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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十一章『"血塊"攻防戦』 その2

 池袋の血塊の出現場所は、駅西口のすぐ南西に位置する、池袋西口公園のほぼ中央だった。


「……腑に落ちんな」


 トライ・イージェス社員、遠野鳳次郎は、手前のスクランブル交差点から血肉の塔を見上げ、首を傾げる。

 山手線池袋駅は、両側を挟むように百貨店や高層ビルが建っている関係上、駅を出た外からでは結界発生装置を目視することができない。

 確かに、血塊からエネルギー砲が射出されたならば、ビル程度は容易に貫通してしまうだろうが、その分威力が減衰し、精度も低下する。

 結界発生装置を破壊するには決して無視できない要素のはずだ。

 なのに、何故……


「……まあいい」


 疑問は解けなかったが、出現してしまった以上、速やかに排除しなければならない。遠野は戦闘態勢に入る。

 単独での戦いだ。

 千葉悠真は池袋北西部の消火をある程度済ませた後、巣鴨に急行し、そして、


「典嗣の奴、まだ相楽と戦っているのか?」


 庄典嗣は未だ、血守会の相楽慎介と交戦中であるという報告が入ってきた。

 結果的に戦力を分散させて正解だったと思うが、ただ一つ、納得行かない点があった。


「……この俺が、あんな醜い物体の相手をせねばならんとは。相楽の方がマシだったかもしれん」


 この距離からでも悪臭が漂ってくる上、攻撃したら服や体が汚れそうなのが嫌だった。

 もっとも、平時の業務では悪環境に身を浸したり、汚れてしまうことなど日常茶飯事なのだが。


 遠野の足は既に公園内の血塊へと向いていた。


 血塊は、生体エネルギーに反応して触手を伸ばしてくる。

 先の相楽戦のように、姿を消して接近する手段は通用しない。

 となれば、攻撃しかない。


「さあ、始めようか。化物君」


 遠野はニヒルに笑う。

 そして、現在の状況を思う。


 ――勇者がたった一人、化物に戦いを挑む。最高にドラマチックなシチュエーションだ。

 ――ああ、今、自分は目立っている。美しい雄姿を、多数の目の前に晒している。


 感情の動きが目に見えぬ力へと変換されていく。

 本日は晴天なため、素材には事欠かない。

 加えて、今は太陽光が最も強く注ぐ時間帯だ。


「灼かれるがいい!」


 遠野が左の人差し指を向けると、先端から光線が迸り、血塊上部を撃ち抜いた。


「まだだ!」


 一発きりに留まらず、連射。

 全弾、狙いから寸分違わず標的を貫いたが、撃ったそばから再生され、開けた風穴が塞がってしまう。

 更に反撃の触手が、遠野に向かって伸びてくる。


「甘い!」


 右手の手刀を振るい、切り落とす。

 光の剣。

 彼の腕は、赫々と輝きを放っていた。


「あまり近付きたくはないが……仕方ない」


 遠野という男、戦闘時でも独り言が多くなる性質のようだ。

 ぶつぶつと不満を漏らしつつ、光線よりも効果の見込める斬撃を選択した遠野は、躊躇なく血塊の根元へ踏み込む。

 両腕を光の剣と化し、舞うような動きで切り付け続ける。


 ――俺は今、美しい。


 遠野は、酔っていた。

 血の臭いも汚れも忘れ、どんな美酒よりも甘美な陶酔が、彼の心に満ちていく。

 加えて、防衛線を敷く機動隊から、避難した市民から注がれる眼差しが、彼をより強く輝かせる。

 EFに比例して、自身の動きも段々と切れが増していく。

 彼は、一度調子が乗り始めると止まらないタイプであった。

 自然と口も滑らかになる。


「ふっふっふっ……このまま一人でこいつを始末してしまったならば、トライ・イージェスはおろか、この俺の勇名も一層轟いてしまうことだろう」


 が、そんな目論見は、容易く瓦解した。


「遅くなって済まない!」


 やにわに、聞き覚えのある声が、遠野の独壇場に乱入してきた。


「社長!」

「助太刀する!」


 トライ・イージェス社社長、花房威弦が、抜刀したサーベルを水平に構え、横から突撃してくる。

 彼の両側には、盾が浮遊していた。

 直径は彼の身長とほぼ同じくらいで、透明な六角形をしている。


 敵の接近に反応して、血塊の触手が走る。

 花房は回避行動を取らない。

 代わりに右側の盾が移動して間に割って入り、触手を弾き返した。

 これこそが彼のEF――自動であらゆる攻撃から身を護る盾を生み出す力である。


 盾が防御を行っていた間に、花房は高く跳躍していた。

 防御など考える必要はない。

 必要なのはただ一つ、顧みず戦いに臨む勇気。

 下部から迫る触手は、もう一つの盾が防いだ。


 花房は、血塊の頂点からサーベルを一閃、振り下ろす。

 落下に任せて、緩やかな曲線を描く銀色の刃が、臓物にも似た身に食い込み、縦へ切り裂いていく。

 刀身には事前に聖水を浴びせてあるため、血塊の再生能力は低下していた。

 両断に至るには刃渡りが足りなかったが、確実なダメージにはなった。

 着地後も間髪入れず、小回りが利くというサーベルの利点を活かし、連撃を重ねていく。


 花房の連撃により、削ぎ落とされて地面に散乱した肉片を、遠野が光線で焼き払い、消滅させていく。

 互いに何も打ち合わせを行っていなかった。

 この程度の意志疎通と連携は、彼らにとっては出来て当然なのである。


(俺の活躍度合が少々薄まってしまうが、仕方あるまい)


 遠野はほんの少しだけ、納得が行かなかったようであるが。




 トライ・イージェスの精鋭二名を相手取っては、さしもの血塊も成す術がなかった。

 段々と身を削り取られ、反撃も再生も追いつかなくなっていく。

 封鎖結界と聖水散布の準備が整った頃には、体積の七割近くを消失していた。


 残務処理を警察や他業者に任せ、お役御免となった花房と遠野の二名は、血肉で汚れたサーベルや衣服を洗浄しつつ、次に向けての打ち合わせを行う。

 花房の後ろには、タブレット端末を手にした五相ありさの姿があった。

 今もなお、EFを使い続け、主要人物の現在位置を探り続けていた。


「よくやってくれたな。皆の奮戦あって、池袋のみならず、戦局はこちらが優勢になっている」

「勿体無いお言葉、光栄です。……そうだ、庄は?」


 遠野は、五相に顔を向けた。

 五相は能力行使のためにしばし間を置いた後、言葉で結果を出力する。


「……北に約三百メートルの位置から、反応はあります。ですが、相楽慎介の反応も消えていません。両者とも密着状態で小刻みに動き続けています」

「まだ戦っている、ということか……」


 五相のレーダーが探知できるのは、あくまで現在位置だけで、それ以上の情報を知ることはできない。


「社長、庄の加勢に向かってもよろしいでしょうか」

「いいだろう。両名連携して速やかに相楽慎介を始末してくれ」


 花房は即決した。


「承知致しました」

「私達はこれから、千葉君が向かっている巣鴨へ援護に向かう。六条さんにも要請はしたが、三人でかかった方が確実だろう」

「はっ。ところで、品川の方はどうなっていますか? 瀬戸女史が向かっているのは東京駅と聞きましたが……手薄になっているのでは」

「心配は無用だ。先刻、強力な援軍が現れたと報告が入った」

「援軍、ですか」

「一騎当千の強者だ」


 花房は、力強く頷いた。






「ったく……こんな泥臭い持久戦は、俺のキャラじゃないんだけどな」


 千葉悠真は、誰に言うでもなくぼやいた。

 駅北口沿いの白山通りど真ん中に現れた血塊を、彼はたった一人で足止めしていた。


 だいたい、血塊は一つ造るのにもコストがかかるんじゃなかったのか。

 それを七体も作りやがって、血守会め。

 千葉の悪態は止まらない。

 いや、悪態でもついてバランスを取らないと、心が落ち着かなかった。


 血守会の攻撃が始まってからというものの、彼は能力を酷使していた。

 相楽との戦い、池袋で起こった大火災の消火……

 天川裕子の、植物の力を引き出す力とは異なり、千葉のEFは自身が水を生成する能力だ。負担がかかるのは当然である。


 そして現在も、血塊に向けて大量の水を消費している。

 水膜のバリアを纏いつつ、封鎖結界の準備が整うまで、時間を稼ぐ。


 他の地点のように、聖水を使わずに倒す火力も余力も残っていなかった。

 "循完輪舞"を使うには、精神力を消耗しすぎており、守りを固めなければならないことを考慮すると、警察も迂闊に動かせない。


 出せるのが水じゃなく聖水ならこんなもの、一瞬で片付けられるのに。

 ないものねだりをしてしまう程度には追い込まれつつあった。


 ただし、自身の役割を嘆いたり、同業者に文句をつけることは決してしなかった。

 千葉が一人で囮役を務めているのは、巣鴨にいた他の防衛会社の人間は全て血塊の触手に捕まり、体内へ取り込まれてしまったからである。

 血塊相手に個人で立ち回れるだけの戦闘力を持つ人間が、他にいなかったのだ。


 触手を連打されるとバリアを破られてしまうため、じっとしていることはできない。

 そもそも、動かないとターゲットを他に移されてしまう。

 カタツムリの如き速度だが、血塊は移動できるのだ。


 動くのが最小限で済むよう努めてはいたが、時間の経過につれて、確実に体が重くなっているのを感じていた。

 目の奥もじんわりと熱を持ち、しばしばする。

 バリアの強度が目に見えて低下しており、触手が掠めていくだけで破れてしまう。


 くそっ。千葉は歯を食いしばり、精神力を絞り出してバリアを張り直す。

 同時に心を落ち着かせ、EFの精度が落ちないようにする。


「封鎖結界、展開準備整いました! 完成まで四八〇秒です!」


 誰かの声が耳に届く。

 あと八分か。千葉は前向きに解釈した。


 残り七分。六分。五分…… 

 ここで力を使い果たしても構わない覚悟で、千葉は体内の水分さえ絞り出す勢いで戦い続ける。


 こんな所でやられる訳にはいかない。

 最愛の人が待っている。

 生きて帰って、言わなければならない言葉がある。


 そんな、人としてごく当たり前の感情が、自然と湧き起こってくる。

 通常ならば、このような希望や決死の生存欲求は、限界を超えて人間を突き動かす原動力となるだろう。


 しかし、千葉悠真という人物には適用されなかった。

 いや、正確には力になってはいたのだが、彼のEFには適用されなかった。

 何故ならば、彼が百パーセント能力を引き出せる精神状態とは、"平常心"だからだ。


「生きて彼女の下に戻る」

「彼女に伝えたい言葉がある」

「彼女と幸せな未来を築いていきたい」


 心の奥底に潜む欲求が振動波となり、生成している水へと伝わる。


 そこへ更に別条件が加わった。

 

 血塊に知能などないに等しい。

 なのだが、曲りなりにも生物である以上、本能のようなものが備わっていたのかもしれない。

 捕えられそうで中々捕えられない眼前の獲物に、行動を変えてきた。


 他の地点で社員達がしたように、千葉が攻め続けていたならば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 血塊の頂点部分に裂け目が生まれ、Yの字に変形した。

 分岐したうちの片方が、千葉の立ち位置に向けて振り下ろされる。

 これまでとは比べ物にならない、巨大な触手攻撃。


 やばい! 千葉は横に飛んで回避した。

 バリアで防ぐことは不可能、という判断は正確であったし、咄嗟に飛んだことを悪手と決めることはできない。

 だが、もう一方の巨大触手が、無慈悲にも千葉に降ってきた。


「クソッ!」


 千葉は両手を掲げ、全精力を込めて頭上に水の盾を作り出す。

 不定形ながらも強靭さを有した盾は、触手の衝撃を吸収し、押しとどめた。


 防いだのはいいが、千葉はその場から動けなくなる。

 少しでも力を緩めれば盾は砕かれる。

 かといってこれだけのものを真正面から受けて、器用に受け流すことはできない。


 ――どうする!? このまま時間まで凌ぎ切るか!?


 フルマラソンを走り終えた直後に四分強の全力疾走を強いられるような辛苦だが、他に手立てはない。

 あとほんの少しだ。帰ったら湯船にじっくり浸かって死ぬほど寝て、起きたら彼女の手料理を死ぬほど食おう。

 だからこそ、今この場は全力を出し切る!


 そんな千葉の覚悟を嘲笑うかのように、血塊は二、三度大きく拍動した。

 この時の彼には、最初に回避した方の巨大触手を考慮する余裕がもう残されていなかった。


 横から迫り来る赤黒い塊を感知した時、千葉にできたのは、首をひねってそれを目視することだけだった。

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