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復讐火葬  作者: SATOSHI
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八章『有明コロシアム』 その1

 七月十九日正午、二人は東京駅で待ち合わせ、駅前発のバスに乗って有明コロシアムへと向かった。


「す、すごい人の多さだね」


 バスから降りるなり、栞は驚きで口を開く。

 コロシアム周辺の公園には既に、大勢の人が集って熱気を放っていた。


 臨海副都心は結界の範囲外であり、変異生物による被害も決して少なくはなく、過去の賑わいが嘘のように閑散としている。

 しかし有明方面だけはこのように例外であった。

 ひとえに有明コロシアムという存在のおかげだ。


 有明コロシアムは、かつては格闘技に限らず、スポーツやコンサートなどにも使われる多目的スタジアムであったが、大規模な改修が行われ、現在では日本唯一の格闘技専用スタジアムとなっている。

 格闘技といっても、通常のものとは趣が異なる。

 日本全国から集った猛者達が各々のEFを駆使して戦う格闘技、EF格闘技である。

 能力の種類や使用武器の有無などによってレギュレーションが細分化されているのだが、瑞樹が剛崎から渡されたチケットは、催される興行の中でも最高峰に位置付けられるSクラスの闘士たちが、己が肉体と能力のみでぶつかり合う試合であった。


「よっぽどみんな観たいんだね。あちこちにダフ屋っぽい人がいる」

「もう少し時間が経つと、こんなものじゃなくなるよ。恒例の『チケット譲って下さい』ボードを持った人が次々現れると思う」


 EF格闘技は現在、野球やサッカーに匹敵する人気を誇る一大興行へと成長しており、目玉のカード、特に高クラスの対戦ともなればチケットの取得も容易ではない。定価の数倍に高騰することも日常茶飯事だ。

 そんなプラチナチケットを、瑞樹は無料で手に入れてしまった。


「暑いから、ひとまず中に入っちゃおう」


 瑞樹は栞と共にコロシアムへと入場する。

 時間に余裕を持って来たというのに、入口には行列ができており、入るのにも五分ほどかかってしまった。


 チケットを提示し、簡単なボディチェック、荷物検査を受けた後、中の売店でお好み焼きとコーラを二つ購入し、チケットに記された座席へと向かう。

 少し狭めの通路を抜けた瞬間に視界が広がり、ライトに照らされたステージや客席の全景が視界に焼き付けられる。

 その光景は、瑞樹のみならず、栞の心さえも揺り動かした。


「生で見る会場って、こんなに広いんだ」

「気持ちいいでしょ、入った瞬間の、この開放感」

「……正直、うわあってなった」


 栞は正直な感想を口にした。

 瑞樹は何度か野球やサッカーの試合を生観戦しに行ったことはあるが、栞の方は競技の生観戦自体が初めてであった。


「今度、野球とかも観に行ってみようか」


 心拍数が上がっている栞の手を引いて、瑞樹は自分たちの席を探す。

 大規模な改修を経て、コロシアムの席数は一万から三万に増加し、また格闘技専用のスタジアムとなったため、コートサイド席という名称も単純な"東西南北"に改められた。

 瑞樹と栞の席は東側の最前列、二人席だった。


 試合開始まではまだまだ猶予がある。

 売店で買った、お好み焼きをつつき、コーラを流し込みながら雑談を重ね、時を待つ。


 現在のコロシアムは舞台装置の都合上、完全なドーム型へと改修されている。空を見上げられなくなった分、空調は完璧で、今も冷房が効いていて涼しい。

 席につくまでの移動でかいた汗は既に乾いていた。


 既にお好み焼きの紙皿は空になり、瑞樹の左手と栞の右手は肘掛けの上で握られている。

 瑞樹の体温が上がっているのを栞は感じ取っていた。

 会話の最中、ふと栞は瑞樹の顔をまじまじと覗き込んでみた。

 彼の大きな瞳は、少年のように爛々と輝いていた。

 本当に好きなんだなと、笑みをこぼしてしまう。

 続いて観客席を見渡してみる。

 本当に広いと、改めて栞は思う。すり鉢状に広がるアリーナの、ほぼ底の方にいるため、尚更そう感じた。

 しかし客の入りはまだ満席には程遠く、空席の方が目立っている。

 これは本番の前に幾つもの前座試合があるからだと、格闘技に疎い栞もすぐに理解した。

 また彼女にとって意外だったのは、客層に家族連れが多かったことだ。


「この間も話したけど、栞が想像しているほど血生臭いイベントじゃないよ」


 思考を読んだかのように瑞樹の解説が入り、栞は思わずドキっとする。


「まず、試合中はリングと観客席の間に強力な結界が張られるから、飛び火する心配はないんだ」


 瑞樹が指差した先を目で追う。

 コロシアムの底、中央には、石材を加工して作られた円形のリングが鎮座しており、段差を隔てたその周囲は黄緑色の合成ゴムチップで舗装されている。

 舞台と客席との境目には手すりのついた柵があり、観客席を囲みながらおよそ十メートル毎の間隔で途切れていた。

 柵と柵の間には高さ一メートルほどの台座があり、天辺にはバスケットボール大の透明な球体が備え付けられている。


「あれで結界を張ると同時に、"夢幻実体空間"っていう特殊な空間を作り出す。簡単に言えば、仮想現実みたいなもんだね。試合中にあのリングの上で起こっているのは、全て夢の中の出来事みたいなものなんだ。実際はリングを挟んでお互い立ってるだけなんだよ」


 いつになく瑞樹の舌は滑らかだ。


「夢の国の"霧"とは違うの?」

「同じようなものかな。ただ、"狭間の世界"のように体ごと転送されはしないけど」


 千葉の舞浜にある夢の国は現在、本当の夢の国となっており、現実離れした幻想の世界を楽しむことができるテーマパークとなっている。

 敷地内がピンク色の霧ですっぽりと覆われ、外部からは全く中の様子を窺うことはできない。

 また"狭間の世界"とは、アトラクションの一つである。


「そうなんだ。でも、いくら本当の出来事じゃないといっても、戦う所を小さい子に見せるのは悪影響があるんじゃ……」

「それも大丈夫。子どもでも楽しめるように、フィルタリングバイザーというのがあるんだ」


 瑞樹は顎で、横の方を小さくしゃくってみせる。

 栞が視線を移すと、五、六歳くらいの男の子が両親に挟まれて座っていた。

 男の子の両手には、黒色のバイザーが乗っている。

 栞はそういえばと、入場時、子どもには係員から何か配られていたことを思い出す。


「流石に僕も詳しい原理まではちょっと分からないけど、夢幻実体空間の発生装置とリンクして、小さい子に見せたくない場面を自動的に処理してくれるんだ。多分、夢の国のアトラクションに使われてるのと似たような原理じゃないかな」

「ふうん、色々考えられてるんだね。お金かかってそう」


 栞は素直に感心する。

 どうやら自分のイメージよりもずっと配慮の行き届いたイベントらしい。

 以前、瑞樹が同じような話を聞かせてくれようとした時、ちゃんと耳を傾けてあげればよかったと少し後悔する。

 その当時はアレルギーのように取り付く島もない態度を取ってしまったのだ。


「莫大な収益のほとんどをつぎ込んで作ったらしいからね。おっと、そろそろ始まる時間だ」


 腕時計に目をやり、瑞樹は高揚を抑えられないといった口調で言う。

 栞もつられて自分の腕時計を見てみると、時刻は十五時になりかけていた。

 客席は先程見た時よりも埋まってはいたが、まだまだ満席には足りない。


 会場内に設置された巨大オーロラビジョンの示していた時刻が十五時ちょうどを指した瞬間、会場内の照明が落ちた。

 ややあって、ステージを囲む台座に設置された、結界の要となる水晶が眩いばかりの光を放つ。


「前列のお客様に申し上げます。只今より結界を展開致しますので、お手を触れないようお願い申し上げます。繰り返します……」


 場内アナウンスが二度繰り返された後、全ての水晶からスパークするような音が迸った。それは二十秒ほど続いた。

 音が止むと同時に、コロシアムの中央のスポットライトがリングだけを照らす。

 リング中央にはいつの間にか、白シャツに黒スラックス姿のリングアナがマイクを持って立っていた。


「皆様、お待たせ致しました。日本EF格闘協会主催……」


 リングアナはよく通る声で、前口上を詠み上げていく。

 瑞樹はこの時点で、かじりつくような勢いでリングを凝視していた。

 栞は割と冷静に会場全体を眺めていた。

 そして、ストローを唇に挟んで吸いながら考える。


 一体何が人々を、そこまで戦うことに、戦いを観ることに駆り立てるのだろう。

 太古から同じようなことを繰り返しているから、やはり人間の遺伝子レベルで刻み込まれている本能なのだろうか。

 自分にも、同じような因子が刻まれているのだろうか。

 戦ったりケンカするどころか、台所のゴキブリを殺すのすら躊躇ってしまったり、戦闘要素がある創作物も好きになれない自分には、とてもそんな闘争心があるとは思えない。

 また、隣にいる彼も、外見だけでは到底戦うことを好むようには見えない――


 などと栞が一人密かに煩悶しているうちに、既に最初の前座試合が始まろうとしていた。


「それでは、本日の第一試合、Fクラスマッチを開始致します」


 Fクラスといえば、一番下のランクだ。

 栞は係員から渡されたパンフレットで再確認する。


 リングアナに呼ばれ出てきたのは、好対照な二人の男。

 青コーナーからは人相の悪い小男がガニ股で、赤コーナーからはのっぺりとした顔の大男が悠然と歩き出てきた。

 入場BGMはなく、まばらな拍手だけが鳴る。

 瑞樹も栞の手を離して両手を叩き、その音の一部となっていた。


「どっちが勝つと思う?」


 瑞樹はそうだなあ、と前置きしてから、


「赤コーナーの人かな」


 大男の方を示した。


「大きいから?」

「それもあるけど、雰囲気がね。相手の方は何というか、ちょっと浮ついてるように見えるんだよね」


 戦いの勝敗はEFの強さだけで決まる訳ではない。

 生身の戦闘能力、精神力なども加味される。

 もっとも瑞樹は、実戦経験を重ねている方ではあるものの、秋緒のように子細な実力差を読み取れるような鋭い洞察力を持ち合わせてはいない。

 漠然と、内面から滲ませている雰囲気のようなものを読み取っただけである。


 現在二人が観戦している種目に関しては、選手に服装規定はあまり存在しない。

 防具で身を固めたり、武器などを隠し持っていなければ、何を身に付けていようが基本的に自由だ(ただし、EFで武器防具類を作り出すことは認められている)

 リング上の両選手も、思い思いの格好をしている。

 小男の方は英字プリントとラメがやたら入ったシャツを着て、アクセサリを各所に身に付け、夜の繁華街から直接乗り込んできたかのような雰囲気だが、大男の方はポロシャツにデニムと、きわめてシンプルかつラフな服装だ。


 リングに上がった二人は、間に立つレフェリーの説明を耳に挟む。

 小男の方は既に臨戦態勢で、しきりに相手を覗き上げ睨み付けていた。栞は顔をしかめる。

 対する大男は表情を変えず、山のように構えながら、時折レフェリーに対して相槌を打っている。


 さほどの時間もかからずリング上の説明は終わり、両選手はリングの端、階段の手前へと歩いていく。

 再び互いに向き合って立ったことを確認し、レフェリーは両手を高々と掲げた。


「夢幻実体、オン!」


 掛け声と同時に、結界の内側全体が一瞬ぼやけて歪み、すぐ元に戻る。

 リング上が夢幻実体空間に変化する際発生する現象である。

 レフェリーが、掲げた両手を頭上で交差させた。


「始めッ!」


 ――来たッ!


 合図と共に瑞樹は両手を握りしめる。

 心は既にリング上に移動して、我が戦いのように感じていた。


 リング上の小男が、一目散に大男との距離を詰めていく。

 小男は嗜虐心に顔を歪めている。

 まさに彼のトリガーとなる感情は『嗜虐心』であり、能力の内容は電気を生み出すというものだ。小男の両手に青白い火花が走る。


「父さんと同じような能力だ」


 瑞樹が声を上げる。

 しかし、力の多寡に関しては、かつて見た父の姿とは比較にならないレベルであった。

 大男もさしたる脅威ではないと判断したのか、近付く小男に大きな反応を示さない。

 腰を落として右手に力を溜め、左手を開き軽く肘を曲げて前に出し、相手の到来を待ち構えているのみ。

 小男の唇が持ち上がる。

 耐えて受け流せるとでも思っているのか。

 かすりでもしたら最後、皮膚と肉を焼き、巡る血液を毒に変えて全身を蝕み、動きを止める。

 後は苦痛に悶えている所を一方的に拳や脚で打ちのめす。


 十秒後に繰り広げられるであろう光景を想像し、小男の脊髄に狂喜が伝達する。それが更に電力を上げた。

 が、小男の想像は妄想のままで終わり、現実化することはなかった。

 間合いが詰まった所で、大男が「喝ッ!」と気合一閃、放った正拳突きで吹き飛ばされてしまったからだ。

 大男の腕が届く距離からまだ離れていたにも関わらず、小男は高速道路を走るトラックと正面衝突した小鹿のように、全身の骨を砕かれながら回転し、リングを飛び出して壁の手前でようやく停止した。

 栞はわずかに目をそらし、瑞樹や他の観客は小さな歓声をあげた。

 小男が動かないことを確認し、レフェリーが大男の勝利を宣言する。


「夢幻実体、オフ!」


 再び空間全体が一瞬歪むと、リングの外で転がっていた小男や、リング中央で勝利を受けて礼をしていた大男の姿が空気に溶け込むように消失し、リング端の階段近くに立つ二人がフェードインして現れた。

 小男は呆然としたまま立ち尽くしていたが、レフェリーに促され、肩を落として退場していく。出てきた時の威勢の良さはすっかり吹き飛んでいた。

 大男は拍手を浴びても変わらないテンションで、東西南北の客席に一礼した後、ノシノシと通路へ消えていった。


「風の能力か、それとも正拳突きを強化する類の能力かな。あ、栞、平気?」

「うん。……瑞樹くんの言ったとおりだったね」


 栞は尊敬の眼差しを瑞樹に向ける。

 彼自身、こんなピタリと当たるとは思っていなかったようで「まあね」と少々恥ずかしそうに返答するだけだった。

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