方針を立てよう
今回の執筆者は高木 健人さんです。
「藍住君が入ってくれたお陰で新聞部(仮)はここに発足した! となれば次に考える事はこれからどのような活動をするかという方針の制定だ。皆、ドシドシ意見を挙げてくれ!」
川見部長は勢いよく立ち上がり、天から舞い降りた女神を迎えるように腕を大きく広げた。
しかし菅原は相変わらず本を読んでいるし、委員長――だと名前を忘れちゃうからこれからは朝倉に統一しよう――は苦笑いを浮かべるのみ。
事情は把握したけど、新参者の自分には当然意見が思いつくはずもなく……。
結局気まずい空気が場に流れるだけだった。
「いいん……朝倉、このときをずっと待ってたんだろ? なら何か策とかあるんじゃないか?」
隣に腰掛ける朝倉にこっそり耳打ちをする。
「部員を集めることに必死で集めた先のことは何も考えてなかったんだよね」
だから何をするか考える活動と朝倉は言ったのか。目先の目標に囚われすぎだ。メガネを新調すればもっと先の未来が見えたかもしれないぞ、朝倉。
「藍住君、何か意見があるなら皆に向かって発言してくれ!」
部長に見咎められる。
うわあ、めんどくさい。
けれど顔には出さず、なら言ってやろうという思いで立ち上がる。
「じゃあ、一つ質問させてくれ。前の部活動が楽しかったから同じ思いの仲間を集めてこの部を立ち上げたのはわかった。けど、それだけなのか? 新聞部を立ち上げた目的は何もないのか?」
「前みたいに和気藹々として楽しい部活を作る――これじゃあ、駄目?」
朝倉が上目遣いで見上げてくる。何となく小動物のような愛くるしさが出ていて思わずたじろいでしまう。
気持ちを悟られないように言葉をまくし立てる。
「まあ、目的の一つではあると思うけど、だったらそもそも新聞部じゃなくて全く新しい部活を設立すればいいんじゃないか?」
「新聞部じゃなきゃ駄目なんだよ。最初は活動を考える部活って朝倉さんは言ってたかもしれない。けどこの部活を設立しようとした動機を語る際に漏らしたはずだよ。あの場所をもう一度取り戻す、と」
今しがたまでにこやかに笑っていた部長が真剣な面持ちで答えた。
突然の変異に少々驚きつつも、同時にとある疑問が浮かび上がってくる。
「少し話変わるけど、今の『新聞部』は別の人達が作ったんだよな? これってどういうことなんだ?」
「何が言いたいのかな、藍住君」
「いや……」
問い詰めてくる川見部長は俺を射抜くような目を向けてくる。
「おかしいと思うんだ。この学校って校則を見る限りでも厳しいだろ? でも不祥事を起こした新聞部の再設はすぐに認めた。この時点でもおかしいのに、前の部員の入部は断固として拒否した。何というかこれ、元部員達を新聞部にさせないために……以前の新聞部を完全に遺棄するためにわざと別の人達が急遽作ったって感じがするんだけど……」
そんなまさかな、なんて自嘲の笑みを作ろうとして――俺はその光景に思わずギョッとした。
川見部長も、朝倉も、本に目を落としていた菅原でさえも辛苦な表情を浮かべて奥歯を噛み締めていたのだ。
俺はとんでもないところに来てしまったのかもしれない。
最初とは違った意味を持つ感想を覚えて戦慄した。
「とにかく、色々な事情があったんだ。ついでだから暴露しておくけど、他の元部員達が僕達の新聞部(仮)に来ないのもその『事情』が関係しているんだよ。幸い僕を除いた二人が集まってくれたからあと一人をどうにかして募らねばならない。そこに君が来てくれたというわけだ」
「その事情とやらは話してくれないのか?」
「今は語るべきじゃない。きたる時が来たら君に全てを語るよ。今話し合うべきは過去のことじゃなくて未来のことだ。――今のやり取りを介した上で何か思いついたりしなかった?」
川見部長は再び笑顔を顔に貼り付ける。最初は変人かと思ったけど、「裏」を知ると実はとんでもない人なんじゃないかと思えてきた。
「やっぱり新聞部なんだから新聞を作るべきなのかな」
朝倉がここぞとばかりにまともな意見を挙げる。
「それが出来ないから(仮)なんて付けてるんじゃないのか?」
「そ、その通りなんだけど、本当の意味で新聞部を取り戻すならやっぱり新聞で張り合わないと」
「しかし無許可で新聞を配布したり掲示板に貼ろうものなら即座に解体されるからね。表立った行動は出来ないわけだ」
誰も彼もが(菅原は除く)渋い顔をして腕を組んだ。
すると突然ポケットの中の携帯が震えた。画面を開いた先に飛び込んできたのは「暇だ」の二文字。混沌のラプソディからのメッセージだ。
>今お前に構ってる余裕ない。
>とかいって返信してるじゃないか。
>端的に状況を伝えただけだ。
>そんな暇があるなら俺と一狩り行こうぜ!
>無理だって言ってんだろ混沌のラプソディ!
>お前それ言うなよサイバーテロ予備軍!
悠久の苦しみを分かち合っている俺達だが、時にはそれを剣として相手に突き立てることもある。
だが「サイバーテロ予備軍」なんていう自分の痛い渾名を見てある閃きが生まれる。
「ネットだ……」
ボソッと呟いただけのはずなのに川見部長と朝倉が雁首を向けてくる。
『今何て!?』
「ね、ネットって……」
「ネットって網のことじゃないよね!?」
「おかしいでしょそれ! ネットワークのことだよ!」
叫んで、自分の発想が確かな形となって現れる。
「――ってそうだよ、ネットワークだよ! 別に表立って行動しなくてもインターネットで新聞を公開すればいいじゃないか!」
「僕も今まさに藍住君と同じことが思い浮かんだ! 僕が求めていたのはこれなんだ! もうこの方法しかない!」
一度発案されると勢いはもう止まらなかった。
今後新聞部(仮)はインターネットを利用した新聞の作成を主な活動とする。一応表ではまったく別の活動に当たる。これの詳細についてはまた後日に決定するとのこと。
「一時流行った裏掲示板の新聞版って感じだね。勿論誰かの誹謗中傷を記事にしてはいけない。あくまで今の――真面目腐った表の新聞部よりも砕けた記事……一番分かりやすいのだと誰それの恋模様とか、勉強せずとも得点を稼ぐことの出来るテスト対策といったユニークな記事の構成に限る」
前者の恋模様も学生だったら誰もが気になることだし、後者の記事もやはり興味がそそられる。
俺と朝倉は二人して部長の言葉に頷く。
「きっと最初はあまり目に付かれることもないはずね。でも続けていればいずれ私達の存在が少しずつ生徒に浸透してくるはず。そしていつしか本物の新聞部よりも有名になって(仮)から(本物)に成り代わるって寸法ね」
「……いやそこは新聞部でいいだろ」
新聞部(本物)になるくらいならまだ(仮)の方がしっくり来る。
「となると早速スクープを集めないと!」
「はい、久しぶりに血が騒ぎますね、部長!」
「ちょっと待った! スクープを集めるっていってもどうやって集めるんだ!?」
盛り上がる二人に待ったをかける。
やる気になってくれるのはいいことだけど、このままだと置いてけぼりにされかねない。
「藍住君、新聞をパッと見て最初に目に付くものって何かな?」
「そりゃあ見出しじゃないですか?」
「それだけ分かってればどうにでもなるよ。つまり、全校生徒の目を引くことのできる見出しを作る。そのためにはインパクトのあるネタを見つける必要がある。だからまずは生徒の共通する認識の中でも驚くだろうスクープを探し出すって感じね」
ご機嫌な様子で説明をしてくれる朝倉。しかし、言ってる事はさっぱりわからない。
「例えとかあったりするとありがたいんだけど」
「そうだなあ……部室に入って来たとき、藍住君は部長の姿に驚いたでしょ?」
「あれは誰だって驚くだろ……」
「うん、でも、あれは藍住君の脳に鮮烈な記憶として刻まれた。新聞でも同じ事をすればいいの。驚きがでかければでかいほど、印象に残るものだよ」
「僕の意図が上手く作動してくれたようだね」
「嘘つくな! あんた研究とか何とか言ってただろ!」
あの時の事に関しては今でも言いたいことは山ほどあるが、ここは見逃してやる。
コホンと咳払いをして流れを変える。
「インパクト重視ってことはよく分かった。けど誰もが目を向けるスクープなんてあるのかよ」
「それなんだけど、目星ならついてるんだよね」
そう言うと朝倉は何故か妖艶な笑みを浮かべたのだった。