴風以外の攻撃は何とか回避できないこともない。何とか距離を詰められれば。


 と、頭上に殺気を感じる。

 弾かれたようにその場を離脱すると、女が上から降ってきて、直前まで身を潜めていた位置に着地した。

 新手の出現だった。

 黒を基調とした、肢体に密着した服装を纏い、手にはクナイが握られている。


「くノ一までご登場かよ」


 飛んできたクナイを警棒で弾きつつ、剛崎はうんざりした面持ちを浮かべる。

 血塊と大男だけでも大いに手を焼いているのに、倒さねばならない相手が一人増えてしまった。


 女はまさしく忍を思わせる、地を這うように俊敏な動きで、剛崎に接近してきた。

 この女、俺の能力を知らないのか。剛崎は迎撃態勢を取る。


 いつの間にか、女の手の甲から鉤爪が飛び出していた。

 不規則な緩急をつけた流れるような動きで、剛崎を引き裂こうとしてくる。


 かなりの手練れらしいが、対処できないことはない。

 あえて前へ出るような足運びで爪を回避し、反撃に出る。

 爪の先端が肩口を掠め、ジャケットやシャツを切り裂いて血が吹いたが、構わず腕に触れ、能力を発動させる。


 それが誘い込みだということにも気付かずに。


「うっ!?」


 女の左腕が、筋肉や神経、骨の強度を無視してS字に折れ曲がった。

 続けて剛崎は、もう一方の腕にも触れ、EFを用いる。

 何らかのEFを保有していたとしても、両腕を封じれば、戦闘能力は大幅に低下するはずだ。


 が、腕はピクリとも変形しなかった。


「何だと!?」


 確かにEFを発動させたはずだ。

 義肢だろうと何だろうと、固体であれば効果を発揮するはず。


 疑問を解消する暇もなく、女の頭突きが剛崎の鼻を打った。

 顔をしかめながら、剛崎はバックステップで退避。

 機に乗じて女が追撃してくるが、腕一本分の戦力を削いだことが功を奏し、何とか避け切ることができた。

 剛崎は溢れ出る鼻血を手で拭う。

 歯も鼻も無事なことを確かめてから、前後を振り返る。


「……挟み撃ち、って訳ね」


 これも作戦の一部なのだろうか。

 剛崎は再び、狭い脇道から道玄坂の広い道路へと誘い出されていた。

 前方には鮫田、そして後ろから、女が音を立てずに姿を現した。


「遅れて申し訳ありません、旦那様。私の担当が片付きましたので、助太刀致します」


 女が、鮫田に声をかける。


「うむ、頼むぞ」

「旦那様ぁ?」

「妻だ」

「……さいですか」


 夫婦揃ってメンバーかよ。こっちは独身なんだぜ。

 それにしても二人とも同じような糸目をしやがって。

 剛崎はわずかに毒づいてみせる。


 余談だが、女が鉤爪に毒を塗らないのは、正攻法を信条とする夫の影響を受けてのことだった。

 そして、そのような不正を嫌う心こそが、彼女の力の源泉であった。

 先の奇襲攻撃や、これから行う二対一という形式によって少々効力が低下しているが、戦闘に影響が出るほどではない。


「二人で一人を討つ事、些か無粋と承知はしているが、我らが悲願のためだ。覚悟してもらおう」

「悲願ってのは、他人を傷付けて結界を壊してでも成し遂げなきゃならんもんなのか?」

「そうだッ!」


 鮫田が、気合を乗せて三日月蹴りを放った。

 剛崎からは二十メートル以上距離が開いているため、蹴りそのものが命中することはない。

 しかし、EFによって風圧が鋭利な刃となり、剛崎に向けて飛んでいく。


 風切り音を耳が捉えた瞬間、剛崎は横へ飛んだ。

 それに沿って女も剛崎を追い、鉤爪と体術による攻撃を仕掛ける。

 上段蹴りを受け流しざま、再度EFで脚を折り曲げようと試みたが、やはり効果がなかった。


「破ッ!」


 三日月の刃が彼方の街路樹や信号機を両断していったのと同時に、鮫田は腰を落とし、正拳突きを放った。

 最も使用頻度が高い、前方の広範囲に暴風を起こす技である。

 女の相手で手一杯だった剛崎に、身を隠している時間はなかった。


 ――まさか、女房もろとも吹き飛ばすつもりか。

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