コードネームは恐れるC
この回の執筆者は桜椛さんです。
俺がカフェオレを飲み干した頃、奇稲田が何故か微笑ましい顔でこちらを見ていた頃、店内レジカウンターで怪しい男が好青年に話しかけられていた。
なにやら挙動不審にしている男の肩を叩いた青年は、その顔を見るや否や申し訳なさそうに軽く頭を下げていた。
きっと知り合いだと思って話しかけたけど、違ったのであろう。
男は夏だと言うのに薄手のコートを羽織っていた。刑事コロンボみたいなそんな感じの。
それに対して青年は、夏らしく爽やかに明るい青のチェックシャツを上着として羽織っていた。
日曜のこの時間に知り合いに会うって方が珍しいもんな~人違いしてもしょうがない。気にするな、青年!
てか…………なーんかあの二人何処かで会ったことあるような……? 無いか。気にするな、俺!
「時刻は八時五十五分になろうとしています。そろそろ来ても良いはずですよね?」
奇稲田にしては珍しく、業務連絡のようなそれに俺は少し戸惑った。
まぁそれはそれとして今は置いとくとして、もうそんな時間か。おいおい鸞くんや、初回のデートで遅刻だけは駄目だろう。最低でも10分前行動はしなきゃな。
「とりあえず俺達も出ようっか」
鞄から財布を出しながら、立ちあがってレジへと向かう。後ろからとことこと付いてくる奇稲田の気配を感じながら、会計を済まして店を後にした。
駅構内の中心、目立つ場所にウサギの銅像がある。そこに優子が手持無沙汰と言った感じで待ち人を待っていた。
ボーダー柄のミニスカートにニーハイソックス。そしてでかでかとハートがプリントされたノースリーブという出で立ちだ。
正直気合入れすぎだろ……気持ちは分からなくもないが、あからさま過ぎると言うかなんというか……まぁいいか、どうせ鸞君は優子がどんな格好をしていようが関係ないだろうしな。
優子にばれないように、柱の影から様子をうかがう。
鞄から携帯を取り出しては、溜息を吐いているようにも思える。俺は構内にある時計へと目を向けると、その針は九時を回ろうとしているところだった。
心配、なんだろうな……。
何だか俺までむかむかしてきた。何をしているんだ入宮鸞!! 優子は30分も前からお前のことを待っているんだぞ! 全く、同じ男として────お? どうやら鸞君が来たよう……って、あれ?
優子の元に男が近づいていく。どうやらそれは鸞君であるらしく、それに気付いた優子は今まで暗かった顔なんか吹っ飛び、鸞君の顔を見てぱっと顔を明るくする。
てか俺は今そんなことはどうでもいい。
正直入宮鸞に怒りが沸き起こっている。
理由? それは単純だ。
何故ならそれは、────鸞君が先ほど、俺らがいたカフェにいたからに他ならない。
鸞君は明るめの青いチェックのシャツを羽織っていたのだ。それはさっき見たレジで人違いをしていた青年。
さっきは気付かなかった。俺が鸞君の姿を見るのはこれで二度目である。
それに、俺の中での鸞君は中ニ病なのである。尚のこと普通な格好をしている彼を見て、それが入宮鸞だと気付くことができなかった。
そう、だから俺は今驚いていたのだが、それすらを凌駕するほどに怒りというものが大きかった。
何故彼はカフェにいた。何故優子を待たせているにもかかわらずカフェにいた。一人モーニングでも楽しんでいたのか。そんなもの…………
「そんなもの二人で一緒に行けばいいだろうがぁぁぁぁ……ふがっ!? ふぁ、ふぁひふぉふる! はっ、ふぁなせ!!」
「お、落ちついてください良太君!? バレてしまいますよ!!」
「えぇい!! うるさいうるさい!! あの野郎は一度殴らねえといけねえようだ!!」
「わぁぁああ!! キャラが崩壊してますよ良太く……んの薄い胸板ぁああ!! お、お気持ちは分かりますがどうか今……はぁぁああ良太君の二の腕ぇえ! まだここでバレるわけにはいか、いかな……グッドスメルッ!!!!」
☆☆☆
「……あいつら、なーにしてんだ?」
この前、教室でブツブツと物騒な言葉を吐いていた委員長が面白くて話かけたところ、なにやらサイバーテロ予備軍があの奇稲田とデートに出掛けるとか何とか。
どうやってその情報を仕入れたのかは分からないが、委員長は散々罵詈雑言を並びたてた後になんとも嫌味ったらしい顔をしたのである。
まぁなんていうのかな? 分かりやすく言うと、悪巧みを思いついたいじめっ子って感じの顔だ。
委員長とはよく言ったものだ。
話を聞けば、委員長とサイバーテロ予備軍が所属している……新聞部だっけ? のメンバーで尾行をしようという話に。
俺は奇稲田のことも知っているし、というかいつの間にそんな仲良くなったのか羨ましいなチクショウ!! ……と、とにかく。
あいつが女の子と二人でデートだなんて面白い以外の何物でもないじゃないか。
だから面白さ求めにここに来たわけだが…………。
何で優子ちゃんがいるんだ? そして隣の男は? 何で奇稲田と二人で影でこそこそしてんの?
イマイチよくわからん。というかあんなに密着しやがって……俺も女の子と、こう……素肌を擦り合わせたい!!!!
「ふむ。やっぱり藍住君は面白いなぁ~! 彼は物事に関心がないようであり、その実意外と好奇心旺盛だ。そのちぐはぐさというか、不器用感がいい!」
「藍住君も藍住君ですが、部長もうるさいです。静かにしないと私達までもみつかってしまいますよ」
委員長が帽子を深く被り直して、眼鏡の奥から鋭い眼光でサイバーたちを見ている。というか睨んでいる。
「違うぞ! 言ったでないか、部長と呼ぶでないと! コードネーム、リヴァイアサン! それが今の私の名前だ」
ガリガリコロンボではないんだ。
「じゃあ俺は普通にラプソディかな? どう思う? メスゴリラ」
自分で言っといて普通とはなんだ。
「どう思うってそんなのどうだって……って誰がメスゴリラよ!!」
お笑い芸人よろしく帽子を地面へ叩きつけながら突っ込みを入れている。
それを見て笑う俺とリヴァイアサンこと……笹見部長?
しかし、そんな中さっきから一言も発せず、一ミリとも顔の表情を変えない女の子がいた。
「…………」
その視線はやかましく騒ぎ立てているサイバーと奇稲田の背へと向けられていた。
というか…………この子は誰なんだ?
「どうどう、そんなのどうだっていいって今自分で言ったとこだ、黙らっしゃいメスゴリ……ごめんなさいその指をボキボキするのやめてもらえますかっ!?」
修羅だ。もはや修羅のそれである。こえぇええまじ委員長こえぇええ。
「とと、諸君ら静粛に。どうやら入宮君達が移動するようだ。我々も行くぞ!」
ふしゅぅううううと口から煙を吐いていた委員長は、部長さんの一言でそれを止める。
惜しかった、後もう少しで殺せたものを。
というような目で俺のことを見てから、委員長はこそこそとサイバー達の後を追うのであった。
どうでもいいけど入宮君って誰?




