運命交差のランデブー
この回の執筆者は鈴風さんです。
駅を出てすぐの位置にあるカフェで、俺と奇稲田は今日の主役である優子と鸞くんを待っていた。
奇稲田の聞き取れなかった呟き以来、すっかり会話が止まってしまっている。
それもそうで、俺と奇稲田は男と女。
いくら奇稲田が不思議ちゃんだからといって異性間で互いに共有し合える話題というものは少ない。
昨日テレビ何観てた?「バラエティー」「月9」みたいなものである。
その気まずさからチラチラと窓の外に視線をやっていると、一人の人物が目に留まった。
「……優子か」
時刻は八時半頃で、まだ三十分ほど集合時間よりは早いがあれは間違いなく優子だ。
仲良し兄妹であれ二人で出かける時、優子は半大抵軽装。
だから遠目でもこうしてオシャレしてきている優子の姿を見るのは、何だか新鮮な気持ちなものだった。
「優子ちゃんがどうかしましたか?」
ボソッと呟いたものだったが、どうやら奇稲田レーダーには探知されたようで聞き返される。
「いや、ほら優子来たからさ」
「え? あー本当ですね。……ふむふむ、三十分も予定より早いようですが、時間が変わったのでしょうか?」
「かもしれないけど、朝緊張してたみたいだからな。ただ早く来すぎただけだと思うぞ」
小学生の頃遠足の前日に「バナナは500円まで!」とおよそ3房ぐらい買っちゃうようなセリフを吐いていたことがある。まぁ何故か買い物カゴにはリンゴが入っていたのだが……。
きっとそれだけ、今日のことも楽しみにしているんだろうな。
でなければこんな早く来てしまうこともない。
鸞くんと付き合うことになり、中二病に片足を……というかほぼ全身浸かろうとしているのはどうかと思っていたが、今となってはもうそこまで気にしてはなかった。
ただ優子が楽しければいい。
昔の俺みたいに襟の立った恥ずかしい真っ黒な革のコートを着ても、漢字に英語のルビが入るようなことを叫んでいても、ことあるごとに声を上げて理不尽な運命に抗っていても構わない。
例え、階段の手すり部分を『地獄への下り坂』とか言って"健康"を"地獄"の複数形と勘違いしながら滑り降りていても…………それはダメだな、その勘違いはつい最近までの俺だ。
だけど俺の勝手な意思で優子が楽しくなければ、それは意味がないと思う。
だから今日、あいつには心の底から楽しんで欲しい。
(ついこの間、ファミレスであんなことがあったばっかだしな……)
鈴木圭一という、優子が好きだったであろう男子生徒が暴力を振るい尚且つ煙草を吸っていた現場を、優子は先日目にしたばっかりだ。
それでこそ表には素振りを見せないが、確実に心に傷はついているはず。
あんな奴のせいで優子が悲しむのは不憫すぎるだろう。
そのためにも、今日優子を楽しませてあげられるただ一人の彼には、しっかりとあいつをリードして欲しいと思う。
* * *
八時半になり、都心にあるターミナル駅の南口に到着する。
日曜日だというのにこれだけの人通りがあるのは、ここから近いところにある遊園地が大盛況だからだろうか。
「斯くいう俺も、今日あいつと行くんだがな」
今日は何と言っても初めてのデートだ。
九時集合でまず映画に行く。無論ラブロマンスな映画を観た方がいいと思い、チケットは既に購入済み。
それから大体昼頃からその遊園地へと向かう。昼飯は近くにあるレストランとかでもいいだろうけど、遊園地に食事処でもあれば楽かもしれない。
(下調べしておけば良かったな……、なにぶん予定を組んでからの数日をほとんど予行演習、という名の薫姉ちゃんからの指導に費やしてたからなぁ……。昨日はその疲れと緊張で爆睡だったし、リードするべき男としては流石に覚悟が足りないか?)
己の不甲斐なさに、右拳を握り一発自分の顔面に鉄拳を浴びせる。
こうすることで自身の中の曲がった心を正すことが出来る。
……と兄貴は言っていたが、ただ痛いだけな気がする。
「はぁ、流石に早く来すぎたか」
右腕にはめた腕時計で時間を見ると、まだ三十五分に差し掛かったばかり。
シミュレーションも昨日で万全だし、何をしたものかと駅の壁にもたれ掛かって考える。
ぐぅ〜……
「ふむ、小腹が空いたな」
というよりも朝食を忘れていた。
起床自体は早かったのだが、今日のことを考えていたら時間が迫ってきていてすぐ家を飛び出したのだ。
こんな早く来るなら朝食摂れよ、って話になるかもしれないけど、三十分前行動は男としては基本だろう。
壁から離れると道路際まで歩いていく。
朝からガッツリ食べる人間ではないから、ちょっと腹を満たすぐらいがいい。
その条件に当てはまりそうなお店を、左右に視線を這わせて探る。
「ん、あそこでいいか」
見つけたのは、丸い緑色のロゴをしたオシャレなカフェだった。
モーニングセットなら大抵昼前まではやっているはずだから、それで食事をパパッと済ませよう。
「……っと。一応言っておこうか」
上着のポケットから携帯を取り出すと、『少し遅れるかもしれない』とデートの相手に一言伝えておく。
恐らく十分前にはここに来るだろうが、それまでに戻ってこられる確証はない。
まぁ普通に済めば十分程度で済むことだから、ただの保険だった。
駅の左手にあるカフェに向かう。
カフェなんて小洒落た店には普段行かないが、今日はデートだから、という理由で少し格好をつけてみたり。
木製のドアを引いて開けると、小気味いいカランコロンといったベルの音が聞こえる。
それで反応するように店内から「いらっしゃいませー」という声が響く。
店員からの呼びかけに適当に答え、俺は言われるがまま案内された席に腰を据える。
見渡すと日曜にも限らず、はたまた日曜だからなのか店内には結構な人が軽く談笑を交えながら食事やら飲み物やらを摂っていた。
耳に聞こえるのはそんな話し声と心の落ち着くようなクラシック調の音楽。
今日までやけに張り切っていたせいか色々と疲れやすくなっていたようで、何だか全身が脱力するような感覚を味わう。
「……ん?」
窓際の席で、メニュー表片手に店内の音に耳をすませていると、何か異質な音が聞こえた。
いや、音というよりは……声だ。
男が二人に女が二人。
まさか、これが俗に言うダブルデートとかいうやつなのか!?
なんてことを思いつつ、その話し声に少しだけ耳を傾ける。
『……すんだよ……かこっちに来……』
『……やいや…………すがにこれ……外というかなん……』
『とりあ……方がいいと思…………』
(何を話しているのかよく聞こえんな……、でも口調からして慌てている様子なのは分かる)
こんな落ち着いた店内だと、そうした慌ただしさの篭った会話は実に分かりやすい。
「って、早く食事を済まさなければ……」
俺はこれから彼女とデートで、早く待ち合わせ場所に戻らなければいけないのだ。
いくらこのピンポーンと鳴るやつを押すのに緊張していても、いくら店員に話しかけるのに緊張していても、それよりもデートである。
フレンチトーストとベーコンエッグ、サラダがセットになった物に決めると、震える指でそのボタンを押す。
そして注文をしてしばらく、芳ばしい匂いを漂わせながらモーニングセットが席に置かれる。
こんな店で急いで食べるのもどうかと思ったが、やむなく急ぎで食事を摂ることに。
「ん」
あとフレンチトースト一枚だけ!というところで、先ほど騒がしそうに小声会話をしていた集団が席から立ち上がった。
彼らは遠い席にいる俺の方を一瞥し、そそくさとその場を去るように会計場所へと向かう。
「……」
俺はフレンチトーストをセットで頼んだミルクコーヒーで飲み下す。
会計場所にいた連中は、実際に会計を済ませている一人を置いて店の外に逃げていた。
チラチラこっちを見てアワアワしている彼に近づくと、俺はその人物に声をかける。
「すいません」
「ッ!!」
背中を向けているとは言え明らかに肩が跳ね上がった。
間違いない。やはり今の集団は俺の知り合いだ。
何処かで聞いたことのある声だと思っていたが、顔をチラッとだけ見た時に直感した。あいつは知り合いだと。
「えっと、こっち向いてもらっていいですか?」
「……」
知り合いとは言ってと、まだ顔が判然としていないからこっちを向いてもらわないと確証が持てない。
もし知り合いじゃなかったら、という思いが頭を過ぎりどうしても口調は優しくなってしまう。
「……わかった」
俺より少し大きめの背中の男はそう言うと、観念したかのようにゆっくりとこちらに振り向く。
首程まで伸びた黒いストレートヘアーに、少し眠たげにクマを作る目元がこちらを見た。
しばらくの間、まじまじと彼の全身を見渡す。
やがて理解し、再び俺は彼に声をかけた。
「……あー、すいません人違いでした」
「そ、そうか」
男は軽く頭を下げてくると、会計を終えて足早に店をあとにした。
尻ポケットから出した財布で会計を進めながら、俺は頭の片隅にまだちょっとした引っ掛かりを覚える。
(本当に人違いなのか……?)
腕時計で時刻を確認し、手早く会計を済ませるとさっきの集団のことを気にしつつも、俺は待ち合わせ場所の駅へと向かった。
* * *
「はあ〜〜、危なかった」
僕は店から出ると、猛ダッシュで三人がいる場所に向かう。
普段走らないから、たった数十メートルの距離だったが到着する頃には息が上がっている始末だ。
「結果オーライね」
いつも結っている髪を今日は下ろし、帽子を目深く被った眼鏡の彼女はそう言ってくる。
別に自覚はなかったのだが、僕を見た女性陣二人は口を揃えて「誰あなた」と言ってきた。
「あ、お疲れ様です」
対してもう一人の男、一つ下の僕より少し高いぐらいの身長の彼は僕を労ってくれるように声をかけてくれる。
全く、うちの女共と言ったら先輩を敬うということを知らんなぁ。
膝に突いていた手を離すと、改めて話を切り出す。
「えー、まぁとりあえずバレてない様子で危機一髪だったわけだけど」
今さっきまでたむろしていたカフェの裏で僕らは話し合う。
口にはしていないが、彼女たちも彼に僕のことがバレていないことは窓ガラス越しに見ていたようだ。話す手間が省けた。
「一応このまま予定通りに彼のあとを追うけど、彼も少しは訝しんでくるかもしれないから慎重に行こう」
「まぁそうなるわよね」
「りょーかい」
うちの参謀役とも言える眼鏡少女は変わらない口調で、何処か楽しそうに返事をする。
そんな彼女と同じクラスに在籍する筋肉質の彼も、何処となく楽しげな語調で言う。
「……」
一方で、今日はまだ集合時の「誰あなた」以来一言も言葉を発していない小柄な少女は、コクコクと頷くだけで返事を済ませる。
彼女からは楽しさは感じられない。
だが退屈そうな感じもしないから、まぁ良しとしよう。
三人を見渡してから、今日は長い一日になりそうだな、と心の中で思いつつ彼の──入宮鸞の彼女・藍住優子が待ち合わせ場所にに来るのを待っていた。




