新聞部(仮)
この回の執筆者はれみにゃさんです。
俺はとりあえず、「新聞部」と紹介された部室を一望してみる。新聞部……というからには、校内記事のネタなんかが貼り付けてあるホワイトボードがあって――と、イメージではあるが、大体こんな感じだろうと予想することはできた。
……が。
この部屋には、そういった類のものが何一つとしてなかった。
ホワイトボードはおろか、肝心の記事も、記事を書くための筆記用具もない。
そこは、ただの空き部屋だった。
薄暗く閑散としていて埃っぽい。怪しんだ俺は、
「……この部活動は一体どんな活動をしているのでしょう?」
皮肉交じりに訊く。
男は戸惑った表情を見せ、数秒間しきりに考えこんだ挙句、
「あーっと……、そうだね、何をするか考えるっていう活動かな!」
俺は確信した。この部活は時間を無駄にするだけだ。
「帰ります。さよなら」
とてつもなく恐ろしい腕力で掴まれた。
「帰さないわよ、藍住君」
俺の襟首を掴む委員長のメガネが日に反射して光る。そのレンズの奥にある瞳は如何なものなのか? なんて想像しただけでチビりそうな迫力だ。こういうギャップの格差が激しいヤツは本当に恐ろしい……。
「私はね、藍住君。せっかくのチャンスを無駄にしてしまうような怠慢な女ではなくてよ?」
その通りだろうな。
「わかった、わかったから……手を離せ、苦しいって!」
そこまで言ってやっと、委員長は俺を解放した。
「あっ、ごめんなさい……」
委員長は急にシュンとして、俯く。
ここまで俺を引き止めたがるのは、なにか深い理由があるのかもしれない。俺はそのことを問うてみる。
「なんだ? そこまでして俺に、この部に入ってほしい理由でもあるのか?」
そう言った途端、委員長の頬が僅かに、赤く染まっていったのが見て取れた。
え。
まさか。
まさかとは思うが、委員長…………?!
「部員が、あと一人足りないの。あと一人で、四人になるから」
「……はい?」
じゃさっき顔を赤らめたのって一体――!? ……いや、それは少し置いておくとしよう。今本気で疑問に思ったのは、そこじゃない。
「部員――って、どういうことだ? もう揃ってるからこうやって……」
こうやって。
何を、やっているというのか。
記事もない。筆記用具もない。取材用のカメラなんざ、あるわけがない。
この部室には、まさに何もないのだ。
「まさか、とは思うが」
「……残念ながら、その『まさか』は九割五分八厘正解よ」
打率じゃあるまいし。
「……ここ、部活動ですらないのか?」
俺は一応の責任者らしい部長を名乗る男に向かって言った。男は少し考え込むようにして間を空けたが、観念したように溜息をつくと、
「その通りさ。僕たちはまだ部活動として成立していないんだ。校則では部活動は四人以上在籍することが定められている。もし君が入部してくれるのなら……僕たちは部設立の条件を満たすことができるんだよ」
ってことは。
「……もう一人いるんだな。まだ来てないのか?」
「ええ、彼女はいつも図書室に寄って本を借りてから来るの。もうじき来るんじゃないかしら?」
ガチャリ。真後ろの少し立て付けが悪い扉が開く。
言ってるそばからですか。俺は反射的に振り返る。
「…………」
小柄な女子生徒が一人、分厚い本を抱えながらそこに立っていた。
「…………」
これが無口キャラだというのだろうか、ここまで徹底して無口な奴はめずらしい。小柄な身長で、さらりとした艶やかな髪をリボンで束ね、まっすぐに下ろしている。
彼女は上目遣いに俺を見つめ、遂に一言も発さないまま淡々と室内に入ってきた。
誰も言葉を発さない。
「……彼女が、その部員か?」
まさか俺が静寂を破ることになるとはな。
「ええ、二年H組の菅原さん。本を読むことが好きらしいわ」
そりゃ、見ればわかるけどさ。というか同学年なのかよ……。
菅原はパイプ椅子にちょこんと腰掛け、広○苑やホライ○ンの如き分厚い本の表紙をめくる。
「毎日、図書室から借りてきているらしいわ」
「え? じゃあ一日に一冊、読みきってるのか!?」
「そうみたいね。毎回、表紙をめくる所から始まるから」
なんて奴だ……そもそもこの部活、正真正銘の変人ぞろいなんじゃねえか?! 試しに模擬自殺をやってみた(笑)なんてもはや常人が考えつく領域じゃねえだろ!! 委員長もゴリラみたいな腕力の持ち主だしな!
「あ、そういや委員長の名前って……」
「……まさか、知らなかったの?」
いい加減メガネ光らせるのやめろよ。つーかそれ、どうやってんだ? 反射角でも計算してるのか?
「私は朝倉やよい。……同じクラスで名前も知らないなんて、いったいどういう神経してるのかしら、藍住君?」
クラスメートの名前なんざ覚える必要ねーから、なんて本音は口が裂けても言いたくないね。俺の本性がバレちまう。
「僕は川見廉。三年E組さ」
続けて男が自己紹介をする。なんだ、上級生だったのか。どこか陽気な、いかにもバスケ部にいそうな体格と言おうか。身長が高く、その整った顔立ちはいかにも女子ウケしそうではある。眼鏡もついてるし、一定の客層にはそこそこ人気がありそうだ。
「……菅原美乃」
驚いた。こいつも自己紹介してくるとは。割と喋ったりする奴なのだろうか。
一通り自己紹介されたので、こちらからもすることにした。
「俺は藍住良太だ。二年B組……とりあえず、よろしく」
馬鹿か俺!? 何が「よろしく」だよ!
確かに「よろしく」は自己紹介の定番だけど!! この場面で使うべきではないことくらいわかんだろ、俺……!
「部長、やっと役者が揃いましたね!」
そんな嬉々として言わないでくれ。誰も入るなんて言ってないからな? よろしくってのは入部しますって意味じゃないからな?!
「ああ……これで遂に揃った! この僕たちの部活を――――『新聞部(仮)』と命名しよう!」
…………はい?
「あの、最後の(仮)っていうのは一体――」
「差別化を図るためよ。『新聞部』との差別化をね」
ん? え? 差別化?
「差別化って、どういう意味だ?」
渡良瀬は少し呆れた表情で説明する。
「言葉どおりよ。現行の『新聞部』はこことは別、この別棟の一階に本拠を構えているわ」
ますますもってわからん。
「どういうことだ? さっき渡良瀬から見せてもらったスケジュール表じゃ、確かにここが『新聞部』となってたぞ! あれに載ってる部活は全部正式なものだろ?!」
「あれは私が作ったのよ」
……何、だと……!?
「作ったって、お前――」
「ごめんなさい。でも、そこまでしてでも部員が欲しかったの。あと一人――あと一人いれば、私たちの居場所を取り戻せるかもしれないから」
「居場所?」
俺はいつの間にか、その場の全員の目線が俺に集まっていることに気づいた。
「教えてあげるわ。そこに座ってちょうだい、藍住君」
渡良瀬は錆びたパイプ椅子をひろげ、俺に腰を休めるように勧めた。
☆☆☆☆☆
「私たちは――いえ、もっと人数はいましたが。いまあるものとは別の『新聞部』に所属していたの。
ちょうど、一年前かな。一つ上の代、つまりは川見先輩の同級生が不祥事を起こしてしまって――それで、新聞部は廃部になってしまったの。
部員は無論、全員解散ね。その後すぐに別の人たちによって現行の『新聞部』は設立されたわ。だけど新しい部長さんは、前の新聞部に所属していた人の再入部を断固として拒否した。それは不祥事に関わっていない、善良な部員に対してもね。
だから……私は動くことにした。もう一度あの場所を取り戻すためにね。私にとってあの場はとても思い出深いし、なにより新聞部の活動は楽しかった。――そう思っていたのは、私だけじゃなかったみたい。私と同じ思いで集まったのが、この二人よ」
俺はそう紹介された二人を見る。それぞれにやはり深い思いがあるのだろう、そんな表情をしていた。
「そんな深い理由があるとはな。――それで、また自分たちで新しく新聞部を作ろうって訳か。……だが、既存で同じ活動内容の部活動があるなら設立は厳しいんじゃないか? 生徒会の許可が要るんだろ?」
「ええ。だからこの『新聞部(仮)』はあくまで私たちだけの名称。外見上は別の部活にしようと思っている所よ。『取材部』とか」
それはただ新聞部が記事を起こすのをサボってるだけじゃなかろうか。
「とにかくね、藍住君。人数が足りなければ何も始まらないの。私たちに協力して貰えないかしら、この通り!」
渡良瀬は深々と頭を下げた。合わせて川見と菅原も頭を下げる。
ここまでやられて断ることができる奴がいたら尊敬するね。俺はしゃあねえとばかりに溜息をついてみせ、
「わかった、わかった!入ってやるよ。『新聞部(仮)』に」
「ほ、本当に!? 良かった……」
渡良瀬は少し涙目になりながらも、安心したような笑みをこぼす。川見も胸を撫で下ろしている。菅原は再び目を落とし、読書を再開した。彼女なりのホッとしたという合図なのだろうか。
やや大げさな態度にそんなにかよ!と思いながらも、理不尽な思いをした彼らに少し同情する。俺だって彼らの立場だとしたら納得できないだろうからな。
――――だが、そんな三人に同情したから、イエスと返事した訳じゃない。
俺は面白そうだと思ったのだ。この三人が、どのように過去の居場所を取り戻すのかを、な。もちろん俺は観察者として事の成り行きを見つめる役を頂くつもりだがな。
そして、楽しみでもある。川見が部長の『新聞部』が――果たして本物の部活スケジュールに載る日が来るのであろうか?
ポケ○ンならここで「To Be Contenued!!」みたいに〆るのかなーなんて考えていると、いつのまにか入部届けが目の前に用意されていた。
今度ばかりは、辞めないで済むかもしれない。そんな淡い期待を込めて――「藍住良太」の文字を書き記した。