聞かないけど聞きたがる妹様
この回の執筆者は夜月四季さんです。
過酷な戦いを乗り越えた俺は、汗だくになりながらやっとの思いで我が家へと帰ってきた。
「ただいま」
「おっかえりゃー」
なんだそれは、と思うような返事をしながら優子が廊下に出てくる。彼女も帰ってきて時間がたっていないのか、未だに制服姿だった。
「うわっ、今日はすごい汗だね。お兄ちゃん。……ちょっと、臭いかも」
「いやその、なんだ。今日はちょっと部活に顔を出してからだったから。ちょっとギリギリでさ。かなり急いだから」
「ちゃんと買えたの?」
疑わしげな目線をこちらへと向ける妹に対し、俺は鞄をごそごそと漁り中からタイムセール品のシールが張られた鶏もも肉を取り出し、掲げた。
「見よ、これが今日の戦果だ」
「おおー」
誇らしげに立つ俺の前でわざとらしく手をたたく妹。
「悪いけど、これ、冷蔵庫に入れといてくれないか? ちょっと、汗かきすぎたから一回シャワーを浴びておきたい」
「んー……まあ、汗臭いお兄ちゃんの手によって今日の晩ご飯が汗臭くなるよりは……でも、おなか減った」
さんざん悩み倒した後で、優子は仕方ないなあ、と呟くと俺の手から鶏もも肉を受け取った。
「ちょっと我慢するけど、そのかわりとびきり美味しいのを作ってね!」
「了解だ」
返事をするか、階段を上るのが先か。とにかく急いで部屋へと戻り、制服の上着を脱ぎ捨てると着替えを手に取る。そして一階にある浴室へと早足に向かった。タイムセールでの酷使も相まって、足が若干やばいが優子の機嫌を損ねるよりはだいぶましだ。
速攻でワイシャツと下に着たシャツ。ズボン、下着を脱いでシャワーを浴びる。時間があるわけではないから、本当に汗を流す程度のものだ。体全体を流した後、頭から一度被って止める。首を振るうと、水しぶきが飛んだ。
「あ、そろそろ髪、切らないとな」
鏡にうつった自分の顔を見て、ふと思った。そろそろ、校則でひっかかるレベルになってきている。別に、今すぐに切らなければいけないわけではないのだが。忘れてしまいそうなので洗面所に置きっぱなしにしていた携帯を取り出し、"近いうちに一度髪を切りに行く"とメモを残す。
そして棚からバスタオルを取り出し、全身水気が残らないようにしっかりとふき取る。そして用意しておいた服に着替えると、脱ぎっぱなしにしていた制服を畳んだ。
「さてと、優子も待ってるだろうし。さっさとご飯を作らないとな」
今日の晩ご飯は何にしようか。さっき買った鶏もも肉があることだし、無難に炒め物だろうか? いや、あえてチキン南蛮や竜田揚げにするのもいいな。ただ、なんとなくカラッと揚げたものが食べたい気分だし、竜田揚げと何かでいいか。さて、竜田揚げを作るのはいいんだが他に何を用意しようか。竜田揚げだけだととてもバランスが悪いし……。
「竜田揚げと味噌汁。あとは野菜系だけど」
はて。何かあったかな。
俺は台所に向かい、冷蔵庫を開ける。その瞬間ひやりとした風がこちらへと流れてくる。中には今日買ったばかりの鶏もも肉と卵。牛乳、豆腐や油揚げもあるし、味噌だって入っている。野菜のほうは玉ねぎ、ジャガイモ。そしてレタスが入っていた。他は、俺や優子が買ったジュースなんかが入っている。
「竜田揚げと、豆腐と油揚げの味噌汁。あとはジャガイモと玉ねぎでポテトサラダでも作るかな」
結構食材を使うから明日とか明後日とかに買出しに行かなきゃいけなくなるけど。まあ、いっか。
「さて、作るか」
優子にも、美味しいご飯を頼むと言われているし。頑張るとしよう。
気が付けば作り始めて一時間ほどたっていた。腕時計を見ると、既に七時を少し過ぎている。
「お兄ちゃん、ご飯まだ?」
我慢できずに優子が台所へとやってきた。
「もう少しだけまって。あとは盛り付けだけだから」
「うん。……わあ、おいしそう」
既に盛っておいた竜田揚げとポテトサラダを見て目を輝かせる優子に思わず苦笑を漏らす。
「暇なんだったら、そこのお皿を持って行って欲しいな」
「了解!」
返事をした優子すぐに皿を持ってリビングのほうにあるテーブルへと向かう。なんだか、エサをエサ入れに入れた直後のペットみたいで少しだけ和む。
ご飯と味噌汁を盛り付けて、俺もリビングに向かう。そこには既に食器と両手を膝の上に置いて準備万端な優子が待っていた。
「ご飯の量とか、これくらいでいいよな?」
「うん! ところで、もう食べていい? お腹ぺこぺこだよー」
「はいはい、それじゃあいただきます」
「いただきま――ッ!」
二人そろって手を合わせていただきます、というと箸を伸ばす。優子なんてそも挨拶の途中で食べ始めているんだが。
何とはなしに自分で作った竜田揚げを口に含む。
――その瞬間、世界が暗くなった。口に含み、噛んだ瞬間にサクっという衝撃とともに肉汁がはじけ飛ぶ。それはさながら宇宙誕生の瞬間のごとき力を秘めていた。そう、今。俺の口の中で宇宙が誕生した。
そのまま俺と優子は黙って舌鼓を打っていた。
無言の空間が二十分ほど続き、茶碗をおいてから優子がようやく口を開いた。
「すごくおいしかった! お兄ちゃん、また腕を上げたね」
「まあ、それなりにやってるからな。上手いご飯を食べたければ、腕を磨くしかないだろ?」
すごく満足そうな顔をしている優子に、ほっと息をつく。
ポテトサラダも、竜田揚げも作るのは三回目だし。味噌汁なんて何度も作ってるからミスはないんだけれども。ここまでおいしそうに食べてもらえると作り甲斐があるというものだ。
食べ終わった俺は食器を片付けるべく、立ち上がろうとする。
「あ、食器は私が片付けるよ」
「頼む。優子は、もう部屋に戻るのか?」
「うーん。お兄ちゃんが入った部活にも興味があるし、少しだけお話したい気分」
「了解。それじゃ、お茶でも淹れるか。ほうじ茶でもいいよな?」
「いいよー」
食器を片付けている優子を越すようにして台所に入ると、湯呑みと急須を取り出す。そして棚の中に置いておいたほうじ茶の容器を開け茶葉を適当に投げ込む。その間に優子は食器を洗浄器に入れて、ポッドでお湯を沸かしてくれていた。
いい具合の温度を狙って急須にお湯を入れる。ついでに湯呑みにも入れて温めておくと少しだけ待つ。具体的には一分少々といったところだろうか。十分に出たな、と思ったところで湯呑みの中のお湯を捨て、均等になるようにお茶を注いだ。
そしてそれをお盆にのせて、再びリビングへ。
「ほい。熱いから気をつけてな」
「ありがとー」
湯呑みを手渡し、俺も席につく。ちょうどよく、カチリと時計の秒針が音を立てた。
「それで、部活についてだっけか? 確かにおもしろそうな場所だとは思うけどあまり話せることはないぞ?」
「いや、だって文芸部からオカルト研究会に入って速攻で辞めさせられて、コンピュータ研究会に入ったと思ったらまた速攻で辞めたお兄ちゃんが行った部活だよ?」
「待て、待て」
なぜ優子がそんなに詳しい事情を知っているんだ。俺は話した記憶がないんだけど。
「全部、充也さんから聞いたんだけど」
「くそ、またあの混沌のラプソディか。おのれ、余計なことをしよって」
今度会ったらどうしてくれようか。
「それはいいとして、その新聞部?」
「新聞部(仮)な。(仮)だからな」
「その新聞部ってどういうところだったの?」
気持ちいいくらい人の話を聞きませんね。この妹様は。
「はあ、いや。あそこはな――――」
諦めて、俺はとりあえず深い事情は口にせず、実際にあったことだけ話すことにした。