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復讐火葬  作者: SATOSHI
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十六章『偽りのパートナー』 その3

 瑞樹は絶句した。

 知り合って一時間も経っていない人間から、いきなりこのような誘いを受けた経験など初めてであった。

 昨日、天川が口にした冗談とは質が違う。


「別に驚くことないっしょ」


 あっけらかんと言う知歌。

 瑞樹はこの時悟った。この少女は、根本的な部分で自分とかけ離れた価値観の持ち主だ。

 理解できそうにない。実感すると、急に体の芯が冷えていく。


「瑞樹兄、もしかして、ドーテー?」


 瑞樹はそっぽを向いた。


「あれ? 怒った? ズボシ? カノジョもいなかったりする?」

「いるよ」

「だよね~、顔はすっごくいいんだから。で、何でヤってないの?」

「路上でこんな話をしたくない」

「あっそ、じゃあ場所変えよっか。あたし、ちょーどハラ減ったし」


 知歌の希望で、二人はすぐ近くのハンバーガーショップへと入った。

 知歌は六段重ねのハンバーガーと山盛りのポテト、チキンナゲット、コーラを、瑞樹はポテトとコーラを注文した。

 ちなみに代金は瑞樹が支払った。


「あれ? バーガー食わないの?」

「肉がダメなんだ」

「ふ~ん。あっ、やっぱうまーい! サイコー!」


 知歌は眼前のジャンクフードを、御馳走であるかのように頬張り始めた。

 こうして見ると、無邪気な少女そのものだ。変なことを言わなければ悪くはないのに。瑞樹はわずかに態度を軟化させる。


「スキありっ!」

「おいおい」


 コーラをストローで吸っている間に、知歌から目の前のポテトを二本、かすめ取られる。

 呆れはしたが、嫌悪感はなかった。

 妹が生きて成長したとしても、絶対こんな風にはならなかっただろうが、兄としての感情をほんのわずかつつかれたようなこそばゆさがある。


 ――と、瑞樹は気を引き締め直す。

 このまま行ってしまえば、奥平の目論見に乗っているだけになる。

 また、この柚本知歌という少女の内面もまだ把握していない。

 一見、無神経であっても凶悪さは見られないが、隠しているのかもしれない。

 彼女に関する情報を、できるだけ引き出しておく必要がある。


「ねえ、柚本さん」

「知歌って呼んでよ」

「知歌」

「な~に」


 口の中にハンバーガーとポテトを含んだまま、知歌がもごもごと返事をする。

 飲み込んでからにしよう、と瑞樹は言い、自分もポテトを一つまみした。

 彼女の嚥下を確認してから、改めて切り出す。


「知歌はいつから血守会に?」

「ん~と、一年くらい前かな」

「入ったきっかけと理由は?」

「なんかケーサツみたいだね。まーいーや。奥平のおじさんにスカウトされたんだ。あたしのチカラがほしいって」

「ということは、知歌もEF保有者?」

「うん、チカラのコトを知ったのは入るよりも前だけど。瑞樹兄もチカラ、持ってるんでしょ? どんなの?」


 どうやら奥平からは、事前に自分のことをほぼ聞かされていないようだ。瑞樹は少し意外に思う。


「後で見せてあげるよ。で、理由は?」

「カネ、たくさんくれるっつうから。あたし、家でてっから、カネないと困んだよねー」


 知歌はポテトで油ぎった親指と人差し指でマルを作り、自嘲気味に笑う。

 その時見せた顔が、瑞樹には少しだけ寂しそうに見えた。


「あ、ちなみにおじさんとはヤってないよ」

「いや、それは聞いてないから」

「アモっさんはともかく、オッサンって若いコ好きなはずなのに、なーんもねーの。変わってるよねーあのヒトも」


 瑞樹の言葉を無視して、知歌はあらぬ方向へ話を進め始めた。


「ま、いーけどね。おじさんもアモっさんもタイプじゃないし~。他によさげなオトコもいなかったし~。瑞樹兄を見たとき、ビックリしたよ。あ~、カッコいいのもいるじゃんって」

「それはどうも。ところで他の男って、どんな感じだった?」

「ちょっとまって。先にコレ、食っちゃいたいんだけど」

「……ああ、ごめん」


 知歌がトレー上の食物を全て胃におさめるのに、さして時間は必要なかった。


「あー食ったー」


 と、満足げに体を固い背もたれに預け、痛みの目立つバッグを漁り始める。

 取り出したのは、くしゃっとなった煙草の箱とプラスチックのライター。


「一本いる?」


 瑞樹の目が一点に注がれているのを見て、知歌が勘違いをした。


「いや、まさか吸うつもり?」

「喫煙席だし、いいじゃん」

「そういう問題じゃなくて、知歌は未成年だろ」

「……やっぱりつか、瑞樹兄ってみためど~りのマジメ君? うざいんですけど」


 顔を歪め、知歌は初めて瑞樹に嫌悪の色を示した。

 無視してライターで点火しようとするが、手で制される。

 知歌が舌打ちして睨みつけると、瑞樹は出した手の人差し指以外を畳んだ。


「火は、僕がつけてあげる」


 知歌がにんまりと笑い、煙草をくわえた顔を瑞樹の方へと突き出してくる。

 瑞樹は手をそのまま煙草の下へ移動させた。人差し指の上に小さな火が灯り、煙草の先端を赤熱させる。

 突然の点火に知歌は驚き、不意打ちのように体内へ滑り込んだ煙で咳き込み出す。

 しかし、指に挟んだ煙草だけはしっかり死守していた。

 瑞樹は淡々と言葉を被せる。


「誤解しているみたいだから言っておくけど、別に僕は真面目じゃないし、正義感も強くない。弱い、ダメな人間さ」


 本当は瑞樹とて、未成年の喫煙を幇助するのは気が咎めたが、情報を引き出すためと割り切っていた。


「……あー、オドロいた」


 ようやく咳が治まった知歌は、煙を吹かした後、黄色い声を出し始めた。


「なになに? 瑞樹兄ってば、火ぃ出せんの? すっげー! ライターいらないじゃん!」

「そういう喜び方?」


 ピントのずれた驚きように、瑞樹は苦笑を禁じ得ない。


「それに相性バッチリじゃん。あたしのチカラ、仲良くなった相手のチカラを強くできんだよ」

「そうなのか」


 ここで、瑞樹は得心がいった。

 自分の炎を、彼女の能力で強化し、山手線の結界を破壊する。

 これが、奥平の描いている絵図ではないだろうか。

 正に自分と彼女はおあつらえ向きの組み合わせだ。


 どうしたものか。瑞樹は考えを先に進める。

 彼女と下手に親しくなるのは、まずいのではないか。

 結界を破壊できる威力に達したと奥平が判断した、その時が計画実行のXデーではないだろうか。

 だからといって、長引かせすぎれば、栞の身に危険が及ぶ。


 運命の日が具体性を帯びて突きつけられたことで、瑞樹の緊張感がいやがうえにも高まる。


「どしたん? マジな顔しちゃって。ハラいたいの?」


 彼の苦悩など露知らず、知歌は能天気に言う。


「おかげさまで健康なままだよ」

「あっそ。でさ、さっきの続きだけど。瑞樹兄、なんでカノジョいんのにヤってないの?」


 またか。瑞樹はため息をつく。


「若いのにレス? イーディー?」


 放言して笑う知歌。

 その時、瑞樹の頭のどこかで、何かが切れる音がした。

 彼の表情から感情が消え、マネキン人形のようになる。

 おもむろに立ち上がり、空のトレーを片付け、その足で店を一人出ていってしまう。


「え? あれ? あれ?」


 まるで自身を棄てたゴミ扱いするかのような振る舞いに、彼女は驚く。瑞樹の名を呼びながら、慌てて追いかける。


「ちょっと、待ってってば! どしたん急に? ホントのこと言われて怒っちゃったの?」


 路上、更に数メートル歩いた所で、瑞樹は早足から急停止した。

 知歌は瑞樹の正面に回り込み、下から覗き込むように顔を見る。

 軽蔑の目が、氷雨となって知歌を打った。


「デリカシーのない奴は嫌いなんだ」

「つってもさ、あたしら、メーレーされてんじゃん。仲よくしろってさ」

「だよな。全く、最悪だよ。こんなモラルのない、紳士服チェーンの閉店セールみたいにやたら体を投げ売りしたがる女と親しくしろなんて」

「なっ……!」


 痛烈な侮蔑を打ち下ろされ、突如、知歌が気色ばんだ。


「っざけんじゃねェーよ! アンタにナニがわかるってんだ! あたしが今まで、どうやって生きてきたか……!」


 唾を飛ばさんばかりの勢いでまくし立てる。


「分からないよ」

「あァ!?」


 瑞樹はゆっくりと、知歌の怒りを遮った。


「だって、初対面だろう。僕は君のことを知りようがないし、君も僕を知りようがないはずだ。だからこそ、ちゃんと言葉は選んで話すべきじゃないか? 難しいことを言ってるんじゃない。最低限の気遣いや、言葉の選び方の話をしてるんだ」


 復讐が絡まない部分では比較的早く怒りが冷めるのは、彼の美点といっていいだろう。

 噛んで含めるような言い方に、知歌の方も徐々に態度を軟化させていく。


「僕にも知歌にも、色々デリケートな部分がある。そこをいきなり突っつかれれば、頭に来たり、嫌な思いをするのは、知歌も今体験しただろう?」

「……うん」

「だから、少しだけでいいから、考えて欲しいんだ。これは血守会も何も関係なく、僕個人からの頼みだ。知歌なら分かってくれるよね」

「……うん、わかった。ゴメン」

「僕の方も言い過ぎたよ。ごめんね、知歌」


 僕は何をやっているんだ。瑞樹は自身をどこか冷めた目で客観的に見つめ、嗤う。

 大勢の通行人の前でこんな痴話喧嘩もどきをしたのもそうだが、こんな、奥平の目論見に乗るような真似を進んでしてしまうとは。

 時間を稼ぐなら、喧嘩別れした方が得策だったはずだ。

 なのに、説得して仲直りしてしまうとは。


 妹を二度失くした感傷がそうさせたのか。

 ともあれ、激昂し、少し悲しそうな知歌を見たら、優しくしなければならないような気がしたのだ。


「瑞樹兄……」


 一方、知歌は、奇妙な感覚に少々戸惑っていた。

 男から、こんな風に諭されたことは今まで一度もなかった。実の親からもだ。

 異性からこんな扱いをされることが、こんなにも威力絶大だとは。

 この程度で惚れたりするほど、ちょろい精神構造はしていない。

 だが、確かに、温かいものが知歌の胸へと流れ込んでいた。


「あのさ……瑞樹兄は、なんで血守会に入ったん?」


 話していいものか、瑞樹は一瞬躊躇ったが、根っからの原理主義者でも、救いがたい悪人でもなさそうだということはここまでのやり取りで読み取れていたので、語ってみせた。


「やっぱりだ」

「何が?」

「瑞樹兄、そんなワルいヤツにみえないもん」

「……どうだろう」


 瑞樹は、ふっと遠い目をする。


「あのさ。……守れるといいね、カノジョ」

「ああ、そうだね」

「あたしも、できることあったら、手貸すから」

「ありがとう」




 瑞樹と知歌を渋谷まで移送した後、阿元は新宿を訪れていた。

 目的地は、JR線よりも西、都庁のすぐ隣にある新宿中央公園である。


「お、いたいた」


 阿元はサングラス越しに目敏く、目的の人物を探し当てた。

 今、公園にいる人間の中でも、彼女は一際輝きを放って見える。

 ホームレスが多いからではない。もっと別のフィルターが、彼にかかっていた。


 五相ありさは、聖水の流れる巨大な滝の前にある広場で、炊き出しを手伝っていた。

 ホームレスは、特に指示されていないのに整然と列を作っており、順番に配給を待っている。

 それを遠巻きに見ている、家のある人々。好奇、侮り、憐れみ――様々な色彩を持って。

 異様なようで日常。混沌としているようで秩序だっている、この公園でのありふれた光景だ。


 阿元は、ああならなくて良かったと、軽い蔑みをもって彼らを眺めていた。

 それと同時に、わずかばかりではあるが、純粋な同情心も芽生えていた。

 今はもう平気だが、最悪、明日は我が身だったかもしれなかったからだ。


 阿元は木陰で涼み、コンビニで買ったサイダーを飲みながら、炊き出しが終わるのを待った。


「お疲れさん」


 ホームレスの列が消滅し、撤収作業が終わったのを見計らって、阿元は声をかけた。


「来たのね……ああ、ありがとう」


 手渡された紅茶のペットボトルを受け取り、五相はタオルで汗を拭く。

 彼女の顔には疲労の色が見え隠れしていたが、清楚な美しさは些かも衰えていない。


「どうしたの? こんな所まで来て」

「ああ、いや、これから飯でもどうかと思ってな。あの坊ちゃんのことで、報告しときたいこともあるし」


 少し恥ずかしそうに顔をそらし、阿元が言う。


「中島さんの?」


 五相の表情に、明らかな変化が生じる。

 それを敏感に察知した阿元は舌打ちしたくなるが、ぐっと堪え、もう一度誘いの言葉を重ねた。


「そういうこった。だから、どうだろう」

「分かったわ。その代わり、気楽に入れる場所にしてね」


 二人はそのまま徒歩で西口方面、西新宿一丁目のゴミゴミとした歓楽街へ移動し、安さが売りのファミリーレストランに入った。

 阿元はゴムみたいな食感のシーフードが入ったピラフ、五相は無難なドリアを注文し、ドリンクバーで乾杯をする。


「――そうなの。中島さんが柚本さんと……」

「坊ちゃん、大丈夫かね。絶対好みのタイプじゃないだろ、ありゃ」

「案外、性格的にも相性はいいんじゃないかしら」

「そうかぁ? ……ってかうるせぇガキ共だな」


 近くの席にいる大学生らしきグループや、明らかに水商売の従事者たちが大声で騒ぎ立てているため、向き合っていても声が聞き取りづらい状態になっていた。

 どちらの団体も、自分の能力がどうとか、威力がどうとか、威勢のいいことを言っており、阿元の苛立ちを募らせる。


「カスみたいな能力で粋がりやがって。黙らせてやろうか」

「ほっときなさいよ」


 五相が窘める。そもそも、阿元の壮語は大半が実行されないことを知っていた。


「ったく……で、いいのか」

「なにが?」

「坊ちゃんはむしろ、あんたみたいなタイプが好みだと思うぜ。年上のお姉さんタイプってやつ?」

「やめてよ、今さら」


 五相の表情が曇るが、滑らかになった阿元の舌は止まらない。


「いいよなあ、チビでも顔が良くて能力がありゃ気にかけてもらえて、おまけにモテて。アイツに比べりゃ俺なんかクズですよ。使い捨てのマッチみたいなもんですよ、どうせ」


「あなた、疲れてるんじゃない?」


 少し呆れたように五相が言う。


「いえいえ、疲れてませんよ。頭はよく回ってますよ。だからこそ分かるんだ。自分のことも他人のことも。なあ、言っちゃわねえの? 坊ちゃんに、自分の気持ちを」

「勘違いしないで。私はただ、彼に申し訳ないと思ってるだけ」

「またまたぁ。素直じゃねえんだから」

「そもそも、彼にはもうお付き合いしている人がいるでしょう」

「奪っちゃえばいいじゃん。結婚してないんだから、法的にも問題はないだろ」


 五相は、これ以上付き合っていられないと言わんばかりに大げさなため息をつく。

 流石に阿元も気付いたか、それ以上食い下がりはしなかった。

 気まずくなった空気の中、喧騒をBGMに、ボソボソと二人の食事が始まった。


「何だよこれ、不味いな。値段不相応だろ」


 様々なストレスが折り重なり、阿元は悪態をつかずにはいられない。

 五相は無言のまま、湯気を放つドリアに視線を落とす。

 ミートソースがマグマに見え、炎熱が瑞樹の怒る姿を連想させた。


 ――言えるわけないじゃない、今さら。

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