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復讐火葬  作者: SATOSHI
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八章『有明コロシアム』 その3

 宗谷の表情は変わらない。

 氷の刃のような眼差しだけを波照に突きつけている。

 そこから発せられる無言のメッセージを正確に読み取っていたのは、この場では対峙している波照本人だけであった。


 波照は舌打ちし、再攻撃の体勢を取る。

 ステップインし、巧みにフェイントを織り交ぜながらの動きで拳を、蹴りを繰り出していく。彼は接近戦に持ち込むことを選択した。


 宗谷は全ての攻撃を的確にかわし、受け止める。

 能力を発動させる素振りは一切見せない。

 使えないのか、使わないのかは本人以外に知る術はなかった。


 守っているばかりではない。

 今度は宗谷からも攻撃を仕掛ける。

 ボクシングの流れを踏んでいるのか、速射砲の如き、左の細かいジャブを連射して牽制。波照を懐に潜り込ませない。

 機を見て、時折右ストレートを放つという極めて基本に忠実な組み立てだ。


 しかし波照の方も、決して守りが疎かな訳ではない。

 宗谷の左はガードを中心にして防ぎ、閃光の槍のように迫る右は体の軸をずらして確実に回避する。

 言うまでもなく、これはボクシングの試合ではない。すぐさま足技も織り交ぜた攻防へと発展する。


 見る者の反応は様々であった。

 ある者は呼吸回数を激減させて無言になり、ある者は声も涸れんばかりに応援する。

 ある者はうなぎ上りになっているであろう視聴率に笑みをもらし、ある者は飲食物の売れ行きが鈍ったことに少々残念さを感じる。


 瑞樹は驚異に目を見張る。

 世の中にはこれほどの人間がいるのかと、二人が繰り広げる超精密・超高速の攻防を目の当たりにし、二人とも秋緒に匹敵する体術なのではと思った。

『自分だったら炎を纏って応戦するのに』と最初のうちは考えていたが、段々そのような置換すらおこがましく思えてくる。

 体の芯が熱くなるのを止められずにいた。

 能力による発熱ではない。

 男の本能を揺さぶられ、刺激されている熱さだ。

 ああ、やはり戦いはいい。燃える。熱くなる。


「具合悪そうな人が、あんなに動けるものなの?」


 栞の疑問も、今の瑞樹にはほとんど届いていなかった。

 もとより熱闘に気を奪われ、瑞樹も気付いてはいなかった。

 既に波照の不調は回復しているということに。

 いや、果たしてどれほどの観客が気付いていただろうか。


 平癒蟲。

 体内の菌や毒素を吸い出し、体力を回復させる蟲を、先程熱病蟲を握り潰すと同時に手中で産み出し、密かに体内へと這わせていたのだ。

 入場時の不調は自身の蟲によって仕込んだものなので、回復も容易であった。

 "苦しさ"が消えたことで能力を発動させられなくなってしまったが、代わりに体に漲る力で宗谷を追い込んでいく。


(見事な動きだ)


 表に出さなかったが、宗谷は対戦相手に純粋な賞賛の念を抱いていた。

 素早く身を回復させたこと。

 体術の切れ。

 能力の質。

 最高位たるSクラスに相応しい実力を備えていると感じる。


 対照的に、波照の方は歯を食いしばり、忌々しげに顔を歪ませる。

 攻めてペースを握ってはいるものの、ことごとく防御・回避されることへの苛立ち。

 それ以上に、まともに攻撃一つ当てることができない自分が腹立たしかった。


 雑念は僅かなひずみを生む。

 宗谷はそれを見逃さない。波照の左脇腹に、鉄槌のようなリバーブローを打ち込む。

 打撃音はワッという歓声に掻き消されたが、鈍く重い痛みは波照の肋骨を軋ませ、体内に深刻なダメージを刻み込んだ。


 波照は苦しみに顔をしかめながらも、バックステップで距離を取る。

 すかさず宗谷が追撃。教科書通りのボクサースタイルで素早くステップインし、追い込もうとする。

 が、深追いはしなかった。

 波照が両手の五指を差し向けていたためである。指先に危険な気配を感じた。


 宗谷の直感は正しかった。

 波照の指先に細長い生物が瞬時に具現化され、撃ち出される。

 凶弾蟲。

 太い畳針のような本体に二対の翅、蜻蛉にも似た蟲が、身を弾丸として相手へ一直線に飛ぶ。

 熱病蟲のように軌道を操ることはできないが、速度はそれの比ではない。


 ガードは不可能と即座に判断した。

 宗谷は両腕を上げて身を縮めたまま、スリッピング、ダッキングとボクシングの防御技術を駆使し、場合によっては足運びを崩してでも弾を避けていく。

 通過した凶弾蟲は空気を裂きながらリングを飛び出て、観客席との境にある壁に激突して消滅した。

 その先にいた観客から短い悲鳴が上がる。

 現実ではないと分かっていても、反射的にそのような反応を取ってしまうのは仕方のないことだ。


 客席全体からどよめきが起こる。

 彼らの視線は宗谷の、血が溢れ出ている右足に注がれていた。


「やあァっと喰らってくれましたねェェ。いい色の血ィしてるじゃないの、帝王さァん?」


 波照は軽く舌なめずりしながら、十指全てに新たな凶弾蟲を具現化する。

 苦痛よりも愉悦が勝った歪みの笑みだった。


「どこまで避けられるかねェ? ま、もうちょっと喰らってもらったら、ボクのとっておきの蟲で……」


 波照の言葉はそこで止まった。

 それ以上優勢から来る余裕を口にすることができなくなったからだ。

 彼に油断はなかった。

 嬲りの言葉を吐くと同時に、宗谷の全身へ凶弾蟲を撃ち出しており、次弾装填の心構えもしていた。


 なのに、全ての弾は宗谷を掠めもせず、ただ真っ直ぐ飛ぶだけの虫となって仮初の命を壁に散らしていった。

 更に驚愕だったのは、一足飛びでは埋められないはずの距離にいた宗谷が、いつの間にか波照の目前に迫っていたことだ。


「バ、バカな……!」


 それが最後の言葉だった。

 次に波照が知覚したのは、先程撃ち抜かれた脇腹と寸分違わぬ位置を再び深く抉られる痛みであり、呻き声すら出せずに気が遠くなり、脱力する体に任せるがまま、顔面へ迫り来る石床だった。

 したたかに鼻と額を打ち、目の前が完全に真っ暗になった瞬間、波照はリング端に立っていることを自覚した。


 既に決着はついていた。


 歓声とざわめきの入り混じった、観衆が織り成す不協和音がコロシアム内を揺るがし、外壁を突き抜けて周辺の公園まで届いた。

 宗谷が能力を用いて勝利した際、必ず発生する現象である。


「で……出た、宗谷選手の必殺技」


 驚愕と感動に打ち震えながら瑞樹が言った。


「え? え? わたしが見落としたからじゃないよね、今の?」


 栞すら、瞬きすることも忘れ、瑞樹の肩にすがりつく。


「分かってるのは本人だけだよ」


 宗谷を帝王たらしめている最大の要因が、この一見不可解とも言える現象に凝縮されている。

 対戦相手のみならず、観ている人間ですら知覚できない動き。

 いかなる状況をも潜り抜け、防御や回避を許さない一閃を叩き込む。

 彼の戦闘技術で無防備な所を狙われればひとたまりもない。


 撮影された動画を観ても答えは出なかった。

 ただ『宗谷が忽然と消える』『別の場所に出現する』事象がコンマ一秒のズレもなく、同時間に発生している事実だけを客観的に映していた。


 彼の能力について、インターネットなどでは『時間停止能力説』『瞬間移動能力説』の二大派閥に分かれて様々な憶測がささやかれていたが、本人からの正式な声明が一切ないため、憶測の域を出ない。

 ともあれ、反則的ともいえる能力を携え、今夜もまた帝王は輝かしい戦歴に一つ新しい宝石を添えたのである。

 しかし当の本人はガッツポーズも取らず、眉一つも動かさず、勝って当然だといった佇まいだ。


 夢幻実体空間が解除された後、一人さっさと退場してしまった波照のことなど忘れてしまったかのように、コロシアム内の皆の目は、インタビューを受ける宗谷へ釘付けになっていた。

 能力について何か話してくれないかという期待が主だ。

 とはいえ彼の応対はいつも通り淡々としたもので、


「相手は素晴らしい闘士でした」

「私の力については、皆さんがご覧になったものが全てです」

「むしろ力をお見せしてしまったことが恥ずかしい。帝王などとは到底呼べるものではない」


 内容も、特に変わり映えしない受け答えで、インタビュアーを度々硬直させた。

 それでも観客は、彼らの試合内容に大いに満足し、彼を帝王と呼ぶことを辞めはしないだろう。

 瑞樹も小さな体に余熱を残し、充実感に満たされたまま、栞とコロシアムを後にするのだった。

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