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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十章『トライ・イージェスのベテラン勢』 その1

 池袋で千葉悠真と相楽慎介が交戦し、更にそこへ庄典嗣と遠野鳳次郎が向かっていた頃。

 剛崎健は既に渋谷駅に到着し、任務に取りかかっていた。


 この日は本来、港区南青山で要人警護の任務を行うはずだったが、血守会がついにテロを起こしたという情報を聞き、トライ・イージェス社長・花房威弦の命に従い、渋谷へと急行することになった。

 不測の事態で警護を中断し、緊急任務を優先する可能性があることは、クライアントにも事前に申し伝え、承諾を得ていたため、協力会社に引き継ぎを行い、スムーズに任務をスイッチすることができた。




 ハチ公口のすぐ北西に位置する道玄坂下辺りで、化学兵器に似た性質の霧を出すEFを用いた者がいたらしく、先刻まで多数の被害者が発生する惨事となっていたようだが、現在は緊急事態用の結界が作用しているようだ。

 使用者もろとも、"霧"の封鎖が完了したと報告があった。

 ただし、使用者本人は"霧"の影響を受けないらしい。

 状況が未知数なため、迂闊に警察を突入させる訳にもいかない。


 剛崎が帯びた任務は、"霧"の能力者及び、他に渋谷を襲撃したEF保有者の無力化であった。

 その際の手段や生死は問わない。


 剛崎は南東側、JR渋谷駅の方を見やる。

 広告看板や駅ビルの隙間から伸びる、頂点に水晶を伴った柱――山手線の結界発生装置はまだ無事だった。

 駅の防戦は、鉄道警察が何とかするだろう。自分はまず、こいつを払わねば。

 道玄坂の路上ど真ん中で、塩の柱のように空へ一直線に伸びている霧をちらりと見る。

 結界で抑え込んでいるため、このような形状になっているのだ。


 剛崎は社用車に常備しているガスマスクと防護服を取り出して装備し、結界を包囲、警備していた警官隊に声をかける。


「トライ・イージェスの剛崎です。今から"発生源"を始末します」

「はっ、お気を付けて!」


 リーダーらしき年嵩の男からの敬礼を受け、剛崎は一度深呼吸した後、結界内に飛び込んだ。

 この結界は『内から外は出られないが、外から内へは入れる』一方通行の性質を有する。

 すなわち剛崎は、中にいる能力者を倒して"霧"を解除しない限り、外へは出られない。


 視界が真っ白になるが、その他に心身への影響はない。

 気配を頼みとした戦闘となるが、問題はない。

 素早く覚悟を決めるまでの過程で、迷いや恐怖は特になかった。

 ガスマスクや防護服で身を守っていたからではない。

 いかなる状況下だろうと、任務とあらば躊躇わず飛び込むのは、彼にとって当然のことだからだ。

 二十数年前、トライ・イージェスに入社してから、ずっとそうしてきた。

 そして今日まで戦い抜き、生き残ってきた。


 また、ベテランとしての勘が告げていた。

 この奥にいる"霧"の能力者は、能力こそ厄介だが、本体自体は大した相手ではない。

 まるで闘気を感じないのだ。


 果たして結果は、剛崎の勘が的中する形となった。

 結界内、半径十メートルの円の中心で、何を考えていたのか無防備に佇立していた能力者を発見するや否や一撃の下に昏倒させると、"霧"はすぐに消滅した。

 警官隊から歓声が上がる中、剛崎は当然のことをしただけだと言わんばかりの口調で、


「後はお任せします。私は残るEF保有者を殲滅して参ります」


 後始末を依頼した後、マスクと防護服を外し、すぐさま次の現場へ走り出した。

 彼の大きな背中を見送りながら、警官隊の何人かが呟く。


「流石はトライ・イージェスだ。危険を顧みず、一瞬で片付けるとは」

「ああ。……それに、相手が少年だろうと、敵なら一切容赦しないんだな」




 剛崎は続いて、JR南口前のロータリーへと向かう。

 敵は何故か正面に戦力を集中させて駅を攻めているようで、そこに血守会のEF保有者も複数いる、という情報が無線で入ってきていた。


 敵の位置を把握できるのは、先日捕えた血守会の一員・五相ありさのレーダー能力によるものである。

 取引を持ちかけて協力させ、花房と行動を共にさせつつ、血守会の主要構成員の現在位置を逐一報告させていた。


 中島瑞樹が渋谷にはいないことを聞いて、剛崎は少々複雑な気持ちになる。

 かつて本社地下でスタンガンを食らわせた時のように、肚は決めているが、尊敬している人達の息子と戦うのは、やはり目覚めの悪いものがある。

 だが、手を下すならば、自分でありたいという思いの方が強かった。


 銅像のある広場側からではなく、雑居ビルや商業施設の立ち並ぶ隙間道を経由して行く。

 状況によっては遠距離からの射撃で仕留めることを考えていたが、そう上手くも行かないようだ。

 曲がり角で気配を感じ、立ち止まる。


 血守会の兵隊――EFを持たない者たちが壁を作っていた。

 所持している武器は拳銃や機銃。

 背後の備えとして配置されているのだろう。


 決して断定はしてはならないが、敵は本腰を入れて渋谷の結界を攻めているようには感じられない。

 いわばここは陽動で、本命は別の駅ではないだろうか。

 だが、やること自体は変わらない。

 ついでに兵隊も片付けておくか。剛崎は右手に拳銃、左手に特殊警棒を持ち、敵の視界真正面に躍り出た。


 警戒していたにも関わらず、敵兵隊は泡を食った反応を見せた。

 理由はただ一つ、実戦経験不足。

 このことを知っていたからこそ、剛崎は堂々と現れたのである。

 能力を使うまでもなかった。両手の武器と体術で、瞬く間に兵隊が蹴散らされていく。


 背後から急襲を受けた、相手は一人である、という情報が前方にも届いたのか、血守会側が明らかな混乱を見せ始めた。

 防戦に当たっている警察、防衛会社はそれを見逃さず、すかさず攻勢に打って出る。

 避難サイレンに混ざって、銃撃音や雄叫びが再び激しくなる。


 剛崎の方も既にロータリーへの突破を完了しており、更に彼の背後には警察の一隊が続いている。

 血守会の敗北は時間の問題であった。


 しかし、まるで戦意を衰えさせていない者もまだ残っていた。

 渋谷方面の攻撃を任された指揮官クラスのメンバー、EF保有者たちである。


「全員で行くよ! まずあの男を片付けるんだ!」


 その中の一人、赤い髪の女が剛崎を睨み、大声を張り上げて仲間に号令をかけた。

 剛崎の方もまた、既に倒すべき標的を捕捉していた。


 相互の距離、約三十メートル。


 剛崎は敵を一瞥し、ざっと戦力分析を行う。

 いずれも二十代と思われる男女。"霧"使いの少年よりは強そうだ。

 五相から引き出した記憶より、何人かの能力は事前に把握している。

 あの長髪の男は確か、自分の影を実体化させて操る能力を持っている。


「勇気があるなら、ついて来るんだな」


 剛崎は銃をしまい、今しがた通ったばかりの脇道へ再び入った。

 多対一は望むところだが、市民や警察を巻き添えにするのは避けたい。

 自分のEFは小規模な力だからいいが、相手側がそうだとは限らない。

 何より、流れ弾だの何だのといった外的要因に煩わされたくない。


 敵のEF保有者たちは、躊躇いなく剛崎を追跡した。

 そして、路上で対峙する。

 十メートルにも満たない道幅。

 加えて街路樹や、転がった自転車やカラーコーンが障害物の役割を果たしており、実際よりも更に狭苦しい状態になっている。


 追ってきたのは二名。赤い髪の女と、十字槍を携えた背の低い男。

 影使いの姿はなかった。

 両側をビルに挟まれたこの空間では上手く自分の影を作り出せないことを分かっているのだろう。

 あるいは影だけをサポートで送り込んでくるかもしれない。


「一応、勧告しておく。速やかに投降しろ。そうすれば……」


 剛崎が言い終えるよりも先に、男の方が疾駆した。

 槍を腰だめに構え、突風が如き勢いで間合いを詰めてくる。


「おいおい、話は最後まで……」


 剛崎に届くよりも大分手前で、男が槍を突き出した。

 途端、長さ二メートルの柄が爆発的な勢いで伸張し、彼の喉元に迫る。


 横にかわせば横薙ぎで追撃される。剛崎は身を屈めて回避した。

 そこに、今度は手投げ矢が二本、風切り音を伴って飛来してくる。

 赤髪の女が投げつけてきたものだった。


 剛崎はまるで慌てず、右手の警棒で二本とも撃ち落とす。

 それを見て女が、ニヤリと紅を塗った口を持ち上げた。


 更にもう二本の矢が、剛崎の顔面のすぐ前にまで迫っていた。

 最初の二本を落とすまでは無かったはずだ。

 いつの間に――理由を考える間もなく体だけが勝手に動き、左手で二本の矢を掴み取った。


「バッ、バカな! 止められるはずが……!」


 赤髪の女が、驚愕の表情を浮かべる。

 男の方も頬に一条の冷や汗を流し、槍を縮ませた。

 剛崎は道路に矢を投げ捨て、膝を伸ばして立ち上がり、


「無理でも何でもやるのが俺達、トライ・イージェスだ。それに、これ以上不意打ちで刺されるのは御免被るんでな」


 苦笑いするが、二人には何のことか理解できない。当然の反応だ。


「それと、槍使いの兄ちゃん。似たような能力持ちとは親近感が湧くがな、急ぎすぎだ」

「説教かましてる暇があるのかい、おっさん」


 反論してきたのは、赤髪の女だった。


「あるさ」


 言うと同時に、剛崎が背後に裏拳を放った。

 何もないはずなのに、硬いものにぶつかる感触が拳に伝わる。

 鈍い音と「うげっ」という短い呻き声がほぼ同時にして、顔面を抑える大柄な男の姿が空間上に出現した。


「透明化能力か。だがな、この俺相手に近付くのは悪手だぞ」


 続けて剛崎が、男の背中に手をあてがい、ぐっと力を入れる。

 すると、男の胴体が、逆"く"の字に折れ曲がった。

 まるで構成要素が全て粘土に置き換わったかのように、筋肉や骨格を無視して、不気味なほど綺麗に、完璧に屈曲した。

 これこそが剛崎のEF――"責任感"という感情で、触れた物を問答無用で曲げてしまう能力である。


 大柄な男は異常な体勢を保持させられたまま地面に倒れ込み、小刻みに痙攣している。

 果たして幸運なのかは分からないが、少なくとも死んではいないようだ。

 赤髪の女と小柄な男が驚愕の表情を浮かべたのを見て、剛崎は再び説得を開始する。


「ブリーフィングで事前に聞いているかもしれんが、俺の力についてはご覧の通りだ。あまり人間相手には使いたくないんだがな。どうだ、続けるか?」


 口調こそ先程と変わらず、落ち着いたものであったが、言葉の持つ重みがまるで違った。

 剛崎の実力に、完全に飲まれていた。


 "透明人間"に背後を取らせて拘束させて複数でかかれば、トライ・イージェスの人間にも勝てると思った。

 それが間違いだった。透明人間はチームの中で最も気配を消す術に長けていたというのに、まさかあそこまで鋭敏な察知力を持っていたとは。


 もはや伸縮する槍と、分裂するダーツの連携だけでは捉えられない。

 あの能力で体を生きたオブジェとされる未来を想像し、背筋が凍る。

 いや、"影"ならば……と、赤髪の女がそこまで考えた瞬間、路上に漆黒の人形が現れた。

 あの遅漏め、やっと造ったのか。頼みの援軍が加入したことで二人は再び気勢を示し、それぞれ武器を構える。


「どうだ、影は曲げられないだろう! 知っているぞ、あんたの力は固体だけにしか使えないはずだ!」

「なるほど、影使いか。確かにこいつは俺も折り曲げられないな」


 優に三メートルはあろうかという巨大な影人形を見上げ、剛崎は警棒を構えた。


「ははは、そいつを殴っても撃ってもムダだぞ! 影なんだからな!」


 何故か本体ではなく、女が尊大な口ぶりで解説を行う。

 影人形は、厚みはなくペラペラだが、質量はあるらしい。鞭のように両手を振り下ろし、攻撃してくる。


「とっくに知ってるさ。俺達の調査力を見くびるなよ」


 剛崎は最小限の動きでそれを回避。

 それに加え、槍の突き、払いと手投げ矢が次々と飛んでくる。

 影人形を含めた三対一ならば何とかなると踏んでいるのだろう。


 剛崎は慌てない。瞬時に作戦を組み立て、実行に移す。

 まずは槍を処置する。

 いなすために手で逸らす。

 触れると同時に能力を発動、槍の柄を針金のように、J字状に折り曲げてしまう。

 直線でなくなったことで、イメージが上手く行かなくなったのか、小柄な男は槍を縮めるのに手間取り始めた。


「なんだいフニャフニャして! 役立たず!」


 赤髪の女がやや理不尽な罵倒をするが、最早どうにもならない。


 影人形の速度は攻撃も移動も素早いが、動きが単調すぎる。後回しにしても問題はない。

 剛崎は次に女を狙う。

 女のEFは恐らく、物体を複製する力だろう。

 銃器ではなくダーツの矢を用いているのは、矢そのものに思い入れがあるからか、もしくは能力がまだ未熟なためだろう。能力者の習熟度によって制限がかかるのはよくある話だ。


 赤髪の女は、単体では特に脅威にならない。

 投げ矢程度、余裕で捌けるし、距離を取りたがるのも、裏を返せば接近戦が苦手としている証左だ。

 ステップを切って影人形の攻撃をかわしつつ距離を縮め、


「髪の毛をそんな色に染めてたら、お父さんが悲しむぞ」


 いかにも中年らしい説教と共に鳩尾に警棒をねじ込む。

 赤髪の女は激しく顔を歪め、気を失った。ついでに槍使いも仕留める。


 自棄を起こしたように体ごと倒れ込み、覆い被さってきた影人形を跳躍して回避し、剛崎はロータリー方面へ向かう。

 影使い本体は、落書きまみれの柱の陰に隠れていた。


「お前達は能力に頼りすぎだ。もっと体を鍛えろ」


 歳を取ると、どうしても若者への説教が多くなってしまうものなのだろうか。

 剛崎はそんなことを思いながらも、影使いを一撃で気絶させた。


 花房と五相からの情報では、渋谷にはまだ数人、血守会側のEF保有者がいるとのことだ。

 何やらロータリーの騒ぎが大きくなっているようだし、急がねば。剛崎は休む間もなく走り出した。

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