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復讐火葬  作者: SATOSHI
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七章『二つの転機』 その1

「中島。お前今日、少し暗くね?」

「彼女とケンカでもしたのかよ」


 紙細工のようなサンドイッチをぱくつきながら、眼鏡の茅野佑樹、のっぽな梶谷翔が言う。


「いや、そんなことないよ」


 コーラフロートをストローで掻き回して啜った後、瑞樹は返した。


「強いて言うなら、法事でちょっと疲れてるだけ」

「ふーん。ところでさ、知ってるか? まっつんのヤツ、最近女の人とチョコチョコ会ってるらしい」

「へえ、知らなかったな。ひょっとして今日いないのも……」


 茅野が、この場にはいない松村春一のことを持ち出した。

 話をずらすには格好のネタが出てきたので、瑞樹は食いついてみせる。


「ああ、学校サボってまで会ってるらしいぜ。何でも年上の女の人だってウワサだ」

「噂って、どこから聞きつけてきたんだよ」

「そらお前、茅野様の情報網をなめちゃいかんよ。知りたいことはたちどころに入ってくるんだよ」


 残ったサンドイッチの欠片を一飲みにして、茅野は自慢げに胸を反らした。

 確かに茅野は、瑞樹たちのグループでは一番、携帯電話内のメモリ登録数が多い。

 その人脈を活かして自ら合コンを開催することも少なくないが、本人の成果に結びつけられているとは言い難かった。

 瑞樹も面子合わせのため、半ば強制的に参加させられたことが一度あったが、茅野の目当てが瑞樹に流れてしまうとのことで、二度目はなかった。

 もっとも瑞樹自身、栞という彼女がいるため、その方がありがたかったのだが。


「それが自分の彼女作りにも活かされればいいのにな」

「……お前、さらっとキツいこと言うね」

「友達からの、愛ある叱咤激励だよ」


 溶け合って茶色になった液体を飲み干し、瑞樹は立ち上がった。


「あれ、中島どこ行くん?」

「これから人と少し会う約束をしてるんだ」

「青野ちゃん? それともまさか、この前のセクシーなお姉さんか!?」

「さてね。まあ、二人はゆっくり食べてなよ」


 梶谷にそう言い残し、瑞樹はカップをレジ横の返却口へ置きに向かった。

 サンドイッチチェーン店を出て、瑞樹は一つため息をつく。

 雨が降っているので、傘を差す。


 人と会う約束などというものはない。

 ただ、少し離れて独りになりたかった。

 騒がしい店からも。

 賑やかな友人たちからも。


 鬱陶しくなったのではない。

 彼らに悪意がないことも分かっている。自分の問題だ。

 それでも少しだけ、独りの時間が欲しかった。


 午後も講義があるので、あまり遠くへは行けない。

 目と鼻の先にある御茶ノ水駅をしばし見つめた後、瑞樹は背を向けて歩き出した。


 両脇に楽器店の看板が連なる道を南下すると、右手に学舎が見えてくる。

 更に先へ進み、広い交差点を渡り、脇の小道に入る。

 狭い路地は、背の高い建物に挟まれることで更に圧迫感を増し、昼時だというのに薄暗い。

 だがそれが瑞樹には心地良かった。


 自動販売機で飲みたくもない缶コーヒーを買う。

 食欲以前に、先程のコーラフロートだけで腹は満ちていたが、アリバイ作りのために必要だった。

 これを持っていれば、周りからは裏路地で一息ついているだけの人間に見え、怪しまれることはないだろう。コーヒーは後で誰かにあげればいい。

 道のすぐ向かいに建っている、少しくすんだグレー色をしたビルの下を雨宿りに使わせてもらうことにする。

 傘を閉じ、瑞樹は暗い頭上を見る。

 心が、少しだけホッとした。




「瑞樹くん。いいの?」


 傘のシャフトを隔てた隣にいる栞が、瑞樹の顔を覗き込んで言った。


「何が?」

「独りでいたいって思ってるんじゃない?」

「……まあ、思ってないって言えば嘘になるけど。でも、いいんだ。昼の内にある程度済ませたから」


 瑞樹は、足元の水たまりに視線を落として答える。


「独りが楽だからってずっとそうし続けていると、ズルズルはまっちゃうからね。バランスを考えないと」


 彼はまだ少し無理をしている。

 栞は気付いていたが、それ以上何も聞かなかった。

 理由も薄々分かっていた。

 八柱霊園で、何かがあったのだろう。

 妹に会えたのかどうかは分からない。

 ただ、自分から何も語ろうとしないということは、話したくないことが起こったのだろう。


 となれば、できることは自ずと決まってくる。

 ただ彼が許す間は寄り添って、望むなら距離を置いてやることだ。

 彼は無理しがちなところがあって、表だって口には出さないだろうから、自分で読み取る必要がある。


 このような献身を、栞は当然だと思っていた。

 これくらいできなければ、瑞樹と交際していくことを選んだ意味がないと考えていた。

 そして今は、寄り添うべきタイミングであると判断する。


「ねえ瑞樹くん。今日これから時間ある? よかったら、いっしょにごはん食べない?」

「ああ、いいよ。どこで食べようか」

「二人で静かに食べられる場所がいいな。ゆっくりお話したいこともあるから。この間読んだ、すごく面白い本のこととか、伝えたいことがいろいろあるの」


 栞は、傘を持つ瑞樹の腕を取った。


「へえ、どんな本?」

「今はまだ秘密。今度持っていくから、ぜひ瑞樹くんにも読んでほしいな」

「分かった。思ったことをレポートにまとめて提出するよ」

「最低でも二千文字以上書いてもらうからね」

「そんなに!?」

「だいじょうぶ。瑞樹くんなら、きっと書けるはずだよ。文章を書くのは得意でしょ?」

「買いかぶりすぎじゃないでしょうか」


 苦笑する瑞樹を見て、栞からも自然と笑顔がこぼれた。

 よかった。少しだけでも気がまぎれたようだ。

 あとは食事の席で、いっぱい本のことなどをまくしたててみせればいい。

 昼間までと比べ、雨脚は大分弱まっていた。

 歩道を歩く通行人の中には、既に傘差しをやめている気の早いものもいる。

 瑞樹はまだ傘を閉じなかった。

 道もさほど混雑していないため、そのままでいても問題はない。


「食事なら、場所を移動した方がいいかな……それともこの近くか」

「いっしょにゆっくり考えて、探そう? まだ時間はあるんだから」


 栞は白く小さい手を、腕から瑞樹の傘を持つ手へと滑らせて重ねた。




「瑞樹君。その、なんだ。心の整理がつくまで、仕事の手伝いは休んでも構わないぞ」

「いえ、僕の方は大丈夫です。……もっとも、足手まといになるならば大人しくしていますが」


 瑞樹は少々力なく言った。

 皮肉や駆け引きでそう口にしたのではない。


「あ、足手まといだなどと、そんな事はない! 私はキミに充分助けられている」


 秋緒は慌てて彼の言葉を否定した。


「瑞樹君さえ良ければ、人付き合いが下手な私を、これからも助けて欲しい。それに広範囲の駆除や霊体系に関してはキミの方が圧倒的に優位だ。もっと自信を持つんだ」

「……ありがとうございます。よろしければ是非、今後もお供させて下さい」

「勿論だ。よろしく頼む」


 瑞樹は、ホットミルクのカップを持つ両手にじんわりと温かさを感じながら礼を述べた。

 テーブルを挟んだ向かいに座っている秋緒は、少々はにかんで眼鏡に手をあて、俯いている。

 瑞樹がじっと見ているのに気付くと、風呂上がりで下ろしている長い髪をさっとかき上げた。


 自分は本当に、周りの人たちに助けられていると、瑞樹はしみじみ思う。

 だからこそ、こうして心が折れずに、日常を過ごしていられるのだろう。

 残っている胸の痛みは、自分の弱さだ。

 自分で癒すしかないのだ。

 ホットミルクの甘ったるさは、彼の味覚を喜ばせただけで、心までを癒しはしなかった。


 次の土曜日、八柱霊園突入から一週間経った日より、早速瑞樹は秋緒の仕事への帯同を再開した。

 この日の仕事内容は荒川河川敷、埼玉県和光市と戸田市を隔てる辺りに発生したスライムの駆除であった。


 スライムは、藻の湧いたプールを思わせる体色をしており、大量発生して川を汚染していた。

 この日は、秋緒はほとんど手を出さず、瑞樹の炎のみで駆除が行われた。

 彼に自信をつけさせるためというのもあるが、一番の理由は、スライムに対しては剣よりも炎の方が圧倒的に有効なためである。


 瑞樹は見事期待に応えてみせた。

 片っ端から火炎放射を浴びせ、スライムを蒸発させていく。

 毒液や、顔面に貼り付かれることによる窒息にさえ注意すれば、個々ではさしたる脅威にはならない。

 およそ八割以上のスライムを、瑞樹一人で始末した。

 秋緒の目論見通り、大量駆除を成功させたことで、瑞樹は自信と覇気を取り戻すきっかけを掴むことができた。


 その後も、東京都多摩地域西部にある檜原村に現れたゴブリン(余談だが、ゴブリンは元来日本にはおらず、外国より運び込まれた外来種である)、神奈川県の三浦海岸近くで発生した、巨大化して意志を持ったオナモミの変異体など、時間のある時は様々な場所へ赴いて、駆除の仕事をこなしていく。


 中でも大型だった案件は、梅雨時に関西方面の浜辺へ出張した際に対峙した"牛鬼"の駆除だった。

 牛鬼とは、牛の頭に鬼の形相、体は蜘蛛、体長は五、六メートルはあろうかという巨大な怪物で、口から腐臭を伴う毒の息を吐いて動きを止めた後、死神の大鎌のような爪で生きながらに獲物を引き裂き、不揃いだが鋭い牙で骨肉を咀嚼して喰ってしまう。

 牛鬼は人間が好物で、既に現場では二十人を優に超える犠牲者が出ており、並の駆除業者では歯が立たないどころか返り討ちに遭ってしまうとのことで、いかに強大な怪物、変異生物でも駆除を成功させてしまうと名高い瀬戸クリーンアップにお鉢が回ってきたのだった。


 この時ばかりは流石に、瑞樹の出番はほぼなかった。

 周りにいた小物、カニや小魚の変異体をちびちびと焼く程度で、あとは圧倒的な戦闘力で牛鬼を切り刻み、叩き伏せる秋緒の鬼神が如き姿を見ているだけであった。


 剣を振るう彼女の戦いぶりを見るたび、瑞樹は毎回のように思う。


 ――やっぱり、先生は凄い。強すぎる。


 こんな人の下で学べて幸運だという誇り高い気持ちと同時に、正直な所、もどかしさも感じていた。

 感情の強さや能力の基礎効力だけではない。

 もっと根本的な部分からして差がありすぎる。

 それは年季か、才能か。


 いずれにせよ、自分もあれくらい強かったなら、もっと早くあの女への復讐を成し遂げられていたのだろうか。

 強くなりたい。

 復讐できるように。

 栞を、人を守れるように。

 先生の足を引っ張らないように。


 そのためにはまず、心を揺らさないようにしなければならない。

 愛情も憎しみも悲しみも無力感も焦りも、全てを飲み込んで強くなる。

 戦う秋緒の背中は寡黙ではあったが、瑞樹を立派に鼓舞し、心の傷の痛みを半ば忘れさせていたのである。

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