第一歩。そこにあったもの
この回の執筆者は夜月四季さんです。
前回までのあらすじ。
妹との買い物でドタキャンしたはずなのに気が付けば妹と奇稲田を不良から守ったことになっていた俺。じゃあなんでこんな物々しいんだと思ったら朝倉の苺メロンパンが誰かに食べられたんだそうだ。
で、犯人捜しをするということで連れ出されたわけなんだが。
俺と朝倉はとりあえず適当な教室に立ち寄った。無人のそこには赤く照らされた彫像と広げっぱなしのスケッチブック。数本の鉛筆が転がっていた。
「ねえ、藍住君。こういう時怪しいのってどんな人だと思う?」
着いて早々に、質問を口にする彼女の顔は相変わらず険しい。何が何でも犯人を見つけ出そうという気迫が感じられる。正直怖い。
しかし、怪しい人物を想像しろと申されましても。
「正直知らんがな」
「あ・い・ず・み・く・ん?」
「違和感なく潜り込めてかつ食い意地の張った奴だと思います、サー!」
ポロっとこぼれた言葉に対して笑顔で返してくる朝倉。鬼とか悪魔とか、そんなチャチなもんじゃない。もっと恐ろしい朝倉ナニかだ。
「違和感なく潜り込めて、食い意地の張った人ね……。そんな人、いたかしら」
「正直な話、あそこに違和感なく潜り込むのは楽だと思うんだが」
「藍住君あなた、順調に毒されてるわね」
「そんなバカな」
俺がいつあんな混沌とした明らかにおかしい集団の仲間入りをしたというのだ。
部員ではある。しかし俺は真人間だ。間違いない、はずだ。
「あそこに違和感なく潜り込める人物なんて私たちの誰かか、先生くらいなものよ」
「そうかなあ……」
「あとは藍住君の知り合いかしら」
俺の知り合いねえ。
優子いもうと、充也バカ、奇稲田ふしぎちゃん、如月ロリぃいんちょう。鈴木くんいもうとの同級生と千鶴ゆうれいに入宮さんにんめ。あとは先生たちだが、誰もかれも新聞部に立ち寄るような人物ではないし。ましてや置いてある食べ物を勝手に食べるはずもない。
「少なくとも、そういうのはいなさそうだな」
「そう……」
「じゃあいったい誰が食べたんだって話になるよな。ところでさ、ものすごい疑問なんだけど」
「何?」
「本当は朝倉が無自覚の間に食べたとか――」
「あ・い・ず・み・く・ん?」
「あ、いえ。なんでもないです、ハイ」
こ、怖ぇえええええええええ。え。何、何ですか今日の朝倉さんは! 食べ物の恨みすごすぎだろう!
「私が食べようと思って見たら既に中身がなかったのよ。少なくとも私は食べてないわ」
「かんっぜんに手詰まりじゃないか……」
「だから藍住君に聞いてるんじゃない。怪しいのってどんな人物だと思うのかって」
「とんだ無茶振りだなおい!」
それに付き合っている俺も俺だが。
「とりあえず、ここでこうしてても無駄だし犯人捜しの前にもう一度現場の状況を把握し――」
「薄ぼんやりとした犯人像は藍住君が言った通りでしょうから。さあ探しましょう」
「え、ちょ、ま。腕、折れるんで、離して……ってか話聞いて」
俺の説得など聞いていないのか。朝倉は再び俺の腕をつかむと廊下に躍り出た。
歩き始めること早数分。延々と同じ風景ばかりを見せられてそろそろ飽きてきた。
「なあ、朝倉。いったいどこを目指してるんだ? あとそろそろ腕を離してくださいお願いします」
「それは着いてからのお楽しみってことにしておいて。あと腕は離さないわ。離したら逃げそうだもの」
「逃げない、逃げないから。とりあえず自分のペースで歩かせて」
「そう言ってどこかで自然にフェードアウトしそうね」
「…………」
な ぜ ば れ た。
黙り込んだ俺を見て、ほれ見たことかと冷たい視線を送ってくる彼女。幾分か機嫌は良くなったがまだまだ無機質なその表情は恐ろしい。
「もう着くから我慢して。ここの角を曲がったらあるから」
「学校内にこんなところあったか?」
ずんずん突き進む朝倉に思わず問いかける。これだけ歩いても到達しない場所が校内にあっただろうか。いやない。うちの学校はそこまで広くなかったはずだ。
「藍住君が知らないだけじゃないかしら。ちゃんとあったわよ」
そうだろうか。
いや確かに。俺は部活に入っていた間は部室に行くだけだったし、入っていない間はまっすぐ帰っていた。俺の知らない場所があっても不思議ではないだろう。
そんな風に納得していると、不意に朝倉が立ち止った。ようやく着いたのかと思い視線を向ける。
そこにあったのは――――。




