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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十九章『水と火は相容れない』 その2

「ファイッ! ファイッ! ファイッ!」


 fireとfightの掛詞が、相楽の異様な高揚感を表していた。

 視線が導火線となり、約十五メートル先の標的を発火させんと、幾度も千葉に炎を叩き込む。


 先程とは異なり、今度の千葉は避けるまでもないと言わんばかりに、微動だにしなかった。

 まさに彼の自信を反映する結果となった。

 発火すらしない。

 彼を包むドーム状の水のバリアが、発火の起点部分を完全に潰し、遮断していた。


「そんな攻撃が、俺に届くと思ってるのか」

「てめェ……!」


 相楽は歯ぎしりする。

 水膜でぼやけた姿が、千葉から体全体でせせら笑われているかのようにも見えた。


 相楽を煽りながらも、千葉は冷静に状況を分析していた。


 ――不利なのはこっちだ。


 見た所、相手は全く疲れている様子がない。

 対する自分は、これまでの消火・救助活動でそれなりに消耗している。


 だからと言って、早々に勝利を諦めることなどあり得ない。

 必ず勝つ。これ以上犠牲を出さないためにも。後輩・五十嵐克幸のためにも。


 早期決着。

 千葉は素早くその結論に至る。


 長引けばこちらが先に息切れしてしまうだろうし、能力の余波による街への被害も増えてしまう。

 他にも、EFを保有する血守会の構成員が池袋にいるはずだ。そちらも片付けなくてはならない。

 それに相楽が手を焼くような展開になれば、周囲の人間を人質に取ってくる可能性もある。

 そうなる前に片をつけなければ。


 と、自らを覆っていたバリアが、激しい蒸発音を伴って消滅した。


「どうしたよ? 俺様の炎は届かねェんじゃねェのかよ?」


 今度は相楽の方が嘲笑する番だった。

 バリアを破った理屈は簡単である。単に先程よりも火力を上げ、位置をずらして発火させただけだ。

 千葉の首筋を、冷たい滴が伝う。


「ほれほれ、ボーっとしてっとよォ、その辺の建物みてェに丸焼けになっまうぜェ!」


 勢いづいた相楽は、連続して発火能力を繰り出す。

 が、千葉は巧みなステップワークでその全てを回避する。

 折を見て織り交ぜられるフェイントや、強弱をつけたアクセントも読んでいた。

 時々放たれる、通常よりも威力の高い一発は、事前に生成しておいた水で盾を作り、相殺させる。


 元々は命中率の高い能力で、対応策を練り込んでいないからか、相楽の攻撃は読みやすい。

 目先を変えるにしても、付け焼刃といった感が拭えない。


 ただ、勢いで押しまくってくる分、千葉の方も中々反撃の糸口が掴めずにいた。

 このままでは、彼の望む形ではない長期戦になってしまう。

 柄じゃないが、多少のリスクを負ってでも攻めなければ――千葉は決断する。


 相楽のジャケットが高い防弾性能を有することは既に知っている。銃撃は効果が薄い。

 かといって、体術で相楽を上回る自信は正直、ない。


 しかし、千葉の取った戦術は、接近戦であった。

 水を前方に集めて、自身の身長を越える盾を作り、相楽に向かっていく。


「おー? 近付こうってのかよ? あのデカブツと同じで、首を捩じってやろうか?」

「よく喋る奴だな」


 相楽との間合が四メートルほどにまで狭まった辺りで、千葉は盾にしていた水を分解し、十数本もの弾に変えて撃ち出した。

 大口径の弾丸が、尾を引いて飛んでいく。


「んな水鉄砲が効くかよォッ!」


 能力を使うまでもないと、相楽はジャケットの耐久力に任せて受け止めつつ、残った弾丸を両腕で弾き落とした。

 ダメージは、ほぼない。


 千葉は心中で、しめたと笑う。

 もとよりこの程度でダメージを与えられるとは思っていない。

 これはただの牽制。本命は……


「陸の上で溺れる気分を味わわせてやるよ」

「しゃらくせェッ!」


 相楽が至近距離で放った炎を文字通り紙一重でかわし、左の掌に生成したバレーボール大の水球を、相楽の顔面へ叩き付ける。


(喰らうかよ!)


 相楽は人中の辺りに力を入れて鼻をすぼめ、顎を引いて口を堅く閉じた。

 千葉は、体内に水を流し込んで呼吸器を塞ぎ、窒息させる気だ。


 巨大化した拳で殴られたような衝撃が、相楽の顔面を襲う。

 水飛沫が派手に散り、相楽がのけぞりながら二、三歩後退した。

 一撃は加えたものの、水を体内に侵入させる手は防がれてしまったようだ。


 千葉はすぐに次の手を打っていた。

 右手に握った警棒型スタンガンを、相楽の胴体目がけて振るう。

 着衣の上でも、濡れた状態ならば通電しやすくなる。

 少しでも動きを止められれば、後は――


 千葉は常に、相楽の動きを読む戦いをしていた。

 しかしそれは、相楽の方も同様だった。

 短時間とはいえ、ここまでの対峙で収集したデータを、図抜けた戦闘能力と生来のセンスで活用する。

 千葉の能力、所持している武器、戦い方の傾向……


 導き出した解答は、蹴りだった。

 視界が塞がれた中、ほとんど気配を頼りに放ったものだが、それは鋭く正確に千葉の右手首を打った。

 千葉は痛みで反射的にスタンガンを取り落としてしまう。

 反撃に出ようとしたが、相楽が目を開けたため、中断せざるを得なかった。

 視線から外れるべく、横にステップする。

 相楽も千葉から飛びのいて距離を取り、目元を手で拭う。


「てめェらの得物は調査済みよ。にしても、えげつねェこと考えやがって……てめェも随分イイ性格してやがんな」

「お前と一緒にするな。虫唾が走る」


 右手の鈍痛をこらえ、千葉が言い捨てる。

 力が入らない。しばらくは使い物にならないだろう。

 ますます不利な状況になってしまった。

 しかし、幾多もの修羅場を潜り抜けてきた千葉の平常心は揺るがない。


「……やるしかないか」


 千葉は左手を握る。


 基礎効力の高さを活かして莫大な水量を生成、蛇状に変形させて放ち、敵を飲み込んで頭部を尾と連結。

 局地的な奔流の輪を作り出し、相手を翻弄しながら窒息させる、千葉の最大技。

 自らの尾を食んで輪を形成するウロボロスの姿になぞらえて"循完輪舞"と密かに命名していた。

 多大な集中力と精神力を使うため、目処がつくことが確定している状況以外では使いたくはなかったのだが、出し惜しみして死んでしまえば世話はない。


 交差点のほぼ中央と、位置的にも申し分ない。

 問題は、いかに相手を水蛇の牙で捕え、飲み込むかだ。


 水を生み出せるのは自分のすぐ近くからに限定されているため、奇襲はできない。

 やはり正攻法しかなかった。千葉は足腰に力を入れる。


「考えはまとまったかよ? んじゃあァ……死んじまいなァッ!」


 言うと同時に、相楽は特大の火炎を千葉の立ち位置に見舞った。

 事前に相当量のエネルギーをチャージしていたらしく、千葉は回避しきれず、右腕の広範囲に火傷を負ってしまう。

 痛みに顔をしかめながらも、すぐさま自身の能力で水をかけ、応急処置を施す。

 損傷は浅めで済んだようだ。動かすことに支障はない。


「どうしてくれるんだ。ジャケットが片側だけ燃えて不格好になっただろう」

「気にすんなよ。跡形もなく燃やして喰ってやるからよォ!」


 そう言いながらも、相楽は質よりも量で攻める手を選択していた。

 ダメージにより、千葉の機動力が若干低下していることを見破っての判断である。


 千葉は円を描くような軌道を取って攻撃を避け続ける。

 水の盾を作れば、ある程度の発火攻撃は防げるが、そうしていては攻撃に出られない。

 周囲の建物を遮蔽物として利用できれば、多少は戦局を有利に運べるのだが、未だ避難や救出が終わっておらず、人が残っている。

 正面切っての戦いを選ばざるを得なかった理由の一つだった。


 形勢は相楽に傾いていたが、千葉の方も確実に、"循完輪舞"の使用に必要な水量を頭上に蓄えていく。

 もはや相楽の発火でも消滅させられないほどに達していた。


(アレを食らうのはやべェな)


 千葉の頭上に集う脅威を、相楽は的確に認識していた。

 水圧による攻撃を狙うのか、溺れさせてくるのか、いずれにせよまともに受ければ危険極まりない。


「……ックク、クククククク」


 なのに、相楽は込み上げてくる笑みを抑えられなかった。

 愉しいのだ。命のやり取りが。

 彼にとっては自分の生き死になど問題ではない。

 愉しめるかどうか。それが全てであった。


 だからこそ、野暮な存在は許せない。


「ッざっけんじゃねェぞォォ!」


 突然、相楽が怒鳴った。

 そして、千葉からはまるで見当違いの方向、横に延びる道路の先の方を発火させる。

 通行止めの柵が吹き飛び、近くに乗り捨ててあった乗用車が炎上、爆発して吹き飛ぶ。


 その隙を突いて千葉が頭上の水塊を解き放った。

 大量の水は柱のような大蛇となり、相楽に向かって一直線に飛んでいくが、まるで後ろにも目がついているかのような動きでかわされてしまう。

 千葉はすぐさま水蛇を回り込ませて軌道修正するが、相楽の興味は既に彼から移っていた。


「コソコソ狙ってんじゃあねェぞカス野郎!」


 今しがた炎上させたばかりの場所へ、怒りを露わにして飛び込んでいく。

 相楽のすぐ横を銃弾が掠めていくが、全てをギリギリの所で回避する。


 援軍か? 千葉は水蛇の動きを止め、様子を窺うことにした。

 万が一巻き込んでしまってはまずいからだ。


 それにつれて、何故か相楽も急停止した。

 しかし、千葉の行動に合わせてではない。

 漂ってきた気配を読み取ったのだ。


「来やがったな……!」


 弾道の起点でもなく、千葉の立ち位置でもない方向を睨み、相楽が嗤う。

 禍々しさを孕みながらも、実に嬉しそうな笑みであった。


 相楽の視線の先、炎で揺らめく路上に、一人分の影が現れた。

 アスファルトと擦れ合う靴音が、炎の爆ぜる音に混ざって、はっきりと聞こえてくる。

 あの歩き方とシルエットは。誰であるかを認識した瞬間、千葉があっと声を上げた。


「待たせたな! 庄典嗣、ただ今参上だオラァ!」


 千葉と相楽、両方に向けた言葉だった。

 体に刻まれた傷を見せつけるかのようにジャケットを脱ぎ、シャツの袖を捲って胸元を大きくはだけさせた姿で、トライ・イージェス社社員、庄典嗣が姿を現した。

 外傷はないが、全身は汗でびっしょりと濡れている。


「庄さん? 何でここに来てるんですか」

「心配しなくても、持ち場はキチっと片付けてきたぜ。元の仕事も、巣鴨のEF保有者もよ」


 庄は左腕に力こぶを作って言う。

 頼もしい援軍に、千葉は思わず笑みを漏らしてしまう。

 三対一ならば一気に勝算は増す。


 が、庄は意外な一言を投げかけてきた。


「千葉。悪ぃがここは俺に譲ってくれねえか」

「は? ここは協力して戦った方が……」


 千葉が反論するが、庄は首を横に振った。


「こりゃあ俺のワガママじゃなくて社長からの指示だ。俺は戦闘、お前は消火に専念してくれってよ。だからよ、その力はそいつなんかに使わず取っときな」

「……分かりました。その代わり絶対、勝って下さいよ」


 社長の指示とあらば、そう言わざるを得ない。千葉は頷いた。


「おう、任しとけ! お前の無念、俺が引き継いだぜ!」

「無念って、僕まだ死んでないんですけど」


 こういう状況でも千葉は突っ込みを忘れない。


「おいおい、俺様をなめんじゃあねェぞ」


 更には相楽までもが横槍を入れてきた。


「てめェだけじゃなく、もう一匹いるだろ? あのナルシスト野郎がよ」


 先刻弾丸が飛んできた方に顔を向け、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。


「……フッ、随分と鼻のいいことだ。まるで犬だな。いや、狂犬か?」


 何もない空間から、男の声がした。

 しかし千葉も相楽も全く驚かない。

 正体も種もとうに分かっていたからだ。


 空間の一部分だけが、滲んだようにぼやけた。

 人型の輪郭を伴って、徐々にかっちりとした黒スーツ姿の男が描写されていく。

 切れ長の涼しげな目と、さらさらとした黒髪を持つ白皙の男。


「トライ・イージェスの美しき狩人にして麗しき守り人。遠野鳳次郎、推参」


 手にしていた拳銃を気障に構え直し、遠野が口上を述べた。

 が、仲間からの反応は冷ややかであった。


「鳳さん、ちょっと漫画チックすぎ」

「だからそいつにナルシスト野郎って言われるんですよ」

「お前達、見得を切る大切さを知らないのか……同僚として悲しいぞ」


 遠野が大げさに悲しむ素振りをしていると、痺れを切らした相楽が割り込んでくる。


「どーでもいーけどよォ、結局誰が俺様とやんだ?」

「俺だ!」


 庄と遠野が、揃って反応した。

 千葉は無言で一礼し、


「それじゃあ先輩方、後はお任せします。僕は消火に向かいます」


 眼鏡をかけ直した。


「おう、悪ぃな。彼女と結婚する時にゃ、祝儀は弾むからよ」

「早い所将来の覚悟を決めておくんだな、悠真」

「あまり期待してないけど、待ってますよ。あと遠野さん、言われなくても分かってますから」


 先輩二名に軽口を叩き、千葉は踵を返して走り出した。

 まあ、二対一ならば負けることはないだろう。前回も似たようなシチュエーションで捕縛に成功しているのだから。

 後輩の仇を直接討てないのは残念だが、ここは先輩の顔を立てて譲るとしよう。自分は当初の予定通り、消火に集中せねば。


 千葉と相楽の戦いはまさに、水と火のように相容れない結果となった。

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