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復讐火葬  作者: SATOSHI
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三十八章『夢の国』 その2

「早くしろ」


 後ろから鬼頭の急かす声がして、瑞樹はどきりとした。

 更には自然までもが彼に同意したかのように、背中側から一層強く冷たい風が吹きつけてきた。


 瑞樹はそれ以上の思考と語りかけを止め、握っていた手を離して籠を地面に下ろし、中に両手を突っ込んだ。

 手を高く掲げ、指の筋をピンと伸びるほどに開くと、掴んでいた花びらが、冷たい風に乗り始める。

 吹き荒ぶ風にその身を躍らせ、細かく波立つ湖面へと散りばめられていく。

 未練までもが散って、消えていくようであった。


 続いて、腰に差していた鞘を引き抜いて、投げる。


「僕の中でも剣の修行をしてそうですけど、もう戦う必要もないんですから、少しは休んで下さい。……こちらの方は、お守りにさせて下さいね」


 瑞樹は、包んで懐に入れてある、刀身の欠片に手を当てる。

 これくらいのワガママは許してくれるだろう。


「僕は……精一杯生きていきます。どうか、見守っていて下さい」


 花弁舞い散る冷えた湖面に力強く宣言すると、風がぴたりと止んだ。

 そうだ、決して立ち止まりはしない。

 あの人が護ってくれたこの命を、他の誰かのために使う。

 あの人がそうしてくれたように。


 そして、必ず、幸福にもなってみせる。


「済んだら早く帰るぞ」


 鬼頭の態度はすげないものだったが、瑞樹は気配で理解していた。

 彼なりに弔意を示しており、色々と思う所があったのだということを。


 車に乗り、東京へ戻る道すがら、瑞樹は積極的に鬼頭へ話を振っていた。

 剛崎と異なり、鬼頭は一切車内で音楽やラジオの類をかけない。

 更には口が重たいとくれば、間が持たないのは当然である。

 行きは沈黙・無音でも良かったが、肩の荷が下りた状態にも近い帰りまでもこれでは少々退屈だ。


「友人たちや大学側に、僕がいない間のことで根回しをして下さったそうですね。ありがとうございます」

「お前が気にする必要はない。それよりも、余計なことを言ってボロを出さないようにしておけ」

「ええ、分かってます」

「瀬戸のことも、引きずりすぎるな。俺達は、常に死を覚悟して任務に臨んでいる。瀬戸も同じだ。だから事前に遺言状を遺している。そして戦い、任務を果たして消えた。それだけだ」

「そんな風に改めて言われたら、また僕の涙腺が緩むじゃないですか」

「それなら、それでもいい」


 しばらく、会話が途切れる。

 泣くのを堪えるために、瑞樹は黙った訳ではない。

 考えていたのだ。

 自分も、同じように振る舞えるだろうかと。


 確かに彼らの仕事は危険と隣り合わせである。

 大切な人を残して死んでしまうリスクは常に付き纏う。

 現にこれまで幾度も目の当たりにしてきた。


 自身に置き換えてみる。

 栞を残して死ぬ――想像するだけで背筋が凍る。

 ダメだ。死ねない。

 想いが強い分、霊体になって残れるかもしれないが、それでは意味がない。


 でも、戦わなければ護れないこともある。このような時代は特に。

 いや、そもそもこんな精神状態で、沙織と戦えるのだろうか。

 いくら相手に殺意が一切ないとはいえ、こちらに迷いがあればEFは力を充分に発揮できない。

 勝算がなくなってしまう。


 ――改めて考えると、こんなにも重大なテーマだったのか。


 途中、サービスエリアに寄って食事を取ったのだが、ただでさえ薄味の蕎麦が、考え事のせいで更に味が分からなくなってしまっていた。

 食休みもそこそこに、二人は再び東京を目指す。


「……全部話せ」


 発車して間もなく、今度は鬼頭の方から話しかけてきた。


「まだ隠していることがあるだろう」


 他者はもう干渉のしようがないだろうし、もういいか。

 考え事で疲弊していたのも手伝ってか、瑞樹は素直に話してしまった。

 家族を殺した仇である沙織が、自分の中に巣食っていること。

 そして先日の暴走時、彼女に助けられたことや、決着をつける方法を探していることも。

 懇切丁寧に説明する時間は充分にあった。


「……夢の国へ行ければ、何とかなるのか」


 全てを耳にした鬼頭は、瑞樹を疑う様子を欠片ほども見せなかった。


「分かりません。確実ではないんですが……」

「何とかなるのか、と聞いている」


 声を低めて再度問われる。

 そうだった、この人は曖昧な答えを好まないのだった。

 瑞樹は苦笑いした後、


「なります。そこでなら、全ての決着をつけられます」


 顔を引き締めて断言した。


「……橘美海という女を知っているな」

「ええ」

「奴が、血守会のアジトの場所を吐いた。夢の国の中にある"小さき世界"だ」


 本当ですかと、瑞樹は声に出しそうになる。

 言わなかったのは、そこでまた言葉尻を捕えられるのを避けるためだ。


「中々見つからない訳ですよね。そんな所にあれば」


 代わりに浮かんだ別の言葉で埋め合わせをしておく。


「時間が必要になるだろうが、お前が夢の国に入れるようにしてやる」

「本当ですか!? ……あ、いや、すみません。疑ったんじゃないんですが、あまりにビックリしたのでつい」

「……それまでは勉強に励め。大分遅れているだろう」


 平時から鋭い目を前方に向けたまま、鬼頭は釘を刺した。


「やりますよ。ここまで来て、留年したくはないですから」

「ウチに入社するのに恥ずかしくない成績にしておけ」


 鬼頭はほんのわずか、唇の端を持ち上げた。




 その後瑞樹は、東京都中野駅前まで車で運んでもらい、鬼頭と別れた。

 すぐに電車に乗り、中央線で水道橋駅へ向かう。

 この日は互いに無事という顔見せがてら、友人と食事をする約束をしていた。

 メニューは焼肉。他ならぬ瑞樹自身による提案である。


 夕方、駅前で大学の友人、茅野佑樹・梶谷翔の二名と再会。

 喜び合った後、すぐに近くの店に入る。

 血守会の攻撃後、山手線内の人口密度は一層増していたが、運良く席を確保できた。

 何も考えず、ビールと肉を適当に注文。

 無言でジョッキを待ち、到着するや否や乾杯の音、言い換えるならば号砲を打ち鳴らし、三人は堰を切ったように話を始めるのだった。


「……いやー、マジで大変だったんだって! あん時ゃさすがに死ぬかと思ったぜ! んで、やっと逃げ出したと思ったら、その先がどう見てもカタギじゃないお方の家の前でよ」


 茅野が、カルビばかりを延々とぱくつき、熱弁を振るう。


「キトウって人がいなきゃ、人生終わってたかもしれねーな」


 梶谷が、浸すほどにレモンをかけたタンで白飯をかき込みながら、そこに時々補足を入れる。


 せっかくトライ・イージェスの人間が色々と手を回し、『調査協力していた』と瑞樹がいなくなっていた理由諸々も用意してくれていたのだが、そこは早々に流されてしまい、自分たちの体験談ばかりを語っている。

 説明の手間も省けるし、ボロも出さずに済むし、まあ別にいいか。

 それに二人も大変だったみたいだし。瑞樹は特に不快に思うこともなく、飲み食いしながら静かな聞き役に徹していた。


「つかお前、よくその組み合わせで飯食えるな」

「は? このハーモニーが分からんとは未熟だな」


 段々と話がそれてきたので、瑞樹はもしやと思った疑問を尋ねてみる。


「キトウって、どんな人?」

「あー、これまたカタギとは思えねー見た目の人でよ。目が合っただけでマジちびりそうになったわ」

「つーか実際そうじゃないんじゃね? 話し相手の人が恐縮しまくってたじゃん」

「無理ないよなあ。丸刈りに近い短髪にあご髭生やしてて、あれだけの体格をしてれば、普通は驚くか」


 容姿の特徴を付け加えてやると、二人の顔が見る見るうちに青ざめていく。


「へ? 何で知ってんだよ! 知り合い!? お前の人脈どうなってんの!? まさかヤ……」

「馬鹿。父の元同僚だよ」


 今日も朝から一緒に行動してたんだけど。

 それに、実は既に本人から二人のことを聞いてたんだけど、と心の中で付け加える。


「まあ、何より無事に保護されてたようで良かったよ」

「それよかお前、青野ちゃんにちゃんと連絡取ったのかよ」

「言われなくても、二人より先に会ってきた」

「あーそーですか」


 図らずも三人、ほとんど同じタイミングでジョッキを持ち上げ、生ビールで喉を潤した。

 近くにいた店員におかわりを三つ頼んだ後、茅野がため息まじりに呟く。


「松村の奴、マジでどうしちまったんだろうなー」

「二人も知らないのか」


 瑞樹は、胸の奥にちくりと痛みを感じながらも、努めて淡々と答えた。


「お前が調査でいなくなった少し前から、全然連絡取れねーんだよ」

「まさかテロに巻き込まれたとか……」


 三人の間に、重い沈黙が流れる。

 新しいビールがやってきても、それはしばし続いたが、やがて決意したように梶谷が話題を切り替える。


「でもさ、急にどうしたんだよ。お前、肉ダメだっつってたのに、焼肉なんて」

「ああ、色々あって克服したんだ。美味しくてしょうがないね」


 瑞樹は脂身たっぷりのトントロを噛んで飲み下し、赤々としたハラミを新たに焼き始める。

 虚勢ではなく、心の底から美味さを噛み締めていた。

 即座に脂肪へと変換されそうな危険な柔らかさとジューシーさは、抗いがたい魔性だ。

 こうして再び味わえる日が来るとは。本当に、知歌には感謝してもしきれない。


「つーかマジでいいのかよ。全部おごりで」

「ああ、二人にも心配かけたし、その"お詫び"だよ」


 瑞樹はさらりと答える。

 予算は多嘉良からの"お詫び"で賄うため、いくら食べても問題はない。


 しかし、二人は赤い顔で声を張り上げた。


「……ば、馬鹿野郎! お前なんかにおごってもらってたまるかってんだ!」

「何だよ、普段はたかってこようとするくせに」

「う、うるせえ! どうせおごってくれるなら、おねーちゃんのいる店とかにしろってんだ!」

「……まあ、それでもいいけどさ」

「おま、そこは否定しろよ! 調子狂うだろ!」


 どうやら事件を経ても、二人は変わっていないらしい。

 安心して、瑞樹は吹き出してしまう。


「後で、僕が休んでた間のノートを見せてくれよ。あと講義の内容も聞かせてくれ。遅れを取り戻さなきゃいけないんだ」


 長い付き合いの親友ではないが、こういう関係も良いものだ。






 この日は夜を徹して飲み食い、遊び呆けたため、沙織の出る幕はなかった。

 焼肉臭い体を引きずり、瑞樹が自宅へ帰ったのは、翌日の昼過ぎだった。


(いきなり羽目を外しすぎて、先生、怒るかな)


 入念に入浴してリフレッシュした後、すぐにパソコンを立ち上げる。

 胃を中心に体が重くて仕方ないが、頭の中まではまだ鈍っていない。

 調べることは、夢の国について。

 至難と思っていた場所への立入が現実味を帯びてきた今、改めて調べ直す必要がある。

 瑞樹は、情報を頭に入れ直した。




 夢の国とは、千葉県浦安市舞浜にあるテーマパークである。

 かつては至って普通のテーマパーク(とはいえ世界観作りのクオリティは世界屈指)だったが、十数年前、運営の方向性を大きく変えざるを得なくなる大事件が発生した。


 園内で夜間工事を行っていたところ、突如として園内の地中から薄桃色の粒子状物質が出現したのである。

 原因は一切不明で、前兆現象も確認されていない。


 ただし、衝撃こそあれど、大規模な混乱が起こることはなかった。

 既にアメリカのカリフォルニア州やフロリダ州を筆頭に、世界各地で同様の現象が確認されていたためだ。

 粒子状物質(以下"夢の霧"と呼称)の成分及び性質が、先にアメリカで発生したものと全く同じかどうかの調査・実験が速やかに行われ、確認が取れ次第、"夢の霧"を最大限に活用したテーマパークへと変身させるための大規模な改築工事が始まった。


 "夢の霧"の代表的性質は、以下の通り。


・ちょうど夢の国の敷地だけをすっぽり覆うように拡がっている。

 それ以上拡散することはなく、絶えず充満し続けている。

・いかなる外的要因からの影響を受けない。

 ゆえに強風で吹き散らされることもなく、後述する方法以外では消滅しない。

・外部へ持ち運べない。容器に入れて密封しても、少し分離させただけで消滅してしまう。

・全くの無害。大量に吸引しても心身への悪影響はなく、依存性や後遺症などもない。

・霧の中に入った生物は、起きながらにして眠っているような状態になる。

(詳細な生体反応、脳波パターンの変化などについては割愛)

・体感や運動能力などは現実世界と一切変わらない。EFの使用も可能(入場規約で原則禁止されているが)

・この世界での負傷は、イコール現実世界の負傷となる。

 無論、死という概念についても同様。

 故に、事故には細心の注意を払わなければならない。


 公表されているのは専ら安全性の強調、それに付帯して、潜在するリスク管理を徹底する意思表示ばかりであり、これ以上の詳細についてはアトラクション運用の技術含め、一切が企業秘密となっている。


 アトラクションの仕組みについての詳細だが、判明しているのは、機械制御で"夢の霧"や来訪者の脳波等をコントロールして景色や、内部にいる人間の容姿等を変化させているらしいことのみだ。


 ただ、アトラクションの内容についてはつまびらかに明かされている。

 例えば"小さき世界"というアトラクションは、景色や建造物等の実物を具現化し、更に来訪者を小人化させて大小のギャップを楽しませる。

 他にも、空気のある宇宙空間を駆け巡るジェットコースターや、生きている空飛ぶ象にも乗れるし、荒くれ者どもを蹴散らす無敵のガンマンにも、煌びやかな城に住むお姫様にもなれる。


 不思議な"夢の霧"と高度な技術が、ごっこ遊びや世界観作りといったものではなく、もっと生々しいリアリティを伴った、夢と現実が重なり合う"現象"を生み出す。

 まさしく何でもでき、何にでもなれる夢の国を再現しているのである。

 運営会社を大いに潤わせるほどの連日大盛況、入場すらままならない大混雑となるのは当然の話だ。

 ジアースシフトが人類にもたらした恩恵の際たる例と言っていいだろう。

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