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復讐火葬  作者: SATOSHI
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一章『燃える家と燃やされる犬』 その3

 瑞樹は草むらの奥を見つめながら、時折左右の重心を変えつつ立ち続けていた。

 結界は既に張り直されており、注連縄の色は銀色に戻っている。


 再形成までの間、変異生物は一匹たりとも現れなかった。

 そもそも秋緒が討ち漏らしをするなど、まずあり得ない。

 今回駆除する変異生物が弱いからではない。

 どちらかというとむしろ厄介な部類に入る。

 犬の変異体は、若干個体差があるとはいえ、押しなべて貪食にして強力な繁殖力を持ち、見境のない共食いや交尾など日常茶飯事だ。

 加えて性質の悪いことに、群れで連携して獲物を狩るという性質は残っている。

 それも、確実に仕留めることよりも、獲物をとことん嬲って弱らせてから喰うというやり口だ。


 そんな悪辣な連中が潜む草むらの中を、秋緒は一振りの刀のみを携え、たった一人で分け入っていった。

 だが瑞樹は無謀に思うどころか心配すらしていなかった。

 自分の師匠の強さは常人離れしていることをよく知っているからだ。

 剛崎も、亡き瑞樹の父も母も、口を揃えて彼女をこう評していた。


「問答無用のエースだった」


 と。


 瑞樹は秋緒に対し、絶対の信頼を抱いていた。

 なので、多少のゆとりを持って見張りの番を行っていた。

 決して油断している訳ではない。

 サボリはしないし、警戒を緩めもしないが、つい仕事以外の考え事が多くなってしまう。


 最初のテーマは、今朝剛崎が訪問した際に残していった一言についてだ。


(剛崎さん『犯人は』って言ってたけど、やっぱり先生の懸念通り、失火ではなく放火なんだろうか)


 瑞樹が現場を目撃した時は既に延焼が進行しており、距離も少し離れていたため、火災の原因や過程は分からない。

 何らかの能力を使って行われた犯行か、普通に可燃物などを利用したのかも不明だ。


 ハッキリしているのは、剛崎が"責任"を持って約束をしてくれたことである。

 あの曲げられたプラスチックライターが証明だ。

 自分は剛崎さんを信じるだけだ。と、瑞樹は考えた。

 両親を喪った後、剛崎がもう一人の父親のように色々と世話を焼いてくれ、良くしてくれたことを、瑞樹は決して忘れていなかったし、感謝していた。


 それにしても、本当に自分は尾行されているのだろうか。

 瑞樹はテーマを多少変えた。

 訓練はしているものの、瑞樹は秋緒ほど気配を探る能力に優れていないので、距離を取られた上に気配を消されてしまえばもうお手上げである。

 そもそも監視・尾行用の能力でも使われればどうしようもないのだが。


 謂れなき疑いをかけられることに全く暗い感情を抱かなかった訳ではなかったが、仕方ないという気持ちの方が圧倒的に強かった。

 剛崎にも言ったように、瑞樹自身、もし彼らの立場だったら、自分に疑いをかけていたと思うからだ。


 何故なら、家を燃やしてしまったのは、一度や二度ではないから。


 ――いや、思い出そうとするな。今は先生と仕事中だ。


 仮に今の時点でマークされていたとしても、いつも通り過ごしていれば問題はない。

 すぐに誤解は解け、分かってもらえるだろう。

 元来善良な気性の持ち主である瑞樹は、このようにある程度楽天的に考えていたのだった。


 しかし、ただ一点だけ懸念すべき点があった。

 マークされている最中、"奴"と出会ってしまう危険性だ。

 なるべく秘密にしておきたかった。

 特に警察には知られたくない。

 もっともその辺は"奴"が気を利かせ、他人に怪しまれないようタイミングを見計らっているのだろうが。


 今年はまだ奴と遭遇していない。

 早く会いたい。

 会って、殺したい。


 心が沸き立ちかけた所で、草むらの向こうから秋緒が現れた。

 心は常温まで急速に冷却される。

 草むらに入る時抜いていった刀は、既に納刀されていた。


「お疲れ様です」


 瑞樹の言葉に秋緒は「ああ」と短く答え、瑞樹も中に入ってくるよう促した。

 瑞樹は結界のスイッチを再び切り、現場入りをする。

 今度はすぐにスイッチをオンにすることはしなかった。


「数は数えていたから討ち漏らしはないはずだが……変異生物は現れなかったか? それと外部で変わったことは起こらなかったか?」

「おかげさまで」


 瑞樹はわざと軽い口調で返した。

 皮肉ではなく『外部で変わったこと』という言葉には恐らく、尾行や監視のニュアンスも含まれているからだ。


「楽勝だったようですね。ところで、どうして僕を入れたんです?」


 秋緒はかすり傷一つ負っていない所か、服の破れもなかった。

 せいぜい靴が少し汚れている程度だ。


「瑞樹君に、仕事の仕上げをしてもらいたい。ついてきてくれ」


 秋緒の後について、瑞樹は既に左右へと掻き分けられた草むらを歩いていく。

 獣の気配はしない。

 まだ少しだけ肌寒いような空気、上から注ぐ暖かな太陽の光。

 あまりに平和だったので、探険と称して友人たちと遊んでいた子どもの頃を思い出したりする。


「おかしなモノを踏まないよう、気を付けなさい」


 秋緒の忠告に素直に従い、瑞樹は足元に注意を払いつつ歩く。

 幸い、糞などを踏むことはなく、目的の場所に辿り着くことができた。


 この場所だけは長い草が生えておらず土が露わになっており、円形の小さな広場のようになっていた。

 人工的にそうしたかのように、やけに綺麗に草がなくなっている。

 円の中央付近には、今回の駆除対象であった変異生物、犬もどきの死骸が寄せ集められ積み上がっていた。

 これは秋緒がかき集めたのだろう。

 瑞樹は目を凝らして土を見てみると、あちこちにドス黒い色が染み込んでいるのが分かった。

 秋緒が死骸の山を指差す。


「瑞樹君の炎でこいつらを焼却して欲しいのだが……できるか?」


 秋緒の指示は今一つ歯切れが悪い。

 気遣っているんだろう、と瑞樹は理解した。


「辛いなら、役所の方に頼むが」

「大丈夫です、やります。助手なんですから、少しは役に立たせてもらわないと」

「分かった、頼む」


 秋緒はわずかに微笑み、助手に仕事の仕上げを託した。

 瑞樹は笑顔を作ってそれに応え、死骸の山へ向かって一人足を進める。


 ゴールデンレトリバー、ブルドッグ、シーズー、プードル、ポメラニアン……

 どれも元は魅力溢れる愛玩動物だったのだろうが、その面影はほぼなく、全てが醜く変貌していた。

 また、いずれの犬種もほぼ一太刀で仕留められていた。

 真っ二つにされているか、頭部や心臓部を串刺しにされた痕が残されている。

 打痕付の死骸もあった。

 瑞樹は一匹ずつ数えようとしたが、途中でやめた。


 死んで間もないので腐敗は始まってないし、蠅や蛆が集ってもいない。

 綺麗に仕留められた、まだ美しい部類の死骸だ。


 なのに。


 ――気持ち悪い。


 死や穢れを忌避する本能的な嫌悪感が、ふっと心に浮かび上がる。

 瑞樹はその感情に心を任せた。

 すると、彼の両手の周囲を、白と橙、赤色の層で構成された炎が覆った。

 音は静かである。

 瑞樹の皮膚は焼けておらず、揺れる赤色のゼリーが貼り付いているようだ。

 それ以前に熱さすら感じない。


 瑞樹は両腕を前に出した。

 炎が死骸の山へと伸び、吹きつけられる。

 瞬く間に死骸を覆い包み、たちまち胸のむかつく臭いが広がる。

 ドロドロと毛や肉が溶けていき、骨を焦がしていく。


 腹部の筋肉が収縮しだす。

 せり上がってきそうな朝食の中身を押し返す。

 大丈夫、あの時に比べれば全然だ。

 瑞樹は無表情のまま、大きな両目で、炎の中のものが焼け焦げていく様をじっと見つめていた。


 大分焼けたところで、もう一度両手から炎を放った。

 炎が一際大きくなって十数秒経った後、瑞樹は大きく息を吐く。

 それに呼応するかのように、炎が忽然と消滅した。

 後に残されたのは、素人による犬種の識別は不可能となったバラバラな骨の山と、真っ黒な燃えカスのみだった。


「上手に焼けました」


 振り返って秋緒を見る瑞樹の表情は、妙にすっきりとしていた。


「良くやったな」


 秋緒は頷き、瑞樹の柔らかな髪の上にそっと手を置いた。




 役所に駆除完了の電話を入れると、十五分もしない内に、頭の薄い鈴木氏が再び車に乗って現れた。

 意外と精神的にはタフなようで、焼け跡を確認しますかという瑞樹の質問に頷いて、未だ嫌な臭いが残る広場の中に入っても特に不快感を示すことはなかった。


 鈴木は残った骨を見て几帳面に数を確認し、瑞樹と秋緒に丁重な礼を述べてから、鞄からペンと契約に係る書類を取り出し、秋緒にサインを求めた。

 これにて依頼の仕事は完了だ。

 鈴木は最後にもう一度頭頂部を見せつけた後車に乗り込み、慌ただしく走り去っていった。


 秋緒は仕事中に外していた腕時計を身に着け、時間を確認する。

 十時半を過ぎていた。


「少しここで休憩してから、昼食にしよう」


 秋緒の提案に瑞樹は頷く。

 ひとまず車だけを駐車場から出し、路肩に沿って車を停め、窓を開けた。

 春風がそっと吹き入り、車内の空気が新鮮なものに入れ替わる。


 二人は窓枠に腕をかけ、しばし思い思いに休息を取る。

 太陽は駆除開始時刻より更に高く昇っており、気温はぐんぐん上昇しているが、車がちょうど日よけになっているので、陽気の気持ちいい部分だけを抽出できる。


 周りは相変わらず静かだ。

 二人とも人混みを好まず、静かで人気のない場所に居心地の良さを見出す性情なので、こうしていることは全く苦にならない。

 言葉を交わさずとも、達成感と安らぎに心を浸らせていた。

 尾行や監視のことを、完全に忘れた訳ではなかったが。


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