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復讐火葬  作者: SATOSHI
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二十章『五相ありさの原動力』 その1

 五相ありさは二十数年前、東北の地方都市で生を受けた。

 仕事の傍ら、熱心なボランティア活動を行う両親を持ち、彼女自身も物心ついた頃から積極的に両親の手伝いに精を出していた。彼女の献身的な性格の下地はその時から育まれていたといえる。


 五相一家が主に行っていたのは、困窮した人々への炊き出しだった。

 休日は毎週のようにボランティアを行っていた。

 両親はプライベートのほとんどを活動にあてていたが、それを娘にまでは強要せず、例えば同年代の友人と遊ぶことを禁じたりはしなかった。


 極めて清廉で温かい家庭に育った彼女は、清純なまま、すくすくと育っていった。


「いい子で在りなさい」


 事あるごとに両親からかけられ続けた言葉が暗示として刷り込まれていたことは否めないが、彼女の奉仕活動は概ね自発的なものであったと言っていいだろう。

 また、活動中や、終わった時に大人達からかけられる、


「ありがとう」

「ありさちゃんはいい子だね」


 という言葉をかけられるのも大好きで、嬉しかった。


 彼女の容姿も大きくプラスに働いていたのかもしれない。

 長く美しい黒髪、白い肌、目鼻がくっきりした顔立ち、利発な性格、楚々たる振る舞いは、周囲の人々に天使や女神といった概念を共通して連想させずにはいられなかった。




 五相が高校に進学する年、父親の転勤で東京へ行くことになった。

 故郷でのボランティア活動をこれ以上続けられなくなったが、無論上京しても活動を続けるつもりでいた。


 上京した彼女がまず驚かされたのは、山手線の結界であった。

 彼女が進学した都内の女子高は山手線の内側にあったが、手続きの際に初めて山手線の内側へ立ち入った時、文字通り世界が違っていたのをよく覚えている。

 変異生物の襲来を警戒する必要がない。人々の顔に緊張感がない。人口密度が高い――


 そして彼女ならではの視点からの気付き。

 結界の内側に身を寄せるホームレスの顔が、ひどく卑屈なものであったということ。


 人の心の機微に聡い彼女にはすぐに理由が分かった。

 彼らは、人が人たりうるための恥を捨てきれないのだ。

 当然ながら、彼らは他の人間よりあらゆる局面で生命の危険に晒されるリスクが高く、まして結界の庇護がない場所では生まれたての仔猫に等しい。

 都内、地方問わず、結界外に棲むホームレスもいるにはいるが、そういった者たちはほぼ例外なく何らかの技能や人脈、そしてEF能力を有している。


 何も持たないホームレスは、結界の内側へ逃げ込むしかない。

 政府や自治体も、表面上は自立支援という名の追い出し措置を講じてはいたが、特定の区画に固めるように追い込むだけで、あとは黙認していたのが実情であった。


 そんな状況が続く中、結界の外に住み、あるいは働く人々の一部に、彼らを妬む者たちが現れ出した。

 世のために何も生産せず、何も貢献しない。なのに安全な居場所を享受する権利など存在するのかというのが、排斥派の論調である。


 妬みだけで済んでいたのならばまだ穏便であった。

 ホームレスたちは従来通り、公園の隅や高架下などに息を潜め、言葉による罵倒をただ黙って聞いて耐えていればいいだけだからである。


 だが、事態はあっさりとエスカレートした。

 皮切りとなったのは、ある少年グループが"害人駆除"と称して、新宿に棲むホームレスに襲撃をかけた事件である。


 少年たちは普段から非行に走っていた訳ではなく、全員が有名な私立中学・高校の生徒、しかも模範的な優等生であったことが、尚更世間へ強い衝撃と、ある種の大義名分のようなものを与えた。

 無論、少年たちには法にのっとった罰が与えられたし、世論も彼らの行動に否定的な見解を示す意見の方が大きかったが、水面下では彼らを擁護・賞賛する者たちが少なからずいた。

 そういった共鳴者たちが、連鎖して同様の行動を起こすのは時間の問題だったのである。


 この事件をきっかけにホームレスへの襲撃が活発化し、事件は都内のみならず各都市にも伝播していった。

 山手線ほど強固ではないが、大都市や県庁所在地の中心部にも強力な結界が張られているため、似たような事件が起こるための土壌は充分だったのである。

 五相が生まれ育った都市も例外ではなかった。


 一連の事件は幾度となくニュースで取り上げられ、社会問題になりかけもしたが、政府や自治体が積極的に彼らを助けることはなかった。黙認こそが彼らの基本姿勢だからである。

 しかし、五相には見過ごすことができなかった。

 一つ一つの事件が起こるたび、ひどく心を痛め、同時に救える力を持っていない自分に歯がゆさを感じていた。


 五相が通っていた高校は、ボランティア活動に力を入れていた。

 五相一家は事前にそれを知っていた。

 転勤が決まった時点で彼女はそのことを調べており、家族で話し合った上で入学することを決めていたのである。


 ホームレスへの炊き出しや支援も、学校の活動の一部として含まれていた。

 しかし襲撃の活発化に伴い、活動を中止することが学校で決定していた。


 そのことが、五相には納得がいかなかった。

 自分たちへの風当たりも強くなり、最悪、危険に晒されるリスクも増えることは理解している。生徒を預かっている学校としては、ごく当然な判断だ。


 それでも、認めたくはなかった。

 認めてしまったら、襲撃をかけている人間たちと大差ないのではないか。


 何も持たないホームレスたちには、選択肢が"救われるか"、"救われないか"の二つしかなく、それが毎日のように目の前へ突きつけられている。

 理由も、理屈もない。

 もっとシンプルに"今日を"救わなければならないのではないか。

 そのような思いが、彼女の中で日々強まっていった。


 未成年である以前に、家族から一人立ちすらできていない自分にできることなど、ほとんどないことは理解している。

 無理に独力で活動しても、迷惑になるだけだ。

 そこで五相は両親に相談をしたところ、可能な範囲で少しずつ活動を行い、手助けしていくといいのではというアドバイスを得た。


 彼女は早速、自分と似た思いを抱いているクラスメイトに声をかけ、またインターネットを利用して同志を募った。

 更には学校に申し出て幾度も説得を行い、遂には個人で活動を行う許可を取り付けることに成功した。


 余談だが、彼女の好きなデスメタルは、この時ネットで知り合った仲間から教えられた。

 最初はあまりの雑音に眉をひそめたが、何度も半ば強引に聴かされているうちに、いつしかデスメタルの放つ魔力に取り付かれてしまったのである。

 娘がこのような音楽を聴いていることを、両親はいい顔をしなかったが、咎めることもしなかった。

 娘に対する信頼と、好きになったものをあまり否定したくないという思いがあったためである。


 また、彼女の声がハスキーになったのは、カラオケで無理してデスメタルを歌い続けたことが影響しているのかもしれない。




 五相の立ち上げた活動は順風満帆のようにも見えたが、悲劇は比較的早期に訪れた。


 彼女の両親も手伝いとして参加した、ある休日だった。

 この日は新宿区のとある公園で炊き出しを行うことになっていた。

 いつもの流れで広場にテントを張り、食料を用意し、ホームレスたちに整列してもらい、いざ提供する段となった時。


 爆風が広場を襲い、ボランティアもホームレスもテントも食料も、皆平等に吹き飛ばしてしまった。

 五相はたまたま小用で一時的に広場を離れていたため、直接巻き込まれずに済んだ。


 しかし、広場に戻ってきた時、彼女の五感が捉えた情報は、生涯忘れることができないほど、記憶の奥深い部分まで食い込んだ。


 視界一面にもうもうと舞い上がる砂煙。

 チリチリと肌を打ち続ける熱。

 中から聞こえてくる、老若男女の悲鳴と呻き声。

 バラバラに散らばったヒトのカケラ。

 土砂と血肉と豚汁が入り混じった臭い。


 本物の阿鼻叫喚、死に直面した時、人間の理性など台風の中の紙人形に過ぎない。

 成す術無く、いとも簡単に吹き飛んでしまうことを、五相は思い知らされた。


 更にあろうことか、この時五相は、半狂乱にも近い精神状態で砂煙の中に飛び込んでしまったのである。

 続けて起こった爆発を受けて、あえなく彼女も負傷してしまった。


 惨劇を引き起こした犯人はすぐに逮捕された。

 都内の大学に通う学生三人であった。

 爆弾を作り、密かに公園内に仕掛け、ホームレスが集まった所を見計らって爆発させたのである。


『量を間違えた。あんなに殺すつもりはなかった』


 と、逮捕後に供述したことが世間の批判を浴びた。

 皮肉なことに、この事件と供述がきっかけで世論が徐々に変わり、ホームレス襲撃は全国的にも激減していくことになったのである。


 五相の予後は良好であった。

 幸運にも重傷を免れたこともあるが、発達した医療技術や、特殊な力を帯びた薬草のおかげで、さほどの時間もかからず傷は完治し、跡も残らずに済んだ。

 しかしそれは体だけの話であり、心の傷はいつまでも消えることはなかった。

 彼女の両親は五体も満足に揃わず葬儀に臨むことになり、クラスメイトや仲間も、わずかに生き残ったものは皆、身体的なハンディを背負うことになってしまった。


 生き残った友人たちや学校側が五相を責めることはなかったが、彼女は自分自身を許さなかった。

 手始めに、長い髪を短く刈り落として禊とし、娯楽を全て捨て、毎日朝と夜に祈りを捧げた。


 しかしいくらそうしたところで、誰も生き返ったり、手足が新しく生えてきたりはしない。

 何より彼女自身が薄々気付いていた。

 こうしているのは他者のためというより、むしろ自分自身が救われたいがためである、ということに。


 彼女が最も後悔しているのは、あの凄惨な状況で真っ先に考えたことが負傷者の救助ではなく、犯人を捜すことに向いてしまったことだった。

 あんなことをした犯人を、何としてでも見つけ出して――事件を契機に彼女が得たEF能力は、執着と後悔の産物といえる。

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