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新聞部(仮)【リレー小説】  作者: 「小説家になろう」LINEグループ
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夜もすがら、菅原は微笑を湛えてページをめくる。

この回の執筆者は雪端裄弘さんです。

 今日、とうとういろいろと山積みになっていた用事もあらかた片付いた。

 そう、片付いたのだ。鸞の恋路は約束した通りに上手くいきそうだ――その先は当の本人に頑張ってもらうしかないけどな――、鈴木くんのことも、案外見た目倒しではなかった入宮の奴らが一段落つけてくれた。


 俺はそのとき、本気で今までの日常に戻れる気がした。

 最近は、鸞と優子のことで頭がいっぱいになっていた。だからやっとなんの心配もすることのない、安全で、安寧で、魑魅魍魎に囲まれた楽しげな日常の風景が戻って来ると信じていた。


 ――なのに、である。


「あれ? 兄者? 帰ってきてから浮かない顔をしておるが……どうかしたのかだぜ?」


 それはこっちの台詞だ。どうしたんだ優子、鸞に伝播されてたから多少の覚悟はしていたけれど、なんでそんなカタコトな厨二病を発病しちゃってるの? なんか痛いというより、むしろ可愛いんだけど?

 優子は楽しそうに俺の隣に座って、えへへと笑っている。わざとなのかデフォルトなのかわからないが、あざと可愛い。


 優子はあれから入宮の奴らに基礎知識的なものを刷り込まれたのだが、その刷り込ませ方が全員下手過ぎてこのように中途半端な形になってしまった。

 もともと彼女が厨二病になることを望んでいなかった俺からしたら良かったことだ。でも可愛い妹からの「兄者」呼びも悪くないかな、と思い始めている自分がいる。


「兄者!」

「……なに?」


 正直今妹に萌えました。はい。


「お風呂に行ってくるぜ」

「…………それ報告する必要あんのか? 普通に行きゃいいものを」

「だって、厨二病楽しいんだぜ! なんかさ、言葉使いが面白いんだぜ。すっごい使いたくなるんだぜ! これで兄者と同じ種族だぜ!」


 優子はきらきらした瞳でそう言ってくる。いちいち語尾に「だぜ」を付けるのはどうして? それ付けたら厨二病ってわけじゃないぞ。それに俺はもう卒業してるからね。

 俺は何故か優子が遠くの方に向かって離れてしまっているような気がした。少し寂しい。


「さいですか。それはよござんしたね」


 俺がぶっきらぼうに返すと、優子はどこかいじけた様子でむすっとした。


「……むぅ、いいよ! もう鸞くんと付き合っちゃうから!」

「ぶふっ!」


 俺は思わず噴き出した。

 いつの間にそんなに進展していたんだ。一時間前は仲良く話していただけのようだったのだが……。

 詳細を尋ねようと優子に向くが、優子はすたすたと風呂場へと行ってしまう。

 俺は釈然としないまま、彼女の背を目で追いかけながら、熱々のバニラオレを飲む。甘い匂いが口の中いっぱいに広がる。


「もしかして、反抗期?」


 いつかは本格的に来ることだろうと思っていたけれど、こんなにも早く、しかも唐突だとはおもってもみなかった。

 これからどう接していけば良いのだろう。


 なんて、そんな少しの現実逃避をぼやきつつ、俺は明日のことを思い描く。部活の日だ。

 気になることの多いあの部活。

 いつの日かすべてを知る日は来るのだろうか。

 いや、来なかったとしても、俺は俺のままでいよう。

 俺は優子のことからそう学んだ。


 ✽


 放課後。新聞部(仮)の部室。一番乗りのようで俺以外に誰もいない。

 なんだか、ここに来るのはずいぶんと久しい気がする。


 そういえば苺メロンパンの件以来か。結局、苺メロンパンは一体誰が盗み食ったのだろう。

 ああ、皆目見当がつかないなぁ……。


 暇なのでスマホを弄っていたら、幾分して朝倉、菅原、川見部長が集まってきた。

 朝倉はまだ苺メロンパンに未練があるのか、少し不機嫌で、近寄り難いが、その他二名はいつもとさして変わらない。


 さて、今日はなぜ呼び集められたのだろうか。今思えばこの部活は不定期にも程がある。

 川見部長が若干重苦しい雰囲気の中席から立つ。本を開きかけていた菅原がすっと本から手を離し、むすっとした顔を川見部長に向けた。

 川見部長はそれにビビりながらも話を始める。


「さて、今日の部活内容だけど、数分で終わると思うよ」

「と、言うと?」

「なにしろすることがあまりないんだよね」


 そうなのだ。今現在、この新聞部(仮)の核を担う新聞第一号は川見部長が先週から添削のために預かっているはずだ。


「でも、ないわけじゃない」


 川見部長が言わんとしていることを、俺は一瞬でピンときた。ゴタゴタ続きで忘れ去られていた、初期に決めた活動を全くしていなかった。


「新聞は一旦終了。じゃあ、『日記』を本格的に始動したらいいんじゃないか、と思うんだ」

 俺は感心した。部長らしいことをしようとすればできるじゃないか。

「良いと思いますが、まず誰から始めるんですか?」


 と、朝倉がドスの効いた声で問う。苺メロンパンに未練はあっても、部活には前傾姿勢を見せる彼女は、飽くまでも委員長らしい。

 川見部長は冷や汗をかきながら、


「そ、そーだね……えーっと、じゃあ……」


 少々長い沈黙の間、俺を見つめてくるのはなぜだ。まさか初っ端を新人部員にやらせる気なのかこの人は。

 誠に迷惑この上ない。こういうのはまず先輩がお手本見せてそっから後輩がー、とかそういうのじゃないの? ずいぶんとシビアなのねこの部活。


「藍住くん、お願いしていいかい?」

「疑問系で訊いてきますけど、それ完全に強制ですよね? 普通先輩が先にやるべきなんじゃないんですか?」

「いや、でも可愛い子には旅をさせろって言うじゃん?」

「いやいやいや、「じゃん?」って言われても困るんすけど……」

「いいからやれよ藍住くん」


 セリフと二人称と声が合ってなくて、余計にビビる。

 菅原にSOSの視線を送るが、菅原は、キラキラな目をして


「……書き終わったら私のとこに持ってきて。読んでみたい……!」


 こいつはマジで本の虫か。読物ならなんでもいいのか。

 しかしその気持ちもわからなくもない。

 ド素人の書いた文章ではあるから稚拙極まりないであろうが、テーマがテーマなだけに今までにあるようでないようなものであるから、俺でも読んでみたい感はある。


 あれ、なんだか俺やる気になってない?


 加えて周りや雰囲気を考えて、断れる余地は皆無に等しい。やるしかないか……。

 でも考えてみればそこまで難しくだるい仕事ではなさそうだ。朝倉たちが新聞づくりのために教員棟に行っていたはず。その情報を分けてもらえればいとも容易い。いちから情報を集めなくても良いんだからな。


「わかりました、やってきますよ」


 俺がそう告げた瞬間、朝倉がドスの効いた声で宣告する。


「私たちの情報は分けてあげないわよ?」

「えぇぇ……そんな……」


 じゃあ……頑張るしかない。


 ――後日、あの手この手――ロリぃ員長にサーチは任せたとか言えない――で作り上げた紙束りきさくを菅原に渡した。


 ✽


 金曜日の夜。明日は土日休みであるということから、毎週金曜日は夜もすがら読書をすることに菅原は決めていた。

 基本引きこもりな性格なので遊びに誘われるなんてことは滅多にあることではないし、友達自体あまりいない。それに本を読んでいるときが一番心が落ち着くのだ。本が友達、そんな表現が正しいであろう。

 では新聞部(仮)の人たちはどういった認識なのか。問われれば菅原はこう答える。


 飽くまでも部活仲間であり、友達には値しない、と。


 つまりは形だけの関係。新聞部(仮)という共通の繋がりがあるからこそ関わっているだけに過ぎないのだ。

 しかし、藍住良太。彼だけの認識は少し違った。


「……面白い人」


 菅原は藍住に渡された紙束の表紙をめくりながら呟いた。

 菅原は『日記』の原稿に目を通す。

 テーマが面白そうで興味をそそられたからこの任を請け負っただけではなく、『本の虫』と揶揄される自分ならば適任だと思ったからだ。


『五月一日 

 英語科教員室では音知おんち由佳里先生の美声が今日も鳴り響く。名前が名前なだけに歌が下手そうに思えるけれど、その字が表す通りに歌が上手。今日もモテモテだね』


「……ぷっ」


 笑う。

 なんて酷い文章だろう。

 稚拙はまだ良いにしても、飽くまでもテーマは学校目線の日記ではなかったか。

 これではまるですぐそばにいる他の教員目線の日記のように捉えられてしまう。それではいけないだろう。

 それに、日記というのだから「毎日誰かが変わって」、だとか「何日ごとに」とかだと思っていた。だが藍住の書き上げた原稿は、五月一日からまだ来ていない五月三十一日までの事象が存在する。いや、来ていないのなら単なる予測か空想になってしまうか。


「…………」


 笑う。

 なににしろ、これはもう一度書いてもらうしかないようだ。

 一通り目を通したが、ツッコミたいのオンパレードだった。

 てきとうではないのであろうけれど、踏み込んではいけない教員のプライベートなことまで赤裸々に書かれている。これは誰もが閲覧できるホームページに載せることができない。

 もし載せたら即刻新聞部(仮)は廃部、下手したら退学も考えられてしまう。そこまで酷い内容だった。


「……お疲れ様」


 藍住の顔を思い出してそうひとこと呟く。

 なんだか満足した気持ちになって、ふわりと眠気が漂う。


「今日はもう寝ちゃおうかな……」


 カーテンを閉めようと月明かりに照らされる。綺麗に磨かれたガラスは闇と融合して、彼女の姿を映す。

 そして窓に映った自分の顔を見て、心臓が止まりかけた。


「……笑ってる」


 なんとも楽しそうな笑顔を浮かべた自分。

 気付かないうちに自分は笑っていたのか、菅原は、はて、と首を捻る。

 どうして自分は笑っていたのだろう……。

 相談する相手はいないから自問自答する。


 なんともツッコミどころ満載のおもしろおかしい原稿を読んだからだろうか、それとも――。


 菅原はそこで首を横に思い切り振る。

 ありえない。そんなことあるわけない。可能性は絶対にゼロパーセント。

 菅原はカーテンを思い切り閉めると、机に戻る。

 新しく借りた「アザレアの憂い」をバッグから取り出すと、栞を無視して最初から読み始めた。

 菅原の至福の時間は悶々とした気持ちのまま終わった。

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