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復讐火葬  作者: SATOSHI
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十四章『出場命令』 その2

 翌朝、秋緒と共に変異生物駆除の仕事に赴く前、増田から連絡があった。


「朝早くすみません。こんなに早く送って頂けるとは、ありがとうございます」


 具体的に何を行って書類を通したのかは不明だが、どうやら血守会側は即座に手続きを済ませたらしい。

 更にその翌日、瑞樹は、有明に足を運んでいた。

 行き先はコロシアムではなく、道路を挟んだ向かい側にある病院だ。

 試合中、万が一が起こった際の搬送先である他に、健康診断やカウンセリングなどもここで行われることになっている。

 イベントのみの限定参加とはいえ、選手登録を書類だけで済ませることはできないのである。


 瑞樹の検診を行ったのは、しわくちゃな顔に綿のような髪と髭をくっつけている老医者だった。

 見た目の割に語り口や動作はきびきびしており、何故か他の受診者がいなかったこともあって、検査はスムーズに行われていった。


 まず瑞樹がさせられたのは、新たに書類を書かされることであった。

 EFに関する事項の調査分析、また必要な場合は受診者の身辺・来歴などの調査を行っても構わないことを承認する誓約書、そして自身のEF能力をなるべく詳しく記述する用紙である。

 瑞樹は細々書かれた文字を全て読み終えた後、迷いなくサインと捺印を行い、自分の能力についても全てを正直に記入した。

 不備があったところで、血守会が何とかするのだろうから。


 続いて健康診断に移る。

 内容は学校で行われるものとほぼ同じだ。

 身長体重、視力や聴力などの計測、持病の有無、CT検査と、流れに従って淡々と行っていく。


「華奢な割に、随分修羅場を潜ってるねぇ」


 診断中、老医者は瑞樹の体に刻まれた幾つもの傷跡を眺めて、梅干を含んだ状態のような口をもごもごと動かした。


「そうですか、ありがとうございます」


 瑞樹はそう言われて、不覚にも少し喜んでしまった。

 生傷の絶えない人生だったが、特に大きな病気を患ったこともない健康体の瑞樹は、肉体面の診断は問題なくパスできた。


 重要なのは、次に行われる精神面の診断である。

 EF格闘技は夢幻実体空間という物質世界から切り離された場所で、EFという感情を引き金とする能力を利用して戦う競技である。

 そのため、精神面に関しては、選手や観客の安全を考慮して、入念なチェックが事前に行われる。

 現況だけではなく、選手の生い立ちや過去の素行、場合によっては家庭環境なども調査されることがある。


 色々な意味で一般人らしからぬ経歴の持ち主である瑞樹だが、精神面の検査でも特に引っかかる項目はなかった。

 不自然なほど、何も触れられなかった。まるで、デリケートな爆発物を扱うように。

 目の前の老医者に血守会からの根回しがあったのかは不明だが、聞かれないならそれに越したことはないと、瑞樹はあえて掘り下げはせず、淡々と受け答えを続けていった。


 最後に行われる検査は、EF能力である。これに関する基準は緩いといっていい。

 基本的にはどのような能力、たとえ戦闘とは無縁なものであっても、認められさえすれば試合に用いてよいルールとなっている。

 検査の目的は能力の強弱を計測することではなく、効果の把握、また能力発現の引き金となる感情が事前の申告と一致しているかどうかの確認などが主であった。


 瑞樹は老医者の助手である白衣の女性に案内され、天井も床も壁も真っ白な広い部屋へと入る。

 そして黒いバンドを頭部、首、肩、腕――と、全身に取り付けられていく。詳しい原理は分からないが、どうやらこのセンサを通じて、右側のガラス窓から見える小部屋にある機材でEF能力をモニタリングするらしい。


(あの時とは違うんだな)


 と、瑞樹は思った。

 初めて能力に目覚めた時も検査を受けたが、もう少しアナログなやり方だったような記憶がある。

 センサの取り付けが終わり、助手が両手で大きくマルを作って、小部屋に待機している老医者に合図を送ると、老医師は頷いて手元の機材を操作し始めた。


「それではEFを発動させて下さい」


 助手の指示に瑞樹は頷いて目を閉じる。

 沙織は既にこの世にいなかったが、火を起こすに充分な燃料は既にあった。

 栞を人質に取った血守会。冷血なる奥平。松村を殺した外道、相楽。自分自身の弱さへの怒り。

 渦巻く様々な感情が、憎悪という名の下、渾然一体となり、骨を、血を、肉を熱くする。

 そうだ。この一歩間違えれば我が身を焦がしかねない灼熱こそ、アイデンティティー。

 闘ってやる。自分を冒そうとする全てと。全部、焼き殺してやる。


 瑞樹は燃え盛る小さな太陽と化した。

 助手が息を飲む。つつけば爆散して全てを灰燼と化してしまいそうなほど、濃密な暴力性が凝縮されているようだ。

 センサが反応し、様々な情報が老医師の目の前にある機材へと送られる。

 何百何千とこの検査を行ってきても、滅多にお目にかかることのできない結果を見て、彼は哄笑した。

 モニタをかさかさの両手で撫で回した後、両手でマルの合図を助手に送り返す。


「――べりぃぐっど、じゃ!」




 その他にも、闘士としての心構えなどを説いた講習など、幾つかのプロセスが存在したのだが、割愛する。

 ともあれ、瑞樹は、今こうして実際にEF格闘技の闘士として、リング上に立っていた。

 まばらな拍手の音で、彼は意識を現実へ引き戻される。


 初戦の相手は、瑞樹と同年代の男。

 短めの茶髪とポロシャツの襟の両方を立てた、いかにも『イケてます』といった雰囲気を醸し出し、瑞樹より頭一つは優に高い身長をもって、薄笑いを浮かべ見下している。


 相手の軽侮を、瑞樹は深く気に留めてはいなかった。道端の小石の形や大きさをいちいち正確に記憶しないのと同じだ。

 これまでの人生で幾度も向けられた目であり、その度に相手の優越感という幻想を破壊してきた。

 今回も、同じようにしてやればいい。

 マグマのように次々湧いては溢れ出てくる、このパトスに従って。


 審判が選手双方に握手を促す。互いに馴れ合う意志はなかったが、渋々どちらともなく手を出し、数秒で振りほどく。


「夢幻実体、オン!」


 レフェリーの合図で夢幻実体空間が展開される。

 これが初めてではなく、講習の時既に何度か体験済みだったが、あの時も特に心動くことはなかった。

 眠りから目覚める前の、夢と意識が半々になった状態がほんの十秒ほど続いたかと思うとすぐ覚醒し、幻が現実に置き換わる、少し不思議な感覚。

 体も普通に動かせるし、思考も働き、痛みも感じ、血が流れる。

 ただし夢幻実体空間が解除されれば、全ての状態は空間展開前へと戻ってしまう。

 これまで何度も現実の死線を彷徨い、心身に対する苦痛を味わってきた瑞樹にとっては、ひどく手緩い処置に感ぜられた。


 故に勝敗は、戦う前から決していたと言ってもいい。

 審判が離れ、試合開始を告げた直後、猛炎が瑞樹の体から発生した。

 それはあっという間に拡がってリング上の選手二人を覆い尽くす。

 観客席からは赤色だけしか見えず、中の様子は分からない。


 小規模ながら劫火にも思えた炎はすぐに消えた。

 リングに立っていた闘士は、一人だけだった。

 小柄な青年と対峙していたはずの相手は、跡形もなく消えていた。

 この場にいる人間の誰もが、イケ男は何らかの手段で退避した、といった考えには至らなかった。

 想像の余地を許さないほど、圧倒的な火力であった。


 しばしの沈黙。静寂。

 我に返った審判が、慌てて夢幻実体空間の解除と、瑞樹の勝ちを宣言する。

 それを皮切りに、拍手、歓声、どよめき、悲鳴の不協和音がコロシアム内に木霊する。

 瑞樹は、審判にされるがまま、右手を天にかざしていた。

 その表情は曇っていた。


 ――足りない。全然力を出し足りない。


 係員の肩を借り、すごすごと退場していく対戦相手の姿を、瑞樹は不満げに見送っていた。

 これでは訓練にすらならない。カカシと変わらない。

 踵を返し、自分も速やかにリングから引き上げていく。


 そんな彼とは対照的に、客席では満足している者もいた。


「う、うふふふふうふふ、やはり、やはり私の目に狂いはなかった。素晴らしいですよ中島君。君は百年に一人の逸材だ。是非ともプロになってもらいたいもんです。君なら将来、あの帝王・宗谷京助にも届きうるかもしれない……」


 そのうち一人は、瑞樹をスカウトした張本人・増田育夫である。

 近隣の者の怪訝な視線を浴びていることにも気付かず、観客席最前列にて独り言をブツブツ呟き、脂汗をダラダラ垂らしながら、我が慧眼を喜んでいた。


「ほう、大分いい温度が出せるようになったものだ。書類の捏造に一枚噛んだ甲斐がありますよ。ねえ神崎君?」

「そうですね。これまでの先生のカウンセリングが無駄だったと言えるほどに、彼の力は強まっていると思います」

「き、傷付くこと言わないで下さいよ! 私だって頑張ってるんですから!」

「そうですか」

「そもそも私が彼にやってたあの茶番は、能力の暴走を抑えるためのものですからね」

「そうですか」

「はぁ……もういいです」


 そして、瑞樹からは容易に見えない位置に着席していたもう一人は、彼の潜在能力の発露に満足しながらも、大きくため息を吐いた。




 瑞樹が参加している"ユニバーシティ・サマートーナメント・カーニバル"(略称USTC)は、出場者を現役大学生に限定した、八月中旬から九月中旬まで開催されるイベントである。

 その名の通り一発勝負のトーナメント戦で、レギュレーションは通常のランク制バトルなどと同一だ。学生のバイト代レベルながら、上位入賞すれば賞金も出る。

 出場者のレベルはピンキリで、お世辞にもハイレベルとは言い難い大会であるが、その分敷居が低く、賞金とささやかな名誉を求め、毎年多くのEF持ち大学生が参戦している。

 この年も例外ではなく、のべ二百五十人を超える現役大学生が参加していた。


 有明コロシアムで催される大会の中では、どちらかといえばニッチな部類に入り、メディアからあまり注目されることもあまりない。

 ある程度熱心なEF格闘技ファンならば知っている、ぐらいの知名度だ。

 瑞樹にとってはその方が好都合だった。あまり目立つと、秋緒や他の知人に知られる可能性がある。


 だが、誤算があった。

 瑞樹は初戦を、あまりに強く勝ちすぎてしまった。

 格闘技という冠が入る余地などないくらいに。


 瑞樹は、瞬く間に今年のUSTCの優勝候補筆頭に上げられた。

 また、身長こそ平均を大きく下回っているものの、人目を引く中性的な美しい容姿の持ち主である。

 

「ねぇねぇ、あの子、すっごいカッコよくない? 背はちっちゃいけど」

「やるじゃねぇかあの坊主。よし決めた、次も応援してやるか!」

「彼、カノジョいるのかな」

「勿体無ぇなあ、女なら即ナンパしてたんだけどなぁ」


 固定ファンを獲得してしまうのに、時間は必要なかった。

 更に、インターネットというものは、時に信じがたい速度で情報を拡散してしまう。


「ん? おいおい、これって」


 仕事の休憩中、車内でカップ麺を啜りながらタブレット端末を操作していた庄典嗣は、手を止めた。

 彼が閲覧していたのは、EF格闘技の最新情報がリアルタイムに近い勢いで更新されていくサイトである。

 若造たちがガチャガチャと戦うUSTCは正直興味の対象外であったが、記事一覧に張ってあった見出しの画像が、彼の注意を引いた。


「若じゃあねぇか」


 庄は瑞樹のことを勝手にそう呼称していた。

 トライ・イージェスに入社して十年と経っておらず、彼の父・中島雄二とは一切面識がないのだが、雄二の同僚だった鬼頭に心酔しているのが理由である。

 二代目社長は既に社を去っており、現社長の花房威弦は三代目だ。

 花房を嫌っている訳ではないが、社長の座は鬼頭にこそ相応しいと、庄は常々考えていた。

 何せ最古参であり、会社を立ち上げた時からの唯一の初期メンバーである。


 だが、当の鬼頭本人が全く乗り気でないのだ。

 曰く、柄ではなく、資格もないと。

 ゆえに、花房に社長の座をあっさり譲り、今も一社員として不平不満の一つさえ漏らさず、黙々と業務をこなしている。


 鬼頭がそんな調子ならば、次に会社を継ぐのは、鬼頭とは刎頸の交わりであった初代社長の忘れ形見ではないか。

 そんな人物を呼び捨てにするのは抵抗がある。

 いささか飛躍があるうえ、瑞樹の選択性を考慮していない理屈だが、ともあれ庄にとって瑞樹は"若"なのである。

 瑞樹の素直で人当たりのいい性格、何よりEF格闘技を愛好するという共通項を持っていることも拍車をかけていた。


「何で大会に出てんだ? にしても流石は若だぜ。初戦を圧勝した上に、優勝候補筆頭とはよ。こりゃあ鬼頭さんや剛崎さんにも知らせた方がいいかぁ?」


 庄は、ラーメンをかきこむ勢いを早めた。

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