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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十六章『決起集会』 その2

 瑞樹の目に飛び込んできたのは、意外なほど普通の光景だった。

 一言で例えるなら、カジュアルな式典。

 やや奥行きのある長方形をした大広間は、今やすっかり居住空間の一部となった"休憩室"よりも大分広い。

 ただし天井の高さはほとんど同じで、三次元的に見ると扁平な空間である。


 明るい大広間には、大きめの円卓が規則的に配置されており、緋色のクロスがかけられている。

 加えて壁に同色の大きなカーテンがかけられ、床にも絨毯が敷き詰められている。

 あまりに赤すぎるため、血の海を一瞬連想させた。

 流石に天井は、元の灰色のままだったが。


 広間の奥は一段高くなった舞台になっており、中央には演台が設置されている。壇上に人の姿はない。

 と、円卓の周囲に着席していた参加者たちの何割かが、瑞樹たち三人の存在に気付いた。

 何十もの視線が三人へ、特に瑞樹へと注がれる。

 阿元はバツが悪そうに俯き、知歌は反射的に瑞樹の背へ隠れた。

 瑞樹だけが負けじと見返して、ざっと参加者の姿形を確認する。


 下は十代前半、上は五十代前半ぐらいまでの年齢層、半々に近い男女比……老若男女という表現が手っ取り早いと、瑞樹は診断した。

 服装も様々であった。制服姿の女子高生もいるし、スーツ姿のサラリーマンらしき中年男性、ずぼらな中年主婦のイメージを絵に描いたような小太りの中年女性までいる。

 多種多様な老若男女が集まりながらも、一本立った秩序が場を貫いている空気感は、運転免許センターにも近い。


 瑞樹は、さほど意外には思わなかった。

 これまで出会った血守会の人間も皆、個性豊かな容姿をしていた。

 今回集ったメンバーも、その延長線上に過ぎないのではという予想をうっすらと立てていたのだ。


 とはいえ、油断はしていない。

 少なく見積もっても、この中の半数以上は、何らかのEFを保有しているはずだ。

 外見だけで判断すると痛い目を見るのは常識である。


 瑞樹が警戒を緩めずにいた所に、突如、マイクを通した男の声が広間に響いた。


「ご覧下さい! たった今、我らが悲願の要! 忌まわしき結界を破壊し、平等をもたらす救世主! 中島瑞樹殿が会場に到着致しました!」


 通りの良い声。聞き覚えのない声だった。

 しかしそんなことは関係なく、存在を改めて浮き彫りにされてしまったことで、場の人間の注目が一斉に向けられる。

 加えて、歓声こそ上がらなかったが、拍手がパラパラとカメラの一斉フラッシュのように鳴り出す。


「さあさ、こちらへどうぞ、救世主殿!」

「あたしは?」

「少しだけ待ってろ」

「えー」


 知歌と阿元が小声でやり取りしているのを聞いて、瑞樹は一度振り返り、笑ってみせた。

 直前に阿元から忠告を受けていたこともあり、冷静でいることができた。

 呼び出しに誘われるがまま、声の発信源へと、ゆっくりと向かい出す。


 壁に沿って左、前へと歩いていく。

 拍手は止み、会場内はしわぶき一つ聞こえないほどに静まり返っていたが、移動に合わせて、周囲の視線が追従してくるのが分かる。

 しかし、そんなことをもはや気にしていられない。

 瑞樹の目は、先にある、檀上手前にしつらえられた長テーブルに座っている男たち――奥平久志と、相楽慎介を捉えていた。


 相手側も、瑞樹を見据えていた。

 一方は感情の感じられない眼で、もう一方は不遜な眼をもって。


 そして更にもう一人、長テーブルの横に立っているマイクを持った男も、瑞樹を注視していた。

 中肉中背でグレーのスーツを着用、年齢は四十歳前後だろうか。

 黒いカイゼル髭を生やしていること以外はこれといって特徴のない外見だ。


「救世主殿、どうか我々のために一つ、激励の言葉を頂けないでしょうか」


 瑞樹が到着すると、カイゼル男はマイクを外して小声で言った。

 いきなりスピーチを依頼され、瑞樹は言葉に詰まる。

 何故そういった重要なことを、誰も事前に言わないのか。まさかこれも自分を苦しめる策略の一部なのか。

 動揺を表さぬよう、ポーカーフェイスを作ってはいたが、このまま無言を貫いても状況が好転するとは思えない。


「己の心境を自由に話せば良い」


 突然崖から海に叩き落されたにも等しい状況下で、助け船のようなものを出したのは、意外にも奥平であった。


「例え君が何を話そうと、青野栞の身に危害を加えはしない。血守会の掟の下に約束しよう」

「……そうですか」


 奥平のお墨付きを得たことで、瑞樹の中で決心が固まった。

 ニヤニヤ笑みを浮かべている相楽を横目に、カイゼル男の手が示すまま、脇から短い階段へ進む。

 壇上に上がり、演壇へ向かう。

 静かに歩いているはずなのに、木張りの床を鳴らす足音が、やけに大きく聞こえる。


 瑞樹は、とてつもなく緊張が高まっているのを自覚していた。

 心臓の動きがせわしなくなり、手足に余計な力が入っている。

 鎮まれと命じても鎮まらないし、上手く力を抜くこともできない。

 当然だ。何の準備もなく、急にスピーチをしろと言われたのだから。

 おまけに何をどう話すかさえもまとまっていない。


 だが、好きに話していいと言われている。

 話してやろうじゃないか。浮かぶがままに。

 あんた達が担ぎ上げる救世主など、この程度のものだ。

 皮肉にも、当てこすりでもしてやろうという悪意が、緊張を力づくでねじ伏せた。


 演壇を前にした瑞樹は、まず広間全体を見渡してみた。

 卓上にはまだ料理が並んでいない。後から運ばれてくるのだろうか。

 同時に、参加者を撫でるようにざっと見てみたが、無駄話をしている者や、他のことに注意を奪われている者はおらず、一様に檀上のこちらを凝視している。

 そんな真剣に聞かないでくれ、と思う。


 例外としてただ一人、知歌だけが、笑って小さく手を振っていた。

 彼女は阿元と共に、長テーブルから最も近い位置、右手最前列の卓に着席していた。

 思わず瑞樹は笑い返しそうになるが、ぐっと表情を引き締める。


 この中の何人が、相楽慎介のような凶悪さを有しているのか。

 あるいは五相ありさのような良心を秘めているのか。


 更に瑞樹は、あることに気付く。

 知歌や阿元、相楽以外にも、見覚えのある人間が混じっていたことに。


(EF闘技場で戦っていた人だ)


 中ほどの卓に座っている大男を見て、思い出す。

 名前までは覚えていなかったが、栞と一緒に試合を観に行った日、最初の試合に出ていて、正拳突きで突風を起こして相手を倒していたのは印象に残っている。


 他にも何人か、有明コロシアムで見かけた人間がいた。

 やはりEF格闘技と血守会には繋がりがあったのかと、瑞樹はやや気を滅入らせる。

 しかし、この場に宗谷京助の姿がないのは、彼にとって救いであった。


 蟲使いの能力者――波照直宣がいたことは、多少なりともショックだったが。

 先日、また会おう、と言っていたのはこういうことだったのか。

 書いてもらったサインの価値が急落する思いだった。


 また、本人が言っていた通り、人工生物の使役者・橘は欠席しているようだ。


「おーい! さっさと喋ってくれよ! こちとら腹減ってんだ!」


 静粛な空気を切り裂いて、横から野次が飛んできた。相楽の声だった。

 黙ってろ、下衆が。瑞樹は心の中で悪態をつき、そろそろ限界かと、スピーチを始める決意をする。

 右手を横に出して相楽を黙らせるジェスチャーをし、最後に演壇上のマイクがオンになっていることを確認してから、口を近付ける。




「……皆様、初めまして。中島瑞樹と申します。

 今、実際に野次が飛んでしまいましたが、話し始めるまでに時間をかけ過ぎでは、と思われたかもしれません。

 しかし、そうなるのは僕にとってはごく自然なことなのです。そのことも含めてお話したいと思います。


 皆様の中で、どれだけの人数に知らされているかは分かりませんが……僕は、血守会の正規メンバーではありません。

 血判を押して契約を交わした身ではありますが、本来の立場はむしろ敵対者側になるでしょう。

 既に亡くなっていますが、両親はかのトライ・イージェス社に所属していた人間でしたから。

 僕も息子として、尊敬する両親と同じ志を抱いております。今もそうです。


 では何故そんな人間が、こうしてこの場にいて、しかも計画の重要人物として扱われているのか。

 理由は簡単です。大切な人を、人質に取られているからです。

 僕のEFが、山手線の結界を破壊するのに必要だから、という理由で。


 本音を言えば、血守会に加担などしたくありません。

 僕は、日頃から結界の恩恵にあずかっている一市民ですし、一般的な感覚として、テロ行為に手を貸すわけには行かないと考えるのは、ごく自然なことではないでしょうか。


 反逆を考えたこともありました。全てを他人に話してしまおうかと思ったこともありました。

 ですが、大切な人の安全を、命を思うと、結局は踏み切れなかった。


 その人も僕と同じで、幼くして家族を失っています。

 僕は彼女を、恋人という概念を通り越して、既に家族のように想っていますし、彼女も僕に対して同じことを想っているはずです。

 勿論、全員ではないでしょうが、この気持ちは皆様にも当てはめやすいのではないかと思います。

 家族、家族同然の人の命は、何よりも尊いと。

 時として、自己犠牲を払ってでも護りたくなるものだと。


 僕達は感情を持った人間である以上、迷いなく"私"より"公"を選べるものでもない。

 僕は、彼女を失いたくありません。傷付けたくもありません。

 だから、やらなくてはならない。

 "公"より"私"を選び、計画に加担する。そういう結論に至りました。


 同情が欲しくて、あるいは罪の意識を薄めたくて、この場で本心を打ち明けたのではありません。

 単に知って欲しかっただけです。

 血守会が持ち上げようとしている救世主は、崇高な理念で動いている訳でもない、ただの個人に過ぎないことを。

 皆様と同じ、普通の人間です。


 まだごくわずかな方としか実際にお話したことはありませんが……僕は知りました。

 血守会の人間が皆、悪人や犯罪者だという訳ではないことを。

 きちんと話し合いができる人間なんだということを。

 それぞれ事情があって、血守会に加担しているんだということを。


 ですので、皆様に対して思い直せだとか、反逆しろと言うつもりはありません。

 僕にそんなことを言える資格はありませんし、脱退者の末路もこの目で見てきました。

 死地に追いやるようなことは言えません。


 ただ……少しだけ、考えてみて下さい。

 ご自分の為そうとしていることの意味を。何のために、誰のためにそうするのか。


 繰り返す形になりますが、僕は、最愛の人を守ることが目的です。

 そのために、どんな犠牲を払おうと、自分の務めを必ず果たします。


 ……ですが、正直、こうやってお話している今も迷っています。

 僕の内側に残っている良心が、絶えず訴えてくるのです。

 本当にこれでいいのか、と」




 瑞樹はほとんど一気に喋り終え、足早に檀上から姿を消した。

 途端、静寂に包まれたままだった会場に、音が生まれ始める。

 雨のように、最初はポツリポツリと、そして段々と勢いが、音量が増大していく。

 最終的には多数の声が洪水となって空間内に溢れ出した。

 歓声か罵声かも判別できず、隣席の人間と何を話しているのかも分からない。混沌そのものであった。


 ただし知歌は、


「瑞樹兄ーっ! よくゆったーっ! カッコいいよー!」


 混ざり気なしの賞賛を手放しに送っていた。

 余談だがこの時、橘は、


「ッヒョーーッ! 瑞樹きゅんサイコーー! イッツクレイジィィーーッ!!」


 会場から離れた"居城"で監視しており、瑞樹の演説に狂喜していた。

 彼の言葉を理解できていた訳ではないが。


 カイゼル男は、マイクを持ったまま言葉を失っていた。

 もっとも、彼が何を言った所で、容易に収拾がつくような状態ではなくなっていたのだが。


 当の瑞樹は知ったことではないといった顔で、既に広間の隅へと戻っていた。


「ハーッハッハッハッ! やるじゃねェかおチビちゃんよ! 最初に会った時から思ってたが、つくづく面白ェことを喋る野郎だ!」


 相楽は手を叩いて、さもおかしいと言った風に哄笑していた。

 身長は関係ないだろうと思いながら、瑞樹はわざと視線をそらす。


「別にバカにしてるんじゃねェぞ。言ってることはハナクソほども共感できなかったがな、この場であれだけ言ってみせた度胸は大したモンだ。しかもこれだけ混乱させるたァな」


 相楽を無視したまま、瑞樹は妙に軽くなった頭で思考を再開する。

 テーマは、スピーチの自己採点だ。


 言い訳になるが、急場だったこともあり、あまり上手く話せたとは思っていない。

 だが一応、言いたいことを言うことはできた。


 現況を鑑みて、表立った反逆を扇動することはできない。

 ならばせめて良心に訴えることで、少しでも感情や精神を揺さぶり、歯車をわずかでも狂わせられれば……

 血守会側の戦力を削いで、秋緒やトライ・イージェス、警察側に有利になれば……と考えたのだ。


 この混乱が何を意味しているのかは分からない。

 目論見が上手く行ったのかもしれないし、救世主とやらへの失望かもしれない。

 いずれにせよ、後はなるようになれだ。瑞樹は開き直っていた。


「見事だ。胸を打つ素晴らしい演説に、称賛を禁じ得ない」


 規則的な乾いた音が、瑞樹のすぐ近くで鳴り出した。

 なんと奥平が、拍手を贈ってきた。表情や声色には、全く感情が込められていなかったが。


「心にもないことを言わなくてもいいです」

「いや、本心だ。君の両親も、草葉の陰で喜んでいるのではないだろうか」


 そう言って、奥平は瑞樹に着席を促した後、椅子から立ち上がった。

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