ありのまま起こったことを話すぜ
今回の執筆者は桜椛さんです。
「まず部長の自殺現場に蜂合わせた俺は、委員ちょ――」
「ゲホッ……ゴホッ……ッ!?…………待って待って。ちょって待ってお兄ちゃん」
湯呑を片手にお茶を呑んでいた優子は、気管に入れたのか大きく咳き込み片手をこちらに向けて制止を促す。それだけみたら毒を盛られて今にも死にそうですって感じにも見えなくはなく、ちょっと滑稽だなんて思ってしまった。
「ん?どうした。まだ話出し5秒も経って無いぞ?」
「はぁ……はぁ……いや、あのね?私は新聞部の話を聞いたんだよ?今お兄ちゃんが話したのはドラマかなんかの話じゃないの?『この物語はフィクションであり……』って書いてある奴だよね?」
肩で息をしながら、コトンと湯呑を置いた優子は、心底不思議そうな顔でこちらを見ている。
「嘘は吐いてないぞ」
「え?だってそれじゃあ部長さんは――――」
死んじゃったの?
極めて純粋な瞳でそう問われた俺は、少々良心が痛んだ。痛んだだけで別にどうってことはないけど。
「何を言ってんだ優子。学校で死人なんか出たら問題だろ」
「いやでも自殺現場って言ったじゃん……」
「言ったな」
ぷくーっと頬を膨らませて、湯呑をガッと掴んで口にお茶を含んだ優子は、「熱っ――」と言って舌をべーっと出した。
お前猫舌だったのか。
「う~ん。嘘を吐いてないのに部長さんは死んでないの?」
「あぁ。嘘は吐いてない。だからと言って真実を語ってるとも限らない」
優子はあからさまに眉間にしわを寄せてこちらをじとーっと見てくる。やめろ、若いうちからしわ作っておくと後々後悔するぞ。
「私はお兄ちゃんが何を言っているのか分かりません」
「そうだな優子。物事の本質を見抜く時、いきなり真実を見ようとしても無理だ」
「へ?」
ポカンと口を開けて、間抜け面でそう声を漏らした優子を、俺は面白半分……面白8割で話を続けた。
「この世界ってのはな?一つの真実があれば、10や20……時間を掛けてもっともっと尾ヒレがつくように、虚偽欺瞞と言うものが増えて行くんだ」
「きょ……ぎま……ん?」
頭の上に疑問符を幾つも浮かべている優子。
「つまり、真実を見抜くためにはそれらの障害であるものを取っ払っていかないといけないんだ」
「どういうこと?お兄ちゃん」
そこで俺は一度ふむと頷き、軽くお茶を呑んで喉を潤してから口を開いた。
「お前、クラスにかっこいい男子はいるか?」
「ふぇっ!?な、なにいきなり!!」
顔を朱に染めて、分かりやすく動揺した優子。何だお前、好きな奴でもいたのか。
「べ、別にそんなんじゃないと言うか……ただまぁそりゃ一人くらいはかっこいい男子いる……よ?」
つまりは一人くらいは好きな人がいると。
微かに俯きながら、こちらをちらと覗くように見ている優子。中学生だ。良いじゃないかそれくらい。
「例えば、その男子の事が好きだったとする。自分の気持ちを伝えたい、あわよくば付き合いたい。しかし、いつも周りに女子がいたとする。優子、お前ならこんなときどうする?」
「え……そんなの、諦めるしか無いじゃん……」
シュンと肩を落とし顔に影を落とす優子。なるほど、いつも学校ではそうなのか。
「つまらん!そんな答えはつまらんぞ優子!!」
俺は声高らかにそう叫ぶ。優子はビクッと肩を揺らして、こちらを見開いた目で見ている。
「いいか?まず、いきなり本丸を落とそうとしても無理だ。外堀を埋めて行かなきゃな」
「そ、外堀?」
「あぁ。この場合本丸はその男子、外堀は周りにひっついてる女子どもだ。じゃあどうしたらいいかってことだが、外堀である女子と仲良くするんだよ」
俺は人差し指を立てて優子を見据えた。
「仲良くすることでまずは距離を詰める。そして一つ一つ、一人一人潰していってから、いざ本丸へ突撃だ!」
そして立てた指を天高く掲げる。優子が生唾を呑む音が聞こえたような気がした。
「そうすることで初めて結果と言う実が実る」
「ほ、ほへぇ~」
呆気にとられているようだ。まぁいきなりこんな話をされれば無理からぬことだろうがな。
「だからお前も頑張れ、まずは周りにいる鬱陶しい女子どもを懐柔するんだ」
優子は決意を固めたように、深く一度頷いてから、「うん!私頑張るよお兄ちゃん!!」と言ってガッツポーズをとっている。
ふぅ……何か関係無い話で誤魔化したが、とりあえず頑張れよ妹よ。
「それで?新聞部の話は?」
「ぐはっ」
どうやら誤魔化しきれなかったようだ。俺としては話すこと自体は抵抗ないのだが、説明できるだけ俺自身あの状況を理解できていないってのもある。まぁ起こったことだけを話せばいいとは決めていたがな。
「……委員長と言う肩書を得ていながら、人の事を謀って俺は新聞部(仮)に連れて行かれたんだ。そしてそこでは首吊った部長氏と、小柄で無口で一日一冊分厚い本を読んでいる本の虫という、変人デルタに囲まれた俺は、奴等の野望に利用されている」
うん。嘘は吐いてないな。
「や、野望っ!?せ、世界征服とかするのっ!?」
世界征服って……高々学校で設立された部活が世界に如何な事をして挑むというのだ。
何か反応が面白かったため、俺はそれらしい嘘を吐いてからかうことにした。
「うーんそうだな。生徒全員の黒歴史を新聞として発行して校内に配り、挙句ネットに晒し上げることかな」
「そ、それは恐ろしいッ!?」
ひぃいいいいと、まるで我が事かのように嘆いている優子を、俺はあほらしいとか思いながら見ていた。
しかし自分で言っといて何だが、俺ならもしそんなことをされ、『サイバーテロ予備軍』があだ名として定着したら、まさしく首を吊って自殺を図っても良いくらいには恥ずかしいな。
そして俺はつくづく思った。俺が『混沌のラプソディ』じゃなくてよかったと。
「でも何でお兄ちゃんはその野望を分かっていながらその新聞部をやめないの?」
「新聞部(仮)な(仮)。というのも、俺があそこを抜ける時、それはあいつらの野望が叶った時だろうと思っている」
あいつらの野望は元の新聞部を取り戻すということだ。しかし一体どうやって取り戻そうとしているのか、俺は面白そうだって思ったんだよな、あのとき。
「野望が叶っちゃったらまずいじゃん!お兄ちゃんサイバーテロ予備軍て呼ばれて馬鹿にされるよ!」
ビシッと俺の眉間の位置を指差した優子。こらっ人に指を差すんじゃありません。
「てかお前その言い草だと馬鹿にしてたんだなっ!?ちゃんと兄を敬え妹よ!!」
「私知ってるよお兄ちゃん。そういうのって『中ニ病』って呼ぶんでしょ?私のクラスにもお兄ちゃんみたいに変な名前の人いるよ?【七つの罪を背負いし咎人:セブンスシンナー】って人」
そ、それは痛すぎるっ!!完全に黒歴史確定だよその子!!絶対高校生とか大人になって記憶消去したいくらいに嘆く奴だよそれ!!
流石に俺はそこまで酷くない。まぁ混沌のラプソディと名付けた時点で同類ではあるのかもしれないが、自分の事は敢えて棚に上げよう。うん。
「因みに口癖は、『お前の罪?くだらねえな……そんなもの、俺の罪に比べれば微笑ましいものだ!!』だよ」
口癖と言えるほどそれを容認しているお前のクラスは大丈夫なのか!?
決してお前の行動は微笑ましくないぞ【七つの罪を背負いし咎人:セブンスシンナー】よ!!
「いや~皆面白いって言って笑ってるよ」
慰み者ですねわかります。
「まぁとにかく、新聞部(仮)は変人の集まりってことよ」
とにかくでまとめるには非常に酷い事を言っているが、事実なのでそれはよしとしよう。
優子はそこで一度お茶を呑んでから、一息ついて言葉を紡いだ。
「ふーん。つまりはお兄ちゃんも変人なんだね」
お兄ちゃんも変人なんだね――――お兄ちゃんも変人なんだね――――お兄ちゃんも……
「ぐぁあああああああっ!!やめろっ!!俺をそんな純粋無垢な目で見るんじゃないっ!!変人なんかじゃ、変人なんかじゃぁああああ……」
バタリ。テーブルへ伏せた俺は、兄として立つ瀬が無いことに嘆きながら、シクシクと泣いた。
よしよしと頭を撫でられたことは、敢えて語らないでおこう。