ドタキャンの判決
この回の執筆者は立待月です。
入宮と別れた数分後、俺は新聞部(仮)の部室前に立っていた。
ここまでは何とか来ることができたが、やはり扉を前にするとどうしても躊躇ってしまう。
とはいえいつまでもこうしている訳にもいかない。
俺は大きく深呼吸すると、覚悟を決め汗ばんだ手で戸を開けた。
いつものように部長が何かの研究をしてくれるとありがたい、という淡い期待は呆気なく打ち砕かれた。
俺以外のメンバーは当然ながら既に揃っており、無言で自席についている。
重苦しい雰囲気。それが今俺に向けられていると思うと重圧で胃がどうにかなってしまいそうだ。
後ろ手にゆっくりと戸を閉め、三人の様子を窺う。
「部長、どうしましょうか?」
沈黙の中、朝倉が口を開いた。
「……そうだねえ」
川見部長は閉じていた両の目を開きそう答えるが、曖昧な返事から察するに俺の処遇をどうするか決めかねているようだ。
菅原も深刻な問題として捉えているのか、今は分厚い本を机に置き黙って話を聞いている。
「甘やかしてはいけないと思います。罪人にはしっかり罪を償ってもらわないと」
「それは……そうだけど」
朝倉の声質には温度を感じられない。委員長という面倒な仕事を自主的にやりたいと言うやつなのだ。今まで……というより部活に入ってからではあるが、比較的テキトーな印象を受けていたためすっかり忘れていた。
対して部長は新しく入った部員に辞めてもらっては困るためか、どうやら重い罰を与えたくはないようだ。
ようやく頭が回ってきた俺は、これからどうするかを考える。
やはり最終手段“ロリぃ員長召喚”を使うしかここを切り抜ける方法はないのか。
けれどそんなことをしたところで今の状況が好転するとは思えない。
であれば俺が取るべき行動は……。
「すまなかった!」
俺は部室の床に正座。両手を突き頭を垂れ謝罪した。
つまりは土下座である。
誠心誠意謝るにはこうするしかない。
床と額が擦れ合うギリギリの位置を保つ。
部員たちの息を呑む姿がありありと浮かんだ。
……………………。
「何してるの?」
「へ?」
俺は耳を疑う。
冷たいというよりは呆れ混じりの声音。
俺は恐る恐る朝倉を見上げる。
「何って……土下座。昨日、ドタキャンしたから……さ」
怪訝そうな顔をした委員長は、はあと溜め息を吐くと口を開いた。
「そのことはいいわ。何か大事な用事があったんでしょ」
いいえ。ただセール品を買っていただけです。
などと本当のことを言えば俺の明日がなくなりかねない。ここは黙っていることにしよう。
しかし一つ疑問が残る。
「昨日はあんなにメール寄越してたじゃん」
40件。思い出すだけでも恐ろしい。
「姫に言われたのよ」
ひめ?
「姫って奇稲田のことか?」
「そうよ」
何でここで奇稲田の名前が出てくるんだ?
「妹さんと奇稲田さんを不良から助けたんだって? 聞いたよ、さっき部室に来て涙ボロボロ流しながら話していったからね」と川見部長。
「度胸あるんだね、意外と」
菅原も便乗するように云う。
「は?」
どうなってるんだ? 俺の記憶が正しければ、妹の優子とセール品を買って帰った記憶しかないのだが……まさか機関による記憶操作か! い、いや本気で思っているわけでは断じてない。
なら一体どういうことなんだ? ふむ、考えてもわからない以上今度直接訊いてみるしかないか。優子のことを知っているのも気になるしな。
「そういうことだから、昨日のことはもういいのよ」
「……だったら朝倉たちは何の話をしてたんだ?」
「これよ」
そう言って目の前に突き出されたのは菓子パンの袋だった。
「自分で捨てろよ」
「そうじゃないわ」
だったら何だと言うのか。
「私がお昼休みに食べようと思って部室に置いておいた、苺メロンパンが何者かに食べられたのよ!」
苺なのかメロンなのか。何故部室に置いておいたのか。昼食はそれだけで足りるのか。
訊きたい事は色々あったが、なんだか面倒なことに巻き込まれそうだったので結論だけ言うことにした。
「鞄に入れとけばよかったんじゃないか?」
「あなたまで同じこと言うのね」
”あなたまで”っていうことは?
「僕も同じことを言ったのさ」
「ちなみにわたしも」
なるほど。そりゃあ、まあ言うだろうな。
「こうなったら犯人を見つけるしかないわね」
やっぱそうなるのか。なんとなく予想はしてたけど、運命は避けられないってことなのかな。
「というわけで藍住君。一緒に犯人を探しましょう」
「断る!」
「なら、今日の部活は苺メロンパン食い逃げ犯の捜索及び確保に変更するわ」
ずいっと近寄ってくる朝倉。顔が近いっての。
「部長も何か言ってやってくださいよ」
「頑張ってくれ藍住君。健闘を祈る」
あんた部長だろ。それでいいのか。
俺はあまり期待せずに読書娘をチラリと見やる。
「ファイト」
見捨てられた。俺は悲しいよ。
「さあ、藍住君行くわよ!」
その言葉を合図に朝倉は俺の腕を掴んだ。
「腕はやめて! 折れるから!」
「折れるわけないでしょ!」
抵抗むなしく彼女の怪力によって、校内中を駆け回るハメになったのだった。




