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復讐火葬  作者: SATOSHI
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六章『儚き焼失』 その1

 当初の見立て通り、八柱霊園への立入許可が下りたのは、連休明けの平日であった。

 瑞樹の大学や秋緒の仕事の関係で、霊園へ向かうのは次の土曜日と決まった。


 それまでの数日間、瑞樹は気が気でなかった。

 友人や栞の存在が助けとなって、多少紛れはしたが、どうしても愛美のことを考えてしまう。

 気持ちが鎮まらない時は、外を走ったり訓練をしたりして発散させたが、一時しのぎにしかならなかった。


 引っ込み思案で大人しめだった妹。

 幼稚園や学校で、いじめっ子によくからかわれていた妹。

 守るのは兄である自分の役目だった。

 しかし、あの日は守れなかった。

 助けられなかった。

 怖い思いをさせてしまった。

 今もきっと、霊園に囚われ、孤独に震えているのだろう。


 今度は助けてみせる。

 そしてせめて、この手で安らかな眠りを。




 金曜日の夜は、食事を済ませた後すぐに明日に備えての準備を行う。

 聖水、回復薬、弾薬――対邪霊に備えた道具を用意する必要がある。


 愛美をどのように除霊するのかも、事前に打ち合わせをしておいた。

 なるべく苦痛を与えない方法で、ということを考慮した結果、火力を高めた瑞樹の炎で一気に焼き尽くすことに決められた。

 "自己嫌悪"で炎を生み出せることは既に調査済みである。

 また緊急時の代替案として、秋緒の剣による斬首を行うことも瑞樹は了承した。

 愛美の状態にもよるが、彼女の腕前をもってすれば、苦痛を感じる間もなく斬ることが可能だ。


 こうして最終的な準備と確認を済ませた後、二人は早々に床についた。

 神経が昂っているせいで、瑞樹は中々眠れずにいたが、目を閉じて自発的に思考を止めることで、せめて少しでも心身を休めることに努めた。

 眠れる眠れないに関係なく、時間は確実に経過する。

 ヒトの意志に関わらず、日付は変わり、星も月も太陽も動く。

 二人が車で自宅を出発したのは、日の出よりも早い時間、まだ空が暗い時だった。


 霊体の活動は昼夜、太陽の有無によって変化する。

 当然夜の方が活動は活発になるため、八柱霊園に到着するタイミングが日の出以降になるよう調節したのだ。

 霊体の活動が弱まるのに正邪は関係なく、愛美も同様に活動を弱めてしまうが、そのことについては瑞樹も了解していた。

 まずは愛美の存在を確かめることが先決だ。


 役所に申請した書類上では"瀬戸クリーンアップとして"変異生物駆除を行うこととなっている。そのため二人ともスーツ姿だ。

 今回の運転は秋緒が引き受けていた。

 瑞樹は後部座席左側に座り、充血気味の目でリアドアガラス越しにまだ薄暗い街並みを見つめていた。


「あまり眠れなかったのだろう。霊園に着くまで、少しでも休んでおきなさい」

「すみません。……それと、本当にありがとうございます、わざわざ僕のために」


 この日のためにわざわざスケジュールを空けておいてくれたのであろうことを考えると、改めて頭が下がる。


「いいから眠っていなさい」


 秋緒は照れで少し表情を崩し、視線をバックミラーから前方に戻した。

 ヘッドライトの及ばぬ闇から、今にも何かが出てきそうな気がするが、それはただの錯覚でしかない。

 秋緒もまた、戦いを前に、少々神経が昂りつつあるのかもしれない。


(生物以外を実戦で斬るのは久しぶりだな)


 瀬戸クリーンアップは基本的に"生きている"変異生物を駆除対象として請け負っているが、時として悪質な地縛霊などの排除、現世に囚われた霊魂を祓うこともある。

 対霊体用のツールを保管してあったのもそのためだ。

 もっとも、そのような依頼は専門の除霊師などが請け負うことが主なため、件数としては少ない。


 外環道に乗り上げてから、二人を乗せた車は一気に速度を増した。

 瑞樹は束の間の浅い眠りに心を彷徨わせていた。

 一般道に下りてからも彼がまだ眠っていることを確認し、秋緒は道路脇に停車してわずかな休憩を挟んだ。


 八柱霊園に到着したのは、日が昇り、空の色がくっきりとした水色に変わってからだった。

 瑞樹は着く少し前にはしっかりと目を覚ましており、既に"仕事"を行う体制に入っていた。

 もし天候不良だった場合、延期することもやぶさかではなかったが、晴天に恵まれ、ほっとする。


 まずは近くの適当な原っぱに車を停め、必要な装備をトランクから積み出す。

 中では何が起こるか分からない。

 下手に乗車していて密室状態になっていると、有事の際に対処が遅れてしまう可能性がある。


 外気に触れた瞬間、気温とは別の冷たさが二人にまとわりつく。

 瑞樹は本能的に、ここは良くない場所だと感じ取った。


 先日赴いた日野市など比較にすらならない、寂しい場所だった。

 山中の廃村、大昔の合戦場跡よりも荒涼としている。

 昔は霊園の周辺にも民家や施設が存在していたが、今は霊園の周囲五百メートルは完全に無人となっていた。

 大体の建物は取り崩されて更地となっているが、そのまま放置されているものもある。

 それらはほとんどが古い木造住宅であった。


 原因は言うまでもなく、八柱霊園という場所の特異性だ。

 ジアースシフトが起こり、世界の在りようが変わってからは、魑魅魍魎が跋扈し、変異生物がうろつき回る、関東でも有数の危険地帯へと変貌を遂げていた。

 勿論、現在は一般人立入禁止となっており、邪気を外部に漏らさぬよう霊園には強力な結界が張られている。

 このような場所に立ち入る許可を得られたのは、ひとえに秋緒の積み重ねてきた実績の賜物だと言っていいだろう。


 不可思議なことに、結界が張られているにも関わらず、次々と霊的存在、特に邪霊の類が霊園内へ引き寄せられていることが、過去の調査によって確認されていた。

 残留思念が寄り集まって特殊な霊場が形成されているのでは、実はEFを保有する人間が中で生活しているのではなど、様々な仮説が立てられてはいるものの、明確な原因は未だ判明していない。

 性質が悪いのは、引き寄せられる霊魂は悪いものだけとは限らないことだ。

 時として無辜の魂も霊園内に引きずり込まれ、抜け出すこともできず囚われてしまう例も確認されている。

 その場合、除霊師や悪霊払いに特化したEFを保有する駆除業者が霊魂を解き放つ仕事を請け負うのが常だが、こと八柱霊園、それも十三区画に巣食う凶悪な邪霊に対しては、名うての除霊師や業者ですら手を焼いていた。


 それほど危険な場所に、瑞樹と血を分けた妹が囚われ続けている可能性があるのだ。


「愛美……待ってろよ、今助けに行くから」


 瑞樹の胸に満ちているのは恐怖や不安ではなく、兄としての使命感であり義務感、そして無力な自分を許せない嫌悪感であった。

 瑞樹は霊園の方角を睨み付ける。結界越しであるにも関わらず、霊園の内部からは禍々しい瘴気が次々沸いて溢れ出しているのが目に見えて分かる。

 日の出ている時間帯でこれなのだから、夜は一体どれほどなのか。


 隣で、秋緒がクリスタルブルーの瓶を持って封を切り、抜き身の刀に透明な液体を注いでいた。霊体に効果を発揮する聖水である。

 続いて香水瓶のような容器を出し、ほんの微かアルコールと似た臭いのする液体を体にふりかけ、瑞樹もそれに倣う。

 邪気にあてられるのを防ぎ、邪霊の憑依を防止するための措置である。 


「行こう」


 一通りの準備を終え、秋緒が瑞樹を促す。

 いよいよだ。

 瑞樹の足は自然と早まり、秋緒よりも先を歩いていた。


 霊園の正門は、魔界へ続く扉だった。

 濃厚な瘴気が満ち、中からは数え切れないほどの邪悪な気配がひしめき合っているのが分かる。

 結界が張られていると知っていても、いつ破れて飛び出してきてもおかしくないという不安を煽り立てるかのようであった。

 しかし、ここにいる二名は、今更怖じ気付いてなどいない。

 明確な目的の下、強い信念で心を固め、中へと踏み込んでいくのだ。

 秋緒は内ポケットから、結界のリモコンスイッチを取り出した。


「用意はいいか」


 瑞樹が小さく頷いたのを確認し、秋緒はボタンを押す。

 八柱霊園の封鎖に用いられている結界は、多大なコストをかけて製造された特別製であり、強固さと柔軟性――解除範囲の調節や瞬時にオンオフを切り替えられる機能を備えていた。

 二人は飛び込むように、霊園内へ足を踏み入れた。

 同時に、背筋が寒くなる感覚。

 明らかに空気が変わったのを感じた。

 秋緒は動揺することなく再びスイッチを入れ、結界を張り直す。


「この中にいる間、体の違和感が抜けないだろうが、気を強く持つように。聖水の効力も半日は持つ。安心するんだ」

「分かりました。大丈夫です、燃えてますから」


 瑞樹が力強く答える。

 既に彼の体を、薄く揺らめく灯が包んでいた。




 霊園内の区画番号は蛇行するように割り振られており、隅から順番になっている訳ではない。

 しかしそのことが二人にとっては幸いした。十三区画は、正門から左手に進んですぐの所にあったからだ。


 朝だというのに、中は鬱蒼としており、怖いくらいに静かであった。

 風もほとんどない。

 ただし、音がほとんどしないだけで、そこかしこに邪悪な気配が潜んでいる。

 更に空気は澱んでおり、何か見えないものがまとわりついてくる感覚もあった。

 秋緒の助言通り、気を強く保っていれば問題はなく、しばらくすると離れていく。

 が、ほとんど間を置かずにまた新しい気配がやって来てまとわりつくのだ。

 現世のものとは思えない異様な光景が、滅多に人が立ち入らぬ場所となっていることを物語っている。

 くすんだ茶色をした木々は捩れて伸びながら、随所に苦悶の表情を象った人面瘤を浮かばせ、墓石は朽ち果て、その周辺の地面は所々掘り起こされたように穴が開いていた。

 おまけに何か腐ったような臭いまでする。


 聞きしに勝る危険地帯だと、瑞樹は思った。

 その後、沙織は一体何の用があって、ここを訪れたのだろうと考える。


 瑞樹はちらりと、前を歩く秋緒を見てみる。

 いつでも剣を抜ける体勢を取ってはいるものの、鬱陶しい気配を全く気にした様子もなく歩いていた。

 彼の視線に気付いたのか、秋緒が振り返った。


「もうすぐ十三区画だ。ここまでは静かだったが、この先は恐らく一気に悪霊どもが襲いかかってくるだろう。準備はいいか?」


 秋緒が指差した道の向こうからは、一段と危険な空気が漂っている。

 実際目に見えている訳ではないが、本当に見えているように分かるのだ。


「大丈夫です、行きましょう」


 互いの意志を確認し、二人は霊園内の最悪最凶区域・十三区画に足を踏み入れた。


 ――愛美、待ってろよ。今行くから。


 突如、静寂を引き裂いて、金属的な悲鳴が二人の鼓膜を揺らした。

 反射的に二人は背中合わせに立ち、周囲を警戒する。

 瑞樹は火炎を両腕に生み出し、秋緒は刀を中段に構える。


 周囲の木々全てに大きなスピーカーがついているかのように、悲鳴はあちらこちらから響いてくる。

 反響しあい、不気味にうねり、脳を直接蝕んでくる。

 頭が痛くなりそうだ。瑞樹は顔を歪める。

 そんな中でも彼は周囲を見回し、早速愛美の姿を探していた。

 現在、どのような姿となっているのかは分からないが、一目見れば妹と認識できる自信はあった。


 瑞樹の目が最初に捉えたのは、妹の姿ではなく、黒い霧だった。

 隙間を覆いながら、奥の木々から這い出るように湧いてくる。

 呻くような、バリトンよりも低い声が聞こえてくる。

 瑞樹の背中を、一筋の冷や汗が伝う。

 先の連休中に遭遇したチャイルド・プレイが可愛く思えてきた。


 目を凝らすと、おびただしい数の何かが、霧に付属しているのが見えた。

 瑞樹は目を細める。

 あれは、不揃いについている口、鼻、目だ。


 ――なんて、不気味なんだ。


「焼けッ!」


 大音響を切り裂く秋緒の鋭い声。

 瑞樹はハッとし、すぐ直後、黒い霧に向けて火炎を放射した。

 薄い闇を明るく照らしながら炎が走り、霧とぶつかる。

 数十頭もの牛を一斉に殺したような断末魔を思わせる、物凄い唸り声が上がり、霧は一瞬で蒸発する。


「来るぞッ!」


 それを皮切りに、周辺の地面が次々隆起し始めた。

 盛り上がった土から手や頭が突き上がり、腐敗しかかったヒトの死体が這い上がってくる。

 木々の人面瘤からは次々と人の形をしかけた、半透明で霧状の悪霊が吐き出されていく。

 悪霊やゾンビだけではない。

 道路奥からは巨大なムカデかゲジゲジのような蟲が現れ、木から張り出した枝には羽と脚が異様に発達したカラスが止まって、赤く不気味な鳥目で二人を見下ろしており、上空では血吸いコウモリが旋回している。


 八柱霊園が、遂にその本性を現し始めた。


 取り巻く異形の化物達の中から、瑞樹は妹の姿を必死に探し続けていた。


「愛美! 愛美! どこにいるんだ!」


 たまらなくなり、大声で妹の名を呼ぶ。

 しかしそれらしき存在からの反応はなく、逆にせせら笑うような鳴き声ばかりが返ってくる。

 瑞樹は歯ぎしりする。


「落ち着け! こいつらを片付けながら探すんだ!」


 言うが早く、秋緒は間近に迫っていた二体のゾンビを、まとめて一刀両断にした。


「ですけど、中に妹が混じってたら……!」

「気配で分かる! 私を、自分自身の感覚を信じるんだ!」


 このような状況においても、瑞樹の決断は素早い。

 そうだ、先生を、自分を信じろ。

 大丈夫だ。

 瑞樹は宙に掌をかざす。

 不規則に蛇行して向かってくる人魂へ火炎を吹きかけた。


「お前らなどにこれ以上、愛美を汚させない! 来いッ!」

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