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復讐火葬  作者: SATOSHI
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十七章『密やかな暗殺計画』 その2

 二人の"練習"は休憩を挟みつつ、夕暮れ時までみっちりと行われた。

 状況を変え技を変え触れ方を変え、様々なパターンを試してみた。

 その上で分かったことは、


・触れ方による強化率の違いはない

・威力を強化はするが、持続力までは増えない

・瑞樹の"燃やす対象を分別できる"性質は失われない

・強化された側の精神的疲労が増すことはない

・知歌の方は感情の持続力がさほどない


 これらの点である。

 状況を整えれば、充分実戦で使える能力だ。瑞樹は手応えを感じる。

 あとは、もう一つの問題をクリアすれば、何とかなるはずだ。




 相楽を殺すのに、手段を選ぶつもりはなかった。

 正々堂々と打ち倒さなければ意味がないなどという紳士的な感情は、欠片もない。

 あるとすれば、無残に殺された人々の分、苦しめてやろうという加虐心くらいだ。

 瑞樹が暗殺という手段を選択したのは自然な流れであった。


 暗殺を成功させるためには、どうしても確かめなければならないことがある。

 瑞樹は先日、久しぶりに八幡の藪知らずに足を運んだ。

 結界の穴の補修がまだ行われていないことを確認する、それだけのために。

 だが瑞樹にとっては、交通費をいくらかけても惜しくないほど重要な事項であった。

 結界の穴を確かめられ、計画の第一段階はクリアできた。


 次は、夢の世界か潜在意識かに棲みついたままの沙織に尋ねなければならないことがある。

 実験してみたが、長時間の睡眠中でないと沙織は出現しないようだった。

 瞑想で意識レベルを下げてみたり、仮眠のような短時間睡眠では駄目らしい。

 ここのところ高い頻度で現れるのが、瑞樹にとってせめてもの救いであった。


 エメラルドグリーンの海と、黄金色の砂浜が交わる白い渚の上に、沙織は立っていた。


「こんにちは、瑞樹君。ううん、こんばんはの方が正しいのかな?」

「どっちでもいい」

「それもそうだね。ねえ、今日は何をお話する? 海で遊ぶ?」


 瑞樹は未だに信じられなかった。

 目の前にいる、かつての憎い仇が、自分の記憶の産物ではないこと。

 このように仇と話し合っていること。

 それに、これから仇に教えを請おうとしていること。


「……もしお前が本当に僕の記憶上の存在じゃないというなら、この質問に答えてみろ」

「なあに?」

「八幡の藪知らずの中にあった、あの蛍みたいな光、あれを利用すると瞬間移動できるって言ったな」

「うん」

「やり方を教えろ」


 沙織は、きょとんとした顔になった。


「……瑞樹君が私にお願いするなんて。珍しい」

「早く言え」

「その怒った顔、素敵。やっぱり憎しみに燃えている瑞樹君が一番魅力的だよ。いいよ、教えてあげる――私を、捕まえられたらね」


 沙織はそう言うと、軽やかに空へと舞い上がった。


「なっ、おい、ふざけるな!」

「だって、ここですぐ教えたら、瑞樹君、私に感謝しちゃうでしょ? それじゃあ私が満足できないもの。もっと憎んで欲しいな」


 かくして、瑞樹と沙織の追いかけっこが始まった。

 青空と太陽を背景に舞う沙織を、砂を蹴散らし、水しぶきを跳ね上げ、瑞樹が追う。

 眠りが段々と浅くなり、現実世界に帰還するまで、延々と繰り返される戯れ。


「うふふふ、楽しいね、瑞樹君」


 下半身を魚に変形させ、人魚になった沙織が、水面から大きく飛び跳ねた。

 光り輝く水滴を、黒くしなやかな髪や白い肌に纏うその姿は、世間の美女が裸足で逃げ出すほどの見目麗しさであった。


「くそっ……!」


 普通にやっては追いつけないことを分かっていながら、瑞樹は必死に沙織を捕まえようともがく。

 海に浸かっても服が濡れないどころか、潜っても普通に呼吸ができるのは、夢の世界だからだろう。

 時々、紙一重で沙織に触れられそうになるが、それは彼女によって演出されたものであった。


 こんな茶番に付き合っている暇はないのに。

 早く瞬間移動の秘密を暴かなければならないのに。

 焦りや苛立ちがピークに達する頃、いつも意識が急激に遠ざかって切り離されていき、夢から覚めてしまう。

 目覚めた後に残るのは、精神的な疲労感だけだった。


 あくまで、沙織から話を聞き出すのは最終手段だ。

 自分で謎を解けるならそれに越したことはない。インターネットや図書館で、あの蛍状の光について色々と調べてみたが、有力な手掛かりは皆無だった。

 加えて念の為、自分の他に藪知らずに入った人間がいないかどうかも調べたが、当然見つかるはずもなかった。

 癪に障る話だが、今の瑞樹には、沙織に頼るほかなかったのである。


 何としても、瞬間移動のやり方を知らなければならない。

 ぶっつけ本番で行うのはあまりにリスクが大きい。実験中、コンクリート壁の中に瞬間移動して出られなくなったり、体の一部だけが転送されて千切れたりといった失敗例を文献で読んだことがある。


 安全に、確実に、瞬間移動を使いこなして相楽の下に行き、奇襲を仕掛けて仕留める。

 これが瑞樹の考えていた作戦だ。

 それに、暗殺以外にも役立てられる場面は多いはずだ。

 もしかしたら、血守会の監視を振り切るのにも使えるかもしれない。

 蛍の光による瞬間移動を会得するのは、急務であった。




 幾つもの夜を経て、毎回景色が変わる夢の中で逢瀬を重ねても、瑞樹が沙織を捕えられる気配は一向に見られなかった。

 しかし転機は思わぬ形で訪れた。

 この夜の"追いかけっこ"は、有明コロシアムと血守会のアジトが半々に混ざった空間で行われた。


 が、どうも沙織の様子がおかしい。

 いつもは嬉々として、体をあちこち変形させながら逃げ回るのだが、この夜はやけにテンションが低い。

 かといって、瑞樹に容易に捕まえさせもしない。


「………はぁ」


 しまいには、わざとらしくため息をついて、空中で静止する始末。


「おい、ふざけてるのか」

「ねえ、聞いていい?」


 沙織は困り眉を作り、瑞樹を見下ろしつつ尋ねた。


「お友達が殺されたことについてだけど。……殺した相手のこと、そこまで強くは憎み切れてないでしょ。私がご家族を殺した時ほどの強さを感じないもの」


 瑞樹の全身が、凍り付いて止まる。

 直後、彼を覆っていた透明な氷が砕け散り、怒声が空気を揺らす。


「お……お前に何が分かるッ! 黙ってろ、イカレ女!」


 かざした右手から猛火が奔り、沙織を飲み込もうとする。

 いつしか瑞樹は、夢の中でもEFが使えるようになっていた。


「分かるよ。今の私は、瑞樹君の魂と繋がってるんだから。瑞樹君が感じてることは、何でも分かるよ。例えば、あの知歌ちゃんって子のことをどう思ってるかとかも」


 無邪気に微笑む沙織。


「恋愛感情を持ってないのは分かるけど、あの子にかまけて、栞ちゃんに寂しい思いをさせちゃダメだよ」

「……お前に言われるまでもない」


 その辺りは瑞樹も注意を払っていた。流石に知歌の存在を話す訳にはいかなかったので、栞には黙っていたのだが。

 実質、二股にような近い状態になっていて、瑞樹の罪悪感は強くなっていたが、これも血守会からの任務を遂行するため、栞を護るためと、幾度も自分に言い聞かせて乗り切っていた。


「それはそうと、気が変わっちゃったから、教えてあげる。あの相楽慎介って人じゃ、瑞樹君の玩具にはならないだろうから」


 沙織は、背に生やしていた翼を、コードリールのように勢いよく収納し、コロシアム部分の床に着地した。

 瑞樹は彼女を睨み付け、何をされても動けるよう油断なく身構え、話の続きを待つ。


「方法自体はシンプルだよ。頭の中で、会いたい相手の姿か行きたい場所をはっきりとイメージするの。すると体が光り出すから、全身の力を完全に抜いて、こう唱えるの。"我、見え透かず。彼、見え透かず。是、放生也。"って」


 呪文があったとは。やはり独力で真実に辿り着くのは無理だったようだ。


「移動可能な距離は?」

「分からないけど、そこそこ遠くまでは行けるんじゃないかな。定員もないんじゃない? あ、EFではないから、結界の中でも大丈夫みたいだよ」

「あの光は入れ物に密封して持ち運べるのか?」

「そこまでは知らないよ」


 段々と適当な物言いになっていくのに、瑞樹は少しムッとしたが、とりあえず移動手段が分かったことに満足する。


「ね、やっぱりやめようよ。あの男に復讐したって、何も生まれないし、お友達も生き返ったりしないよ」

「お前がそれを言うのか。もう用は済んだんだ、さっさと僕の頭から消えろ」

「他の人にお願いすればいいじゃない。瑞樹君には頼もしい知り合いがたくさんいるんだし」


 噛み合わないやり取り。

 もう相手にするのも無意味で面倒だと、瑞樹は問答無用で炎を浴びせた。


 あとは早くこの女をもう一度殺し、夢の中から追い出すだけだ。

 利用するだけして、用済みになったら消す。普通なら外道と謗られる行為だが、この女に限っては適用外だ。

 瑞樹は自分にそう言い聞かせた。


 一方、沙織は、瑞樹からの高熱を感じながら、恍惚に浸っていた。


 ――ああ、やっぱり、瑞樹君に愛されるのはたまらなく幸せ! 瑞樹君が憎むのは私だけでいい! 他の人なんかに、この憎しみを、愛を、分けてなんかあげない!

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