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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十六章『決起集会』 その3

「お静かに! 皆様、お静かに!」


 いつまで経ってもざわめきが収束する気配はなく、カイゼル男は髭の下の唇を歪ませて露骨に不快感を露わにしつつ、幾度も場を収めようとしていたが、全く効果が見られない。

 そのうち業を煮やして、大きく息を吸い込んだ。

 マイクを通して一喝しようと試みたようだが、声をマイクに叩き付ける寸前で中断させられる。

 奥平が彼を手で制したのである。


「私も少し話したくなった」

「は……かしこまりました」


 マイクレスでやり取りを交わした後、カイゼル男はすぐに全体へ向けて通りの良い声を張り上げた。


「ええ、続きましては! 現在、最高幹部として我々を取りまとめて下さっている、奥平久志様よりお話を頂きます! 皆様、ご・静・粛・にお願い致しますッ!」


 奥平の名が出た途端、再び会場が無音に戻った。

 場の人間が一人残らず神隠しに遭ったように、一瞬にしてピタリと全ての音が止んだ。

 初めからこう言うべきだったと、カイゼル男は思う。


 相楽も笑いを止め、奥平を睨むように見ていた。

 瑞樹でさえ、考えることを止めていた。

 それだけの圧倒的な存在感が、奥平久志という男にあった。


 他者の音が消えた世界を一人、奥平は演壇に向かって進んでいく。

 演壇前に立っても、瑞樹がしたように全体を見渡すことはしなかった。

 誰もいない虚空を、どこに焦点を合わせるでもなく見ているようだ。


 この場の誰もが、固唾を飲んで奥平の第一声を待っている。

 彼が演説を始めたのは、演壇に立って一分近く経過してからだった。


「……このような席を設けたにも関わらず、諸般の事情にて幾ばくかの欠席者を出してしまったことは少々残念ではあるが、これだけの同志が集ってくれたことに、まずは感謝したい」


 個人に語りかける時と何ら変わりのない、重く、低く、そして感情の乗っていない語調。

 しかし、聴衆を引きずり込むには、それだけで充分事足りていた。

 マイクとスピーカーを通すことで、目に見えない支配力がより広範囲へ伝達しているようにも感じられる。

 瑞樹はこの時、彼がテロ集団を束ねる幹部であることを改めて体感した。


「先程、中島瑞樹君が行った演説、実に素晴らしいものだった。四肢を巡る血も枯れた私でさえ、少なからず琴線に触れるものを感じた。

 ひいては、改めて彼に誓いを立てたい。彼が役目を遂げた暁には、我々血守会は今後一切、彼と周辺の人間に関わらないことを。万が一、彼が志半ばに斃れたとしても、遺された者に手厚い補償を行うことも加えて約束しよう。同志諸君にも徹底して欲しいため、敢えてこの場を借りて言わせてもらった」


 ざわつきも拍手も起こらなかったが、瑞樹は、自分だけに見えない圧力がかけられたのを全身で感じた。

 わざわざ公に言葉にした奥平の真意は不明だが、更に一歩追い込みをかけられたような気がしてならない。


 瑞樹の戸惑いに関係なく、奥平は話を進めていく。


「――本題に戻ろう。今更言うまでもないが、我々の目的は山手線の結界を破壊すること、ただそれだけだ。その後の世界の流れには一切関知しない。

 重ねて言う。結界の破壊は必ず成されなければならない。いや、成すのだ。我々の手で。

 ときに、せっかくの席だ。私も同志諸君へ胸襟を開こう。

 言い換えるならば、今の私が何故山手線の結界を破壊しようとしているのか。その理由を話そうと思う」


 再び場内がざわつき始めた。

 奥平は一度軽く頷き、


「もっともな反応だ。この場の誰にも話したことがないからな」


 目線を下ろして会場を一瞥する。

 それだけで、オーケストラのように完璧な呼吸で音が止んだ。

 奥平は再び虚空を見て、しばし間を空けた後、"理由"を話し始めた。


「……亡霊が、囁き続けているのだよ。

 かつての我が同志・衆寺壊円が、未だ現世から離れず、私の耳元で『復讐をしろ』『無念を晴らせ』『結界を打ち破れ』と二十四時間、休むことなくな」


 亡霊、という単語を聞いた瞬間、瑞樹は息を飲んだ。

 自分を名指しで呼ばれたような感覚になる。

 近似した症例に、自らも悩まされていたからだ。


「私個人としては、既に結界の破壊などどうでもいいと考えている。

 確かに昔は同志たちと共に、大いなる理想に燃えていた。

 しかし二十二年前、体制側との戦いに敗れた時点で、私の中から意義が失われてしまったのだ。一度破れたものに執着できる性質ではないようでな。

 何より、先の中島君ではないが、私とて結界の恩恵を受けている身だ――と、少し黙っていてくれないか」


 最後の部分が、聴衆に向けられた言葉ではないことは、奥平の片耳を塞ぐ仕草が示していた。

 十秒ほどそのままの姿勢で硬直した後、ゆっくりと手を下ろす。


「今の声が聞こえた者はいるか? ……いないようだな。どうやらこれは私にしか聞こえないらしい。

 恐らく私が、旧血守会幹部唯一の生き残りであるためだろう。


 当事者でない人間には想像もつかないだろうが、これは相当な苦痛だ。

 こうも四六時中、延々と耳元で訴え続けられていると、眠るにも少々難儀するのでね。

 ようやく眠れたとしても、今度は夢の中でかつての実体を伴って現れ、直接、懇々と訴えてくる。

 こう見えても、私の頭の中に入っているのは電子頭脳ではなく、生きた脳だ。安眠妨害をされるのは困るというもの。


 ゆえに、この囁きを止めねばならない。

 止めるためには、同志の無念を晴らしてやる必要がある。

 すなわち、彼の生前の悲願、山手線結界の破壊だ」


 ほんのわずかではあるが、聴衆が動揺を抑え切れなくなり始めたのが、風のような囁き合いとなって表れていた。

 瑞樹は、彼らとは別の意味で心が揺れ動いていた。

 血守会の首魁が大義ではなく、極めて個人的な理由で動いていたことはどうでもいい。

 だが、今奥平が口にした理由、やはり自分と沙織の関係性に似ているではないか。

 幻覚や被害妄想の類ではなかったのかと、少し落ち込む。


 瑞樹にも聴衆にも構わず、奥平は言葉を連ねていく。


「幻滅してしまったかね? だがこれが私の真実だ。

 "国の守護は結界ではなく、人民の血によって成されるべき"、"聖域の完全平等化"などという崇高な使命感など、今は欠片も持ち合わせてはいない。

 安らかな眠りが欲しいという、それだけの個人的な理由で壊すのだ。


 ゆえに、先に中島君が口にした言葉を、私は咎めはしない。

 諸君についても同様だ。これまでもそうしてきたが、血守会の掟に抵触しない限り、いかなる主義思想をも許容しよう。

 私が目指したもの、諸君が目指すものは、結界破壊の先にある自由と平等だったはずだ。

 特定の思想を共有したり、押し付けるものではない。


 最後に――個人的な理由と言ったが、私は血守会に名を連ねる者、諸君の身命を預かる者としての立場を忘れた覚えは一時とてない。

 私は戦う。

 私だけではなく、諸君の、散っていった同志たちの魂を、血を背負い、交え、必ず山手線の結界を打ち破る。

 先の中島君の言葉を少々拝借するならば、"公"と"私"の両方を選ぶ。

 主義思想は異なれど、血の掟の下に我々の力を一致団結させれば、それは不可能ではないと信じている。

 願わくば中島君も是非、葛藤に屈するのではなく、両方を選び、掴み取って欲しい。

 ――決行の日は、眼前に迫っている。諸君の健闘を望む」


 奥平の演説が終了した。

 一拍置いて、火山の爆発にも似た拍手と歓声が湧き起こる。

 そう例えても遜色ないほど莫大なエネルギーを彼らは発していた。


「してやられちまったなァ?」


 大音量の隙間を縫って、横に座っている相楽が、意地の悪い笑みを浮かべて言う。

 鼓膜を揺らす不愉快な大音響の中、瑞樹は何も言い返せなかった。

 完全に負けてしまった――この異様ともいえる狂騒が答えだ。


 目論見は完全に打ち破られた。

 強烈な敗北感、徒労感が胸に満ち、亡霊のことなどすっかり忘れてしまう。


(まさか、心を動かして支配するのが奴の能力――?)


 瑞樹はそんな仮説を立てたが、確かめようがない。

 そもそも仮説にすらなっておらず、単なる負け惜しみに過ぎないことを自覚していた。


(詭弁を弄しやがって……人を恐怖や苦痛で縛っておきながら、何が自由だ。それに安らかな眠りが欲しいなら、今すぐ死ねばいい)


 結局、毒づくことしかできない。

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