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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十六章『決起集会』 その4

 当の奥平は再び黙する巨岩、無味乾燥の傍観者に戻っていた。

 演説中と変わらぬ様子でしばし佇立していたが、そのうち壇を下り、瑞樹や相楽、カイゼル男のいる席へと歩み寄ってくる。


「お疲れ様でした、奥平様」

「ようやくボスらしい所を見せてもらったぜ」


 奥平は、カイゼル男や相楽に反応することなく、瑞樹をじっと見下ろした。


「どうだったかね」


 瑞樹にとっては、絶対的立場からの優越感に満ちた言葉のようにしか聞こえなかった。


「歴史の教科書に載れますよ」


 嫌味たっぷりに言うと、


「恐縮だ」


 乾いた言葉が返ってきた。


「柄にもなく話したので少々疲れた。これで失礼させてもらう。君は存分にこの後の料理を堪能していくといい。絶品を用意させたのでな」


 奥平はカイゼル男に「後は頼む」と言い残し、椅子の背中側、壇の脇にあるドアへと姿を消した。

 彼がいなくなったことで、長テーブルの空席が一つから二つに増えた。


「――さて! 時間もいい具合に過ぎ、同志の皆様もそろそろ空腹と喉の渇きが限界に達しつつある頃と思います!」


 後を任されたカイゼル男が、再びマイクを手に、声を張り上げた。やはりこの男が司会進行役らしい。

 全くだぜ、と相楽が横で茶々を入れるが、カイゼル男は意に介さない。


「お待たせしました! 只今よりしばし、晩餐の時間を設けさせて頂きます!」


 カイゼル男が指を鳴らすと、広間の右側、瑞樹のいる方とは逆側の壁にかけられていたカーテンが、さっと開かれた。

 なんとその先にもまだ広めの空間があり、四つの大テーブルが設置されていた。

 舞台とは独立した、"ト"の字のように出っ張った構造をしているため、瑞樹は気付けなかったのである。

 テーブルの上にはそれぞれ、蓋の被さった銀色の大皿や和洋酒のボトルが所狭しと並べられている。


「お食事もお酒も、極上のものばかり取り揃えました! さあ皆様! 来たるべき聖戦へ向けて、存分に英気を養って下さいませ!」


 その言葉を皮切りに、まず相楽が動き出した。

 口笛を吹き、我先にと料理の山へ突入する。財宝を目の前にした盗賊のような俊敏さだ。

 続いて、円卓に座っていた参加者たちがぞろぞろと動き出す。

 その先頭集団の中に、知歌が混じっているのが見えた。


 瑞樹は動く気になれず、座ったままテーブルに肘をつき、人々の流れを観察していた。


「中島様は召し上がらなくてよろしいのですか?」

「そういう気分じゃないんです」


 同じく初期位置から微動だにしないカイゼル男からの問いに、瑞樹は無愛想に答える。


「左様でございますか。ときに私、奥平様から貴方のお目付け兼お世話役を命ぜられております。退出したいのであれば、元のお部屋までご案内致しますが」

「……少しだけ待ってもらえますか。一声かけたい相手がいるので」

「かしこまりました」


 出られるのは願ってもない話だが、知歌に言っておいた方がいいだろう。

 瑞樹は、向こう側で必死に料理をかき集めている知歌が戻ってくるのを待った。


「――あれ? 瑞樹兄は食わないの? はやくしないと、なくなっちゃうかもよ」


 トレイを持った知歌は、食べるよりも前に瑞樹の所へとやってきて、そう言った。

 皿には溢れんばかりに料理が盛られている。


「ああ、僕はいいんだ。悪いけど、先に部屋へ戻っててもいいかな」

「ええーっ!? ヤダーっ! いっしょに食いたいーっ!」


 知歌はすっかり食への欲求に支配されてしまっているようだ。

 ごねられ、瑞樹は困惑した。


「よろしければ、お二人に個室をご用意致しますが」


 そこにカイゼル男が、思いもよらぬ提案を引っ提げて割り込んでくる。

 あたかも己の心情を正確に把握した言い方に、瑞樹は疑問を抱きながらも、聞いてみた。


「随分な待遇ですね。救世主、だからですか」

「いえ、私の一存です。本来ならば、同志たちと同席して頂いた方が士気も上がりますからな。

 ……ですが、貴方のお気持ちを思うと、そう提案せざるを得ません。実を言うと私、貴方のファンなのです。

 独断ではありますが、奥平様も黙認して下さるでしょう」

「どういうことですか」

「以前、有明コロシアムでの戦いを見させて頂いたことがあります。貴方の炎は何よりも激しく、美しかった。一目見て、心を奪われてしまいました」

「それだけで……?」

「情動の力は、それだけで芸術たりうると考える者も少なからずいるのですよ。そう、絵画や音楽を愛でるように。まあそれだけではありません。私、先程の演説にも、感じ入るものがございました。ゆえに、貴方へ礼を尽くしたいと思い至った次第です」

「わかるわかる。あたしも、瑞樹兄のほうがわかりやすくて、ジンときたよ。奥平のオッサンなんかに負けてないよ」


 本心はどうあれ、両名にそこまで言われて無碍に出来るほど、瑞樹は冷徹になれなかった。


「……すみません、個室に移動させて下さい」

「かしこまりました。では、お嬢様もどうぞ」

「オジョーサマだって。キャーッ!」


 丁重に扱われてすっかり上機嫌になった知歌と共に、瑞樹はカイゼル男の案内で、個室へと通された。

 先に奥平が退出したドアの向こう側が、そうなっていた。


 準備のいいことに室内には、緋色のクロスがかけられた卓と椅子まで既に配置されている。

 元々は控室のような用途なのだろうと、ざっと見て思う。


「些か殺風景な点につきましてはご容赦下さいませ」


 瑞樹は、いえ、と短く答える。血守会のメンバーから距離を置けるだけでもありがたい。

 個室内に奥平の姿はなかった。

 恐らく向かいにあるドアを通り、より先へ進んでいるのだろう。どこへ行ったのかは知らないが。


「お料理を取って参りましょう。何がよろしいでしょうか」

「何でも……」

「あたしが持ってきてないヤツ!」


 瑞樹の言葉を遮り、知歌が注文を出した。


「かしこまりました」


 カイゼル男は数秒、知歌の持ってきた皿を見た後、一礼して部屋から出ていった。


「あれでわかったのかな?」

「さあ」

「まーいっか。ヒゲさんが持ってくるまで、あたしのをいっしょに食べよっ」


 ビュッフェのマナーとしていかがなものかと一瞬思ったが、せっかくの気遣いを無駄にするのも何なので、ありがたく頂くことにする。

 血守会だからといって、料理が赤色尽くしだったり、レバーや刺身ばかりで生臭かったりということはなく、パーティに出るようなものと違いのないメニューであった。


 しかし、奥平が宣言していただけのことはあり、一品一品が高級なものばかりだ。

 黒毛和牛のハンバーグ、暗闇の中でも見えそうなほどに鮮やかな赤身が浮かんだローストビーフ、アンチョビソースのかかったチキンソテー、ラム肉のポワレ、今にも動き出しそうなくらい新鮮なカニ、エビ……


「……肉類ばかりだね」

「さいしょはガッツリいきたかったんだよ。それに瑞樹兄、もうコクフクしたんだし、いーじゃん」


 知歌の言う通り、瑞樹はすっかり肉を食べられるようになっていた。

 それどころか、沙織が現れる以前のように、肉食が好きな状態にまで戻っていたのである。


「まあいいか。食べよう」

「うん。いっただっきまーす!」


 こうして二人は、特別待遇の下、食事を開始した。


 料理を一口食べた瞬間、瑞樹は「帰らなくて良かった」と、不覚にも少し思ってしまった。

 どんな状況でも、美味しいものは美味しい。ごく自然な摂理である。


 同時に、美味しいのは知歌がいてくれることもあると、改めて感じる。

 食事というものは料理や味だけではなく、環境や、誰と一緒に食べるかも大切だ。

 独りで食べていたら、ただ美味いだけで、味気無さを感じていただろう。


「なーに? じっとみちゃって。あたしの分はあげないよ」

「違うって」


 瑞樹は苦笑し、視線を外すついでにちらりとドアを見やる。


「あの人、飲み物も持ってきてくれるかな」

「あ、あたしも次、おねがいしよっと。ワイン飲んでみたいな。コーキューなの」

「おいおい……」


 その時、まるで二人の会話を聞いていたかのようなタイミングでドアが開き、カイゼル男が現れた。


「お待たせ致しました」


 トレイ上の皿には、まさしく知歌が持ってきていない料理だけが庭園のように美しい調和で盛り付けられており、更にはワインボトルまでもが二本乗っていた。


「お嬢様は未成年ゆえ、代替として葡萄のジュースをお持ちしました」

「えーっ!? ワインがいいー!」

「ご要望には添いかねます」

「ケチーーッ!」


 知歌の不満の声が、個室に木霊した。

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