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復讐火葬  作者: SATOSHI
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五章『兄と妹』 その2

「それで、松村は何を悩んでるんだ」

「んー、最近どうも壁を感じてるっつーか、どれだけ強く思っても威力が上がらないんだよね。未だにガラスをぶち抜くことすらできないし」

「ああ、そういうことか。多分、能力自体の限界だろうな」

「うわ、身も蓋もねー」


 松村は落胆する。

 EFの強さは感情の強さに比例するが、能力そのものの強さ、いわば基礎効力も影響する。

 基礎効力が高ければ感情の強さがさほどでなくとも強く作用するし、逆にいくら感情が強くとも、基礎効力が低ければ大した効果は発揮しない。


「気を落とすなよ。割合的にはその方が普通なんだから」


 EF保有者は人種に関わらず、約二十人に一人の割合で存在するが、その大半のEFは大した基礎効力を持たないことが報告されている。

 瑞樹のように強い感情、高い基礎効力を併せ持つケースは希少なのである。


「フォローになってないんだけど。いいよなー、お前は強い力持っててよ」

「……どうかな」


 瑞樹は複雑な表情を浮かべる。

 自嘲気味なようにも見えるし、謙遜しているようにも見える。

 松村は少々ばつが悪そうな顔をし、


「あー悪い」


 とだけ言った。

 瑞樹は苦笑し、話の矛先をずらしてみることにする。


「そもそも、能力を鍛えてどうするんだ。誰かと喧嘩でもするんじゃないだろうな」

「そ、そんなんじゃねーって! そりゃ理由っつったらアレだよ、変異生物対策をしときたいし、男なら強くなきゃって思ってさ」


 松村は何故かしどろもどろになった。

 見栄っ張りの気がある松村らしいなと、瑞樹は思う。


「まあ、どうしても改善したいなら、引き金になる感情を強く刺激されるような体験でもしてみなよ。後天的に能力自体を伸ばせないこともないから。それよりノートの件、頼んだぞ。昼休みまでにやっといてくれよ」

「はいはい。――そういやさ、今朝、アキバの駅前でなんか演説みたいなのやってたの知ってる?」


 今度は松村の方が話を変えてきた。


「いや、聞いてないな。何かあったのか?」

「それがさ、山手線の結界を消せとか何とか、メガホン使って叫んでる人らがいてさ。警察も出てきて、けっこー騒ぎになってたんだよ。俺もたまたま見てたけど、凄かったねありゃ」

「結界撤廃派か」


 過去に比べれば大分鎮静化しているものの、山手線結界の撤廃を訴える運動は現在も散見されており、時折メディアで取り上げられることもある。

 撤廃派の主張は様々だ。

 平等化、自衛意識の低下、自分の土地を取り戻したい――


 表立って主張することはなかったが、瑞樹は世間の圧倒的多数側、存続派だ。

 結界を張ったことで問題点が出るのは承知の上だが、それは結界が無くなったとしても同じことだし、何より争いが起きるのは避けたい。

 それに、両親や秋緒のことを思うと、どうしても山手線の結界への思い入れも自然と強くなった。


「まー何より、平和であるに越したことはないよなー」

「そうだな」


 EFを保有する二人の若者は、それらしい結論に行き着き、結界の中でジュースを啜るのだった。




 全ての講義を終えた後、瑞樹は日課に従い、栞と待ち合わせて落ち合う。

 キャンパス内で話し込むか、周辺を散歩するのがお決まりであったが、この日は後者を選択した。


「いやー仲がよろしくて羨ましいですわ」

「青野ちゃん、そいつとケンカしたらいつでも相談に乗ったげるからねえ」

「ありえないから安心してくれ。二人にも早く彼女ができるよう、祈ってるよ。またな」


 茅野や梶谷の冷やかしを鼻で笑い、キャンパスを出る。

 二人の足は神保町方面へと向いていた。

 と、少し歩いたところで、栞が立ち止まる。


「瑞樹くん、何かあった? ちょっといつもと様子がちがうように見えるけど」


 瑞樹は、何もないよ、と言おうとしてやめた。

 取り繕うのが下手なのか栞が鋭いのか、どうもまた見破られそうな気がしたのである。

 頭がおかしくなった訳じゃないよ、と前置きしてから、瑞樹は説明した。


「もしかしたら、妹に会えるかもしれないんだ」

「……え? 実は生きてた、ってこと?」


 案の定栞はきょとんとしたが、瑞樹の言葉を疑っている様子はないようである。

 瑞樹は首を振り、


「いや、多分、霊体がこの世に留まり続けてるんだと思う。まだ直接確認していないから、断定はできないけど、千葉の八柱霊園にいるらしい」

「そっか……なんて言ったらいいかわからないけど、会えるといいね」

「ああ、ありがとう」


 栞が気遣ってくれるのは充分伝わっていた。


「連休中のデートのことは心配しなくていいから」

「えっ」

「先生が言うには、霊園に入る許可が役所から下りるまで時間がかかるらしくてね。連休明けになると思うんだ。だから支障はないよ」

「でも……」

「正直、一刻も早く行きたいと思ってるし、焦りがないといえば嘘になるけど。だからこそ落ち着いて、遊ぶ時は遊ばなきゃいけないなって」


 危険なんだよね。無理しないでね。

 わたし、デートが中止になってもガマンできるよ――

 浮かび上がる幾つもの言葉を飲み込んで、栞は瑞樹に寄り添った。

 彼の気遣いを大切にしたかった。

 瑞樹の体は、いつもよりも熱く感じられた。




 瑞樹の元へ意外な客が訪ねてきたのは、連休直前の金曜日の夕方だった。

 瑞樹はキャンパスを出てすぐの歩道で、人を待っていた。

 大学が終わったら少しだけ時間をもらえないかと、木曜日の夜に剛崎から電話があったのだ。


 約束の時間きっかり、瑞樹と友人たちの目の前に、シルバーのハイエースが停車する。

 フロントドアの印字を見て、梶谷と茅野の目が点になる。

 盾を模した五角形が三つ重なったエンブレム。


 ドアが開き、助手席からすらりとした脚が現れ、黒いパンプスがコンクリートを軽く打つ。

 梶谷と茅野は生唾を飲み込む。

 膝より少し上のスカート丈、ウェーブのかかったセミロングヘア、少し潤み気味の優しそうな瞳。

 降りてきたのは、清潔感と仄かな妖艶さを併せ持つ女性だった。


「こんにちは、瑞樹君。急に呼び出してしまってごめんなさいね」

「いえ。まさか天川さんが来るとは思ってませんでしたよ……って何するんだよ」


 終わりの部分は、いきなり肩を回してきた梶谷と茅野に向けた言葉である。


(おいおいおい、何だよあのセクシービューチーなお姉様は! あの人もトライ・イージェスの社員なのか?)

(つーかお前、マジでトライ・イージェスの人と知り合いだったんだな)

(あのお姉様とこれからどこ行くんだよぉぉ! どこにせよ羨ましすぎるんですけどぉぉ!)

(後でサインもらってきてくれよ)

「ああはいはい、悪いけど詳細は後日にしてくれ」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問を強制的に打ち切り、天川裕子を促した。


「すみません、行きましょうか」

「ええ。それではお友達のお二方、彼を少しだけお借りしますね。ええと、終わったらどこで合流すればいいのかしら?」

「あ、構わないです。このまま別れるつもりなので」


 それじゃ、と二人に言い残し、瑞樹は後部座席へと乗り込んだ。

 続いて天川も一礼してから、助手席ではなく後部座席へ乗る。


 ドアが閉じ、車が発進するのを、二人はぼーっと見送っていた。

 天川裕子の容姿、とろけるような話し方に、すっかり骨抜きになってしまったのである。


 車に乗り込んだ瑞樹はまず、運転席にいる太り気味の男――六条慶文に声をかけていた。


「六条さん、ご無沙汰してます」

「うん、坊ちゃまも元気そうで何よりだよ」

「坊ちゃまは勘弁して下さいよ」


 瑞樹が苦笑すると、隣に座った天川も、


「そうですよ六条さん。瑞樹君ももう、立派に成人してるんですから」


 と援護射撃する。


「そっかそっか、ゴメンゴメン。いや、創業者の息子さんだからついね」


 六条は笑って、バックミラー越しにウィンクした。

 天川も六条も、瑞樹の父・中島雄二が立ち上げた民間防衛会社、トライ・イージェス株式会社の社員である。

 二人とも雄二の死後に入社したため、直接の面識はないが、瑞樹とは剛崎との繋がりで顔見知りの間柄であった。


「えっと、じゃあ行き先は、自宅でいいのかしら」

「はい。剛崎さんは仕事ですか?」

「ええ、一つ、立て込んでる案件があって」

「そうですか。ところで、僕に用って何でしょうか」


 質問した直後、一瞬だけ車内の空気がピンと張り詰めたのを感じ取った。

 だがすぐに、天川の手によって弛緩する。

 彼女の右手が、瑞樹の左腿にそっと添えられた。

 瑞樹の目を、濡れた瞳でまっすぐに見つめ、やけに艶のある桃色の唇で言葉を紡ぎ出す。


「私達、瑞樹君に謝りたかったの。剛崎さんから聞いたでしょう? 近所の放火事件のこと」

「え、ええ」


 瑞樹は多少引き気味で答えた。どうもこのようなタイプの女性はやりづらい。


「この前ね、犯人を捕まえることができたの。それで、嫌な思いをさせちゃった瑞樹君にどうしてもお詫びがしたくって……」

「いえ、別にそんな」


 少しずつ、天川が顔を近付けていく。

 石鹸のような香水の香りが、ぼうっと瑞樹を包み込む。

 このようなことで惑わされるほど、瑞樹は不実な人間ではなかったが、いい香りが心身を柔らかく解していく感覚にはどうにも抗えなかった。


「どうしたのかな? 凛々しい顔が少しふわってなってるわよ」

「そうですか? 別に僕は」

「あー裕子ちゃん、車内で妙なエステみたいな空気醸し出すのはやめてもらえるかな」


 六条の咳払いで、一気に車内の空気が元に戻った。

 瑞樹も条件反射で背筋をピンと伸ばし直す。


「六条さんったら人聞きが悪いですね。私はただ、彼に謝っていただけですよ。ねえ」

「そうですね。天川さんのような綺麗な女性だと、誤解されてしまっても仕方ないと思います」

「あら、お上手ね」

「その歳で言うなあ」


 ちょうど信号待ちで車が停車したのをきっかけに、天川はスッとさり気なく、瑞樹から身を引いた。

 六条が運転席から左横の助手席へ腕を伸ばし、紙袋を掴んで後ろの瑞樹へと渡した。


「大したもんじゃないけど、僕らからのお詫びだよ。良かったら食べて」


 紙袋には瑞樹も知っている、代官山にある有名菓子店の名前とロゴが印刷されている。


「わざわざありがとうございます。僕、ここのお菓子大好きなんですよ」

「そうだろう。剛崎さんから君の好みをリサーチしたからね。お師匠さんと食べて、機嫌直してよ」

「瀬戸さん、怒ってたでしょう」

「それほどでもなかったですよ。事情は分かってもらえてましたし」


 紙袋を抱いて、瑞樹は営業スマイルを作った。

 道中、三人は適当な世間話に花を咲かせる。

 天川と六条は日中、江東区の新木場方面まで変異生物の駆除で出向していて、これから中野にあるオフィスに戻り、書類仕事を片付けなければならないそうだ。

 そのため瑞樹は途中で下ろしてくれて構わないと言ったが「これもお詫びのうち」と返された。


 中野駅前で、先にオフィスに戻るため六条が下車し、そこからは天川が運転を交代して、車内には二人だけとなる。

 瑞樹はその際六条から、


「手ぇ出されないよう気をつけなよ」


 と忠告され、苦笑した。

 二人になっても話す内容に大きな変化はなく、せいぜい恋愛話の割合が増えただけである。

 しかしほとんど瑞樹の方が、栞との付き合いを一方的に喋らされるばかりだった。


 そうこうしている内に、三鷹駅前まで到着する。

 瑞樹は礼を述べて下車しようとすると、


「ねえ瑞樹君。何か悩み事があったりしない? お姉さんでよければ、話してみない?」


 唐突に切り出された。

 一体どちらのことを指しているのだろう。

 瑞樹には彼女の真意を測りかねたが、


「いえいえ、一人で解決できることですから」


 と答えた。


「そう。お姉さんには話せない、男の子の悩みなのかな。瑞樹君は強いお兄さんだから、大丈夫かぁ」


 天川は察してくれたようであり、にっこり微笑んで、それ以上の追及はしてこなかった。


「剛崎さんにもよろしく言っておいて下さい」


 天川と別れ、自宅へと向かう。

 前後に誰もいないことを確認し、頬をつねってみる。

 自分はそんなに分かりやすく顔に出るのだろうか。

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