それぞれの想い
この回の執筆者はあげぱんさんです。
《AM7:40》良太
今までのことはすべて夢だった。
目が覚めれば、優子がへんてこに挨拶をしてきて、俺がそれにツッコミ入れる。
そんないつもと変わらぬ週末が訪れてくれる。
――しかしそれは、希望的観測に過ぎなかった。
迎えた、決戦当日。
そもそも眠れなかった俺は、何の役にも立たない妄想を繰り返していた。
いやまったく、デートに行くのはお前じゃだろと言われればその通り。
でも、俺は優子のことが心配でたまらない。
けっして鸞君のことが信用できないわけじゃない。
けれど、鸞君も優子もそう言うお年頃だ。
間違って変な気を起こすことだって、絶対ないとは言い切れない。
そうじゃなくたって、良い雰囲気になってキスなんてことになれば……って、ありえん!
初回のデートだぞ!?
いくらなんでも破廉恥すぎやしないか。
いや、そう言うものなのだろうか。
それに、優子たちはどういう関係なのだろう。
ファミレスでの一件の後。
あの時はまだ、付き合うと言う関係ではなかったはず。
優子が中二病になってしまうと言うことで頭がいっぱいになり、鸞君と付き合うことになるなんて危惧はしていなかった。
中二病を伝授するとなったときは、薫もサポートすると言っていた。
こんなことになるなら逐一の薫に確かめておくべきだった。
でも、そこまでするとさすがにシスコンになるのか?
そもそも、尾行する時点でシスコン……?
いや、俺はただ妹のことが心配なだけだ。
断じてシスコンなどではない。
全国のお兄ちゃん諸君。
俺の気持ち、分かってくれるよな……?
そうこうしているうちに、八時が近づいてくる。
いかんいかん。
俺は適当に引っ張り出してきた服に着替える。
そして、変装出来そうなものをカバンに詰め込むと、部屋を出る。
階段を下りようとしたとき、ドアの開く音がして俺の心臓が飛び出しそうになる。
「お兄ちゃん、おはよう……」
優子だ。
なんだか、弱弱しい口調だった。
「ど、どうした優子。緊張してるのか?」
「ちょっとね……」
「そうか……」
それはそうだよな。
初デートなんだから緊張しないはずないよな。
いや、俺は経験したことないんだけどさ。
「まあ、俺は何もしてやれないけどさ。けどまあ、楽しんでくればいいんじゃないか?」
「……なにそれ。ふつーだね」
優子に笑われる。
せっかくこっちがアドバイスしてやってると言うのに、まったく失礼なやつだな。
「でも、お陰で緊張がちょっとほぐれたよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「それなら良かったんだけど」
そう言って、腕時計を確認する。
八時を一分ほど過ぎていた。
「それじゃあ俺は行って来る。戸締り頼んだぞ」
「うん。分かった」
「まあなんだ……その、頑張って来いよ」
今から尾行する兄が言えるような台詞でもないのかもしれないが、これだけは言っておきたかった。
「う、うん……分かった」
優子が、少しだけ照れた感じで答える。
まったく、可愛いやつめ。
思いながらも、奇稲田との約束に遅れてはいけないと階段を下りる。
そして、そのまま家を出る。
――その時。
得たいの知れない怖気が走った。
……なんだか見られている気がする。
優子のことが心配になっておかしくなってしまったのだろうか。
いやでも、何かあれば俺が守ってやればいいさ。
割り切って、俺は駅へと向かった。
《AM7:50》琴美
おちおち寝てなんていられなかった。
今日は、夢にまで見たサイバー君――もとい良太君とのデート。
名目上は妹の優子ちゃんの尾行だけれど、私にとってそれは良太くんとデートをするための口実に他ならない。
ベッドから起きて、昨日のうちに用意しておいた服に着替える。
白ワンピに赤いカーディガン。
デートなんだから、もう少しお洒落していきたい。
けれど、あくまで名目上は優子ちゃんの尾行。
あまり目立ってはいけないし、動きにくくてもいけない。
柱時計で時間を確認する。
もう少しで八時。
駅までは、私の家よりも良太君の家のほうが遠い。
何で知ってるかって、家くらいはもう調査済み。
もう少し後に出ても問題ないけれど、良太君よりも早く駅に行きたい。
私が良太君より遅く行けば、その分一緒にいられる時間を無駄にしてしまう。
それはいけない。
私は鏡の前で一回転し、問題ないことを確認すると部屋を出る。
玄関へ出る途中、メイドに会うが気にしない。
今の私には良太君しか見えてない。見る気がない。
家を出ると、真っ直ぐに駅へ向かった。
《AM7:55》優子
ウキウキして眠れなかった。
子供の頃の遠足を思い出す。
あの時も、心がウキウキしていて眠れなかったなあ。
鸞くんに映画を見に行こうと誘われたのが一週間前。
お兄ちゃん以外の男の人と出かけるなんて初めてで、私は嬉しくてたまらなかった。
鸞くんとはそう言う関係じゃない。
だからこれをデートとは言わないのかもしれない。
けれど、ちょっとからかってみたくて、私はお兄ちゃんにデートに行くと言った。
あの時のお兄ちゃんの反応は、今でも思い出すと笑える。
当日になって緊張はしてきたけれど、さして気にならない。
約束の時間まで、後一時間ほど。
着て行く服はもう決まっているし、特にやることもない。
音楽でも聴いてはやる気持ちを紛らわせようか。
そう考えた時、隣の部屋のドアが開く。
お兄ちゃんの部屋だ。
私は、ちょっとした悪巧みを思いつく。
「お兄ちゃん」
いつもの調子で、その背中に声をかける。
ビックリしたみたいに肩を震わせ、お兄ちゃんは恐る恐るこっちを見る。
明らかに挙動不審だ。
「お兄ちゃん、おはよう……」
私は、緊張している風に見せかけてからかってみることにする。
ただの暇つぶしだ。
「ど、どうした優子。緊張してるのか?」
「ちょっとね……」
「そうか……」
案の定、お兄ちゃんは騙されてくれたようだ。
「まあ、俺は何もしてやれないけどさ。けどまあ、楽しんでくればいいんじゃないか?」
「……なにそれ。ふつうだね」
あまりに普通のことを言うので、つい笑ってしまう。
まず、緊張してるって言う人に楽しんでくればっていうのも、そんなの緊張してるから無理ってなるだけだよ。
まともなアドバイスにもなってない。
けれど、そんなお兄ちゃんの気遣いに少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「緊張がちょっとほぐれたよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「それなら良かったんだけど」
そう言うと、お兄ちゃんは時間を確認する。
そろそろ時間のようだ。
「それじゃあ俺は行って来る。戸締り頼んだぞ」
「うん。分かった」
「まあなんだ……その、頑張って来いよ」
その言葉に、少しだけドキッとしてしまう。
お兄ちゃんは私がデートに行くと思っているから、心配してくれているのだろう。
初めて、いいお兄ちゃんだなと思う。ちょっとだけ。
「う、うん……分かった」
私の返事を聞くと、お兄ちゃんは階段を下り、そのまま家を出て行った。
さて、お兄ちゃんもいなくなって暇を潰す相手もいなくなってしまった。
テレビでも見ようか。
私はせく心を紛らわすため、階段を下りた。
《AM8:20》鸞
目が冴えていた。
今日は、待ちに待った優子とのデート。
思わぬ形で、優子との関係を進展させた俺だったが、その関係と言うのは俺の望んでいたものとは違っていた。
理想は恋人。
現実は師弟。
中二病を教える俺と教わる優子の関係は正しく、師匠と弟子。
それが嫌という訳ではない。
今までよりも優子と近くで接することが出来るようになったのはむしろ嬉しい。
けれど俺は――
「鸞、起きてるー?」
突然ドアがノックされたことに驚き、軽く跳んでしまう。
「起きてるぞ」
「入るねー」
部屋の扉が開き、姉の薫が入ってくる。
「いよいよだね」
「ま、まあな……」
「あれ? もしかして緊張してる?」
「し、してねぇ!」
「そんなに怒らなくたっていいじゃん。デートかあ、いいなあ。私も行きたいなあ」
「……着いてくるなよ?」
「しないってそんなこと。私だってお兄ちゃんが着いてきたらと思うとゾッとするもん。確かに心配は心配なんだけどさ。プライベートにまで踏み込もうなんて、そんなのはストーカー行為にも等しいよ」
「……ぷはっ。なんだよそれ」
姉ちゃんがえらく真面目なことを言うので、つい笑ってしまう。
「何で笑うのー? 私何にもおかしいこと言ってないでしょー」
「いや、そうなんだけどさ。はははっ」
「もー、なんなんだよー」
ぷくーっと頬を膨らませる。
「サンキューな、姉ちゃん」
笑ったお陰で、緊張が少しほぐれた。
姉ちゃんは自分が何故礼を言われたか分かっていないようで、頭に疑問符が浮かんでいるのが見える。
「なんか分からないけどどういたしまして?」
「そんじゃ俺、いってくるわ」
「うん。頑張って来るんだよ、鸞……いや、セブンスシンナー!」
「そっちこそ、兄ちゃんの見張りは任せたぜ、スリーピングローズ!」
「ラジャッ!」
敬礼をする姉ちゃんに、俺も敬礼で返し部屋を出る。
玄関へ着いたところに――
「行くなら俺を倒してから行くがいい」
「げっ……」
めんどくさい兄がいた。
しかも、完全中二病衣装装備。
滅多に見られない代物だ。
「邪魔しないでくれよ。兄ちゃんとごっこ遊びしてるしてる暇ないんだよ!」
「ごっこ遊びだと!? 今、ごっこ遊びとぬかしおったな。ならば見せてやろう、我が新たな力を! 魔龍神――」
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねばいい!」
「ぐはぁ……!」
俺の脇をすり抜けて言った姉ちゃんが、兄の鼻に蹴りを叩き込んだ。
「は、鼻はアカン。アカンのやぁ……」
「お兄ちゃんが馬鹿なことするからこうなるの!」
兄が、鼻を押さえて崩れて行く。
まもなく、動かなくなった。
……って大丈夫かよ。
「私がしてあげられるのはここまで。こっから何かあっても、鸞が何とかするんだよ」
「ああ。分かった」
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
――やっぱり俺は、師弟の関係は嫌なんだ!
《AM8:55》???
路地裏から藍住家を監視していた。
「本当にこの時間で合ってるんだろうな」
「間違いありません。俺の盗聴スキルをなめてもらっては困ります」
「なら、何でこんな場所で息を潜めてなきゃいけないのか聞きたいところだね……!」
「すいません、兄貴。場所までは聞こえませんで――おぶぅっ!?」
頬に蹴りを喰らった男が、床に倒れる。
「大体、お前がヘマしなければ優子ちゃんを僕のものに出来たんだっ!」
倒れた男を、執拗に踏みつける。
コイツがあんなこと言わなきゃ、いくらでも取り繕うことは出来たって言うのに……!
「ヒャヒャ……アニキ、キタ、ヒャヒャ……」
と、別の男が指を指す。
家から、女が出てくる。
つい一時間ほど前、その女の兄と思しき男が出て行った。
……邪魔者はいない。
「僕をふったことを後悔させてあげるよ……優子ちゃん……!」




