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復讐火葬  作者: SATOSHI
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十六章『偽りのパートナー』 その1

 瑞樹が、トライ・イージェス社のオフィスに呼び出されたのは、USTCの二回戦を圧勝した翌日だった。

 朝、電話がかかってきた瞬間から、嫌な予感がしていた。

 しかし、適当に理由をつけて拒否するのは逆効果だと思ったので、覚悟を決めて行くことにした。


「お姉さんと、デートしましょう。ふふ、そんなに固く考えなくてもいいのよ」


 着いた早々、私服姿で出迎えた天川裕子によって有無を言わさず引きずられ、今は彼女の赤い自家用車の中。


「食われないよう気をつけろ、瑞樹」


 直前、社員の遠野鳳次郎に助言を受けたが、果たしてどこまで役に立つだろうか。


「さて、ナルシストなお兄さんは放っといて。どこに行きたい?」


 天川はシートベルトを締め、隣に座らせた瑞樹に希望を募る。


「どこでもいい、なんて言ったらダメですよね」

「そうね。ホテルに監禁しちゃおうかしら」

「大事件ですね」

「ふふふ。それじゃあまずは、水族館にでも行きましょうか。いいかしら?」

「暑い季節にちょうどいいですね」


 話がまとまったところで、天川の運転する車が、エンジン音を立てて発進した。

 都内にある主な水族館は、品川区のしながわ水族館と、江戸川区の葛西臨海水族園の二つだが、天川が選択したのは後者だった。

 都道四号線に沿って新宿へ出、新宿通りを東進していく。

 会話はそれなりにあったが、道中、瑞樹は明らかにうとうとしていた。


「あら、お姉さんとのデートは退屈かしら?」

「いえ、そういう訳では」


 しきりに欠伸を噛み殺している瑞樹を見て、天川は微笑んだ。


「夏休みだからって、夜更かしばかりしてちゃダメよ」

「そうですね、気を付けます」


 本当は、生活リズムはさほど崩れてはいない。秋緒の手伝いや、USTCの試合もあるからだ。

 質の良い睡眠を取れていないのが原因だった。

 夢に沙織が出てくる頻度が更に増えたのだ。

 それだけではなく、奇妙な現象まで加わっていた。


「今、ここにいる私は、瑞樹君が産み出した存在じゃないんだよ。私は本物の私、あの時、瑞樹君が焼いた私」


 夢の中の沙織は、現実世界の瑞樹の経験によって刻まれた記憶が産み出したものではなく、彼の脳から独立した個であると主張しているのだ。

 でたらめだと一笑に付したいのはやまやまであった。

 だが、夢の中の沙織は、瑞樹の知り得ない情報を幾つも口にしたのである。


「天川さん。夢の中に死んだ人間が現れて、自分の中に住み着くのって、信じられますか?」

「信じるわよ」


 天川は即答した。


「ジアースシフトが起こった後の世界では、何があってもおかしくないんじゃないかしら」

「そう、ですよね」


 確かにその通りである。死んだ妹が、遠く離れた八柱霊園にいたりしたのだから。

 瑞樹は窓の外に目を向けた。とりあえず今こうして起きている間は、考えても仕方がないと思った。


 銀座から築地を貫いて臨海地区を南東に伸びる晴海通りに差し掛かった所で、瑞樹は比較的最近の記憶を想起する。

 この辺りは血守会のアジトに向かう時や、有明コロシアムに行く時に何度か通り、段々と見慣れた場所になっていたためだ。


 瑞樹は、薄々勘付き始めた。

 天川の視線を感じる回数が増えている気がする。

 違和感。

 にこやかな笑顔の裏に、何となくだが、観察するニュアンスが含まれているような。


 漠然としていた疑念が、段々と形を明確にしていく。

 天川に余計な情報を漏らさぬよう、気を引き締めなければならない。

 例え、どのような目に遭わされようとも。


「瑞樹君、有明コロシアムで試合してるんですって?」


 勝どき、晴海を抜けた先の橋に差し掛かった所で、突然、天川が聞いてきた。

 瑞樹はぎくりとする。


「他人の空似じゃないでしょうか」

「あら、こんなカッコ良くて可愛い男の子、世界に二人といるかしら」


 天川は艶然と一笑した。


「心配しなくても、お師匠様に告げ口したりしないわよ」

「……一体、どうやって知ったんですか」

「庄さんから聞いたの。ネットをしていたら、たまたま見つけたって」


 不運と言うほかない。瑞樹は渋面を作り、夏の陽炎に揺れて右手前方にうっすら見えるコロシアムを見やる。

 きっと今日も、あそこでは熱戦が繰り広げられているのだろう。


「ねえ、どうして内緒で試合に出る気になったの? お師匠様は反対されてるんでしょう?」


 天川が、興味津々といった風に聞いてくる。


「剛崎さんから頂いたチケットで試合を観に行った帰りにちょっと色々あって、スカウトされたんですよ。で、我慢できなくなっちゃって」

「そうなの。瑞樹君も、元気な男の子ってことね」


 それ以上、コロシアムについての話題が広がることはなかった。

 わざわざ報告する理由がないので、秋緒に漏れる心配はないだろう。

 いや、最も悪いのは、血守会からの命令で出場していることが判明してしまうことだ。

 そこも気を付けなくてはならない。


「この辺りはドライブに最適よね。治安は良くないかもしれないけど」

「そうですね」


 天川の言う通り、臨海地区は東京湾からの変異生物がもたらす被害が少なからずあるが、景色はそれを感じさせないほど美しい。

 江東区の南側は運河が多くて見晴らしが良く、倉庫や港だけではなく近未来的なデザインの高層建築物、他には自然も意外と豊かだ。

 都市計画上での用途地域が明確に分かれているので、見たい方を混ざり気なしに見られる。


 湾岸道路を東に進み続け、広い荒川河口を渡ると、葛西臨海公園が見えてくる。

 園内は混雑していた。理由は単純で、安全だからだ。

 公園一帯は大地のエネルギーを利用した、遮断型の強力な結界が張られているため、変異生物が襲来することはないと言っていい。

 人工的に造成された埋立地に何故これほどのエネルギーがあるのか、夢の国にほど近く、エネルギーが流入しているのではないかなど、仮説は立っているが、正確な理由は未だ分かっていない。


 水族園は公園の一角に建つ、透明なドームの中にあった。

 

「ほらほら、見て見て、サメさんよ。大きくて強そうねえ」


 天川は実に楽しそうに、ケースの向こうで泳ぐサメを見つめている。

 ハンマーのような頭部を持つアカシュモクザメだ。

 いや、正確には、ハンマーを通り越して戦鎚と呼べるほど硬質化、肥大している。つまるところ、アカシュモクザメの変異体である。

 よくケースを叩き割って逃げ出そうとしないものだと、瑞樹は思う。


「あっちの大水槽にはマグロが泳いでるみたい。行きましょ」


 文字通り、瑞樹は腕を引っ張られる。天川にがっちりと腕を絡め取られていた。

 彼女が激しく動くたびに、柔らかな感触が腕に伝わり、更にはクロエの香水が優しげに漂い、悩ましい気持ちになる。

 栞よりも強烈な……瑞樹は強くかぶりを振り、よこしまな考えを打ち払う。


「どうしたの?」

「いえ、何でもないです」

「彼女に悪いことをしてる、とか、思ったりしてない? 出発前にも言ったけど、そんなに固く考えちゃダメよ。入社前のオリエンテーションだと思ってくれればいいの」


 瑞樹はこれまでも何度か、このように天川に引きずられて外出する羽目になったことがある。

 また、一応、初回の時点で栞には伝えており「行ってらっしゃい」という承諾は得ていた。

 もっともその後、何かしらの簡単な"フォロー"は必要としたのだが。


「もうお昼なのね。ランチは何にしようかしら。なんだかお寿司が食べたくなってきたわ」

「この辺、回転寿司すらないですよ」


 腕時計を見て、天川が言う。

 瑞樹は以前に一度、栞と来たことがあるため、この場所に関する最低限の知識は記憶として定着していた。


「そうなの。残念ねえ」

「ただ、ここのレストランに、まぐろカツカレーっていうメニューはありますけど」


 それを聞いた天川は是非とも食べてみたいと主張し、かくして昼食の内容が決定した。

 実はこれも瑞樹は栞と一緒に食べたことがあるのだが、胸の内に秘めておいた。

 魚肉は食べられるため、問題はない。


 少々駆け足気味に一通り館内を見回った後、館内に入っている小さなレストランに向かう。

 夏休み中とあって混雑していたが、同時に客の回転も早かったので、さほど待たされることはなかった。

 味は前回と変わらず、可も不可もなくといった所であったが、


「ボリュームがあっていいわね」


 天川は概ね満足したようである。


 代金は無理矢理、瑞樹が支払った。

 いつもは天川に押し切られてしまい、奢ってもらっていたのだが、今日ばかりは譲る訳にはいかなかった。

 借りを作ってしまうことで、無意識の内に後ろめたさを持ってしまうことを恐れたのだ。

 ほんの僅かな差に過ぎないだろうが、逆に言えばこの僅かな差が、自白と黙秘を分ける紙一重になるかもしれない。そう考えた。


 水族園を出た後、二人は東部にある鳥類園へと移動した。

 広大なスペースには豊かな緑が茂り、汽水池と淡水池、二つの大きな池を備えた、鳥たちにとってはまさに楽園といえる場所である。

 炎天下ではあったが、水族園同様、ここも家族連れやカップルで賑わっていた。

 様々な鳥が飛び、羽を休めている姿を見つつ、二人は会話に興じる。


「瑞樹君、鳥には詳しい?」

「全然ですね」

「私もなのよ。なあんだ、色々聞きたかったのに」


 "聞きたかった"という部分がほんの少しだけ強調されて聞こえたのは、神経質になりすぎているからだろうか。


「逆に、僕の方が色々お尋ねしたいんですけど」

「あら、珍しいわね。何かしら」

「この辺に生えてる草や木について、ですね」

「急にどうしたの?」


 天川はおかしそうに笑う。


「天川さん、プロフェッショナルじゃないですか。ここらの植物で何ができるか、知りたいんですよ」


 会話の間を持たせるため、適当に言っているのではない。

 むしろ瑞樹にとっては重大な問題であった。

 天川のEFは、植物に関連した能力だからである。


「そんなに大したことはできないし、植物の種類で特に内容が変わったりもしないわよ。せいぜい怪我や病気の治療ができるくらいだもの。君も知ってるでしょう?」


 予想通りの答えが返ってきた。

 が、油断はできない。瑞樹は密かな緊張を緩めずにいた。


「今度は私が質問する番ね。瑞樹君」


 天川は、急に真剣な顔になる。

 瑞樹は動揺を悟られないよう、表情筋を脱力し、続きを促す。


「もし君がフリーだったとして……私が今ここで告白したら、恋人同士として付き合ってくれてた?」

「……え?」


 想定の外であったことを言われ、瑞樹の心拍が、急激に激しくなり始める。


「からかわないで下さいよ。ただでさえ普段、天川さんのアプローチにはドキドキさせられてるんですから」

「私、本気よ。本気だから、こうやって誘ったりしてるのよ」

「……そうですか。それなら、告白するなら夜でしょう、と、まず突っ込みますね」

「じゃあ今夜、ちゃんとしたシチュエーションで言ったら、本気にしてくれる?」


 お茶を濁そうとしたが、逃げられなかった。

 この状況は、一体何なのだろう。瑞樹は暑さを忘れかけるほど、冷静さを失っていた。

 天川の濡れた瞳を真っ直ぐに見つめられない。視線を下に落とす。

 すると今度はピンクの唇が映る。もっと下に落とす。

 シャツを持ち上げる、豊かなバストが飛び込む。ああ、もうダメだ……


「……そうよね。私、年上すぎるものね。困らせて、ごめんなさい」


 無言でいた瑞樹に業を煮やしたのか、天川が少し寂しそうに笑い、彼に背を向けた。

 しまった。黙っていたから傷付けてしまったか。瑞樹が必死に言葉を探そうとすると、天川がもう一度反転する。

 一瞬、背筋が冷たくなるほど、計算を感じる動作だった。


「ところで、何か悩み事はないかしら。独りで抱え込まないで、お姉さんに打ち明けてみない? スッキリするわよ」

「え?」


 天川に手を握られていた。と認識した時にはもう手遅れだった。

 瑞樹の左手薬指に、透明な石のついた指輪がはめ込まれていた。


「これ、知ってるかしら。はめた人が嘘をついているかどうかを見破れる指輪なのよ」


 テレビか何かで聞いたことがある。

 アフリカの方で採掘できる原石に"トゥルーダイヤ"というものがある。

 接触している人間が出す脳波を読み、色を変える性質を持つそれを加工して作られた指輪。

 通常は、夫婦の愛を確かめ合うために用いられるらしいだが、まさかここで嘘発見器として持ち出してくるとは。


「どうして、ここまで詰めてくるんですか。まるで被疑者を扱ってるみたいですね。流石に僕でも傷付いちゃいますよ」


 適当な言葉を連ねて時間を稼ぎ、その間に平静を取り戻そうとするが、中々上手くいかない。

 告白などという揺さぶりが、存外瑞樹には効いていたのだ。


 瑞樹は、血守会に加担せざるを得なくなった時点で、あらかじめ覚悟を決めていた。

 将来的に、秋緒やトライ・イージェスの人間、もしくは警察などから問い詰められる状況をだ。


 単なる肉体的な苦痛だったり、長期間の拘束ならば、屈しない自信はあった。

 問題は、それ以外の手段を持ち込まれた場合である。

 こちらの意志に関係なく、真実を引き出す方法――例えば自白剤、相手の思考や記憶を引き出すEFを持つ能力者、これらの方法を使われてしまえばお手上げである。

 流石にそれら全てに対する対策を考慮する時間はなかった。

 そして、天川もまた、瑞樹に余計な猶予を与えたりなどしなかった。


「瑞樹君。今、大きな悩み事は、あるかしら?」


 ダメだ。もう誤魔化し切れない。

 瑞樹は早々に観念し、全身の力を抜いた。


「……あります」


 指輪の石が、海の底を思わせる深い青色に変化していく。

 装着した者が、真実を語っている時に生じる色である。

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