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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十二章『最悪の任務』 その2

 知歌は血守会のアジトに直接移動できる権限を持たされていない。

 したがって、正規メンバーの同伴が必要となる。

 この日も阿元と共に向かう手筈となっていた。


 約束の時刻より十分遅れて、知歌は待ち合わせ場所であるハチ公前に到着した。

 阿元は既に到着しており、銅像近くのベンチに座っていた。

 サングラスをかけているが、その下では憮然とした顔をしているであろうことが容易に推察できる。

 知歌は早くも気が滅入っていたが、小走りで人混みをすり抜け、向かっていく。


「おまたせ」

「あのなあ、時間ぐらいちゃんと守れよ」

「はいはい、すんませんね」


 阿元の言葉に棘があるのは、遅刻だけが理由ではない。元々知歌のことを嫌悪していることもある。

 知歌の方も彼からの敵意を日頃から敏感に感じ取っており、不機嫌な応対をしてしまう。


「まあいい。早く行くぞ。……ったく、やっとこのうざったい人混みから抜け出せるぜ」


 小太りな体を揺すり、阿元が立ち上がる。


 アジトまでの道中、二人は一言も会話を交わすことはなかった。

 瞬間移動を用い、中に入ってからも、その状態は変わらない。


 緩いカーブを描きながら伸びる無機質な廊下に硬い足音を刻みながら、知歌はため息をつく。

 彼女にとってここは、移動が面倒な上に辛気臭く、退屈極まりない場所でしかなかった。

 しかし、雷の音を聞かずに済む、という点だけは大いに気に入っていた。

 恐らく現在、地上は激しい雷雨に見舞われているだろう。


 阿元の方はというと、未だに苛立っていた。

 理由は、知歌の足音である。


(もっと静かに歩けないのかよ、こいつ)


 阿元には元々、妙に神経質なところがあるが、彼女を毛嫌いする感情が余計敏感にさせていた。

 常人ならばあまり気に留めることはないのだろうが、阿元は心中で何度も毒づいていた。


 それを知ってか知らずか、知歌が久しぶりに口を開く。


「ねぇ。おじさん、なんの用であたしを呼びだしたかってきーてる?」

「知らん。俺もこれから聞かされるんだ」


 阿元の態度はあくまでつっけんどんである。

 知歌も鼻を鳴らしてからは、それ以上何も言わなかった。


 アジトの最下部、突き当たりの扉の前で、二人は立ち止まった。

 阿元が扉の横のボタンを押し、マイク越しに二言三言会話を交わすと、扉はゆっくりと横へスライドしていく。


「失礼します。阿元団十郎、柚本知歌、ただ今到着致しました」

(ヘンな部屋)


 奥平の執務室に足を踏み入れるなり、知歌が心の中で突っ込む。

 生活臭がなく、インテリアデザインも考慮されていない。

 この場所へ入るたび、毎回同じことを思っていた。


「ご苦労」

「おじさーん、きょうの用ってなに?」

「お前って奴はまた……」


 つと切り出した知歌を阿元が咎めるが、奥平が手で制したため、口を閉ざした。

 二人が黙ったのを確認した後、奥平が告げた。


「今夜、二人に任務を与える。失敗は許されない、大事な任務だ」

「はっ!」


 阿元は背筋を伸ばし、歯切れ良い返事をするが、知歌はめんどくさそうに背中を少し丸めてみせた。

 奥平はそのいずれにも反応せず、二人に与える任務の内容について説明を始める。


「……はぁ?」


 話が進むにつれ、知歌の顔つきがみるみる険悪になっていく。


「んなのイヤに決まってんじゃん!」


 概要を聞き終えた頃には、地団太を踏んで、拒絶の意を表明していた。


「なんであたしが、アモっさんなんかと……!」

「お……私も納得がいきません。何故このような……」


 阿元も同調して不満の声を上げるが、奥平は二人の反応など求めていないといった風に、無機質に言い放った。


「これは命令だ」


 そこには有無を言わさぬ圧力が込められていた。二人は本能レベルで感じ取り、押し黙ってしまう。


「それに伴い、一人ずつ説明したいことがある。まずは柚本君からだ。阿元君は少し部屋から出ていてもらおう」


 阿元の方は早々に諦めたらしい。小さく一礼し、退出していく。

 知歌と奥平だけが部屋に残った。

 扉が閉まった後、奥平は机上のトレイに置いていた葉巻を指で挟み、吹かし始める。

 知歌は顔をしかめた。喫煙者ではあったが、葉巻の香りは好きではない。


「ちょっとおじさん! あたし、ゼッタイにイヤなんだけど!」


 阿元とは対照的に、知歌はまだ諦めていなかった。

 紫煙をも吹き飛ばす勢いで、部屋に反響する大声を上げる。


 奥平は何も言わず、しばらく葉巻を吹かすことに意識を集めていた。

 無言の時間。しんとした空気。

 知歌が段々と焦れて、次なる怒声を発さんとしたタイミングで、ようやく葉巻を下げて、低い声を出した。


「中島瑞樹と、阿元団十郎と、何か違いがあるとでもいうのかね」

「あ、あったりまえじゃん! くらべるまでもないっつーの!」

「私には理解しかねる感覚だな」


 奥平は、やれやれといった風に、首を微かに左右に振る。

 そしてゆっくり椅子から立ち上がり、机の横を周り、知歌の目の前に立った。

 体格差、見下ろす視線、威圧感。さしもの知歌も気圧され、一度唾を飲み込んで腰を引いてしまった。

 が、すかさず威勢の良さを発揮して声を張り上げる。


「とにかく! あたしはゼッタイ、アモっさんなんかとやったりなんかしないから! つーかなんでこれが作せ……!」


 知歌の言葉はそこで途切れた。

 奥平が、彼女の細首に手をかけたため、意図したように話せなくなったのだ。


「ちょ、なにすん……」


 空気が抜ける甲高い音と共に、知歌は苦痛に顔を歪める。

 奥平は全く力を入れていなかったのだが、彼女にとっては万力で締め付けられているに等しい状態だった。

 振りほどこうとしても、彼の服や手袋を爪で引っかいても、足をばたつかせて蹴っても、拘束は全く緩まない。


 奥平はあくまで淡々と、感情を伴わせず、重ねて命令を下す。


「君の意見は聞いていない。今まで他の男に散々やってきたことを、阿元君にも行えばいいだけだ。分かったら、片手を上げろ」


 知歌に選択の余地はなかった。

 酸素を供給できない苦しみの中、震える手で何とか右手を上げると、ようやく拘束が解かれた。

 その場に崩れ落ち、激しく咳き込む。涙と涎と鼻水が止まらず、滴が床に垂れ落ちる。


「早く退出したまえ。次は阿元君に説明しなければならんのでな」


 冷たい雨のように、頭上から奥平の声が無慈悲に降り注いだ。

 並の少女であれば、ここで這いずってでも部屋から出ることを優先したであろう。

 しかし、柚本知歌という少女の精神力は、なおも逃げ出すことを拒んだ。

 呼吸が落ち着き、どうにか話せるまで回復した後、ふらふらと立ち上がった。

 そして、奥平の漆黒の眼をじっと見、こう尋ねた。


「……いまのあたしにも、ミハリってついてんの?」

「無論だ」

「……これから、アモっさんといる時だけでも、はずしてほしいんだけど。シューチューできねーから」

「いいだろう」


 知歌は、眉を動かした。


「ウソじゃねーだろーな」

「血守会は、偽りを言わない。証拠が欲しいならば、これを持っていくがいい」


 奥平は机の奥側へと戻り、引き出しから銀色の何かを取り出して机上に置いた。

 コンタクトレンズのケースだった。


「このレンズを付ければ、監視に付けている人工生物を目視することができる。確認すればいい」

「みえるだけじゃ、イミないんですけど」

「ならば今から止めさせよう。――聞こえているな」


 後半部分は、知歌にではなく、その背後の存在に向けた発言だった。


『あいあい。了解っす』


 加工したような、ひどく電子的な音声が返ってきた。

 知歌はぎょっとして飛び上がり、振り返る。

 何もいない。

 奥平は無言で、レンズの装着を促す。

 知歌はケースを開け、透明なレンズを両目に付けた。


「……うげっ!」


 知歌は思わず濁声を漏らし、後ずさった。

 今まで何もいなかったはずの空間に突如、グロテスクな怪物が出現した。


 体長は一般的な成人男性ほどだが、胴体は短く、両手足がアンバランスなほど細長い。

 バスケットボール大の頭部は、体積のほとんどを一つだけの眼球が占めており、口は小さく鼻はない。また、耳に相当する部分には小さな翼がついている。

 淡黄色の体は、妙につやつやとしていた。


『どーもー。人工生物・STL-CYC-100でーす』


 人間のように片手を振り、人工生物が挨拶をした。

 さしもの知歌も、得体の知れない化物と気さくに応対する度胸は持ち合わせていなかった。不審な目を化物と奥平へ、交互に向ける。


『命令通り監視はしないんで、遠慮なくヤっちゃっていーっすよ』

「見ての通りだ。早く退出したまえ」




 阿元と入れ替わった後、知歌は扉の脇に膝を抱えて座り込んだ。

 壁も床も、実際以上に冷たく感じられる。


 今、部屋の中では阿元が奥平に説明を受けているはずだ。魔王が悪魔に邪な教えを説いている。

 これから先のことを思うと、知歌の気持ちは否が応にも深い泥沼へと沈んでいく。

 奥平は、一度下した命令を絶対に取り下げはせず、いかなる手段を用いてでも遂行することを、知歌は知っていた。現に先刻も体感したばかりだ。


 奥平が何のために、 阿元と肉体関係を結ぶなどという命令を下したのか、知歌には理解できなかった。

 このような命令を下されたこと自体が初めてであった。

 これまでは、地下深くの部屋に引きこもっている女に食べ物飲み物を配達したり、自身のEFでメンバーの能力を補助したりと、簡単なものばかりだったのに。

 瑞樹と親しくなる命令を出された時も、こんなことは言われなかった。


 第一、知歌にとって阿元は生理的に受け付けない存在であった。

 バンドマンみたいに派手な格好をしたがる割には顔立ちが地味で肌が汚く、まるで似合っていない。せめてメイクなり整えるなりすればいいのに、何故かそれをしない。

 体型も、肥満とまではいかないものの、腹部の脂肪が服の上からも分かるほどひっついていて、洋梨のような形になっている。


 何より性格が気持ち悪かった。

 卑屈なだけではない。

 他人、特に女を見下して嫌悪しているくせに、性欲は人並み以上。

 それを表に出さないようにしているが、実際は目に見えて分かってしまうのが余計に不快だ。

 触られる以前に、ねっとり見られるだけで怖気が走る。


「瑞樹兄……たすけてくれないかなー……」


 ふっと自然に浮かび上がってきた、阿元とはまるで対照的な青年の名を呟く。

 身長が平均よりも大分低いものの、美形といっても言い過ぎでない顔立ち、細身の身体、色白の肌、さらっとした髪は、知歌の嗜好を大いに満足させるものであった。


 性格面も阿元とは真逆だった。

 安直に見下したりしないし、優しく、面倒見がよく、叱る時は叱る。

 何より精神的に強い。

 過酷な運命を決して嘆かず、どれだけ心や体に傷を負っても、歯を食いしばり、最善を尽くすべく戦い続ける。

 現在進行形で抱えている重荷、血守会のことについても、愚痴や弱音を吐くのを見たことがない。

 どれだけ泥に塗れ、引っかかれ、風雨に晒されても、輝きを失わない宝石のようだった。


 こんな頼れる人間が本当に兄だったらどれほど良かっただろうと思ったのは、一度二度ではない。

 いや、普通の人生を送れていたなら、あんな経験がなければ、きっと男性として――


「……あたしったらナニ考えてんだか! それどころじゃないっての」


 知歌は何も答えてはくれない天井を見るのをやめ、携帯電話を取り出した。

 アジト内は電波が届かないが、文章を打つだけならば問題はない。


 文面に悪戦苦闘しつつ時間を潰していると、阿元が執務室から出てきた。

 見下ろす視線までもが脂ぎっているようで、知歌は眉をひそめる。


「……お前も、聞いたよな」


 知歌はわざとらしく顔を背ける形をもって、それに答えた。


「本当は小娘は好みじゃないんだがな、特別に相手してやるよ」

「……だったらことわりゃいいのに」


 ボソッと呟いた言葉が、阿元の気に障ったようだ。やや顔を紅潮させ、


「大人として、上司からの命令を断れるわけないだろう、クソガキ」


 最後の四文字を強調させて言った。更に、


「ああ、そうだ。言うまでもないが、この件は他言無用とのお達しだ。中島瑞樹や、そのお師匠様にもな」


 釘を刺される。

 もし"お達し"を破った場合どうなるか、想像できないほど知歌は愚鈍ではなかった。


「さて、場所はどうする? 費用は奥平さんが全額持ってくれるってよ」


 阿元は厚みのある封筒をちらつかせた。


「……どこでもいい。さっさと終わらそうよ」


 封筒どころか、阿元にすらろくに目もくれず、大きくため息をついて知歌は立ち上がる。

 彼女の顔に浮かんでいたのは、諦観だった。

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